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離れても想いはめぐる蔦の章
幕間 その頃、クラリシエール邸では
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王都のクラリシエール邸には、ここ数日、来客が多かった。
応接間の空気は落ち着いているようでいて、どこか張り詰めている。
カイネは壁際に控え、視線だけで場を測っていた。
その正面、応接用の椅子に腰掛けているのはユフェミアだ。
背筋を伸ばし、手を膝の上に揃え、穏やかな表情を崩さない。
「――それで、ヴァルト辺境伯は戦死なされたと?」
訪問者は、あくまで確認するような口調を装っていた。
だが、その視線には期待が混じっている。
王都では一度、「ダリウス・ヴァルト戦死」の噂までもが流れた。
すぐに訂正はされたものの、信じたい者は騒いでいる。
「いいえ」
ユフェミアは即座に否定した。
声音は柔らかく、しかし迷いがない。
「ヴァルト辺境伯様は第一王子殿下をお守りし、魔獣の無力化に成功した上、ご健在です。ただお怪我をされて現在は療養中で、医師の管理下にあります」
その言葉に、訪問者の眉がわずかに動いた。
落胆か、疑念か、あるいはその両方か。
「しかし、我々が聞いている話では――」
「それは信憑性に欠ける噂話ですね」
ユフェミアはにこりと微笑んだ。
社交の場に相応しい、隙のない笑み。
「王都は多数の情報が素早くまわりますが、その中には胡散臭い内容も多いもの……ご心配くださるお気持ちはとてもありがたいのですが、それは事実ではありません」
訪問者の一人が、慎重に言葉を選ぶようにして口を開いた。
「いえ……しかし、第二王子殿下の婚約者であられる、リリアーナ様も――たいへん案じておられたのです。祈るうちに、辺境での戦いの苛烈さを感じ取られた、もしものことがあれば、と」
ユフェミアの微笑が、わずかに静止する。
「ですから我々も、万が一を考え、状況を確認する必要があるのではないかと……ご厚意から、です」
心配しているだけだ。善意だ。
そう主張する。
ユフェミアはすべて受け止めた上で、静かに息を整えた。
「リリアーナ様が、そのようにお優しく案じてくださっていたのですね」
勿論、相手もリリアーナの言葉を丸ごと信じているわけではあるまい。
しかし、「第二王子の婚約者が心配していた」ことに、ヴァルト辺境伯家がどう反応するか。
その反応自体を、持ち帰ろうとしているのだろう。
迎合してぺこぺこと感謝を述べるか、反発して第二王子への反抗姿勢をあらわにするのか。
ユフェミアはどちらも選ばなかった。
ほぅ、と心底から困ったように溜め息をつく。
「まぁ……けれど、そのご厚意を受けとめる役は、私には務まりません」
「え?」
「ここはクラリシエール家の邸で、私の名前は、ユフェミア・クラリシエールですから」
使者が言葉を失う。
「確かに、ヴァルト辺境伯夫妻の王都での仮住まいのために、私の所有するこのクラリシエール邸へご招待致しましたから、その恩義として多少のご挨拶は引き受けますけれど。第二王子殿下の婚約者様へのご対応を肩代わりするなんて、私にはあまりに僭越で。とても、務まりませんわ」
やわらかな声の調子とは裏腹に、その宣言は揺るがない。
立場を誤魔化さず、それを寧ろ相手の追及を逃れる道具として使う。
「ヴァルト辺境伯家からの正式な対応を求められるのでしたら、クラリシエール邸をお訪ね頂くよりも、辺境伯様にお手紙をお送りください。少なくとも、私がここで何を申し上げたところで、「仮住まいの邸の管理人が勝手に言ったこと」に過ぎませんもの。皆様のお時間を無駄にしてしまいますわ」
「で、では、奥方に出て頂ければ良いでしょう。この邸にいる筈だ」
「奥様は、お怪我をされた辺境伯様の身をとても案じられていて……心乱れ、伏せっていらっしゃいます。お話になりたいのでしたら、どうか日を置いて、事前にお約束の上で、お越しくださいまし」
嘘はつかない。
ただ、相手の都合の良い勘違いは否定しない。
のらりくらりと、ユフェミアは丁寧に、相手にとって何の実りもない会話を続けてみせた。
そして、まだ湯気を立てている温かいお茶を一口飲む。
「あら……まあ、まあ。お茶がすっかり冷めてしまいましたね。急いで淹れさせたせいですわ」
――あなたは前触れもなく来た上に、長く滞在しすぎだ。
「そうそう、お預かりした外套、とても素晴らしいお品で使用人が驚いておりました」
――さっさと上着を着て、帰れ。
上品な挙措と、言外に含まれた拒絶。
傍に立っていたカイネは内心、感心していた。
(俺一人だったら途中で切れた顔のひとつも見せてたかもなぁ)
「見送りの準備はできております」
カイネはそこでにっと笑う。
いや、と焦った調子の使者の言葉を断ち切るように、ユフェミアは微笑んだ。
「本日は色々とたくさん、お話できて楽しかったですわ。私のような者のお相手をいただきありがとうございました」
「待て、我々は……」
「そろそろ夕食の時間でしょう、きっとご家族もお待ちです」
丁寧に、けれど成立していない会話。
まだ日は高い。しかしユフェミアは全くそう信じているかのように、美しい微笑を浮かべて座っている。
使者たちは互いに視線を交わし、これ以上の問答が無意味だと悟ったのだろう。
ぎこちなく一礼し、邸を後にする。
扉が閉まったあと、ようやく空気が緩んだ。
「……いやあ」
カイネは小さく息を吐く。
「流石でした、ユフェミア嬢」
「いえ、私の仕事ですもの。傍にいてくれてありがとうございました、カイネ」
ユフェミアは仮面を取るように先程までの微笑を消し、軽く肩を落とした。
ほぅ、と溜め息をついて、緊張からきていた額の汗を軽く押さえる。
「それこそ俺の仕事ですから。……しかし、仮にも主人が亡くなった家だと言いながら押しかけてくるなら、せめて弔問の体裁を取るべきだと俺は思いますがね……」
「焦っておられるのでしょう」
その言葉には、微かな皮肉が滲んでいた。
カイネは窓の外を一瞥する。
まだ、邸の前を囲む者はいる。
「どうしますか、後は。……俺としちゃ、残りは全員、門前払いで良いかと思いますが」
「ええ。そう致しましょう。お願いします、カイネ。ルーチェ様がご不在であることも、しばらくは伏せておきたいですし」
「承知しました」
◆
その夜。
王都の邸は静まり返っていた。
回廊を渡る夜風が、灯りを落とした燭台の芯をわずかに揺らす。
寝室の扉が、音もなく開かれた。
侵入者は息を殺し、床を踏む足運びすら計算している。訓練された動きだった。
寝台に横たわる細い影。
眠っているように見えるその人物へ、侵入者は躊躇なく手を伸ばした。
だが。
次の瞬間、視界が逆転した。
「――っ!?」
短い悲鳴とともに、侵入者の身体が宙を舞う。
部屋の中央を越え、床に叩きつけられるよりも先に、壁へと放り投げられた。
「なーにしてくれちゃってんですかね……」
気怠げな声が落ちる。
闇の中から姿を現したのは、カイネだった。
いつもの表情はなりを潜め、目だけが冷えている。
侵入者が体勢を立て直そうとした、その瞬間。
「――捕縛してください」
寝台から、澄んだ声が響いた。
布団を押しのけ、上体を起こしたのはユフェミアだった。
夜着ですらない、防具までつけた服装。髪もほどいていない。
最初から、眠る気などなかったことが一目でわかる。
「よそ見してる場合じゃないですよ」
カイネの声と同時に、侵入者の視界が跳ね上がった。
下から突き上げられるような衝撃。
息を吸う暇すら奪われ、蹴り上げられた身体がくの字に折れる。
「……はあ」
短く息を吐き、カイネは床に転がった侵入者を見下ろす。
「奥様の部屋に忍び込むとか、度胸だけは評価しますけど」
ユフェミアは静かに立ち上がり、視線を落とした。
「縛ってください。尋問は明日に回しましょう」
「了解です。……十中八九、公爵家か……いや、それ以上の大きな背後があるのかもしれませんが」
カイネは淡々と応じる。
侵入者が呻く声は、すぐに布で塞がれた。
侵入者を引き渡した後、部屋には静けさが戻った。
カイネは椅子に腰を下ろす。
指先で額を軽く押さえ、ため息をひとつ吐いた。
「最近どうにも動きがきな臭いと思ってたんで、少し餌を撒いたらこれですよ」
ユフェミアは寝台の縁に腰掛け、乱れた室内を一瞥する。
「思ったより、早かったですね」
「俺としては、もう少し泳がせるつもりだったんですけど。相手さんがこれだから仕方ない……」
カイネは肩をすくめた。
「旦那様に手を出せなかったから、次は奥様を攫おうって腹だったんでしょうね。分かりやすいことで」
ユフェミアの表情が一瞬、険しくなる。
「……やはりルーチェ様には、辺境にお戻り頂いて正解でした」
「ええ。最初、ユフェミア嬢から提案頂いた時は驚きましたけど……あの後すぐ、旦那様のお怪我の件もありましたからね」
「ある意味自然なかたちでここを離れて、手厚く警護の行き届く場所に……旦那様がお護りできるところに、移動して頂けた。何よりです」
その声音には、確かな実感がこもっていた。
王都は今、静かだが危うい。
公爵家や神殿が短絡的な賭けに出る可能性は高くなってきている。
「正直、ここにいられたら胃が痛くて仕方なかったかと」
カイネは軽く笑い、視線を上げた。
「でも、代わりに俺らが――というより、ユフェミア嬢、あなたが矢面に立つことになるのに」
「それは――」
ユフェミアは一瞬言葉を切り、そして口元に小さく笑みを浮かべた。
ふふふ、と殊更に悪女ぶった微笑み。
「状況が変わって、今はこちらが有利です。案外楽しんでいますから、役得、ということで」
「お、強気ですね」
「怖がっていては何も守れませんから」
そう言って立ち上がるユフェミアの背は、すっと伸びている。
その横顔を見て、カイネは思わず視線を逸らした。
沈黙が落ちる。
先ほどまでの緊張が嘘のように、空気は少しだけ緩んでいた。
互いに背中を預けるような距離感。
それでも、どこか落ち着かない。
「……カイネ。でも」
「はい?」
「無理は、なさらないでください」
思いがけず柔らかな声だった。
「ユフェミア嬢こそ」
口をついて出た言葉に、自分で少し驚く。
「お供しますよ。……一同僚として、です」
ユフェミアは一瞬だけ目を見開き、すぐに視線を落とした。
「……心強いです」
それだけ言って、彼女は小さく息を吐いた。
応接間の空気は落ち着いているようでいて、どこか張り詰めている。
カイネは壁際に控え、視線だけで場を測っていた。
その正面、応接用の椅子に腰掛けているのはユフェミアだ。
背筋を伸ばし、手を膝の上に揃え、穏やかな表情を崩さない。
「――それで、ヴァルト辺境伯は戦死なされたと?」
訪問者は、あくまで確認するような口調を装っていた。
だが、その視線には期待が混じっている。
王都では一度、「ダリウス・ヴァルト戦死」の噂までもが流れた。
すぐに訂正はされたものの、信じたい者は騒いでいる。
「いいえ」
ユフェミアは即座に否定した。
声音は柔らかく、しかし迷いがない。
「ヴァルト辺境伯様は第一王子殿下をお守りし、魔獣の無力化に成功した上、ご健在です。ただお怪我をされて現在は療養中で、医師の管理下にあります」
その言葉に、訪問者の眉がわずかに動いた。
落胆か、疑念か、あるいはその両方か。
「しかし、我々が聞いている話では――」
「それは信憑性に欠ける噂話ですね」
ユフェミアはにこりと微笑んだ。
社交の場に相応しい、隙のない笑み。
「王都は多数の情報が素早くまわりますが、その中には胡散臭い内容も多いもの……ご心配くださるお気持ちはとてもありがたいのですが、それは事実ではありません」
訪問者の一人が、慎重に言葉を選ぶようにして口を開いた。
「いえ……しかし、第二王子殿下の婚約者であられる、リリアーナ様も――たいへん案じておられたのです。祈るうちに、辺境での戦いの苛烈さを感じ取られた、もしものことがあれば、と」
ユフェミアの微笑が、わずかに静止する。
「ですから我々も、万が一を考え、状況を確認する必要があるのではないかと……ご厚意から、です」
心配しているだけだ。善意だ。
そう主張する。
ユフェミアはすべて受け止めた上で、静かに息を整えた。
「リリアーナ様が、そのようにお優しく案じてくださっていたのですね」
勿論、相手もリリアーナの言葉を丸ごと信じているわけではあるまい。
しかし、「第二王子の婚約者が心配していた」ことに、ヴァルト辺境伯家がどう反応するか。
その反応自体を、持ち帰ろうとしているのだろう。
迎合してぺこぺこと感謝を述べるか、反発して第二王子への反抗姿勢をあらわにするのか。
ユフェミアはどちらも選ばなかった。
ほぅ、と心底から困ったように溜め息をつく。
「まぁ……けれど、そのご厚意を受けとめる役は、私には務まりません」
「え?」
「ここはクラリシエール家の邸で、私の名前は、ユフェミア・クラリシエールですから」
使者が言葉を失う。
「確かに、ヴァルト辺境伯夫妻の王都での仮住まいのために、私の所有するこのクラリシエール邸へご招待致しましたから、その恩義として多少のご挨拶は引き受けますけれど。第二王子殿下の婚約者様へのご対応を肩代わりするなんて、私にはあまりに僭越で。とても、務まりませんわ」
やわらかな声の調子とは裏腹に、その宣言は揺るがない。
立場を誤魔化さず、それを寧ろ相手の追及を逃れる道具として使う。
「ヴァルト辺境伯家からの正式な対応を求められるのでしたら、クラリシエール邸をお訪ね頂くよりも、辺境伯様にお手紙をお送りください。少なくとも、私がここで何を申し上げたところで、「仮住まいの邸の管理人が勝手に言ったこと」に過ぎませんもの。皆様のお時間を無駄にしてしまいますわ」
「で、では、奥方に出て頂ければ良いでしょう。この邸にいる筈だ」
「奥様は、お怪我をされた辺境伯様の身をとても案じられていて……心乱れ、伏せっていらっしゃいます。お話になりたいのでしたら、どうか日を置いて、事前にお約束の上で、お越しくださいまし」
嘘はつかない。
ただ、相手の都合の良い勘違いは否定しない。
のらりくらりと、ユフェミアは丁寧に、相手にとって何の実りもない会話を続けてみせた。
そして、まだ湯気を立てている温かいお茶を一口飲む。
「あら……まあ、まあ。お茶がすっかり冷めてしまいましたね。急いで淹れさせたせいですわ」
――あなたは前触れもなく来た上に、長く滞在しすぎだ。
「そうそう、お預かりした外套、とても素晴らしいお品で使用人が驚いておりました」
――さっさと上着を着て、帰れ。
上品な挙措と、言外に含まれた拒絶。
傍に立っていたカイネは内心、感心していた。
(俺一人だったら途中で切れた顔のひとつも見せてたかもなぁ)
「見送りの準備はできております」
カイネはそこでにっと笑う。
いや、と焦った調子の使者の言葉を断ち切るように、ユフェミアは微笑んだ。
「本日は色々とたくさん、お話できて楽しかったですわ。私のような者のお相手をいただきありがとうございました」
「待て、我々は……」
「そろそろ夕食の時間でしょう、きっとご家族もお待ちです」
丁寧に、けれど成立していない会話。
まだ日は高い。しかしユフェミアは全くそう信じているかのように、美しい微笑を浮かべて座っている。
使者たちは互いに視線を交わし、これ以上の問答が無意味だと悟ったのだろう。
ぎこちなく一礼し、邸を後にする。
扉が閉まったあと、ようやく空気が緩んだ。
「……いやあ」
カイネは小さく息を吐く。
「流石でした、ユフェミア嬢」
「いえ、私の仕事ですもの。傍にいてくれてありがとうございました、カイネ」
ユフェミアは仮面を取るように先程までの微笑を消し、軽く肩を落とした。
ほぅ、と溜め息をついて、緊張からきていた額の汗を軽く押さえる。
「それこそ俺の仕事ですから。……しかし、仮にも主人が亡くなった家だと言いながら押しかけてくるなら、せめて弔問の体裁を取るべきだと俺は思いますがね……」
「焦っておられるのでしょう」
その言葉には、微かな皮肉が滲んでいた。
カイネは窓の外を一瞥する。
まだ、邸の前を囲む者はいる。
「どうしますか、後は。……俺としちゃ、残りは全員、門前払いで良いかと思いますが」
「ええ。そう致しましょう。お願いします、カイネ。ルーチェ様がご不在であることも、しばらくは伏せておきたいですし」
「承知しました」
◆
その夜。
王都の邸は静まり返っていた。
回廊を渡る夜風が、灯りを落とした燭台の芯をわずかに揺らす。
寝室の扉が、音もなく開かれた。
侵入者は息を殺し、床を踏む足運びすら計算している。訓練された動きだった。
寝台に横たわる細い影。
眠っているように見えるその人物へ、侵入者は躊躇なく手を伸ばした。
だが。
次の瞬間、視界が逆転した。
「――っ!?」
短い悲鳴とともに、侵入者の身体が宙を舞う。
部屋の中央を越え、床に叩きつけられるよりも先に、壁へと放り投げられた。
「なーにしてくれちゃってんですかね……」
気怠げな声が落ちる。
闇の中から姿を現したのは、カイネだった。
いつもの表情はなりを潜め、目だけが冷えている。
侵入者が体勢を立て直そうとした、その瞬間。
「――捕縛してください」
寝台から、澄んだ声が響いた。
布団を押しのけ、上体を起こしたのはユフェミアだった。
夜着ですらない、防具までつけた服装。髪もほどいていない。
最初から、眠る気などなかったことが一目でわかる。
「よそ見してる場合じゃないですよ」
カイネの声と同時に、侵入者の視界が跳ね上がった。
下から突き上げられるような衝撃。
息を吸う暇すら奪われ、蹴り上げられた身体がくの字に折れる。
「……はあ」
短く息を吐き、カイネは床に転がった侵入者を見下ろす。
「奥様の部屋に忍び込むとか、度胸だけは評価しますけど」
ユフェミアは静かに立ち上がり、視線を落とした。
「縛ってください。尋問は明日に回しましょう」
「了解です。……十中八九、公爵家か……いや、それ以上の大きな背後があるのかもしれませんが」
カイネは淡々と応じる。
侵入者が呻く声は、すぐに布で塞がれた。
侵入者を引き渡した後、部屋には静けさが戻った。
カイネは椅子に腰を下ろす。
指先で額を軽く押さえ、ため息をひとつ吐いた。
「最近どうにも動きがきな臭いと思ってたんで、少し餌を撒いたらこれですよ」
ユフェミアは寝台の縁に腰掛け、乱れた室内を一瞥する。
「思ったより、早かったですね」
「俺としては、もう少し泳がせるつもりだったんですけど。相手さんがこれだから仕方ない……」
カイネは肩をすくめた。
「旦那様に手を出せなかったから、次は奥様を攫おうって腹だったんでしょうね。分かりやすいことで」
ユフェミアの表情が一瞬、険しくなる。
「……やはりルーチェ様には、辺境にお戻り頂いて正解でした」
「ええ。最初、ユフェミア嬢から提案頂いた時は驚きましたけど……あの後すぐ、旦那様のお怪我の件もありましたからね」
「ある意味自然なかたちでここを離れて、手厚く警護の行き届く場所に……旦那様がお護りできるところに、移動して頂けた。何よりです」
その声音には、確かな実感がこもっていた。
王都は今、静かだが危うい。
公爵家や神殿が短絡的な賭けに出る可能性は高くなってきている。
「正直、ここにいられたら胃が痛くて仕方なかったかと」
カイネは軽く笑い、視線を上げた。
「でも、代わりに俺らが――というより、ユフェミア嬢、あなたが矢面に立つことになるのに」
「それは――」
ユフェミアは一瞬言葉を切り、そして口元に小さく笑みを浮かべた。
ふふふ、と殊更に悪女ぶった微笑み。
「状況が変わって、今はこちらが有利です。案外楽しんでいますから、役得、ということで」
「お、強気ですね」
「怖がっていては何も守れませんから」
そう言って立ち上がるユフェミアの背は、すっと伸びている。
その横顔を見て、カイネは思わず視線を逸らした。
沈黙が落ちる。
先ほどまでの緊張が嘘のように、空気は少しだけ緩んでいた。
互いに背中を預けるような距離感。
それでも、どこか落ち着かない。
「……カイネ。でも」
「はい?」
「無理は、なさらないでください」
思いがけず柔らかな声だった。
「ユフェミア嬢こそ」
口をついて出た言葉に、自分で少し驚く。
「お供しますよ。……一同僚として、です」
ユフェミアは一瞬だけ目を見開き、すぐに視線を落とした。
「……心強いです」
それだけ言って、彼女は小さく息を吐いた。
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せっかくなので、家庭でできる餅菓子レシピを載せることにしました
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