続・ゆびさきから恋をするーclose the distance

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結婚エトセトラ

special report……それぞれの明日(誠/高宮)①

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 千夏と付き合うようになってからずっと胸の中で引っかかっている案件が一つある。とりあえず籍をいれてけじめがついたこともあり、会社に色々報告する前に杉崎部長に挨拶に行くことにした。

「悪いな、時間なかなか取れんくて」
「いえ、お忙しいのにすみません」
「何の話?仕事……じゃないよな?久世なら仕事だったら待たずに直球で時間割ってくるわな」
 そう笑われてしまう。

「個人的なことなんですけど」
「おう、なんだ?」
「結婚しました」
 部長の目が意外そうに見開かれた。

「――それを俺にわざわざ言う意味は?」
「部長が可愛がってる人なんで」
 さらに目が見開かれて思わず笑ってしまった。

「……すみません」
「菱田くんか?」
「はい」
「いつから?」
「こっちにきて……半年?くらいですかね。一年ほど付き合って先日籍をいれました。事後報告ですみません」
「ほんとかよ、全然知らんかったわ」
 そうか、とつぶやいて何かを考えているように黙ってしまった。

(なんだ?なんの間だ……?)

「すみません」
 なんとなく謝ると「なんのすみませんだ、それは」と低い声で聞き返される。

「いや、なんとなく……すみません」
「なんとなくで謝るな。お前仕事でだと早々謝らんくせにそんな簡単に謝るのかよ」
 笑われた。

「そうか、久世がなぁ、ふぅん……俺があと二十くらい若かったらなぁ~俺が口説いてたのに」
「やめてください」
 笑いながら言われても全然笑えないから真面目に突っ込んでしまう。それに部長が吹き出した。

「笑って受け止めろや、心狭いやつだな」
「ちょっと無理でしたね」
「まぁ、それは冗談としてもな。そうか……いや、良かったよ。久世ならしっかりしてるし安心だわ」
 そんな親目線な言い方に、噂通り千夏を娘の様に思っているんだな、と肌で感じていたらその気持ちを読まれたように部長が話し出した。

「ほんとに娘によく似てるんだわ。見た目は全然違うんだけどな。あの気の強い感じとか……気が強く自分に厳しくて、なのにどっか危なっかしい感じがなぁ。いつもほっとけんかった。娘とダブらせてしまって……菱田くんからしたら迷惑な話だろうけど」
 部長の娘さんが突然の事故で亡くなったのは有名な話だ。部長はその時海外に出張ですぐに駆けつけることもできなかったと風の噂で聞いている。

「そうか、いや、おめでとう。これを一番に言わんといかんかったな。悪い」
「いえ、ありがとうございます」
「わざわざ報告してくれてありがとう。大事にしてやってくれ」
「はい」
 マジでこれ何の報告?そう思うが仕方ない。親目線な部長に筋を通しておかないと後々面倒そうだからな……そう思いながらも返事をしていたら聞かれた。

「仕事は?どう思ってる?」
「……どう……なるかは会社側の判断を聞いてからですかね。直属すぎるしどうなんでしょう。彼女に今の仕事を辞めさせたいとかはないんです」
 千夏の意見も聞かないといけないが、辞めさせたくない。

「動くなら俺でいいって思ってます」
「いやぁ、久世がいなくなるのは部署的には痛いなぁー。うーん、まぁ女性はわからんからな。すぐ働けなくなるかもしれんし」
 それは妊娠のことを言ってるんだろうけど曖昧に返事するしかない。

「菱田くんなら他のグループでもうまくやると思うんだが。佐藤のところでな、泡の分析に人が欲しいと言ってたんだわ。そこに最悪滑り込ませることもできるし……まぁおいおい考えよう」
「お願いします」
「おう、またよかったらお祝いさせてくれ。三人で飯でも行こう」
「ありがとうございます」
 千夏が本気で部長に好かれていることをこの機会で確信した。娘とダブるにしても大手企業の役員候補の人にここまで可愛がられのもある種才能だな、と感心する。

(あの自己肯定の低さももう少しなんとかならんかね)

 自分が周りにどう映っているのか、千夏はもっと冷静に自己分析をしたほうがいい。
 とにもかくにも俺は一つ重荷だったストレスが解消されて晴々とした気になっていた。


 ――――――――――


 久世が結婚して久々に同期で飲もうということになった。同期と言っても身近の気楽に話せるヤツだけ。開発の佐藤と事業部の森山、あと営業の和泉。結婚しているのは佐藤だけで仲良く連れ合ってる同期の中では既婚者はこれで二人目になる。

「和泉が遅れるって、今日東京らしい」
「んじゃ、先に飲んでるか。では、久世くん、結婚おめでとうー!」
 体育会系の森山が盛大に乾杯の音頭を取ってグラスがカチンと響き合う。

「ありがと」
 少し照れたように笑う久世は嬉しそうだ。

「菱田さんだっけ。報告書で名前しか知らんなぁ、可愛いの?」
 森山は久世ではなく俺に聞いてくる。

「可愛い」
「なんで高宮が自慢げに言うんだよ」
 佐藤に笑われた。

「聞かれたし?俺は知ってるし、菱田ちゃんが可愛いことは」
「誘ってもスルーされてたヤツがよく言う」

(その通りだけどここでわざわざ言うとか嫌味な奴)

「そういえば言った?杉崎さんに。娘はやれんとか言われた?」
 笑いながら聞く佐藤に久世も吹き出したがそれには首を横に振っている。

「どういう意味それ、ただの上司への報告じゃないわけ?」
 森山は事業部で現場寄りだと建屋も関わり方も全然俺らとは違う。当然こちらで噂だつことは敏感でもないかぎり知る機会は少ない。実際森山はそう言う類の噂や情報には鈍い奴だ。全員が一から説明するのが面倒だなぁと思っているのが空気感で伝わってくる。

「俺が知るわけないだろぉ?こういうところでこそ情報収集なんだよ!教えろよぉ」
 デカい図体が泣きそうになってるから佐藤が笑いながら答えてやる。

「菱田さんは杉崎部長のお気に入りなんだよ」
「パパ活的な?」
「な訳ねぇだろ」
 久世がそれに即座に噛み付いた。

「なんかマジで娘扱いだった。ビビった」
「マジか。噂はほんとなんだな」
 食いついた俺に久世が頷く。

「ほんとにそう言ってた。娘とダブるって。大事にしてくれだと」
「ガチの親とは別に挨拶する人いるとかしんどいなー、しかも職場の上司?最悪」
 佐藤が笑っていうが経験者の手前説得力がある。

「杉崎部長の娘さんって亡くなってたっけか?顔が似てんの?杉崎さん似?」
 森山の言葉に全員が吹き出した。全く似ていないし誰が見ても二人は親子には見えない。

「顔は全然違うって本人も言ってた、なんか気の強いところが似てるって」
 久世が笑って答えると佐藤も彼女を思い浮かべるようにして空を仰ぎながら言う。

「たしかに気は強かった。見た目ではそこまで思わなかったけどな。久世の下で働いて一端の意見言えるあたりうちの内田よりよっぽど肝座ってる。内田泣きそうだよな、お前と結婚したって知ったら」
「泣けばいい」
「内田?どんなやつ?」
 久世の辛辣な物言いと、その名前を聞いてもピンとこなくて思わず聞いた。そもそも開発部の若手はあまり認知していない。年々若手ばかりが増えるのに把握ばかりもしていられないだけだが。

「今年四年目の俺の部下。ちょっとチャラチャラしたヤツ。久世、嫌いだもんなー」
「嫌いだねぇ、うざいわあいつ」
 茶化すような佐藤の言葉に久世は即答した。

(チャラチャラしたヤツか……そういうタイプならあんまり害はないかもしれんけど……知識として入れておいて損はないよな)

「仕事できんってこと?」
「んー、発展途上だな、まだ。すぐへタレるからしごきがいはある。でも久世が嫌いなのは仕事云々じゃないよな?」
 森山の問いかけに佐藤がニヤニヤして久世を見ると、見られた本人は面白くなさそうにビールを煽いでいる。

「なに?」
 耐えきれず森山と身を乗りだして聞くと佐藤がおかしそうに教えてくれる。

「内田、菱田さんにちょっかいかけまくってるから。そりゃもうずーっと 下心全開でしつこく」

(それは面白くないわな。目の前に好きな女がいて自分は何も言えずに他の男が寄っていかれたら)

 今、その気持ちは俺にもよくわかる。

「内田かぁ……覚えとこ」
「何で?」
 佐藤が俺をみた。なんとなく俺も久世をみてしまいぶつけられた久世も含み笑いだ。

「高宮も開発の誰かと付き合ってんの?」
 佐藤がめずらしく驚いている。そりゃ驚かれるのもわかるのだが。俺が社内の女と付き合うなんかきっと誰も予想していなかったはずだろう。実際俺自身が予想していなかったんだ。

「俺も結婚してぇなー」
「すれば?」
 そういう俺に久世はあっさり返してくるけれどこればかりは俺の気持ちだけではどうにもならない。

「誰?」
 森山が久世に聞く。

「いや、本人に聞けよ」
「誰?って、俺どうせ知らんだろうけど」
 森山が笑いながらセルフツッコミして余計笑ってしまう。

「だろうな。絶対知らんと思う」
 彼女との付き合いは秘密だ。それは彼女がそう言っているからでもある。俺としては部署も違うしオープンにしても全然良かったし、むしろ公言したいと言っているけど彼女はなかなか頑なだ。

「おつかれー」
 和泉がいつのまにか着いて席の空気がフッと変わった。営業なだけあっていつも仕立てのいいスーツに身を包んでいる。今日はワントーンでまとめたグレーの無地スタイル。シャツやネクタイも同色系にすることで統一感が出てセンスの良さを感じた。
 そんな和泉が席についてネクタイを緩めると久世に紙袋を差し出した。

「ほい、久世。頼まれてたやつ」
「お、サンキュー。喜ぶ」
「なんそれ」
 森山が紙袋を覗き込んで「うまそう!」とつぶやく。でかい体は酒豪で甘党だ。

「うまいらしい。知らんけど」
「彼女のリクエストを俺が仰せつかったわけだ。それ結婚祝いね」
「やっすー」
 軽い和泉のノリに思わず突っ込んでしまう。

「えー、うまそう。俺にはないん?」
「ねぇわ。なんでお前に買ってくるんだよ。俺は可愛い子のリクエストしか聞かないの」
 そんな和泉らしい発言に森山が一括されて全員が笑った。久々の同期会は気楽で楽しくて、気心しれた仲間の祝酒とともに夜が更けていった。

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