【本編完結】厄災烙印の令嬢は貧乏辺境伯領に嫁がされるようです

あおまる三行

文字の大きさ
52 / 98
光と影が交差する芽吹きの章

幕間 王子様とお人形

しおりを挟む
 音楽は華やかで、舞踏会の熱気はまだ衰えていなかった。
 第二王子サイラスは、腕の中のリリアーナに合わせて機械的にステップを踏みながら、ほとんど意識をそこに向けていなかった。

 退屈だ。
 その感情を、彼は表情に出さない術だけは心得ている。
 ――魔晶石鉱脈。
 辺境伯が報告したあの一件が、頭の中で何度も組み替えられる。
 本来であれば王家、少なくとも神殿の管轄に引き込みたかった。生活必需品である以上、影響力は計り知れない。だが、あの場で国王が辺境伯家の権利を明言した以上、正面から覆すのは難しい。
 リリアーナが小さく頬を膨らませた。
「もう……サイラス殿下、全然こちらを見ていませんわ」
 可愛らしく、ぷんぷんと抗議する仕草。
 周囲の貴族たちの視線を感じ、サイラスはようやく意識を戻して穏やかな声で応じる。
「失礼。少し考え事をしていた」
「舞踏会で考え事なんて、つまらないの。わたくし、他の方と踊ったって構いませんのよ」

 そう言いながらも、リリアーナは彼の腕に身を寄せる。
 甘え方を心得ている。
 ふと、サイラスの思考が別の方向へ逸れた。

「君と辺境伯夫人は、姉妹といっても父親違いだったか」
 何気ない問いかけだった。
 リリアーナは一瞬も迷わず、にこりと笑う。
「はい。でも、お姉様とはとっても仲良しですの」
 即答。
 あまりに淀みがない。
「王都にいた頃、お姉様に親しくしていたのは、わたくしだけでしたし」
 誇らしげですらあるその言葉に、サイラスは曖昧に相槌を打った。
「しかし、辺境伯夫人は兄君ともども、公爵家から籍を抜かれたとか」
「らしいですわね。でも、仲良しだってことは変わりませんもの。きっと魔晶石だって、わたくしのために融通してくれますわ」
「それはとてもお優しい、素敵な姉君だ」
 リリアーナがどう信じているかは別にして――その話は事実ではない。
 サイラスは勿論、そう理解していた。

 王都の噂、記録、そして今日目にした光景。
 辺境伯夫人の周囲にあった空気には、慎重に築かれた信頼と、静かな支持が確かに存在していた。
 それでも、リリアーナは疑っていない。
 あるいは、疑う必要がない世界で生きてきたのだろう。
 サイラスは再び音楽に身を委ねながら、計算を続ける。
 魔晶石、辺境伯、神殿、そして――姉妹。
 舞踏会の灯りは眩く、思考だけが静かに、冷たく回り続けていた。
 サイラスは、音楽に合わせて形だけの歩調を刻みながら、薄く笑った。
 
(このことに気づいている者は、会場の中にどれほどいるのだろうか)
(いや。良心に目が曇っているのか、あるいは気づいた上で目を逸らしているのか)

 その仮定は、彼の中ではもう仮定ですらなかった。
 冷たい計算の途中経過に過ぎない。

(正直――ダリウス・ヴァルトが消えてくれさえすれば、後はあまりに都合良く事を運べそうだ、と……)

 十一年前の災害で、辺境伯家の縁者はほぼ失われている。
 ダリウスの両親も、叔父も。近しい縁者であった家臣も。
 王宮ではあの当時、このままヴァルト辺境伯家が倒れても仕方ないと切り捨てていた。
 救うには金がかかるし、その見返りも期待できなかったからだ。
 たった一人で領を維持するダリウスに乾いた賞賛を送りつつ、放置していた。
 故に――

「もしも今後、辺境伯殿に不幸があったら、残された夫人はさぞや大変だろうな……」

 口に出した呟きは、冗談めいていた。
 声音も軽く、明るい微笑みすら浮かべている。
 それを、隣で踊るリリアーナは、何の疑いもなく受け取った。
「まあ、サイラス様ったら。縁起でもありませんわ。わたくしの「お義兄様」ですのよ?」
 可愛らしく頬を膨らませる仕草に、サイラスは視線を落とす。
 装飾過多なドレス、甘ったるい香り、感情の動きがそのまま表に出る幼さ。
 傀儡にするには、これ以上ない素材だ。

 仮定の話だ。
 もしも、ダリウス・ヴァルトが消えてくれたのなら、残るのはルーチェただ一人。
 神殿が厄災と呼び、王都が忌み嫌い、辺境に押し付けられた女。
 だが同時に、魔晶石鉱脈という国の命脈を引き当てた女でもある。
 夫と共に辺境伯夫人という肩書きを失ってしまえば、頼る先もない――莫大な資源を抱えた女。
 多くの貴族が、夫を失った彼女を手に入れようとするだろう。
 自分にとっては、リリアーナの――婚約者の姉だ。保護という名目で囲うこともできるし、すべてを取り上げてしまう言い分も立つ。
 ルーチェの兄のリヒトはいるが、所詮は官吏。自分が王位に就けば、左遷でも、閑職でも、いくらでも消しようはある。
 
 あるいは――と、ルーチェの姿を思い出す。
 目の前で踊るリリアーナとは異なる、思慮深さと智慧を秘めた翠の瞳。
 控えめな風情で夫に寄り添い、時折微笑みかけていた。
 消極的な性格に見えたし、でしゃばった真似をすることもなさそうだ。
(かつて「厄災の烙印」持ちだと公表される以前は、気の早い縁談も殺到していた筈……)

 王家も強く関心を示していた。
 アルベルトの有力な婚約者候補として、名前があがっていた筈だ。
 第一王子アルベルトが公爵家の令嬢ルーチェを妻とし、ゆくゆくは王妃に据え、王妃の兄のリヒトが公爵として国王アルベルトを支える。――それが、勢いに乗っていた頃の第一王子派が描いていたシナリオだ。

 ――兄上が、かつて手に入れる筈だった女か。

 清楚でおとなしそうな、よく見れば惹きつけられる美しさを秘めていた女……
 
 ――側妃として侍らせても、悪くはないな。

 選択肢はいくつもある。
 重要なのは、今はまだ動かないことだ。
 サイラスは再び笑みを深くし、踊りの型をなぞる。王都の光の中で、誰にも悟られぬまま、静かに盤面を見渡していた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

【1話完結】あなたの恋人は毎夜わたしのベッドで寝てますよ。

ariya
ファンタジー
ソフィア・ラテットは、婚約者アレックスから疎まれていた。 彼の傍らには、いつも愛らしい恋人リリアンヌ。 婚約者の立場として注意しても、アレックスは聞く耳を持たない。 そして迎えた学園卒業パーティー。 ソフィアは公衆の面前で婚約破棄を言い渡される。 ガッツポーズを決めるリリアンヌ。 そのままアレックスに飛び込むかと思いきや―― 彼女が抱きついた先は、ソフィアだった。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

《完結》金貨5000枚で売られた王太子妃

ぜらちん黒糖
恋愛
​「愛している。必ず迎えに行くから待っていてくれ」 ​甘い言葉を信じて、隣国へ「人質」となった王太子妃イザベラ。 旅立ちの前の晩、二人は愛し合い、イザベラのお腹には新しい命が宿った。すぐに夫に知らせた イザベラだったが、夫から届いた返信は、信じられない内容だった。 「それは本当に私の子供なのか?」

婚約破棄して泥を投げつけた元婚約者が「無能」と笑う中、光り輝く幼なじみの王子に掠め取られました。

ムラサメ
恋愛
​「お前のような無能、我が家には不要だ。今すぐ消えろ!」 ​婚約者・エドワードのために身を粉にして尽くしてきたフィオナは、卒業パーティーの夜、雨の中に放り出される。 泥にまみれ、絶望に沈む彼女の前に現れたのは、かつての幼なじみであり、今や国中から愛される「黄金の王子」シリルだった。 ​「やっと見つけた。……ねえ、フィオナ。あんなゴミに君を傷つけさせるなんて、僕の落ち度だね」 ​汚れを厭わずフィオナを抱き上げたシリルは、彼女を自分の屋敷へと連れ帰る。 「自分には価値がない」と思い込むフィオナを、シリルは異常なまでの執着と甘い言葉で、とろけるように溺愛し始めて――。 ​一方で、フィオナを捨てたエドワードは気づいていなかった。 自分の手柄だと思っていた仕事も、領地の繁栄も、すべてはフィオナの才能によるものだったということに。 ボロボロになっていく元婚約者。美しく着飾られ、シリルの腕の中で幸せに微笑むフィオナ。 ​「僕の星を捨てた報い、たっぷりと受けてもらうよ?」 ​圧倒的な光を放つ幼なじみによる、最高に華やかな逆転劇がいま始まる!

【完結】前提が間違っています

蛇姫
恋愛
【転生悪役令嬢】は乙女ゲームをしたことがなかった 【転生ヒロイン】は乙女ゲームと同じ世界だと思っていた 【転生辺境伯爵令嬢】は乙女ゲームを熟知していた 彼女たちそれぞれの視点で紡ぐ物語 ※不定期更新です。長編になりそうな予感しかしないので念の為に変更いたしました。【完結】と明記されない限り気が付けば増えています。尚、話の内容が気に入らないと何度でも書き直す悪癖がございます。 ご注意ください 読んでくださって誠に有難うございます。

「ひきこもり王子」に再嫁したら「憎悪しか抱けない『お下がり令嬢』は、侍女の真似事でもやっていろ」と言われましたので、素直に従った結果……

ぽんた
恋愛
「おれがおまえの姉ディアーヌといい仲だということは知っているよな?ディアーヌの離縁の決着がついた。だからやっと、彼女を妻に迎えられる。というわけで、おまえはもう用済みだ。そうだな。どうせだから、異母弟のところに行くといい。もともと、あいつはディアーヌと結婚するはずだったんだ。妹のおまえでもかまわないだろう」 この日、リン・オリヴィエは夫であるバロワン王国の第一王子マリユス・ノディエに告げられた。 選択肢のないリンは、「ひきこもり王子」と名高いクロード・ノディエのいる辺境の地へ向かう。 そこで彼女が会ったのは、噂の「ひきこもり王子」とはまったく違う気性が荒く傲慢な将軍だった。 クロードは、幼少の頃から自分や弟を守る為に「ひきこもり王子」を演じていたのである。その彼は、以前リンの姉ディアーヌに手痛い目にあったことがあった。その為、人間不信、とくに女性を敵視している。彼は、ディアーヌの妹であるリンを憎み、侍女扱いする。 しかし、あることがきっかけで二人の距離が急激に狭まる。が、それも束の間、王都が隣国のスパイの工作により、壊滅状態になっているいう報が入る。しかも、そのスパイの正体は、リンの知る人だった。 ※全三十九話。ハッピーエンドっぽく完結します。ゆるゆる設定です。ご容赦ください。

置き去りにされた転生シンママはご落胤を秘かに育てるも、モトサヤはご容赦のほどを 

青の雀
恋愛
シンママから玉の輿婚へ 学生時代から付き合っていた王太子のレオンハルト・バルセロナ殿下に、ある日突然、旅先で置き去りにされてしまう。 お忍び旅行で来ていたので、誰も二人の居場所を知らなく、両親のどちらかが亡くなった時にしか発動しないはずの「血の呪縛」魔法を使われた。 お腹には、殿下との子供を宿しているというのに、政略結婚をするため、バレンシア・セレナーデ公爵令嬢が邪魔になったという理由だけで、あっけなく捨てられてしまったのだ。 レオンハルトは当初、バレンシアを置き去りにする意図はなく、すぐに戻ってくるつもりでいた。 でも、王都に戻ったレオンハルトは、そのまま結婚式を挙げさせられることになる。 お相手は隣国の王女アレキサンドラ。 アレキサンドラとレオンハルトは、形式の上だけの夫婦となるが、レオンハルトには心の妻であるバレンシアがいるので、指1本アレキサンドラに触れることはない。 バレンシアガ置き去りにされて、2年が経った頃、白い結婚に不満をあらわにしたアレキサンドラは、ついに、バレンシアとその王子の存在に気付き、ご落胤である王子を手に入れようと画策するが、どれも失敗に終わってしまう。 バレンシアは、前世、京都の餅菓子屋の一人娘として、シンママをしながら子供を育てた経験があり、今世もパティシエとしての腕を生かし、パンに製菓を売り歩く行商になり、王子を育てていく。 せっかくなので、家庭でできる餅菓子レシピを載せることにしました

処理中です...