ゆびさきから恋をする

sae

文字の大きさ
2 / 36

2

しおりを挟む
 気づくと、周りは久世さんと一定の距離をとって仕事をし始めていた。威圧的、そう言っていたのは二グループの内田うちだくんだったか。

「めちゃめちゃ怖いじゃん、久世さん。ちぃちゃんよくあの人の下で仕事してるよね」
「そんなこと言ったって私にはどうしようもできないし。別に仕事してれば何って言われることないよ。ねぇウッチーそれいつ終わるの?」
「あと十分」

(十分か……なんか待ってるには長いな)

 ここで待ってる間にさっきの久世さんの仕事ができる、そう思ってサンプルを持って片付け始める。

「もう行っちゃう?もうすぐ終われるけど」
「十分惜しいしあとでまた来るね、おつかれさま」

 内田くんことウッチーは入社三年目の若手社員。堅い人が多い理系の部署にしてはどちらかというとチャラいタイプ。出会った時から気さくに声をかけてくれるので今ではあだ名で呼びあえる仲にはなっている。


 でも基本は慣れ合わないようにしている。
 社員と派遣、その立場はいろんな人の考え方と見方があるからだ。

 実験室に戻って言われていた遠心分離機のサンプルを四本取り出す。
 蓋に書かれたサンプル名をガラスフラスコに書き写して100mlに定容する。これがなんの依頼でなんの試験なのかはわからない。
 教えてほしい、とまでは言わないけれどお前が知る必要はないだろ、そう言われている気になる。

 基本事務仕事の多い久世さんがたまに自ら実験しているレアなサンプル。本社では品質管理の部署にいたと聞いた。大学で化学を専攻していたので試験は慣れたものだとも聞いた。どれも人づてに聞いたことばかり。私が久世さんと直接くだけた話をすることはない。必要もないはそうだけど、そんなに距離を詰めれる間柄でもないのだ。

(派遣は黙って俺の言う仕事をしとけ、みたいな感じかな)

 私と久世さんは派遣とエリート上司、ヒエラルキーの下層と上層にいるような交わることのない雲の上のような人なのだから。

「久世さん」
 定時になったので事務所に向かってパソコンと向き合っている上司に声をかけた。
 名前を呼んだら顔を上げてくれたが、イケメンにまっすぐ見つめられてたじろぎかけた気持ちをグッと飲み込む。そんな気持ちは当然バレたくないので、なるべく平常心を装って話しかけた。

「先ほどいわれたサンプル定容して実験台に置いてあります」
「ありがと。今日測定してたサンプルの中にBi入ってたよね?標準液まだ残ってる?」
「残ってます」
「じゃあ同じ濃度域でいいから明日空いた時間に測定かけてもらっていい?」
「あの」
 思わず口を挟んでしまった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

愛想笑いの課長は甘い俺様

吉生伊織
恋愛
社畜と罵られる 坂井 菜緒 × 愛想笑いが得意の俺様課長 堤 将暉 ********** 「社畜の坂井さんはこんな仕事もできないのかなぁ~?」 「へぇ、社畜でも反抗心あるんだ」 あることがきっかけで社畜と罵られる日々。 私以外には愛想笑いをするのに、私には厳しい。 そんな課長を避けたいのに甘やかしてくるのはどうして?

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)

久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。 しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。 「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」 ――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。 なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……? 溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。 王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ! *全28話完結 *辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。 *他誌にも掲載中です。

処理中です...