今日だけは、今日こそは

sae

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谷川志織の話

恋の始まり方


 頭が痛い、鈍い痛さ。

 ズキズキよりかは鈍痛、じわーんと揺れるような痛み、これは……頭痛とはなんか違うな、そんなことを思いつつ体を起こした。



 見慣れない部屋……色んなものが広くて大きい、まずはその印象がきて部屋の中をぐるっと見渡していたらガチャッと扉が開く音がした。

 部屋に入ってきたのは腰にバスタオルを巻いて上半身裸の黒須が立っている。



「起きた?」

「……なんで?」

「……どこまで記憶飛んでる?」

 ほぼないかもしれない、そんな事言ったら怒られそうで言えないけれど。



「えっと……えっとぉ……バーで、お酒を飲んで……だいぶ、絡んだね?黒須に」

「おう」

「そんでえっとぉ、えーっとぉ……タクシーに乗った」

「乗ってねぇ」

 もう私の記憶がほぼないことはバレた。



「これってさ、その……事後?」

「自分の身体でわかんないの?」

「うーん、身体より頭の方が痛いのが勝ってて……あんまりよくわかんない、かな」

「……」

 わしゃわしゃとタオルで髪の毛を拭いている黒須の表情はよく見えない。雰囲気からは怒ってる感じも取れる、呆れた風にも感じる。とりあえず、ガッカリさせたんだろうなと思った。



 親しくしていた同期と飲んでて絡まれて色んな後始末と飛ばっちりを受けた、最悪だ。

 そう思っているに違いない。



「ごめん」

「え?なにごめん?」

「全部」

「全部ってなんだよ。覚えてないのに何謝ってんの?あ、覚えてなくてごめんてこと?」

「それはもう最たることだけど……迷惑かけて、ごめん」

 黒須からしたら迷惑以外ないだろう。



「あんだけ酔ってりゃなぁー、それはそれなにり覚悟してたけど……実際本当に覚えてませんって結構ショックな」

「ごめんなさい」

「あの谷川は酒に酔ってないと現れないっつーことだよなぁ……シラフで見たかったな」

「え?」

 ギシッとベッドに腰掛けてきた黒須。

 濡れた髪、程よい筋肉質な二の腕、背中から腰にかけての曲線美がやたら綺麗で、バスタオル一枚の黒須は文句のつけようがないほど色っぽかった。



「思い出せるなら思い出してほしいから、おさらいすっか」

 ベッドの上で二人で記憶の呼び起こしが始まった。





 奪い取ったお酒はロブ・ロイというスコッチウイスキーとスイートベルモットのカクテルだったらしい。名前を聞いてもよくわからないが、スイートベルモットで甘さが感じられるがアルコール度数のかなり高いお酒だったと言う。



「あんなん勧めてくる男、マジで気をつけろよ。即効酔わされてヤられてる」

「ごめん……」

「結局それ一杯飲みきっちゃって、その後なんか火がついたんだよな、まだ飲みたいって。チャイナブルーてカクテル気に入ってさ、あれ二杯飲んでたな」

「チャイナブルー……」

「青くてキレ~とか言って……ねぇな、記憶」

「ごめん……」

 基本ごめん、しか言えない。



「そこから仕事のミスのこと平謝りされて自分のダメさをいっぱい語り出して気づいたら泣き上戸」

「ごめん……」

「もうさすがに酔いすぎだと思って帰ろうとしたらさ、谷川が……」

 怖い沈黙。



「……なに?」

「吐きそうって」

「ごめん!!」

「とりあえず店で吐いて……フラフラだしまだ気分悪そうだし仕方ないよな。ここまで連れてきた。一応、入る前に同意は得たよ?」

「ごめんなさい……本当にご迷惑をおかけして……申し訳ない」

 話を聞いても思い出せそうにないが、思い出したくない気持ちもあってもう平謝りするしかない。



「ここまでで記憶やっぱりないの?」

「うーん……ごめん」

「ここから先は?」

「え?」

 ジッと見つめられてドキリとする。黒須にこんな風に見つめられるのは初めてだ。



「ここからは出来たら思い出してほしい」

「えっと……」

「ホテルに入ってベッドに寝かせて……どうしようかなって思ってた。放っても行けないけど、このままいるのもちょっと辛いなって……そしたら谷川が……」

 また怖い沈黙。



「寂しいって……」

 黒須の吐き出したセリフに顔がカァッッと熱くなった。



「行かないでって、行っちゃやだってめっちゃ可愛いセリフ吐いてさ……ダメだろ、それ。ラブホで酔って、理性ギリギリ保ってる男にそれ、ダメじゃん」

「……ご、めん」

「でもやっぱりこんなんダメだわって思って距離取ろうとしたら……」

 もういちいち沈黙やめてほしい。



「今度めっちゃ甘えてきて……抱っこして、ぎゅーしてって……あれ地獄だった」

「…………ご、ごめんっ」

 聞かされる私も地獄。



「抱きついてきてさ……チューしてほしいって」

 嘘。



「いっぱいチューして抱きしめてって」

 そこのセリフを聞いて私の脳内の記憶が瞬間震えた。ここで、記憶が戻るの勘弁してほしい。



「出来ねぇよって……そんなんしたら止まれないのわかってたし……そしたら……「ごめん」

「え?」

 ベッドに突っ伏して謝る私を見て察しのいい黒須は気付いたようだ。



「あ、思い出した?うそ、ここからわかる?やった、サイコー」

「なにが最高?!最低じゃん!!私……」

 アワアワする私をよそに黒須はさっきまでとは打って変わって楽しそうに話し始める。



「そうそう、出来ないなら私がしてあげるって。自分からキスしてきてさぁ……めっちゃひっついてきてなんならのしかかってきて……「ぎゃー!もうやめてぇぇ!!ごめん!本当に本当にごめんんん!!!!」



「覚えてる?思い出した?」

「……はい」

「なら良かった、あれなかったことにされるの辛いからさ」

 え?



「記憶なくなるかもしれんなぁって覚悟して抱いたけどさ、忘れてほしいわけないじゃん」

「え……それは、どういう……」

「全然気づいてくんないよなぁ。他のヤツらは結構気づいてんのにさぁ、俺がずっと谷川のこと好きなの」

 え?



「なぁ、もう本当に別れたの?彼氏と」

「……え?えっと……別れて、る、みたいなもん?」

「やっぱりまだ別れてねーじゃん……酔ってる口では別れた別れたって言うから……くそ、まだ切れてねーのかよ」

「いや、もう限りなく切れてる関係だよ?ひと月連絡ないしもう、ほんとに終わってると思う」

「ならちゃんと終わらせろ。谷川から切れ!谷川から別れよう、さようならって言えばそんで終わりの話なんだよ!なんで繋がってないとダメなんだよ、あとでなんか言ってきたって知るかよ、ほったらかしにしといて今さら言ってくんな」

 黒須が悔しそうに言う、私よりも悔しそうに、怒っている。その顔を見てどうしようもない切なさが胸を襲ってきた。



「谷川ばっかりじゃんか。会いに行くのも、待つのも……向こうから谷川を思ってやってること俺が知ってる限りねぇよ。なのに、なんでそんな相手に谷川だけがいつまでも誠実に向き合ってんだよ」

「……私、誠実じゃないよ。なにも、してない、なにも……」

「それは応えてくれない相手だからじゃないの?誠実にされたら誠実に返すよ、普通そうだよ。優しくしたいのだって優しくしてもらったからだ。人なんてそんなもんだよ、嬉しかった気持ちは返したいし、喜ばせたいってなる。相手のためにするのはさ……自分がしてもらってるからだ」

 ポロリ、涙がこぼれ落ちた。



「好きなら……会いにくるよ。どんなに遠くてもさ」

 黒須が見つめながら言う。



「会えないから、会いたくて会いにくるんだよ、好きだから」

 黒須の言葉に胸が締め付けられた。



 どこかで分かってた。彼がもう私を好きじゃないんだと。理由は色々あっても結論それなのだ、好きじゃなくなったんだ、彼にとって私は、無になった。

 別れようと言われた方が良かった、さよならと言ってくれた方がよっぽどスッキリする、何も……言ってくれないことがどれだけ寂しくて辛いか。

 何も投げてくれないことが相手の私への対応の仕方なのだと思うとどうしようもなくやるせなかった。



 好きと思い合って付き合ったのに、気持ちはどんどん離れていく。会えない時間が、その距離を広げて止められなくなる。大人なんだから向き合おうよ、どんな結果になっても話せないかな、でも、私だってそれが出来なかった。すれ違った彼ともう一度顔を合わすことから逃げていただけだ。いつから人と真っ直ぐ見つめ合うことを避けだしたんだろう。



 もう好きじゃないんだ、そう言われる現実から私は逃げているだけ。



「……ひっ……」

「そんなにまだ好きで別れたくないの?」

「ちが……自分が……情けなくて……」

「え、まだ酒残ってんの?また泣き上戸?」

「ちがう……ごめ、私だって……なにも伝えてないのに……泣く資格ないのに……」

「……もう別れてよ」

 黒須の手が私の頬に伸びてきた。

 優しくソッと触れて指先が涙をぬぐってくれる。



「他の男で泣く谷川見たくないんだけど」

「……私……」

「今送って?男に別れようって、俺の前で送ってほしい」

 真剣な顔でそう言ったと思ったらベッドを離れた。ソファに置かれた私のバッグを持ってきて差し出される。

 バックから携帯を取り出して彼のライン画面を呼び出した。



【今までありがとう、わ】



 ここまで打って指が止まる。フッと視界を上に上げると黒須の目とぶつかる。



「そこで止まんなよ、そっからだろ、大事なの」

 視線を携帯画面に落としてそう言う。



【今までありがとう、別れよう。さようなら】



「送信」

 黒須がいちいち言うから笑ってしまった。



「送信!早く押せ!」

 送信、そのボタンを押してラインが送られて胸にポッカリ穴が空いた。これだけのこと、たったこれだけのことだった。でもこれが出来なかったのだ、一人では。

 終わった、これでもう待たなくていい、期待しなくていい、ケジメをつけた。私は……次に行ってもいい。



「後悔してる?」

 あんなに別れろと言って送信ボタンを急かしたくせに躊躇うように聞いてくるからまた笑ってしまう。



「してないよ……どうしてこれだけのことが出来なかったんだろうって……なにに縛られて待ってたんだろう」

「そんなん好きだったからだろ。好きだから待つし、諦めたくないじゃんか。終わりにするのは簡単だけど、自分が後悔するのが怖いじゃん、そんだけのことだろ」

「後悔は……ない」

 そう答えたら見つめられた。

 そんな風に見られると照れる、心の底から、照れる。



「晴れてフリー、おめでとう」

「ありがとう」

「ずっと前から好きなんで、付き合ってもらえますか」

「え?」

 ナチュラルに言い過ぎだと思った。おめでとうからの流れにビックリが勝つ。



「好きなんだよ、谷川のこと。もうずっと、しつこく」

「へ……へぇ、そう、なの?し、知らなかった」

「ね?ぜんっぜん気づいてないよな、なんで?」

「なんでって……こっちが聞きたいけど」

 黒須が私を好きだった?

 嘘でしょ?



「本当はさー、もっとちゃんと告白してって色々思ってたんだけどなー……あんな谷川前にして無理じゃん、無理だよ、無理なんだって」

 言い訳みたいになんか無理無理言う黒須に何も言えない、ただビックリして言葉が出ないだけだけど。



「もう絶対強い酒飲むの禁止な、俺の前以外で飲むのも絶対ダメ、可愛すぎ、ダメ」

「かわ、可愛いって……迷惑かけただけ……」

「あんな迷惑ならもういくらでも……」

「へ?!何言って……」

「可愛すぎたよ……キスしてって……もう思い出したんだろ?俺をどんな風に誘ったのか」



 思い出してる……記憶がいきなりそこをフラッシュバックして悲しいくらい生々しい。



「誘った……わけじゃぁ……」

 直視できなくて顔を両手で隠して俯いていたらその手を掴まれてしまう。



「思い出したんだろ?」

 黒須が近づいてくる、人差し指で唇をなぞりながら聞いてくる。



「こうやって……誘ったじゃん」

 そう――、私はこうして黒須を誘った。

 距離を取ろうとしていた黒須に近寄って、服を掴んで引っ張って、黒須の体ににじり寄り指で唇をなぞって言った。




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