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離れても想いはめぐる蔦の章
幕間 騎士団長と弟分
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――ヴァルト辺境伯領は、春も冷えた空気の中にある。
鉱山へ続く細い山道には夕方になると冷たい風が吹きすさぶ。
その道の途中。
「やだねぇ……ほんとに物騒だよ。こんなところで侵入者なんて」
のんびりとした声。
振り返った男が見たのは、夕焼けを背に立つ、大柄な青年だった。
穏やかで、人の良さそうな表情。
「はじめまして~。ヴァルト辺境伯領の騎士団長をしております、トトリと言います」
おっとりとした口調で――その手に斧を握っている。
柄は成人男性の身長ほどもあり、刃は厚く、岩を砕くための鉱山用の斧を戦闘向けに改造したものだ。
魔獣を狩るための大斧。
それを、まるで枝でも持つかのように、片手で担いでいる。
「このルヴァリエ鉱山に続く道は現在、部外者立入禁止。……もしかして、迷ったのかな?麓まで送ろうか?」
見逃すことを示唆する言葉。
しかし、男は剣を抜いた。
「ん……悪い人は捕まえときますって、旦那様に約束したし……」
青年は――トトリはことんと首を傾げて笑う。
「仕事はしないと」
男が剣を振るより早く、トトリは一歩踏み出した。
地面が、ぐん、と沈んだよう。
次の瞬間、斧が振るわれる。
風を切る音はほとんどしない。
剣で受け止めるという発想そのものが間違いだ。
刃が叩き折られると同時に斧が翻り、男を吹き飛ばした。
ぱきょ、という骨の砕ける軽い音が鳴る。
悲鳴もなく、男の身体はそのまま地面を転がる。
血は出ていない。
だが、完全に意識を失い――身体はありえない方向に曲がっていた。
「うーん、困ったなぁ……」
倒れた侵入者を見下ろし、トトリは困ったように首を傾げる。
彼は無闇に斬らない。急所も狙わない。
狙うより速く全体を砕き、二度と抵抗できないようにする――それを、迷いなく、やる。
仲間内での訓練や勝負であれば、こんな真似はしない。
「ほんと、俺はまだまだだぁ……」
自分はダリウスはもちろん、セレスやジークや……もしかしたらカイネとイリアよりも、戦うための技術が足りていないと、いつも自省している。
魔獣相手には、自分のような大味な戦い方でもなんとかなるけれど、人間相手の繊細な勝負となるとてんでダメだ。
お飾りの騎士団長、強さよりも責任者的な能力で選ばれたのだろう、とよく言われる。
それは自分でもよく分かっているので、王都の御前試合にも、自分ではなくセレスを選んで送り出していた。
「力加減力加減……正確な狙い……うーん、苦手なのは仕方ないよねぇ……」
けれど、今相手にしているのは、「怪我をさせてはいけない相手」ではなかった。
だからトトリは次の瞬間、振り向きざまに二人――不意を突いて飛びかかってきた侵入者を、その斧で容赦なく叩き伏せる。
静かな山の中腹に、風船が破裂するような打撃音が響いた。
鉱山の周囲は静まり返り、風の音だけが戻ってきている。
倒れ伏した盗賊を、トトリは丁寧に縛ってからゆっくりと検分した。
「お金に困った身なりじゃないね……神殿のスパイかなぁ……ちょっと可哀想だったかなぁ……でもさ、坑夫さんたちのいる所に手を出そうとするのは、さすがに見過ごせないよねぇ」
男たちの服装を見直す。所持品はやけに整っているし、動きの統率も取れていた。
金に困って罪に身を落とした者ではなく、仕事として犯罪を請け負う者たちだ。
「……ん?」
その懐の袋から、ぽろぽろと石が転がり落ちた。
「……ちっちゃい魔晶石だ」
ルヴァリエ鉱山から採掘される純度の高い大粒の魔晶石ではない。
指先でつまみ上げるのにも難儀する大きさ――いわゆる屑石だ。
それでも、安い魔道具を動かすために屑石も流通はしているが、ここまで小さく質も悪いと、使いようがない。
それに、持ち歩くのに適しているとはとても思えない。
ルヴァリエ鉱山から魔晶石を盗掘するつもりで侵入してきたのなら、尚更、わざわざ自分で魔晶石の屑石を持ち込むのも意味不明だ。
何に使うつもりだったのだろう。
「……トトリ」
そこへ、すっと隣に降り立つようにして現れたのはジークだった。
相変わらず気配が薄い。
細身の影のような風貌は、大柄なトトリの隣に立つと、更に華奢な印象を与える。
「あれ、来たんだ」
「終わったようだったからな。斧の軌道に巻き込まれたらかなわん。……こいつらは、やはり神殿由来か?それとも公爵家か」
「可能性はあるねぇ。旦那様も予想してたし……」
トトリは拾い上げた屑石をひとまず袋に戻し、立ち上がる。
「まあ、調べて判断するより先に、旦那様に現状を報告、かな」
「ん……団長がそう言うなら、従う」
ジークはこくりと頷いた。
「報告は誰に頼む」
「う~ん……ジーク、行っておいで」
「俺か」
ぱっとジークはトトリを見た。不満にも驚きにも取れる表情に、トトリは笑う。
「頼まれたいでしょ」
「別に……」
「旦那様がこんなに長く留守にするの、初めてだもんね。カイネもイリアもセレスもいないし。奥様もいない。寂しくなってきた頃合いじゃないのかな」
「……」
「奥様、いつも褒めてくださるもんね。あの綺麗な翠の瞳で褒められると嬉しくなっちゃうし、もっと頑張らなきゃって力も出るよ。ジークもそうでしょ?」
むす、と唇を引き結んだジークは返事をしなかった。
まだ子供から抜け出したばかりの青年は、フン、と大人ぶって腕を組んだ。
トトリはそれを見て鷹揚に微笑む。
「ああ、違う違う。ジークがどうってより先に……多分、旦那様がそろそろジークに仕事を頼みたくなってる頃合いだよ~ってこと」
それは方便ではあったけれど、本当のことでもある。
王都で過ごしてしばらく経ち。魔晶石の公表も終えた。
であれば、諜報……情報の収集を、ダリウスは求めている筈だ。
辺境伯家の部下の中で、それを一番得意としているのはジークなのだから。
ジークもそれは分かっているのだろう。真面目な顔で頷く。
「……わかった」
「よしよし、ここは俺が預かっておくから安心しておいで。旦那様に会ったら、いっぱい褒めてもらうといいよぉ」
「子供扱いしないでほしい。仕事に行くだけだ」
「団長ー!」
そこへ、辺境伯領の兵士が、息を切らして駆け寄ってきた。
「ご無事ですか、急に先に行かれてしまうから」
「ごめんねぇ、勝手なことして。でも、捕縛はできたよ」
「なんと……」
兵士は驚いて立ち止まる。
「ジークも……って、あれ」
振り返ると、もうその姿は消えている。
道には足跡も残っていなかった。
トトリはぽりぽりと頬を掻いた。
「さっきまで居たんだけどね。皆と話す気分じゃないのかな」
ジークが人見知りなのは今に始まったことではない。その性質が、隠密向きと言えばそうなのだろう。
ぐ、と伸びをする。
「さて……それじゃあ、この人たちを収容しようか」
鉱山へ続く細い山道には夕方になると冷たい風が吹きすさぶ。
その道の途中。
「やだねぇ……ほんとに物騒だよ。こんなところで侵入者なんて」
のんびりとした声。
振り返った男が見たのは、夕焼けを背に立つ、大柄な青年だった。
穏やかで、人の良さそうな表情。
「はじめまして~。ヴァルト辺境伯領の騎士団長をしております、トトリと言います」
おっとりとした口調で――その手に斧を握っている。
柄は成人男性の身長ほどもあり、刃は厚く、岩を砕くための鉱山用の斧を戦闘向けに改造したものだ。
魔獣を狩るための大斧。
それを、まるで枝でも持つかのように、片手で担いでいる。
「このルヴァリエ鉱山に続く道は現在、部外者立入禁止。……もしかして、迷ったのかな?麓まで送ろうか?」
見逃すことを示唆する言葉。
しかし、男は剣を抜いた。
「ん……悪い人は捕まえときますって、旦那様に約束したし……」
青年は――トトリはことんと首を傾げて笑う。
「仕事はしないと」
男が剣を振るより早く、トトリは一歩踏み出した。
地面が、ぐん、と沈んだよう。
次の瞬間、斧が振るわれる。
風を切る音はほとんどしない。
剣で受け止めるという発想そのものが間違いだ。
刃が叩き折られると同時に斧が翻り、男を吹き飛ばした。
ぱきょ、という骨の砕ける軽い音が鳴る。
悲鳴もなく、男の身体はそのまま地面を転がる。
血は出ていない。
だが、完全に意識を失い――身体はありえない方向に曲がっていた。
「うーん、困ったなぁ……」
倒れた侵入者を見下ろし、トトリは困ったように首を傾げる。
彼は無闇に斬らない。急所も狙わない。
狙うより速く全体を砕き、二度と抵抗できないようにする――それを、迷いなく、やる。
仲間内での訓練や勝負であれば、こんな真似はしない。
「ほんと、俺はまだまだだぁ……」
自分はダリウスはもちろん、セレスやジークや……もしかしたらカイネとイリアよりも、戦うための技術が足りていないと、いつも自省している。
魔獣相手には、自分のような大味な戦い方でもなんとかなるけれど、人間相手の繊細な勝負となるとてんでダメだ。
お飾りの騎士団長、強さよりも責任者的な能力で選ばれたのだろう、とよく言われる。
それは自分でもよく分かっているので、王都の御前試合にも、自分ではなくセレスを選んで送り出していた。
「力加減力加減……正確な狙い……うーん、苦手なのは仕方ないよねぇ……」
けれど、今相手にしているのは、「怪我をさせてはいけない相手」ではなかった。
だからトトリは次の瞬間、振り向きざまに二人――不意を突いて飛びかかってきた侵入者を、その斧で容赦なく叩き伏せる。
静かな山の中腹に、風船が破裂するような打撃音が響いた。
鉱山の周囲は静まり返り、風の音だけが戻ってきている。
倒れ伏した盗賊を、トトリは丁寧に縛ってからゆっくりと検分した。
「お金に困った身なりじゃないね……神殿のスパイかなぁ……ちょっと可哀想だったかなぁ……でもさ、坑夫さんたちのいる所に手を出そうとするのは、さすがに見過ごせないよねぇ」
男たちの服装を見直す。所持品はやけに整っているし、動きの統率も取れていた。
金に困って罪に身を落とした者ではなく、仕事として犯罪を請け負う者たちだ。
「……ん?」
その懐の袋から、ぽろぽろと石が転がり落ちた。
「……ちっちゃい魔晶石だ」
ルヴァリエ鉱山から採掘される純度の高い大粒の魔晶石ではない。
指先でつまみ上げるのにも難儀する大きさ――いわゆる屑石だ。
それでも、安い魔道具を動かすために屑石も流通はしているが、ここまで小さく質も悪いと、使いようがない。
それに、持ち歩くのに適しているとはとても思えない。
ルヴァリエ鉱山から魔晶石を盗掘するつもりで侵入してきたのなら、尚更、わざわざ自分で魔晶石の屑石を持ち込むのも意味不明だ。
何に使うつもりだったのだろう。
「……トトリ」
そこへ、すっと隣に降り立つようにして現れたのはジークだった。
相変わらず気配が薄い。
細身の影のような風貌は、大柄なトトリの隣に立つと、更に華奢な印象を与える。
「あれ、来たんだ」
「終わったようだったからな。斧の軌道に巻き込まれたらかなわん。……こいつらは、やはり神殿由来か?それとも公爵家か」
「可能性はあるねぇ。旦那様も予想してたし……」
トトリは拾い上げた屑石をひとまず袋に戻し、立ち上がる。
「まあ、調べて判断するより先に、旦那様に現状を報告、かな」
「ん……団長がそう言うなら、従う」
ジークはこくりと頷いた。
「報告は誰に頼む」
「う~ん……ジーク、行っておいで」
「俺か」
ぱっとジークはトトリを見た。不満にも驚きにも取れる表情に、トトリは笑う。
「頼まれたいでしょ」
「別に……」
「旦那様がこんなに長く留守にするの、初めてだもんね。カイネもイリアもセレスもいないし。奥様もいない。寂しくなってきた頃合いじゃないのかな」
「……」
「奥様、いつも褒めてくださるもんね。あの綺麗な翠の瞳で褒められると嬉しくなっちゃうし、もっと頑張らなきゃって力も出るよ。ジークもそうでしょ?」
むす、と唇を引き結んだジークは返事をしなかった。
まだ子供から抜け出したばかりの青年は、フン、と大人ぶって腕を組んだ。
トトリはそれを見て鷹揚に微笑む。
「ああ、違う違う。ジークがどうってより先に……多分、旦那様がそろそろジークに仕事を頼みたくなってる頃合いだよ~ってこと」
それは方便ではあったけれど、本当のことでもある。
王都で過ごしてしばらく経ち。魔晶石の公表も終えた。
であれば、諜報……情報の収集を、ダリウスは求めている筈だ。
辺境伯家の部下の中で、それを一番得意としているのはジークなのだから。
ジークもそれは分かっているのだろう。真面目な顔で頷く。
「……わかった」
「よしよし、ここは俺が預かっておくから安心しておいで。旦那様に会ったら、いっぱい褒めてもらうといいよぉ」
「子供扱いしないでほしい。仕事に行くだけだ」
「団長ー!」
そこへ、辺境伯領の兵士が、息を切らして駆け寄ってきた。
「ご無事ですか、急に先に行かれてしまうから」
「ごめんねぇ、勝手なことして。でも、捕縛はできたよ」
「なんと……」
兵士は驚いて立ち止まる。
「ジークも……って、あれ」
振り返ると、もうその姿は消えている。
道には足跡も残っていなかった。
トトリはぽりぽりと頬を掻いた。
「さっきまで居たんだけどね。皆と話す気分じゃないのかな」
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