続・ゆびさきから恋をするーclose the distance

sae

文字の大きさ
29 / 75
エピソード5

秘密の三ヶ月③

しおりを挟む
 恋人がいたって他の女の子に目がいくのは男あるある――いや、女だってそんな子はたくさんいる。
 今付き合っている彼女とは大学からの付き合いで結婚も視野に入ってきてはいるが、実際はマンネリで。ダラダラと付き合っているからいつかは結婚するのかな、みたいな感じ。そのとりあえず続く関係性になんだか嫌気がさす日も増えていて、彼女のことは好きだけど、昔みたいなときめきは今や持てずにいた。

 そんな中、職場に可愛い子がいてその子と話すのが楽しかったりするとクラッとくるのが正直な話で。彼女を見つけるといつも何かしらの理由をつけてちょっかいをかけていた。

 派遣の菱田さんはとりあえず可愛い、見た目も話していてもだ。

 気が強いくせに案外抜けてて世間知らず。男に甘えるのが下手そうなのに、ここでそんなこと言っちゃう?みたいなセリフを吐いたりするから、この子俺のこと実は好きなんじゃない?と勘違いしかけたのは何度もあった。
 そこに小柄で肉付きがよさそうなやたらやらしい体つき。顔も普通に可愛くて、いつもふわっといい匂いがする。その匂いは本当に鼻をかすめるくらい微かで、でもやたら嗅覚を刺激してくる。
 女の子独特の甘い香り、髪の毛なのか体からなのかはわからないけど、その微かな香りが余計身体を滾らせてくるのだ。

 花は、人間の目には見えない熱でミツバチを誘っているという。

 匂いだけじゃない、彼女の放つ空気が、声が、熱が、どれも甘く誘ってくるようで、会うたびに近づきたい、そう思わせる。

 社内でも俺は彼女と仲がいいほうだと思う。くだけて話してくれるし、プライベートな話もする。でも誘うと困ったように微笑んであまり乗ってきてはくれない。
 開口一番は「彼女いるんでしょ?」の線引き。

(そうだけど……なんか一回くらいあってもいいんじゃない?)

 なんて不埒な気持ちを読まれているのか、職場のフランクな仲間カテゴリーから抜けられずにいる。彼女からもし誘われたら喜んで受け入れて今の彼女とも別れるだろう。そう思う時点で彼女に惚れているのかと思うけれど、自分からはなかなかその境界を越えられない。

 彼女と別れる勇気もない、気になる彼女に踏み込む勇気もない。

 彼女から誘われないと動けないなんて、自分がクズでヘタレすぎて情けないなと思うのだけど。

 自分では見た目も別に悪くないとは思うけどめちゃくちゃモテるわけでもない。せめて、仕事だけでももう少し自信が持てればいいのに、そこまでまだいけない。

 俺はどれもが中途半端なんだ――。

 そんなある日。

「内田」
 呼ばれて足を止めると事務所前でうちのリーダーの佐藤さんと5グループの久世さんが話していた。この二人は同期で、ここの同期組はスペックが高くて社内でも有名だ。出身大学、昇進スピード、上司評価も高いのに、スタイルに顔までいい。
 もちろん女性社員たちから一目置かれる憧れの人たちで、佐藤さんが去年結婚した時は泣いてる子もたくさんいたと聞いた。
 そんな風に泣く彼女たちは見た目と経歴で判断しているだけだろうけど、仕事で絡みいろんなところで聞く噂からすると、ここの同期組はだいたいみんな性格が黒い。つまり仕事で付き合うには精神的にストレスを使うなかなかハードな人たちである。

 俺の直属上司の佐藤さん。
 優しそうに見えて笑顔で毒を吐く人。仕事も容赦なく淡々と振ってくるし、そこに手厳しいチェックと要求を出してくるから毎日泣きながら仕事をしている。静かで穏やかな雰囲気だから佐藤さんが上司なんて羨ましい、なんて同期の女子に言われたことがあるけれど、そんなん全然嘘。静かで穏やかはそうなんだけど、キレる時もびっくりするほど静かだ。
 静かにネチネチ締め上げられていく感じ。めちゃくちゃ鋭利に尖った針を一本ずつ刺してくるような怒り方。ハッキリ怒鳴られた方がマシ、絶対拷問好きだろ、そんなタイプ。はい、無理。
 もちろん、そんな佐藤さんに俺が仕事で褒めてもらったことは未だない。

「この依頼書、お前なんで出してた?」
「――あ、それサンプルの追加で……」
「追加?」
 そう言って冷たい目を向けてきたのは久世さんだ。

 久世さんの声に心なしかいつも以上に圧を感じる。いや、久世さんはいつも威圧的だしなんか上からだし、普通に話してても怖いんだけど。
 そんな久世さんが放った一言だけで、蛇に睨まれた蛙状態……怒られるようなことはまだしていないと思うけど、まだしてないはずだけど?!それでもすでに怒られているような気になって固まってしまった。

 (こっえぇ~~)

 背も高いしイケメン、しかもクールなタイプだからなんだ?ジッと見られると……怖い。切れ目の涼し気な目がさらに冷たく刺してくるようで……いや、これ俺にだけ?この冷気はなんとなく俺にだけ?

 勘違いであってほしいのに、なぜか無駄に久世さんに冷ややかに見られている気がするのだ。



 久世さんが本社から移動してきて半年以上は経つけど、俺は未だにビビっている。まず依頼を通すためのプレゼンが鬼のように厳しいから、納得してもらえるように準備するのに無駄に時間がかかり精神的プレッシャーもひどい。

(それで突き返されたときの虚しさな……)

 必要性の感じない依頼は通さない、前に一度ハッキリ言われたことがある。

「先週受けたやつの追加ってこと?これ追加する意味は?」
「――意味、ですか」
 冷たい声……目の前には拷問タイプの課長と冷酷無残タイプの課長。二人に無言で見つめられるという地獄絵図。はい、死にそう。

(こっわー、緊張感ハンパないんですけどー-)

 頭の中で言葉を整理しているもののうまく順序立てできなくて沈黙。黙る俺に久世さんが言ってくる。別に助け船でもなんでもないだろう、”早く言え”の圧しかない。

「前にしてない?このサンプルの類似品」
「……して、もらって、ます」
「で?それでまだ追加で試験しないといけない理由は?」

(圧がぁぁぁー、窒息死しそうーーーー)

「この結果を追加することで値がどんだけ左右されて、なにがわかる?なに見たい?」
 畳みかけるように言われて余計テンパる。この緊迫状態で、とりあえずN数取りたいだけです、とか死んでも言えない。

「N数欲しくてバラつき知りたいだけなら前のデータなり頭使って出せって佐藤には言った」

(バレてるーー)

「そう、で。一応内田の考えも聞こうかと思ったんだけどそんな感じなんだな?」

(佐藤さん、守ってくんなぁーい)

「――はい」
「じゃあそういうことで」
 久世さんは俺に見向きもせず佐藤さんにそう言って依頼書を渡すと去っていった。

(……こ、怖すぎるうえに俺に言わないあたりがむごい!感じ悪ーー!!)

「お前もチャレンジャーだよなー、とりあえずみたいな試験久世に出すな」
 依頼書を突き返されてまた項垂れた。

「久世さん、怖すぎませんか」
「そー?わかりやすくていいじゃん」
 無駄がなくてやりやすい、と黒く笑うのだ。はい、怖い。

(――絶っ対嫌、ここの同期組!!)

「はぁ、久世さんに依頼通すのとか無理っすよ~」
「久世の下でちゃんと意見してやってる子もいてるのに何言ってんだ?ちょっかいばっかかけてる菱田さん見習えばぁ?あの子久世にもちゃんと意見してるぞ」
「いや、女の子じゃないっすか」
「だから?久世が性別差別するわけないじゃん。あいつが区別するのは仕事できるできないだけ。めちゃくちゃシンプルだわ」

 それはつまり。

「――俺、もう見限られてますかね」
 そういった俺の方に佐藤さんが足を止めて振り向いてくれるものの。

「――かもな」
 そこはフォローしてほしかった。

(――嫌いだ、この同期組)

 そんでもうあの久世さんの元にいる彼女に下心で近づいてるなんて本音がバレたら社会的制裁を受けそうだと身震いするのに、結局また俺はちいちゃんを見かけると声をかけてしまうんだ。


しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

憧れのお姉さんは淫らな家庭教師

馬衣蜜柑
恋愛
友達の恋バナに胸を躍らせる教え子・萌音。そんな彼女を、美咲は優しく「大人の身体」へと作り替えていく。「ねえ萌音ちゃん、お友達よりも……気持ちよくしてあげる」眼鏡の家庭教師が教えるのは、教科書には載っていない「女同士」の極上の溶け合い方。 女性向け百合(レズビアン)R18小説。男性は出てきません。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

禁断溺愛

流月るる
恋愛
親同士の結婚により、中学三年生の時に湯浅製薬の御曹司・巧と義兄妹になった真尋。新しい家族と一緒に暮らし始めた彼女は、義兄から独占欲を滲ませた態度を取られるようになる。そんな義兄の様子に、真尋の心は揺れ続けて月日は流れ――真尋は、就職を区切りに彼への想いを断ち切るため、義父との養子縁組を解消し、ひっそりと実家を出た。しかし、ほどなくして海外赴任から戻った巧に、その事実を知られてしまう。当然のごとく義兄は大激怒で真尋のマンションに押しかけ、「赤の他人になったのなら、もう遠慮する必要はないな」と、甘く淫らに懐柔してきて……? 切なくて心が甘く疼く大人のエターナル・ラブ。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

氷の上司に、好きがバレたら終わりや

naomikoryo
恋愛
──地方から本社に異動してきた29歳独身OL・舞子。 お調子者で明るく、ちょっとおせっかいな彼女の前に現れたのは、 “氷のように冷たい”と社内で噂される40歳のイケメン上司・本庄誠。 最初は「怖い」としか思えなかったはずのその人が、 実は誰よりもまっすぐで、優しくて、不器用な人だと知ったとき―― 舞子の中で、恋が芽生えはじめる。 でも、彼には誰も知らない過去があった。 そして舞子は、自分の恋心を隠しながら、ゆっくりとその心の氷を溶かしていく。 ◆恋って、“バレたら終わり”なんやろか? ◆それとも、“言わな、始まらへん”んやろか? そんな揺れる想いを抱えながら、仕事も恋も全力投球。 笑って、泣いて、つまずいて――それでも、前を向く彼女の姿に、きっとあなたも自分を重ねたくなる。 関西出身のヒロイン×無口な年上上司の、20話で完結するライト文芸ラブストーリー。 仕事に恋に揺れるすべてのOLさんたちへ。 「この恋、うちのことかも」と思わず呟きたくなる、等身大の恋を、ぜひ読んでみてください。

ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?

春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。 しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。 美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……? 2021.08.13

Sweet Healing~真摯な上司の、その唇に癒されて~

汐埼ゆたか
恋愛
絶え間なく溢れ出る涙は彼の唇に吸い取られ 慟哭だけが薄暗い部屋に沈んでいく。    その夜、彼女の絶望と悲しみをすくい取ったのは 仕事上でしか接点のない上司だった。 思っていることを口にするのが苦手 地味で大人しい司書 木ノ下 千紗子 (きのした ちさこ) (24)      × 真面目で優しい千紗子の上司 知的で容姿端麗な課長 雨宮 一彰 (あまみや かずあき) (29) 胸を締め付ける切ない想いを 抱えているのはいったいどちらなのか——— 「叫んでも暴れてもいい、全部受け止めるから」 「君が笑っていられるなら、自分の気持ちなんてどうでもいい」 「その可愛い笑顔が戻るなら、俺は何でも出来そうだよ」 真摯でひたむきな愛が、傷付いた心を癒していく。 ********** ►Attention ※他サイトからの転載(2018/11に書き上げたものです) ※表紙は「かんたん表紙メーカー2」様で作りました。 ※※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

Home, Sweet Home

茜色
恋愛
OL生活7年目の庄野鞠子(しょうのまりこ)は、5つ年上の上司、藤堂達矢(とうどうたつや)に密かにあこがれている。あるアクシデントのせいで自宅マンションに戻れなくなった藤堂のために、鞠子は自分が暮らす一軒家に藤堂を泊まらせ、そのまま期間限定で同居することを提案する。 亡き祖母から受け継いだ古い家での共同生活は、かつて封印したはずの恋心を密かに蘇らせることになり・・・。 ☆ 全19話です。オフィスラブと謳っていますが、オフィスのシーンは少なめです 。「ムーンライトノベルズ」様に投稿済のものを一部改稿しております。

処理中です...