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エピソード6
思い出の四カ月①
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パソコンを打つ手を止めてフト時計に目をやった。もうすぐ二十時になるのに千夏がまだ事務所に降りてこない。
千夏は基本的に残業をしない。付き合いだしてからは遠慮なく仕事を押し付けているせいもあってさすがに定時帰りばかりにはならなくなったが、手際が良すぎるのとサボり方が下手なのかいつも遅くても十八時くらいまでしか残らない。
(残業代つけてやろうとかそういうことは思わないんだよな)
もっとせこい奴らはいっぱいいるのにバカみたいに真面目だ。様子を見に実験室に行くと一人でまだ作業を続けていた。
「もう二十時だぞ」
俺が入ってきたことには気づいていただろうけど、作業の手をやめず声だけで答える。
「うん、あともう少し」
今している仕事があまりうまく行っていない。何度か工程に相談を受けたりもしている。
「ちょっと根詰めすぎじゃない?」
「……んー」
「納期まだあるだろ?」
「……ん」
愛想みたいな返事ばかりで全然こっちも見ない。ひと段落ついたのか、「ふぅ」と手を止めると周りを軽く片した。
「誠くん」
「ん?」
少し疲れた表情が伺うようにこちらを見る。実験室は扉が二重にもなったクリーンルームだから人の出入りがあればすぐにわかる。外からは安易にも見えないため千夏はこの部屋だと俺に対していつも警戒心を緩めている。
「ちょっとだけ、さ」
そばにきてキュッと制服を掴む。
「ギュッてしてい?」
返事を聞く前に抱きついてきた。
「……疲れてんな」
「ん……」
胸元に頬を擦り付けて背中に回される腕にギュッと力が込められる。髪の毛をさらりとすくう。肩まで伸びていた髪を最近顎のラインまで揃えた千夏は前よりも少し幼くなった。
「ギュッってして……」
疲れた声が甘えるようにそう言うから可愛くて……こんな風に甘えるようになった。まだ遠慮することはもちろんあるけど、それでも付き合いだした頃を思うとめざましい変化だ。
言われた通りギュッと身体を包み込むと「んっ」と小さな喘ぎ声をこぼした。
「誠くんは?もう帰るの?」
「いや?もう少しかな」
「そうなんだ……」
大変だねぇ、と今にも寝てしまいそうな声をだす。
「こら、寝るなよ?」
「さすがに寝ないよ。寝たいけど」
ふわぁ~、とあくびをしながら身体を起こして腕の力を緩めた。それにならって俺も拘束をとく。
「ふふ、ありがと。あと少し片付けしたら帰るね、心配して様子みにきてくれたんだよね?ごめんね、忙しいのに」
そんな気遣いはしなくていいのに千夏がニコッと微笑んだ。
「千夏」
呼びかけに振り向く。
「いいもんやる」
そう言って手招きすると首を傾けて寄ってきたところを腰を掴んで引き寄せた。
ポケットに手を突っ込んで取り出したふたきれのチョコレートに千夏の目が輝いた。
「――たべたい」
事務所のデスクにチョコレートを常備しているのは血糖値が下がった時用。甘いものが特別好きなわけではないが、仕事中チョコレートで糖分を摂取するようにしている。甘いものに目がない千夏は当然チョコレートに釘付けになっている。
(もっと持ってきてやれば良かったな)
封を破って一粒、千夏の口に持っていくと抵抗もなく口を開けた。その軽く開いた口が無駄にエロい。その無駄にエロい口がチョコレートをぱくんと頬張ると幸せそうに味わっていた。
「おいしぃ、あまぁー溶けるぅー」
お腹すいてきたぁ、そう言いながらチョコを頬張る。俺はそのチョコを舐める口の動きに視線を外せないんだけど。
千夏の口の中でチョコが溶けたところでもうひとつの封を開けると視線がそれに気づいた。取り出したチョコレートは当然貰えると思っているであろう千夏だが、俺がそれを自分の口に咥えたから目を見開いている。
(わっかりやすい顔してんな。なんで自分で食べるの?って絶対そう思ってる)
目は口程に物を言う、じゃないけれど、目が大きめの千夏は無駄に感情が漏れやすい。
「ちゃんとやるよ」
「え……」
そのまま腕を引いて後頭部を掴んで抱き寄せたら、千夏の口にチョコごとかぶりついた。
「ンむっん!」
甘ったるいチョコの香りがお互いの口の中で広がっていく。
「あっ、んんっ――」
二人の熱が重なって想像以上に早く溶け出して……クチュッとくちびるを離して、見つめ合った千夏の顔は案の定真っ赤になっていた。
「えっ、えっちなことをぉ~」
手を口で覆って震えている。
「これダメだな、ヤリたくなる」
血糖値が上がるどころではない、失敗した。
「ばっ、ばかもの!さいてーさいてー!ここ職場だからぁ!」
(……半泣きで怒っている。ほんとに面白いよなぁ)
「こ、こういうことは外でしちゃダメっ!!」
「家ならいいってこと?覚えとく」
「あのねぇ!もぉ……」
頬を赤らませて膨れる顔が可愛い。
「ごめんって。そんな怒んないでよ」
上目遣いに睨まれても全然怖くはないんだけど。
「ダメって言うのはそう言うことじゃなくってぇ!」
「ん?どういうこと?」
「――ほんとに、やめて。もう、チョコ……」
真っ赤になって俯く瞳にかかる睫毛が長いなぁ、なんてどうでもいいことをぼんやり思いながら聞いていたら油断した。
「会社で……チョコレート食べれなくなる……チョコ見るだけでも思い出して、変な気分になっちゃうじゃん」
(……くそかわいい)
そんな風に顔を赤くして言うのはあざとすぎるんだよ。
―――
珍しく誠くんが私のアパートにやってきた。木曜祝日で休みになる明日、水曜はノー残業デイということもあり、仕事後に会うことになっていた。
ネットで頼んでいたものが今日の夜届くことになっていたのを忘れていて、誠くんのウチには行けないからウチに来てとお誘いをした。ウチに来てもらうのは初めてではないけれど、いつも私ばかりが彼の家にお邪魔している。
定時で上がるといっても仕事の多い彼がノー残業できるわけもなくて、私は早々に帰宅して夕飯の準備にとりかかっていた。一人分作るより二人分作る方が作りがいがある。揚げ物も普段一人なら絶対しないけど、誠くんが一緒なら話は別だ。
(カロリー高いけど美味しいんだよね、揚げ物)
最近実は体重が少し落ちている。体つきもなんとなく変わった気がする。その理由はわかっている、間違いなく誠くんのおかげなんだろう。
誠くんは会うたびに私の身体を求めてくれる。二人で過ごすと日付が変わることも多い。いろんなところを触られて揉まれて……。
(ひ、ひとりでこんなこと考えてるのやばい!)
求められて肌を重ねていることを思いだして沸騰しかける、変態か。とりあえず、食べていないことはないのに体重は増えるどころか減ってきているのだ。
(セックスが運動って本当だった、正直うれしい……)
「痩せなくていいよ、痩せたらこれがなくなる」
そう言って胸を揉む誠くん。
(――ていうかぁ……理由が中学生みたいなんだよ)
職場ではあんなにクールで仕事もできて顔色一つ変えないのに、おっぱいの心配する人とか誰が想像できますか?できませんよね、一人で突っ込みながらポテトサラダを仕上げた。お酢を少し入れてあげると、マヨネーズをたくさんいれなくてもおいしく仕上げられてカロリーも抑えられる。
スープは野菜たっぷりのミネストローネ。パスタを入れようかと思ったけど、ご飯を食べるなら糖質を考えて控えることにする。今晩のメインはミルフィーユカツ。ロース肉が安かったからそれを買ってきた。塩胡椒したお肉を二枚重ねてそこにチーズを置いてさらに二枚重ねて衣付け。揚げるのは誠くんが帰宅してからにしよう。
とりあえず下準備ができた!と、思っていたらチャイムが鳴った。鍵を渡しているのに絶対入って来ないのはなぜなんだろう。私はズカズカ入っているのに、遠慮しないでほしい。むしろ普通に鍵を使って入ってきてくれたら嬉しいんだけどな、なんて思いながら扉を開けたら目の前に愛しい人。勝手に頬が緩む。
「おかえりなさーい」
「ただいま」
このやりとり、悶える、どうしよう。
「早かったね」
「部長に捕まりそうだったけど逃げてきた」
はい、と扉を閉めながら紙袋が渡されるから首を傾げながらそれを見つめて、その紙袋の名前にハッとして顔を上げた。
「食べたかったんだろ、それ」
「っ!あり、がとう……買ってきてくれたの?」
「うん、ってちょっとごめん。電話だけ一本させて?」
「うん……ごはん用意していい?」
コクリと頷く彼はまだ仕事モードだ。
(――好き、誠くん、大好き)
買ってきてくれた袋の中を覗き込むとそこにいたのはティラミスとバスクチーズ。最近駅前に出来たケーキ屋さん、ショーケースに並ぶスイーツたちは宝石のように可愛くて前を通るたびにうっとりとしていた。お給料日に一個ずつ制覇していこうと決めていたのだけど。
(どっちも私の好物――!自分はそんなに甘いもの食べないのにぃぃ)
優しさと嬉しさで胸がキュンキュンになる。これは冷蔵庫に大切に冷やしておいて、その間にカツを揚げてしまおうと腕まくりをしなおした。下準備してたので揚げるだけなら簡単、水にさらしていたキャベツの千切りをサラダスピナーにいれて回していると後ろから抱きしめられた。
「腹減ったー、めっちゃいい匂いする」
「電話大丈夫だった?仕事のこと?」
「ん、まぁ……帰ってるからどうしようもないし。もうあんまり考えたくない」
そう言いながら手がエプロンの脇から入り込んでシャツのボタンを外していく。
「……こら」
「え」
「え、じゃなくって。サラッとボタン外すとか器用すぎるから」
「うまそうだったから」
そう言って首筋に吸い付かれたら身体が震える。
「んぁ!こ、こらぁ!もっと美味しいのすぐできるから!」
「千夏よりうまいもん、そうないけどなぁ」
(――や、やらしい言い方なうえに肉食発言!!)
「先にしたいとか言ったらダメ?」
「ダメ!」
「なんで?」
「なんでって……逆に何で?!」
「千夏が腕の中にいるから」
「っ!」
そん……な、甘い言葉にほだされてはいかん!
「ご飯もう出来た!揚げたて食べよう!揚げたてが一番おいしいから!」
「じゃあ食ったらしていい?」
「ティラミスとバスクチーズが待ってるよ!」
「……千夏ってさぁ、絶対俺より食いもん優先だよな」
「そ、そんなことは……」
ないはずだ。ないはず、だよね?そう言い返そうと思うものの。
「絶対食いもんに負けてるー」
そんな言葉を吐いて誠くんを拗ねさせてしまった。
千夏は基本的に残業をしない。付き合いだしてからは遠慮なく仕事を押し付けているせいもあってさすがに定時帰りばかりにはならなくなったが、手際が良すぎるのとサボり方が下手なのかいつも遅くても十八時くらいまでしか残らない。
(残業代つけてやろうとかそういうことは思わないんだよな)
もっとせこい奴らはいっぱいいるのにバカみたいに真面目だ。様子を見に実験室に行くと一人でまだ作業を続けていた。
「もう二十時だぞ」
俺が入ってきたことには気づいていただろうけど、作業の手をやめず声だけで答える。
「うん、あともう少し」
今している仕事があまりうまく行っていない。何度か工程に相談を受けたりもしている。
「ちょっと根詰めすぎじゃない?」
「……んー」
「納期まだあるだろ?」
「……ん」
愛想みたいな返事ばかりで全然こっちも見ない。ひと段落ついたのか、「ふぅ」と手を止めると周りを軽く片した。
「誠くん」
「ん?」
少し疲れた表情が伺うようにこちらを見る。実験室は扉が二重にもなったクリーンルームだから人の出入りがあればすぐにわかる。外からは安易にも見えないため千夏はこの部屋だと俺に対していつも警戒心を緩めている。
「ちょっとだけ、さ」
そばにきてキュッと制服を掴む。
「ギュッてしてい?」
返事を聞く前に抱きついてきた。
「……疲れてんな」
「ん……」
胸元に頬を擦り付けて背中に回される腕にギュッと力が込められる。髪の毛をさらりとすくう。肩まで伸びていた髪を最近顎のラインまで揃えた千夏は前よりも少し幼くなった。
「ギュッってして……」
疲れた声が甘えるようにそう言うから可愛くて……こんな風に甘えるようになった。まだ遠慮することはもちろんあるけど、それでも付き合いだした頃を思うとめざましい変化だ。
言われた通りギュッと身体を包み込むと「んっ」と小さな喘ぎ声をこぼした。
「誠くんは?もう帰るの?」
「いや?もう少しかな」
「そうなんだ……」
大変だねぇ、と今にも寝てしまいそうな声をだす。
「こら、寝るなよ?」
「さすがに寝ないよ。寝たいけど」
ふわぁ~、とあくびをしながら身体を起こして腕の力を緩めた。それにならって俺も拘束をとく。
「ふふ、ありがと。あと少し片付けしたら帰るね、心配して様子みにきてくれたんだよね?ごめんね、忙しいのに」
そんな気遣いはしなくていいのに千夏がニコッと微笑んだ。
「千夏」
呼びかけに振り向く。
「いいもんやる」
そう言って手招きすると首を傾けて寄ってきたところを腰を掴んで引き寄せた。
ポケットに手を突っ込んで取り出したふたきれのチョコレートに千夏の目が輝いた。
「――たべたい」
事務所のデスクにチョコレートを常備しているのは血糖値が下がった時用。甘いものが特別好きなわけではないが、仕事中チョコレートで糖分を摂取するようにしている。甘いものに目がない千夏は当然チョコレートに釘付けになっている。
(もっと持ってきてやれば良かったな)
封を破って一粒、千夏の口に持っていくと抵抗もなく口を開けた。その軽く開いた口が無駄にエロい。その無駄にエロい口がチョコレートをぱくんと頬張ると幸せそうに味わっていた。
「おいしぃ、あまぁー溶けるぅー」
お腹すいてきたぁ、そう言いながらチョコを頬張る。俺はそのチョコを舐める口の動きに視線を外せないんだけど。
千夏の口の中でチョコが溶けたところでもうひとつの封を開けると視線がそれに気づいた。取り出したチョコレートは当然貰えると思っているであろう千夏だが、俺がそれを自分の口に咥えたから目を見開いている。
(わっかりやすい顔してんな。なんで自分で食べるの?って絶対そう思ってる)
目は口程に物を言う、じゃないけれど、目が大きめの千夏は無駄に感情が漏れやすい。
「ちゃんとやるよ」
「え……」
そのまま腕を引いて後頭部を掴んで抱き寄せたら、千夏の口にチョコごとかぶりついた。
「ンむっん!」
甘ったるいチョコの香りがお互いの口の中で広がっていく。
「あっ、んんっ――」
二人の熱が重なって想像以上に早く溶け出して……クチュッとくちびるを離して、見つめ合った千夏の顔は案の定真っ赤になっていた。
「えっ、えっちなことをぉ~」
手を口で覆って震えている。
「これダメだな、ヤリたくなる」
血糖値が上がるどころではない、失敗した。
「ばっ、ばかもの!さいてーさいてー!ここ職場だからぁ!」
(……半泣きで怒っている。ほんとに面白いよなぁ)
「こ、こういうことは外でしちゃダメっ!!」
「家ならいいってこと?覚えとく」
「あのねぇ!もぉ……」
頬を赤らませて膨れる顔が可愛い。
「ごめんって。そんな怒んないでよ」
上目遣いに睨まれても全然怖くはないんだけど。
「ダメって言うのはそう言うことじゃなくってぇ!」
「ん?どういうこと?」
「――ほんとに、やめて。もう、チョコ……」
真っ赤になって俯く瞳にかかる睫毛が長いなぁ、なんてどうでもいいことをぼんやり思いながら聞いていたら油断した。
「会社で……チョコレート食べれなくなる……チョコ見るだけでも思い出して、変な気分になっちゃうじゃん」
(……くそかわいい)
そんな風に顔を赤くして言うのはあざとすぎるんだよ。
―――
珍しく誠くんが私のアパートにやってきた。木曜祝日で休みになる明日、水曜はノー残業デイということもあり、仕事後に会うことになっていた。
ネットで頼んでいたものが今日の夜届くことになっていたのを忘れていて、誠くんのウチには行けないからウチに来てとお誘いをした。ウチに来てもらうのは初めてではないけれど、いつも私ばかりが彼の家にお邪魔している。
定時で上がるといっても仕事の多い彼がノー残業できるわけもなくて、私は早々に帰宅して夕飯の準備にとりかかっていた。一人分作るより二人分作る方が作りがいがある。揚げ物も普段一人なら絶対しないけど、誠くんが一緒なら話は別だ。
(カロリー高いけど美味しいんだよね、揚げ物)
最近実は体重が少し落ちている。体つきもなんとなく変わった気がする。その理由はわかっている、間違いなく誠くんのおかげなんだろう。
誠くんは会うたびに私の身体を求めてくれる。二人で過ごすと日付が変わることも多い。いろんなところを触られて揉まれて……。
(ひ、ひとりでこんなこと考えてるのやばい!)
求められて肌を重ねていることを思いだして沸騰しかける、変態か。とりあえず、食べていないことはないのに体重は増えるどころか減ってきているのだ。
(セックスが運動って本当だった、正直うれしい……)
「痩せなくていいよ、痩せたらこれがなくなる」
そう言って胸を揉む誠くん。
(――ていうかぁ……理由が中学生みたいなんだよ)
職場ではあんなにクールで仕事もできて顔色一つ変えないのに、おっぱいの心配する人とか誰が想像できますか?できませんよね、一人で突っ込みながらポテトサラダを仕上げた。お酢を少し入れてあげると、マヨネーズをたくさんいれなくてもおいしく仕上げられてカロリーも抑えられる。
スープは野菜たっぷりのミネストローネ。パスタを入れようかと思ったけど、ご飯を食べるなら糖質を考えて控えることにする。今晩のメインはミルフィーユカツ。ロース肉が安かったからそれを買ってきた。塩胡椒したお肉を二枚重ねてそこにチーズを置いてさらに二枚重ねて衣付け。揚げるのは誠くんが帰宅してからにしよう。
とりあえず下準備ができた!と、思っていたらチャイムが鳴った。鍵を渡しているのに絶対入って来ないのはなぜなんだろう。私はズカズカ入っているのに、遠慮しないでほしい。むしろ普通に鍵を使って入ってきてくれたら嬉しいんだけどな、なんて思いながら扉を開けたら目の前に愛しい人。勝手に頬が緩む。
「おかえりなさーい」
「ただいま」
このやりとり、悶える、どうしよう。
「早かったね」
「部長に捕まりそうだったけど逃げてきた」
はい、と扉を閉めながら紙袋が渡されるから首を傾げながらそれを見つめて、その紙袋の名前にハッとして顔を上げた。
「食べたかったんだろ、それ」
「っ!あり、がとう……買ってきてくれたの?」
「うん、ってちょっとごめん。電話だけ一本させて?」
「うん……ごはん用意していい?」
コクリと頷く彼はまだ仕事モードだ。
(――好き、誠くん、大好き)
買ってきてくれた袋の中を覗き込むとそこにいたのはティラミスとバスクチーズ。最近駅前に出来たケーキ屋さん、ショーケースに並ぶスイーツたちは宝石のように可愛くて前を通るたびにうっとりとしていた。お給料日に一個ずつ制覇していこうと決めていたのだけど。
(どっちも私の好物――!自分はそんなに甘いもの食べないのにぃぃ)
優しさと嬉しさで胸がキュンキュンになる。これは冷蔵庫に大切に冷やしておいて、その間にカツを揚げてしまおうと腕まくりをしなおした。下準備してたので揚げるだけなら簡単、水にさらしていたキャベツの千切りをサラダスピナーにいれて回していると後ろから抱きしめられた。
「腹減ったー、めっちゃいい匂いする」
「電話大丈夫だった?仕事のこと?」
「ん、まぁ……帰ってるからどうしようもないし。もうあんまり考えたくない」
そう言いながら手がエプロンの脇から入り込んでシャツのボタンを外していく。
「……こら」
「え」
「え、じゃなくって。サラッとボタン外すとか器用すぎるから」
「うまそうだったから」
そう言って首筋に吸い付かれたら身体が震える。
「んぁ!こ、こらぁ!もっと美味しいのすぐできるから!」
「千夏よりうまいもん、そうないけどなぁ」
(――や、やらしい言い方なうえに肉食発言!!)
「先にしたいとか言ったらダメ?」
「ダメ!」
「なんで?」
「なんでって……逆に何で?!」
「千夏が腕の中にいるから」
「っ!」
そん……な、甘い言葉にほだされてはいかん!
「ご飯もう出来た!揚げたて食べよう!揚げたてが一番おいしいから!」
「じゃあ食ったらしていい?」
「ティラミスとバスクチーズが待ってるよ!」
「……千夏ってさぁ、絶対俺より食いもん優先だよな」
「そ、そんなことは……」
ないはずだ。ないはず、だよね?そう言い返そうと思うものの。
「絶対食いもんに負けてるー」
そんな言葉を吐いて誠くんを拗ねさせてしまった。
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