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結婚エトセトラ
Fun time……隣の花は赤いもの(誠/千夏)③
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金曜の夜の事務所に20時前後に残ってる人間の数なんか知れていて、役職数人と部長くらいしかいなかった。やり続けたらキリがないからどこかで自分で切り上げるしかない。今日は帰っても千夏がいないし急ぐ必要はないけれどもう終わりにしたい気分だった。そんな時にちょうど事務所に電話が鳴り響く。
「――はい、開発部です」
『あ、2グループの内田です、お疲れ様です』
ザワザワした背後から知った声が聞こえる。
『久世さんってまだ事務所残られてたりしますか?』
「……俺だけど」
『あ!久世さんっすか?!良かった、やっぱりまだ残ってた。あの、まだ仕事おわんないですかね?』
「いや、そうでもないけど、なに?どうかした?」
『あーっと、ちぃちゃんがちょっと飲み過ぎちゃったみたいで……迎えきてもらえないっすか?店、駅ビル5階の〇〇て居酒屋です。一応俺の携帯言うんで、わかんなかったら電話もらえたら……』
そう言って内田がバーッと言いたいことだけ言って電話が切れた。普段からあまり酒を飲まない千夏が酔うのなら結構飲んだのだろうか。仕事を切り上げる口実も出来たし荷物をまとめて事務所をあとにした。
部屋は内田の名前で予約されてるというのですんなり分かった。扉を開けたら開発部の若手の顔ぶれと知らないヤツも数人いて結構出来上がっている。
「あ、久世さーん!」
渡辺さんが声を上げて手を振ってくれるから視線を送るとその横で机に突っ伏している千夏がいる。
「……潰れてんの?」
思わず笑ってしまった。
「潰れたと言うより、寝かけてて……てか寝てる?みたいな。そんなに飲んでた感じはしないんですけどぉ、なんかすみません」
「いや、こっちこそ迷惑かけたね。いつもありがと」
渡辺さんにそう言うと、目を丸くして俺を見る。
「やだ、久世さん今のダメ~!キュンてなっちゃう!てか、なったぁ!」
「え」
「あ!おつかれ様っす、電話すいません!果実酒三杯でそんな感じで……気持ち悪いとかはないって言ってたんですけど」
ビニール袋を片手に声をかけてきた内田にとりあえず礼を言う。
「悪かったな、電話ありがとう」
「仕事、大丈夫でした?」
「ん。もう帰ろうとしてたしちょうど良かった。先に連れて帰っていい?」
「どうぞどうぞ。そのために来てもらったんで!」
俺と内田の会話を聞きながら渡辺さんが千夏の体を揺さぶっている。
「ちなっちゃん?おーい、ちなっちゃーん。大好きな久世さん来たよぉ?ダーリン来たよ?ねぇ、起きないならここでちゅうしてもらうよ?」
冷やかしがひどい。
「……んーんん」
机から顔を上げた千夏の頬は赤く染まって目がもうトロトロになっている。
(――これは脳みそは寝てる)
焦点の合わない瞳が数回瞬きをして周りをぐるっと見渡したと思ったらボーっとして。不意にこちらをみた。
「……はれ?まことくん?」
「大丈夫か?」
「……えー?なんでぇ?あれ、ここどこだっけ?おうち?」
寝ぼけている千夏を無視して渡辺さんに聞く。
「ごめん、荷物くれる?」
「あ、はい、鞄と……携帯どっかに置いてたな、どこだ?」
キョロキョロと周りを探してくれていると千夏は赤ん坊が床を這うように距離を詰めてくる。
「携帯鳴らすわ。千夏、携帯どこや――」
俺が渡辺さんにそう言って千夏に問いかけたと同時だった。
「抱っこー」
俺の首に両腕を巻きつけて千夏が思いっきり抱きついてくる。なんなら飛びついてくるみたいに強引に抱きつかれたから思わず息を飲む。
いきなり抱きつかれて変な空気。
「……」
「……」
「……」
全員沈黙。めちゃ気まずい。
「うう~ん。ぎゅっ……」
ほぼ寝ぼけた千夏、無理。
抱きつかれて固まる俺に、渡辺さんも内田も同じく息を飲んだように黙っているが痛いほどの視線。ガン見されている。
「……あ~、ちょい離せ」
「……やらぁ、抱っこしてよぉ……ぎゅってしてっ」
(えーっと、どうしようか)
「……今は離して」
「なんでぇ……いつもぎゅってしてくれるっ……してよぉ」
(無理、色々勘弁)
視線に耐えられない。そんな俺らを黙って見つめていた渡辺さんが言ってくる。
「あの、どうぞこちらに気を遣わずいつも通りぎゅってしてあげてください」
「いや、そっちが気を遣うのやめてくれるかな」
渡辺さんの真剣な顔にこちらも真剣に返すのだが。
「だって久世さん……こんな可愛いちなっちゃん、無下にできます?ぎゅってしましょ?いっそ思いっきりしてください、さぁどうぞ!」
渡辺さんの変なテンション、無理。
「俺だったらぎゅってします」
黙れ、内田。
「あ、どっかで鳴ってる」
二人の言葉をガン無視して近くで聞こえたバイブの音に気を向ける。千夏の座ってたテーブル下あたりに光る物が見えた。
「あった!机の下ですね!」
渡辺さんが気づいて手に取ってくれて行方不明だった携帯を受け取れた。
「千夏、お前水飲んだ?」
絡みついた腕を解いて顔を見つめると、もう船を漕ぎだしている千夏がいる。
「こら、寝るな。起きろ」
「んぁー……みずー?あー、飲んだよぉ?」
「もう一口飲んで?そんで帰る」
「ええーまだ帰れない、もう少し待ってぇー」
「はぁ?なんで」
なんだか急に駄々をこねだしたと思ったらトロトロの瞳が宙を彷徨って、その視線がある一点に止まる――内田にだ。
「え、なに?俺?」
「……ウッチーぃ」
「え、あ、はい?な、なんでしょう……」
潤んだ瞳で名前を呼ばれて嬉しそうな内田にイラッとするが、そんな無防備な千夏にもっとイラッとくる。
「手羽先はぁ?」
「へ?!」
「まだ来ないのぉ?食べてないよぉ、いっしょたべよってやくそくしらじゃぁんーうそちゅきぃー」
「「……」」
(この期に及んでまだ食いモンにこだわるか。二人も引いてるわ!)
「千夏、お前いい加減にしろ」
「あー久世さん!あります!さっきタッパーに詰めてもらって持ち帰りにしたんで!はい、これ」
「うそぉ。ウッチー優しいじゃ~ん」
渡辺さんに冷やかされて照れる内田が言ってくる。
「久世さん……ちぃちゃんのおねだりヤバかったっす。めっちゃ可愛かったです。俺、何でも言うこと聞けそうでした」
正直に言ってくるところがこいつほんとにアホだよな、と思う。
「そうそう、久世さん。ちょっと今いいことしたみたいな感じですけどね?ウッチーは酔ったちなっちゃんをそれはそれはやらしい目で見つめて距離感バグって……「だー!なべちゃん!それ言っちゃダメじゃん!ばか!」
「へぇー」
「ちち違いますってぇぇ!なべちゃーん!もうほんとに俺死ぬじゃん!殺したいの?俺の事!」
「クズは死ねばいい」
「ひ、ひどくない?!彼氏の当てつけ俺にすんのマジひどいっ!」
「慌てる時点で下心がある証拠じゃん、ゲス!」
渡辺さんも少し酔っているのかなかなか面白いことを言う。しかし、内田――いい機会だから一回はっきりと絞めてやろうか。
「内田」
「はいぃぃ!」
「こいつに手ぇ出したいんならな、一度でも仕事で俺のこと黙らせてみろ。そんなこともできないくせに舐めたこと考えてんじゃねぇぞ」
「考えてません!舐めてません!死んでも手なんか出しませんよぉぉ!」
「久世さん、かっこい~!ちなっちゃん、久世さんかっこよすぎじゃん、って、ちなっちゃん?!」
放っておいたら千夏が寝てしまっていた。
―――
目が覚めて思考回路が定まらないなか寝返りを打つと誠くんの寝顔にぶつかった。
「……」
(あれ?私……)
布団の中でゴソゴソすると誠くんのシャツだけ羽織っている私。昨夜の記憶が……ない。ゴソゴソしているから誠くんを起こしてしまった。
「……何時?」
「ごめん、起こしちゃった。今……6時」
「……なんで休みにそんな早く目が覚めるの?まだ寝れんじゃん」
「なんか目が覚めて……って、誠くん。わたし、さ」
眠そうな誠くんを無視して体を揺すりながらも記憶を探るけど、無理。全然思い出せる気がしない。どこからない?なんだかほぼ記憶にないのだが。
「ねぇ、昨日どうしたっけ?私、どうやって帰ってきたの?」
そう言うとつむられていた瞳がゆっくりと開いて、いつもと違う少しアンニュイな目で見つめられる。
「……覚えてないの?」
「……はい」
誠くんが体を少し起こして枕に肘をついて見上げてくる。
「千夏あんまり酒強くないんだから調子乗って飲むな」
「そんなに飲んで……」
ないはず、ないよね?飲んだの?そんなに?
「記憶ないのによくそのセリフが言えるな」
もっともすぎて言い返そうにも言い返せない。
「果実酒三杯って内田は言ってたよ」
「果実酒……は、飲んだ。それは覚えてる。え……三杯?」
「内田から電話がきて迎えに行った。店に着いたら千夏はほぼ寝かけてて渡辺さんのお世話になってた」
ふぁーあ、と欠伸しながら言われて血の気が引いた。
「結局店で寝落ちたから担いで帰ったよ」
「え!」
「起こしても、無理ー眠いー寝るー抱っこーってグダグダ。仕方ねぇじゃん歩かねぇんだもんな。担ぐしかない」
「担いだ?担いだってなに?お、おんぶ?」
誠くんの瞼はまた閉じられて、眠そうな声で言われた。
「おんぶやだってごねて……」
「え!」
「千夏の……好きなあれ」
(うそ!お姫様抱っこを外でされたと!)
「み……見たかった」
「違うだろ。担がれてるのはお前だろうが」
その通りです。冷静に突っ込まれて途端に青ざめてきた。
「……ぁ、ええ……うそ、ほんとにごめん」
「俺はいいけど。渡辺さんと内田には迷惑かけてるからちゃんとお礼を言うように」
「……はい」
「俺、もう少し寝たい」
「ごめん、寝て?ていうか、昨夜もごめんなさい」
とにかく謝ると誠くんは眠気が勝ったのか「んー」と適当に返事した。ベッドから抜け出して頭を冷やしたくてお風呂に向かって洗面所に映る顔を見てメイクだけは綺麗に落ちてることを確認する。
(わぁん、誠くんシートでちゃんとアイメイクまで取ってくれてるぅー!神さまかなぁ)
それでも洗顔できてないから肌がつっぱるし、とりあえず顔も体も髪も洗いたい。
なんという失態だ。酔うほど飲んだのなんかはじめてである。
熱いシャワーを浴びたあと、化粧水を念入りにつける。若くないのに夜洗顔もせず寝落ちるとか何をやってるんだろう。メイクを落としてもらえただけでも感謝しかない。髪を乾かして寝室を覗くとまだ眠っている誠くんがいる。このまま起きたらいいのだがなんとなく布団に戻って、誠くんの寝顔を見つめながら迎えに来てくれたんだと反芻していた。
(結婚してみんなに周知されたらそんなことができるなんて。しかもお姫様抱っこで帰るってなに?!迷惑をかけたし記憶にさえないけれどなんて贅沢なの、それは)
その現場を想像するだけで胸がドキドキしてくる。
(なんで酔って記憶ないのよぉー!なべちゃん動画とか撮っててくれないかな)
「……ん」
眠りが浅い誠くんは結局たいして寝ないまま目覚めてしまう。
「……おはよぉ」
「――なんかいい匂いするな」
「シャワーした」
そう言うと誠くんの目が覚醒したのがわかる。
「ふぅん?」
「え、んっ」
いきなりキスして覆い被さってくるから驚きで逆に動けなかった。
「ぁ、んっ――ぅんん、はぁ」
甘いキスで口を塞がれると鼻でしか息ができない。乱れた息を整えつつ今まで寝てたんじゃないかと疑いの目で見つめて問いかける。
「……今寝てたよね?」
「起こしたのは千夏だし」
「んっ!」
頬から首筋を両手で掴まれて頭が固定される。
「……え?す、するの?」
「俺、朝するの好き」
いたずらっ子みたいな顔をしてやらしい事をさらりと言う。かぁぁと顔が赤くなるのを笑われた。
「昨夜の千夏はなかなかグダグダで大変だったわ。記憶なくてよかったな。あれ覚えてたらお前羞恥心で泣いてんじゃない?」
「え」
「休み明け出社したら、いじられるだろうな?」
「ええ」
途端に青ざめる私を面白そうに見つめながら誠くんのくちびるがちゅうっと私のくちびるを食んでくる。ハムハム……甘いくちづけが繰り返されて……体が疼きだす。
「んっ、ぁ……」
「俺へのお礼は身体で払ってくれたらいいよ」
そう言われたらもう何も言えない。今日はもう誠くんの言いなり……ううん、私はいつだって誠くんの言いなりだもん。
「もう……好きにして」
「やった」
もう外ではお酒は飲まないようにしようと私はその日心に誓ったのだった。
「――はい、開発部です」
『あ、2グループの内田です、お疲れ様です』
ザワザワした背後から知った声が聞こえる。
『久世さんってまだ事務所残られてたりしますか?』
「……俺だけど」
『あ!久世さんっすか?!良かった、やっぱりまだ残ってた。あの、まだ仕事おわんないですかね?』
「いや、そうでもないけど、なに?どうかした?」
『あーっと、ちぃちゃんがちょっと飲み過ぎちゃったみたいで……迎えきてもらえないっすか?店、駅ビル5階の〇〇て居酒屋です。一応俺の携帯言うんで、わかんなかったら電話もらえたら……』
そう言って内田がバーッと言いたいことだけ言って電話が切れた。普段からあまり酒を飲まない千夏が酔うのなら結構飲んだのだろうか。仕事を切り上げる口実も出来たし荷物をまとめて事務所をあとにした。
部屋は内田の名前で予約されてるというのですんなり分かった。扉を開けたら開発部の若手の顔ぶれと知らないヤツも数人いて結構出来上がっている。
「あ、久世さーん!」
渡辺さんが声を上げて手を振ってくれるから視線を送るとその横で机に突っ伏している千夏がいる。
「……潰れてんの?」
思わず笑ってしまった。
「潰れたと言うより、寝かけてて……てか寝てる?みたいな。そんなに飲んでた感じはしないんですけどぉ、なんかすみません」
「いや、こっちこそ迷惑かけたね。いつもありがと」
渡辺さんにそう言うと、目を丸くして俺を見る。
「やだ、久世さん今のダメ~!キュンてなっちゃう!てか、なったぁ!」
「え」
「あ!おつかれ様っす、電話すいません!果実酒三杯でそんな感じで……気持ち悪いとかはないって言ってたんですけど」
ビニール袋を片手に声をかけてきた内田にとりあえず礼を言う。
「悪かったな、電話ありがとう」
「仕事、大丈夫でした?」
「ん。もう帰ろうとしてたしちょうど良かった。先に連れて帰っていい?」
「どうぞどうぞ。そのために来てもらったんで!」
俺と内田の会話を聞きながら渡辺さんが千夏の体を揺さぶっている。
「ちなっちゃん?おーい、ちなっちゃーん。大好きな久世さん来たよぉ?ダーリン来たよ?ねぇ、起きないならここでちゅうしてもらうよ?」
冷やかしがひどい。
「……んーんん」
机から顔を上げた千夏の頬は赤く染まって目がもうトロトロになっている。
(――これは脳みそは寝てる)
焦点の合わない瞳が数回瞬きをして周りをぐるっと見渡したと思ったらボーっとして。不意にこちらをみた。
「……はれ?まことくん?」
「大丈夫か?」
「……えー?なんでぇ?あれ、ここどこだっけ?おうち?」
寝ぼけている千夏を無視して渡辺さんに聞く。
「ごめん、荷物くれる?」
「あ、はい、鞄と……携帯どっかに置いてたな、どこだ?」
キョロキョロと周りを探してくれていると千夏は赤ん坊が床を這うように距離を詰めてくる。
「携帯鳴らすわ。千夏、携帯どこや――」
俺が渡辺さんにそう言って千夏に問いかけたと同時だった。
「抱っこー」
俺の首に両腕を巻きつけて千夏が思いっきり抱きついてくる。なんなら飛びついてくるみたいに強引に抱きつかれたから思わず息を飲む。
いきなり抱きつかれて変な空気。
「……」
「……」
「……」
全員沈黙。めちゃ気まずい。
「うう~ん。ぎゅっ……」
ほぼ寝ぼけた千夏、無理。
抱きつかれて固まる俺に、渡辺さんも内田も同じく息を飲んだように黙っているが痛いほどの視線。ガン見されている。
「……あ~、ちょい離せ」
「……やらぁ、抱っこしてよぉ……ぎゅってしてっ」
(えーっと、どうしようか)
「……今は離して」
「なんでぇ……いつもぎゅってしてくれるっ……してよぉ」
(無理、色々勘弁)
視線に耐えられない。そんな俺らを黙って見つめていた渡辺さんが言ってくる。
「あの、どうぞこちらに気を遣わずいつも通りぎゅってしてあげてください」
「いや、そっちが気を遣うのやめてくれるかな」
渡辺さんの真剣な顔にこちらも真剣に返すのだが。
「だって久世さん……こんな可愛いちなっちゃん、無下にできます?ぎゅってしましょ?いっそ思いっきりしてください、さぁどうぞ!」
渡辺さんの変なテンション、無理。
「俺だったらぎゅってします」
黙れ、内田。
「あ、どっかで鳴ってる」
二人の言葉をガン無視して近くで聞こえたバイブの音に気を向ける。千夏の座ってたテーブル下あたりに光る物が見えた。
「あった!机の下ですね!」
渡辺さんが気づいて手に取ってくれて行方不明だった携帯を受け取れた。
「千夏、お前水飲んだ?」
絡みついた腕を解いて顔を見つめると、もう船を漕ぎだしている千夏がいる。
「こら、寝るな。起きろ」
「んぁー……みずー?あー、飲んだよぉ?」
「もう一口飲んで?そんで帰る」
「ええーまだ帰れない、もう少し待ってぇー」
「はぁ?なんで」
なんだか急に駄々をこねだしたと思ったらトロトロの瞳が宙を彷徨って、その視線がある一点に止まる――内田にだ。
「え、なに?俺?」
「……ウッチーぃ」
「え、あ、はい?な、なんでしょう……」
潤んだ瞳で名前を呼ばれて嬉しそうな内田にイラッとするが、そんな無防備な千夏にもっとイラッとくる。
「手羽先はぁ?」
「へ?!」
「まだ来ないのぉ?食べてないよぉ、いっしょたべよってやくそくしらじゃぁんーうそちゅきぃー」
「「……」」
(この期に及んでまだ食いモンにこだわるか。二人も引いてるわ!)
「千夏、お前いい加減にしろ」
「あー久世さん!あります!さっきタッパーに詰めてもらって持ち帰りにしたんで!はい、これ」
「うそぉ。ウッチー優しいじゃ~ん」
渡辺さんに冷やかされて照れる内田が言ってくる。
「久世さん……ちぃちゃんのおねだりヤバかったっす。めっちゃ可愛かったです。俺、何でも言うこと聞けそうでした」
正直に言ってくるところがこいつほんとにアホだよな、と思う。
「そうそう、久世さん。ちょっと今いいことしたみたいな感じですけどね?ウッチーは酔ったちなっちゃんをそれはそれはやらしい目で見つめて距離感バグって……「だー!なべちゃん!それ言っちゃダメじゃん!ばか!」
「へぇー」
「ちち違いますってぇぇ!なべちゃーん!もうほんとに俺死ぬじゃん!殺したいの?俺の事!」
「クズは死ねばいい」
「ひ、ひどくない?!彼氏の当てつけ俺にすんのマジひどいっ!」
「慌てる時点で下心がある証拠じゃん、ゲス!」
渡辺さんも少し酔っているのかなかなか面白いことを言う。しかし、内田――いい機会だから一回はっきりと絞めてやろうか。
「内田」
「はいぃぃ!」
「こいつに手ぇ出したいんならな、一度でも仕事で俺のこと黙らせてみろ。そんなこともできないくせに舐めたこと考えてんじゃねぇぞ」
「考えてません!舐めてません!死んでも手なんか出しませんよぉぉ!」
「久世さん、かっこい~!ちなっちゃん、久世さんかっこよすぎじゃん、って、ちなっちゃん?!」
放っておいたら千夏が寝てしまっていた。
―――
目が覚めて思考回路が定まらないなか寝返りを打つと誠くんの寝顔にぶつかった。
「……」
(あれ?私……)
布団の中でゴソゴソすると誠くんのシャツだけ羽織っている私。昨夜の記憶が……ない。ゴソゴソしているから誠くんを起こしてしまった。
「……何時?」
「ごめん、起こしちゃった。今……6時」
「……なんで休みにそんな早く目が覚めるの?まだ寝れんじゃん」
「なんか目が覚めて……って、誠くん。わたし、さ」
眠そうな誠くんを無視して体を揺すりながらも記憶を探るけど、無理。全然思い出せる気がしない。どこからない?なんだかほぼ記憶にないのだが。
「ねぇ、昨日どうしたっけ?私、どうやって帰ってきたの?」
そう言うとつむられていた瞳がゆっくりと開いて、いつもと違う少しアンニュイな目で見つめられる。
「……覚えてないの?」
「……はい」
誠くんが体を少し起こして枕に肘をついて見上げてくる。
「千夏あんまり酒強くないんだから調子乗って飲むな」
「そんなに飲んで……」
ないはず、ないよね?飲んだの?そんなに?
「記憶ないのによくそのセリフが言えるな」
もっともすぎて言い返そうにも言い返せない。
「果実酒三杯って内田は言ってたよ」
「果実酒……は、飲んだ。それは覚えてる。え……三杯?」
「内田から電話がきて迎えに行った。店に着いたら千夏はほぼ寝かけてて渡辺さんのお世話になってた」
ふぁーあ、と欠伸しながら言われて血の気が引いた。
「結局店で寝落ちたから担いで帰ったよ」
「え!」
「起こしても、無理ー眠いー寝るー抱っこーってグダグダ。仕方ねぇじゃん歩かねぇんだもんな。担ぐしかない」
「担いだ?担いだってなに?お、おんぶ?」
誠くんの瞼はまた閉じられて、眠そうな声で言われた。
「おんぶやだってごねて……」
「え!」
「千夏の……好きなあれ」
(うそ!お姫様抱っこを外でされたと!)
「み……見たかった」
「違うだろ。担がれてるのはお前だろうが」
その通りです。冷静に突っ込まれて途端に青ざめてきた。
「……ぁ、ええ……うそ、ほんとにごめん」
「俺はいいけど。渡辺さんと内田には迷惑かけてるからちゃんとお礼を言うように」
「……はい」
「俺、もう少し寝たい」
「ごめん、寝て?ていうか、昨夜もごめんなさい」
とにかく謝ると誠くんは眠気が勝ったのか「んー」と適当に返事した。ベッドから抜け出して頭を冷やしたくてお風呂に向かって洗面所に映る顔を見てメイクだけは綺麗に落ちてることを確認する。
(わぁん、誠くんシートでちゃんとアイメイクまで取ってくれてるぅー!神さまかなぁ)
それでも洗顔できてないから肌がつっぱるし、とりあえず顔も体も髪も洗いたい。
なんという失態だ。酔うほど飲んだのなんかはじめてである。
熱いシャワーを浴びたあと、化粧水を念入りにつける。若くないのに夜洗顔もせず寝落ちるとか何をやってるんだろう。メイクを落としてもらえただけでも感謝しかない。髪を乾かして寝室を覗くとまだ眠っている誠くんがいる。このまま起きたらいいのだがなんとなく布団に戻って、誠くんの寝顔を見つめながら迎えに来てくれたんだと反芻していた。
(結婚してみんなに周知されたらそんなことができるなんて。しかもお姫様抱っこで帰るってなに?!迷惑をかけたし記憶にさえないけれどなんて贅沢なの、それは)
その現場を想像するだけで胸がドキドキしてくる。
(なんで酔って記憶ないのよぉー!なべちゃん動画とか撮っててくれないかな)
「……ん」
眠りが浅い誠くんは結局たいして寝ないまま目覚めてしまう。
「……おはよぉ」
「――なんかいい匂いするな」
「シャワーした」
そう言うと誠くんの目が覚醒したのがわかる。
「ふぅん?」
「え、んっ」
いきなりキスして覆い被さってくるから驚きで逆に動けなかった。
「ぁ、んっ――ぅんん、はぁ」
甘いキスで口を塞がれると鼻でしか息ができない。乱れた息を整えつつ今まで寝てたんじゃないかと疑いの目で見つめて問いかける。
「……今寝てたよね?」
「起こしたのは千夏だし」
「んっ!」
頬から首筋を両手で掴まれて頭が固定される。
「……え?す、するの?」
「俺、朝するの好き」
いたずらっ子みたいな顔をしてやらしい事をさらりと言う。かぁぁと顔が赤くなるのを笑われた。
「昨夜の千夏はなかなかグダグダで大変だったわ。記憶なくてよかったな。あれ覚えてたらお前羞恥心で泣いてんじゃない?」
「え」
「休み明け出社したら、いじられるだろうな?」
「ええ」
途端に青ざめる私を面白そうに見つめながら誠くんのくちびるがちゅうっと私のくちびるを食んでくる。ハムハム……甘いくちづけが繰り返されて……体が疼きだす。
「んっ、ぁ……」
「俺へのお礼は身体で払ってくれたらいいよ」
そう言われたらもう何も言えない。今日はもう誠くんの言いなり……ううん、私はいつだって誠くんの言いなりだもん。
「もう……好きにして」
「やった」
もう外ではお酒は飲まないようにしようと私はその日心に誓ったのだった。
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OL生活7年目の庄野鞠子(しょうのまりこ)は、5つ年上の上司、藤堂達矢(とうどうたつや)に密かにあこがれている。あるアクシデントのせいで自宅マンションに戻れなくなった藤堂のために、鞠子は自分が暮らす一軒家に藤堂を泊まらせ、そのまま期間限定で同居することを提案する。
亡き祖母から受け継いだ古い家での共同生活は、かつて封印したはずの恋心を密かに蘇らせることになり・・・。
☆ 全19話です。オフィスラブと謳っていますが、オフィスのシーンは少なめです 。「ムーンライトノベルズ」様に投稿済のものを一部改稿しております。
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