続・ゆびさきから恋をするーclose the distance

sae

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後日談

プロポーズのそのあとは……④

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 久しぶりに怒りで手が震えている。

(なに?風間さんてなに?馬鹿なの?何考えんの?もう生理的に無理なんですけど)

 実験室に戻ってから悶々から苛々に変わって今はもうムカムカしてきていた。振られた腹いせなのか、付き合ってる人を内緒にする代わりに自分と付き合ってるなんて嘘の噂を同期に流してどうしたいんだ。

(それで私の気持ちを揺らがしたいの?付き合ってる人と揉めて破局でもしたらいいって掻き混ぜてやりたかった?どっちにしても最低だし、やり方もセコくて女々しいし!私の前では余裕ぶった態度見せておいて裏ではそんなダサい事するんじゃん!そんな人好きになるわけないし!)

 馬鹿にしている。

「菱田ちゃん、おつかれ~」
 高田さんに声をかけられて時計に目をやる。いつのまにか16時を回っていた。

「お疲れ様です」
「また明日ね~」
 高田さんの背中を見送っていたら、誠くんが交代に実験室に入ってきた。

(事務所でウッチーに呼ばれたところ、絶対見てたよなぁ……)

 事務所の人がたくさんいた中で、業務時間内……ウッチーもウッチーだ。あんな風に人のことを引っ張り出して無駄に目立たせて……落ち着くどころかムカムカがじわじわと今度は悶々にまで変わってくる。

(どう見ても仕事関係の話なんて思えなかったよね、実際仕事のことと全く関係なかったもん。嫌だな、聞かれたら答えないといけない……嫌だな、どれもこれも……)

 言いたくない。

(お願い、なにも聞かないで……)

「おつかれ」
 そう思っていたら声を掛けられたのだが、なんだろう。誠くんの表情はなんとなく嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。

(なに?ウッチーのこととは違う話……かな)

「……お疲れ様です」
「千夏」
 名前を呼ばれて思わず周りを見渡してしまう。もうこれは癖なんだ、条件反射で周りを気にしてしまう。それを察して誠くんはいつも笑うのだ。

「誰もいないよ」

(そうだよね、誰かいるときにそんな風に名前なんか誠くんは呼んだりしない)

 何となく気まずくて、視線を泳がせていると実験台に腰をもたれる様にして立って手招きされる。おずおずと近寄って見上げると前屈みになって距離が縮まる。誠くんが真っ直ぐ見つめてくる。身長差があるけど、いつもよりもずっと視線が近い。

「な、なに?」
「千夏はさ、日にちとか大事にしたい?」
「……ひ、日にち?」

(なんの話?)

 聞き返すとぎゅっと手を取られて見つめてくるからドキッとした。

「な、なに?」
 誰もいないとはいえ、職場だ。誰かが入って来るかも……その心配が尽きなくてソワソワする私をよそに誠くんはお構いなしに言ってきた。

「今日帰ってから入れに行こうか――籍」
「せ、せき?」

(せき?席?咳?)

「市役所」
「市役所?」
「なんでわかんないんだよ、入籍」

 ――は?

「日にちとかに拘らないなら今日結婚したいんだけど。結婚したらもうオープンにしてもいいんだろ?ならもう結婚しよう、籍入れよう、いい?」
「……」

 またいきなり爆弾発言をしてくるから脳内が全く追い付かない。

(なに?今日結婚したいって、何言ってんの?今日〇〇食べたいみたいなそんな軽いノリで言う話かな、それ)

「え?なに、ええ?まって、いいってなに?」
 いいわけない、いやダメとかではなく……いや、ダメだろう!

「なに?!なんでそんな話になるの?」
「結婚しようって話してたから」
 いやいやいや。してるけど、してたけど!

「今日?なんで?」
「俺がもう結婚したいから」
 その言葉に目を剥いた、瞬間、顔がかぁぁっと熱くなった。

「そ、それが今日なの?きょ、今日?なん、なんで?また急じゃない?」
「じゃないよ、俺はもうずっとそう思ってたし」

(でたー!誠くんのその勝手に決めたり思ってるパターン!)

「そ、そんな話は初めて聞くんだけど!」
「そうだっけ?」
「そうだよ!急にそんな、いきなり言われても……」
 同棲を提案してきた時もそうだけど、いつも勝手に思いすぎじゃないだろうか。匂わせさえもなくいつもいきなり言いすぎだろう。しかも内容が段階を超えまくっている。あわあわしだしたら誠くんが伺うように聞いてきた。

「もっと特別な日に結婚したいとか入籍日はこの日とかあった?」
 そんなものは別にない。入籍したらその日が特別になるんだから、そう思って首をフルフルと横に振った。

「じゃあ今日入籍するのに反対?今日はイヤ?」
 真っ直ぐ見つめられて固まってしまった。

「千夏、返事」
「せ、せっかちすぎない?」
「そうだな、問題は事が大きくなる前になるべく早く解決したいかな」
「問題……ってなに?」
「千夏に変な噂が立つ前に?とか?」

(――変な噂)

「まさかっ……き、聞いてたの?!」
 声を荒げたら笑われた。

「ちょっと内田に用事があって追いかけたら、なんか入るに入れなくて。あ、佐藤も聞いてた」
「う、嘘でしょぉ!」
「なかなかいいタンカ切ってたな。佐藤が褒めてたぞ」
 あれを聞かれていたのか……最悪だ。じゃあ誠くんはだいたいの事情を知っているということか……。

(ガーン!うそぉー、やだー最悪ー)

「内田にバカは良かった」
「そ、それはぁ!」
「仕事しない人は大嫌いもなかなか良かった。もっと言ってやれ」
「だからぁ!」

(もうやめてぇぇ!)

「結婚しよう」

(な……なにそれ、そこでそのセリフ普通言う?)

 脳内パニック、いろんなことを一気に言われて困惑、羞恥心、後悔に……え……結婚?

「誠くん……本気で言ってるの?」
「本気だよ。プロポーズだけじゃ意味なんかない、千夏が俺のモノになった証明なんか何にもないじゃんか」
 そんなことは……そう言いたいけど何も言い返せない。好きだと何回言っても、薬指に指輪を嵌めたって。毎日傍で暮らしていても……私と誠くんはまだ他人。

「俺がもう言いたい、千夏とのこと。内緒にしたくないし、内緒にさせたくない。お前と結婚したってちゃんと言いたい。お前が誰のものかちゃんと周りに示したい」

(ちょっと待ってよ……)

「千夏もちゃんと言ってよ、俺がお前のものなんだって」

(そんな風に言われて――嫌なんか言えるわけないでしょ?)

 ここは実験室のまだ定時内。しかも私はさっき人に仕事をしろなんてきつく暴言を吐いたあとなんだ。それなのに、恋に浮かれて目の前の人にときめいて……仕事なんかもう頭の中から抜け落ちている。

「し、仕事中……」
「クソ真面目」
「ふ、普通です!」
 言い返したら吹き出されて腰をグッと引き寄せられた。

「ま、誠くん!」
「そういう千夏だから好きなんだよなぁー、俺」
 誠くんの腕の中に抱かれて高鳴る胸が止まらない。このドキドキに包まれて、優しい目で見つめられて好きだなどと言われたら――無理だ。

「返事は?」
 恋人の時の甘い声なのに、まるで仕事の延長みたいな上司の顔で聞いてくる。試すみたいに、仕事山ほど振ってくるちょっと意地悪な久世さん。それは私が一番好きな誠くんだから――。

「……了解しました」
 
 そしてその日――私は大好きな人と結婚した。


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