厄災烙印の令嬢は貧乏辺境伯領に嫁がされるようです

あおまる三行

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光と影が交差する芽吹きの章

幕間 王子様とお人形

 音楽は華やかで、舞踏会の熱気はまだ衰えていなかった。
 第二王子サイラスは、腕の中のリリアーナに合わせて機械的にステップを踏みながら、ほとんど意識をそこに向けていなかった。

 退屈だ。
 その感情を、彼は表情に出さない術だけは心得ている。
 ――魔晶石鉱脈。
 辺境伯が報告したあの一件が、頭の中で何度も組み替えられる。
 本来であれば王家、少なくとも神殿の管轄に引き込みたかった。生活必需品である以上、影響力は計り知れない。だが、あの場で国王が辺境伯家の権利を明言した以上、正面から覆すのは難しい。
 リリアーナが小さく頬を膨らませた。
「もう……サイラス殿下、全然こちらを見ていませんわ」
 可愛らしく、ぷんぷんと抗議する仕草。
 周囲の貴族たちの視線を感じ、サイラスはようやく意識を戻して穏やかな声で応じる。
「失礼。少し考え事をしていた」
「舞踏会で考え事なんて、つまらないの。わたくし、他の方と踊ったって構いませんのよ」

 そう言いながらも、リリアーナは彼の腕に身を寄せる。
 甘え方を心得ている。
 ふと、サイラスの思考が別の方向へ逸れた。

「君と辺境伯夫人は、姉妹といっても父親違いだったか」
 何気ない問いかけだった。
 リリアーナは一瞬も迷わず、にこりと笑う。
「はい。でも、お姉様とはとっても仲良しですの」
 即答。
 あまりに淀みがない。
「王都にいた頃、お姉様に親しくしていたのは、わたくしだけでしたし」
 誇らしげですらあるその言葉に、サイラスは曖昧に相槌を打った。
「しかし、辺境伯夫人は兄君ともども、公爵家から籍を抜かれたとか」
「らしいですわね。でも、仲良しだってことは変わりませんもの。きっと魔晶石だって、わたくしのために融通してくれますわ」
「それはとてもお優しい、素敵な姉君だ」
 リリアーナがどう信じているかは別にして――その話は事実ではない。
 サイラスは勿論、そう理解していた。

 王都の噂、記録、そして今日目にした光景。
 辺境伯夫人の周囲にあった空気には、慎重に築かれた信頼と、静かな支持が確かに存在していた。
 それでも、リリアーナは疑っていない。
 あるいは、疑う必要がない世界で生きてきたのだろう。
 サイラスは再び音楽に身を委ねながら、計算を続ける。
 魔晶石、辺境伯、神殿、そして――姉妹。
 舞踏会の灯りは眩く、思考だけが静かに、冷たく回り続けていた。
 サイラスは、音楽に合わせて形だけの歩調を刻みながら、薄く笑った。
 
(このことに気づいている者は、会場の中にどれほどいるのだろうか)
(いや。良心に目が曇っているのか、あるいは気づいた上で目を逸らしているのか)

 その仮定は、彼の中ではもう仮定ですらなかった。
 冷たい計算の途中経過に過ぎない。

(正直――ダリウス・ヴァルトが消えてくれさえすれば、後はあまりに都合良く事を運べそうだ、と……)

 十一年前の災害で、辺境伯家の縁者はほぼ失われている。
 ダリウスの両親も、叔父も。近しい縁者であった家臣も。
 王宮ではあの当時、このままヴァルト辺境伯家が倒れても仕方ないと切り捨てていた。
 救うには金がかかるし、その見返りも期待できなかったからだ。
 たった一人で領を維持するダリウスに乾いた賞賛を送りつつ、放置していた。
 故に――

「もしも今後、辺境伯殿に不幸があったら、残された夫人はさぞや大変だろうな……」

 口に出した呟きは、冗談めいていた。
 声音も軽く、明るい微笑みすら浮かべている。
 それを、隣で踊るリリアーナは、何の疑いもなく受け取った。
「まあ、サイラス様ったら。縁起でもありませんわ。わたくしの「お義兄様」ですのよ?」
 可愛らしく頬を膨らませる仕草に、サイラスは視線を落とす。
 装飾過多なドレス、甘ったるい香り、感情の動きがそのまま表に出る幼さ。
 傀儡にするには、これ以上ない素材だ。

 仮定の話だ。
 もしも、ダリウス・ヴァルトが消えてくれたのなら、残るのはルーチェただ一人。
 神殿が厄災と呼び、王都が忌み嫌い、辺境に押し付けられた女。
 だが同時に、魔晶石鉱脈という国の命脈を引き当てた女でもある。
 夫と共に辺境伯夫人という肩書きを失ってしまえば、頼る先もない――莫大な資源を抱えた女。
 多くの貴族が、夫を失った彼女を手に入れようとするだろう。
 自分にとっては、リリアーナの――婚約者の姉だ。保護という名目で囲うこともできるし、すべてを取り上げてしまう言い分も立つ。
 ルーチェの兄のリヒトはいるが、所詮は官吏。自分が王位に就けば、左遷でも、閑職でも、いくらでも消しようはある。
 
 あるいは――と、ルーチェの姿を思い出す。
 目の前で踊るリリアーナとは異なる、思慮深さと智慧を秘めた翠の瞳。
 控えめな風情で夫に寄り添い、時折微笑みかけていた。
 消極的な性格に見えたし、でしゃばった真似をすることもなさそうだ。
(かつて「厄災の烙印」持ちだと公表される以前は、気の早い縁談も殺到していた筈……)

 王家も強く関心を示していた。
 アルベルトの有力な婚約者候補として、名前があがっていた筈だ。
 第一王子アルベルトが公爵家の令嬢ルーチェを妻とし、ゆくゆくは王妃に据え、王妃の兄のリヒトが公爵として国王アルベルトを支える。――それが、勢いに乗っていた頃の第一王子派が描いていたシナリオだ。

 ――兄上が、かつて手に入れる筈だった女か。

 清楚でおとなしそうな、よく見れば惹きつけられる美しさを秘めていた女……
 
 ――側妃として侍らせても、悪くはないな。

 選択肢はいくつもある。
 重要なのは、今はまだ動かないことだ。
 サイラスは再び笑みを深くし、踊りの型をなぞる。王都の光の中で、誰にも悟られぬまま、静かに盤面を見渡していた。
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