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ほどけては結われる花々の章
63.欠けているもの
「……王都より急報です。リヒト卿が」
その一言だけで、指先がこわばった。
「行方知れずになったと」
言葉が、音として耳に入った。
けれど意味は、すぐには結ばれなかった。
「……どういうこと?」
「各地に流れた報告では、リヒト卿が王立裁判所への審議申立ての手続きを行なった直後、内乱罪の名目で神殿の兵が執務室をあらため……リヒト卿は、その時からお姿が見えません」
「神殿に拘束されたということか?」
「恐らく……「拘束」の文字は、記録には見えません。文官たちの記録は、きっと必死で残したものでしょう。兵たちの入室時刻、自分たちの勤務記録、リヒト卿が抱えていた仕事が現在すべて決済待ちのまま滞っている点……ただ、それらの記録を組み合わせれば、いつ何があったのかは一目瞭然です」
次の瞬間、腕を掴まれた。
「ルーチェ」
低く、確かな声。
ダリウス様の手だった。
「あ……」
彼に支えられていなければ、きっとその場に崩れ落ちていた。
気づいたら自分でもわかるほど、顔から血の気が引いている。
ダリウス様は私を椅子に座らせると、何も言わず机へ向かった。
「……リヒト卿が、何度もあなたをこの地から出すなと俺に念押ししたのは、このためか」
「え……?」
「アルベルト殿下は何をされている」
「殿下は現在、南方域へ親善交渉に赴かれています。恐らくこの件、まだ、報告は受けていないのではないかと」
「……俺の聞いた話と違う……親善? であればリヒト卿が知らぬ筈はない。つまり……」
低く呟く。そこには苦い悔恨が滲んでいた。
ややあって、使者の方を見る。
「……王都の邸はどうなっている」
ダリウス様の問いに、伝令の使者は頷いた。
「カイネは報告を聞くや否や邸を封鎖しています。神殿が捜索を行いかねないと踏んだのでしょう。独断だがご容赦頂きたいと申しておりました。既に奥様がご実家から籍を抜かれていることを理由に挙げて……リヒト卿を理由に、奥様の居住区域に踏み込むことは許さないと、先んじて扉を閉じました」
「そうか。……なら、いい」
深い溜め息。
「……お前がここに来るまで、どのくらいかかった」
「一日半ほど。馬を乗り換え休みなく駆けました」
「ということは……つまりは既にリヒト卿が敵の手に落ちて、それだけの時間が経過しているということだ」
ダリウス様はぐっと拳を握り締め、俯いた。
「……リヒト卿。分かっていたな」
「ダリウス様……」
「最初からこうなることを織り込んでいたのだろう」
低い声だった。
独り言のようでもあり、私に向けられた言葉でもある。
「証拠は押さえた。だが、相手がそれを受け入れるはずがない。公爵家も、神殿も、第二王子派も……追い詰められれば、最後は暴力に出る。証拠を盗み、その証拠を取り扱うことのできる告発者を消しにかかる」
淡々とした分析。
けれどその内容は、胸の奥を冷やしていく。
「だから、リヒト卿は敢えて……正攻法で敵の目を自分自身に引きつけて、拘束させた」
私は息を呑む。
「義を持って正当な告発を行おうとした者が、夜陰に消えたんだ。その事自体が、証拠の信憑性を高める」
理解が、遅れて追いついてくる。
兄様がどれほど冷静に、どれほど危うい賭けを選んだのか。
「不当な拘束。不当な暴力。それが加えられるほど、敵方は自分たちが何者かを、国中に示すことになる」
ダリウス様の声は静かだった。
兄様が傷つけられれば傷つけられるほど、それが意味を持つ。
その構図を理解してしまった。
「もしものことがあれば、それは告発側の大義をより強固なものに……」
そこでダリウス様は私を見て、不意に言葉を止めた。
自分でも気づかないうちに、身体が震えていたらしい。
指先が冷え、顔色もきっとひどいものだった。
ダリウス様はそれ以上、何も言わなかった。
代わりに、小さく息を吐いて、ただ一言。
「……すまない」
「あ、謝られることではありません」
「いや。……不用意だった」
彼は事実を整理しただけだ。
現状を冷静に受け入れられていないのは、私の方だった。
「兄様を……助けることは、できないのでしょうか」
「……リヒト卿は、あなたのそうした優しい気持ちを、敵方が利用することを恐れたのだろう。だからこそ、俺にあなたをこの地から出さぬよう念押しした……」
「けれど!……兄様は、このままでは」
最後にお会いした時に、気がつけばよかった。
私は自分のことばかりで、何も分かっていなかった。
「……ルーチェ」
ダリウス様は伝令を下がらせると、私の方を振り返る。
「……」
そっと腕が触れる。
私は縋るように立ち上がって身を寄せた。
「……ルーチェ。俺は気休めを言うつもりはない。リヒト卿は、自分の身を差し出すことで最大限の告発と……自分以外に矛先が向くことを防ごうとしたのだろう。この地からの距離、伝令の届く時間。恐らくすべて計算のうちだ」
「でも、でも……」
「しかし……ということは、恐らく」
ダリウス様がそう言って、引き出しを開ける。
鍵つきの二重底の奥から慎重に取り出されたのは、封のされた厚手の封筒。
「それは……兄様の字?」
「ああ。……先日、出立前に託されたものだ。「必要な時まで、決して開けるな」と……」
ダリウス様は一瞬だけ迷うように封筒を見つめ、それから静かに封を切った。
最初に現れたのは、一枚の手紙。
それと一緒に、分厚い紙束が入っている。
手紙の冒頭には、「必要な時以外開けるなと伝えた筈ですが」と。
兄様らしい書き出しだった。
思わず、息が詰まる。
手紙は続いていた。
「……しかし、貴殿が容易には約束を違えないということは承知しています。これを開いたということは、事態はすでに動いているのでしょう。受けたのは、私が行方不明となったという報ですか、あるいは死亡の報でしょうか。殺害の報であれば、事態は私にとって有利です」
淡々とした文字。
感情を削ぎ落とした文章のはずなのに、そこには確かな覚悟が滲んでいた。
続く紙を、並んで静かに読み進める。
「証拠は私がいなくとも動くよう手配してあります。しかし同封の書類は、すべてが失敗した時の最後の保険として義弟殿にお預けします。神殿の不正金流通の記録。第二王子派と結びついた証言。消された帳簿、改竄された文書の写し。すべて取りまとめてあります。殺された王宮官吏が最後に遺した証拠として、適切な時期にアルベルト・エルティオス「陛下」の手で皆の前に開帳させてほしい」
どれほどの覚悟で、どれほどの危険の中で、これを集めたのか。
そして、どこまで一人で背負うつもりだったのか。
すべてを読み終えると、ダリウス様はそっと書類をまとめ直した。
その瞳は静かだったが、奥に燃えるものがあるのがわかった。
「……ダリウス様」
私は顔を上げる。
怖くないはずがない。
兄様は私を安全な場所に置いておきたかったのだろう。
それでも。その願いをわかってなお。
「……私を、王都にお連れください」
「……」
「お一人でも、行かれるつもりでしょう?」
自分でも驚くほど、はっきりとした声が出た。
「しかし……」
「ダリウス様」
胸を押さえて、ひとつ深く呼吸をする。
「……兄様の計画は、綿密に準備されたものでしょう。けれどひとつ、決定的に欠けている視点があります」
「欠けている……?」
「……私や、ダリウス様や。アルベルト殿下の、気持ちです」
兄様の顔を思い出す。
特に、最初に私をダリウス様の元から連れ出そうとしていた時の様子――
俺のせいだ、と何度も繰り返して。
罪滅ぼしをさせてくれと願う悲痛な表情。
(兄様は、きっと自分が犠牲になることを厭っていない)
(寧ろそれが私たちのためになると思っている)
(そんなわけが、ないのに……!)
「……私はまだ、良いのです。はっきり言ってしまえば、感情のままに騒いだところで力がありません。ダリウス様はそんな私を止めてくださるでしょうし、良くも悪くも、こうして二人で話して、冷静さを取り戻すことができる」
「……」
「けれど、アルベルト殿下は違います」
ダリウス様は私の話を頷き頷き、聞いてくれた。
腕を組み、考えながら。
「アルベルト殿下はとても柔和で温厚な……お優しい方に見えますけれど。……果たして、この報せを聞いて冷静でいられるでしょうか」
けれど私は知っている。
優しいから、黙っているから、何も感じていないわけではない。
寧ろあの方は、ご自分の想いを飲み込んで押さえるのが――きっと、上手になってしまっただけ。
「……私から見て、アルベルト殿下は芯から穏やかなだけの方だとは思えません。周囲を慮って封じ込めてしまう想いが多い……普段はおとなしい、むしろそういう方が、もしも」
激情に駆られてしまえば、それは敵方に足元を掬われる要因になりかねない。
「……ダリウス様。私を王都へお連れください。そして、アルベルト殿下のご様子を見て……必要とあらば、どうか殿下をお諌めください。私の内にあるかもしれない力も、王都へ行けば何かのかたちでお役に立てるかもしれません」
「……」
ここで待つだけでは、何も変えられない。
ダリウス様は、深く溜め息をついた。
「……あなたは本当に、よく、見えている」
「……」
「わかった。共に行こう。……あなたが望むのなら。ただ、決して一人にはならないでくれ」
王都へ向かう準備自体は、本来ならば不自然なものではなかった。
全貴族会議はいずれ開かれる予定で、そのための移動の手筈は、ずっと前から整えられていたのだから。
ダリウス様はもう向かっても構わないと言っていたけれど、先日の兄様の言葉を聞いて出立を遅らせていた。
だから、準備は既に整っていた。
ただ――こんな形で、その道を辿ることになるとは思っていなかった。
これまで魔晶石鉱山が見つかっても、ダリウス様は領民にその利益を回すばかりで、自身は贅沢をされてこなかった。
その分貯められていた魔晶石とお金を、この強行軍のために惜しげもなく放出することを指示していた。
少人数の馬車の一団は、魔晶石によって稼働する常夜灯と結界を載せ、昼夜を超えて疾走する。
馬が疲れ始める頃には、各地の村で替えの馬が待っていた。
領主夫妻が大変な事情で王都へ急いでいる――とだけ聞いた辺境伯領の村の人々は、使命感に満ちた顔で馬を供出してくれた。
謝礼は十分に渡してきたけれど、それ以上の心遣いを貰ったと思う。
ヴァルト辺境伯領を出てからは、ダリウス様はお金で解決できることは全てそうしてくれた。
馬車は街道を疾走し、閉門時刻を過ぎた大門を開けさせて駆け抜け、並走する商人の馬車から替えの馬を買い取り、急ぎに急ぐ。
ダリウス様は時折、私とイリアの体調を気遣ってくれた。
正直に言えば、これほど急ぐ移動は初めてだったから、つらくはある。
けれど、こんな状況で、休憩を増やす方がもっとつらかった。
馬車は王都へ向かう。
休息の時間も殆ど取らず――ひたすらに、急いでいた。
その一言だけで、指先がこわばった。
「行方知れずになったと」
言葉が、音として耳に入った。
けれど意味は、すぐには結ばれなかった。
「……どういうこと?」
「各地に流れた報告では、リヒト卿が王立裁判所への審議申立ての手続きを行なった直後、内乱罪の名目で神殿の兵が執務室をあらため……リヒト卿は、その時からお姿が見えません」
「神殿に拘束されたということか?」
「恐らく……「拘束」の文字は、記録には見えません。文官たちの記録は、きっと必死で残したものでしょう。兵たちの入室時刻、自分たちの勤務記録、リヒト卿が抱えていた仕事が現在すべて決済待ちのまま滞っている点……ただ、それらの記録を組み合わせれば、いつ何があったのかは一目瞭然です」
次の瞬間、腕を掴まれた。
「ルーチェ」
低く、確かな声。
ダリウス様の手だった。
「あ……」
彼に支えられていなければ、きっとその場に崩れ落ちていた。
気づいたら自分でもわかるほど、顔から血の気が引いている。
ダリウス様は私を椅子に座らせると、何も言わず机へ向かった。
「……リヒト卿が、何度もあなたをこの地から出すなと俺に念押ししたのは、このためか」
「え……?」
「アルベルト殿下は何をされている」
「殿下は現在、南方域へ親善交渉に赴かれています。恐らくこの件、まだ、報告は受けていないのではないかと」
「……俺の聞いた話と違う……親善? であればリヒト卿が知らぬ筈はない。つまり……」
低く呟く。そこには苦い悔恨が滲んでいた。
ややあって、使者の方を見る。
「……王都の邸はどうなっている」
ダリウス様の問いに、伝令の使者は頷いた。
「カイネは報告を聞くや否や邸を封鎖しています。神殿が捜索を行いかねないと踏んだのでしょう。独断だがご容赦頂きたいと申しておりました。既に奥様がご実家から籍を抜かれていることを理由に挙げて……リヒト卿を理由に、奥様の居住区域に踏み込むことは許さないと、先んじて扉を閉じました」
「そうか。……なら、いい」
深い溜め息。
「……お前がここに来るまで、どのくらいかかった」
「一日半ほど。馬を乗り換え休みなく駆けました」
「ということは……つまりは既にリヒト卿が敵の手に落ちて、それだけの時間が経過しているということだ」
ダリウス様はぐっと拳を握り締め、俯いた。
「……リヒト卿。分かっていたな」
「ダリウス様……」
「最初からこうなることを織り込んでいたのだろう」
低い声だった。
独り言のようでもあり、私に向けられた言葉でもある。
「証拠は押さえた。だが、相手がそれを受け入れるはずがない。公爵家も、神殿も、第二王子派も……追い詰められれば、最後は暴力に出る。証拠を盗み、その証拠を取り扱うことのできる告発者を消しにかかる」
淡々とした分析。
けれどその内容は、胸の奥を冷やしていく。
「だから、リヒト卿は敢えて……正攻法で敵の目を自分自身に引きつけて、拘束させた」
私は息を呑む。
「義を持って正当な告発を行おうとした者が、夜陰に消えたんだ。その事自体が、証拠の信憑性を高める」
理解が、遅れて追いついてくる。
兄様がどれほど冷静に、どれほど危うい賭けを選んだのか。
「不当な拘束。不当な暴力。それが加えられるほど、敵方は自分たちが何者かを、国中に示すことになる」
ダリウス様の声は静かだった。
兄様が傷つけられれば傷つけられるほど、それが意味を持つ。
その構図を理解してしまった。
「もしものことがあれば、それは告発側の大義をより強固なものに……」
そこでダリウス様は私を見て、不意に言葉を止めた。
自分でも気づかないうちに、身体が震えていたらしい。
指先が冷え、顔色もきっとひどいものだった。
ダリウス様はそれ以上、何も言わなかった。
代わりに、小さく息を吐いて、ただ一言。
「……すまない」
「あ、謝られることではありません」
「いや。……不用意だった」
彼は事実を整理しただけだ。
現状を冷静に受け入れられていないのは、私の方だった。
「兄様を……助けることは、できないのでしょうか」
「……リヒト卿は、あなたのそうした優しい気持ちを、敵方が利用することを恐れたのだろう。だからこそ、俺にあなたをこの地から出さぬよう念押しした……」
「けれど!……兄様は、このままでは」
最後にお会いした時に、気がつけばよかった。
私は自分のことばかりで、何も分かっていなかった。
「……ルーチェ」
ダリウス様は伝令を下がらせると、私の方を振り返る。
「……」
そっと腕が触れる。
私は縋るように立ち上がって身を寄せた。
「……ルーチェ。俺は気休めを言うつもりはない。リヒト卿は、自分の身を差し出すことで最大限の告発と……自分以外に矛先が向くことを防ごうとしたのだろう。この地からの距離、伝令の届く時間。恐らくすべて計算のうちだ」
「でも、でも……」
「しかし……ということは、恐らく」
ダリウス様がそう言って、引き出しを開ける。
鍵つきの二重底の奥から慎重に取り出されたのは、封のされた厚手の封筒。
「それは……兄様の字?」
「ああ。……先日、出立前に託されたものだ。「必要な時まで、決して開けるな」と……」
ダリウス様は一瞬だけ迷うように封筒を見つめ、それから静かに封を切った。
最初に現れたのは、一枚の手紙。
それと一緒に、分厚い紙束が入っている。
手紙の冒頭には、「必要な時以外開けるなと伝えた筈ですが」と。
兄様らしい書き出しだった。
思わず、息が詰まる。
手紙は続いていた。
「……しかし、貴殿が容易には約束を違えないということは承知しています。これを開いたということは、事態はすでに動いているのでしょう。受けたのは、私が行方不明となったという報ですか、あるいは死亡の報でしょうか。殺害の報であれば、事態は私にとって有利です」
淡々とした文字。
感情を削ぎ落とした文章のはずなのに、そこには確かな覚悟が滲んでいた。
続く紙を、並んで静かに読み進める。
「証拠は私がいなくとも動くよう手配してあります。しかし同封の書類は、すべてが失敗した時の最後の保険として義弟殿にお預けします。神殿の不正金流通の記録。第二王子派と結びついた証言。消された帳簿、改竄された文書の写し。すべて取りまとめてあります。殺された王宮官吏が最後に遺した証拠として、適切な時期にアルベルト・エルティオス「陛下」の手で皆の前に開帳させてほしい」
どれほどの覚悟で、どれほどの危険の中で、これを集めたのか。
そして、どこまで一人で背負うつもりだったのか。
すべてを読み終えると、ダリウス様はそっと書類をまとめ直した。
その瞳は静かだったが、奥に燃えるものがあるのがわかった。
「……ダリウス様」
私は顔を上げる。
怖くないはずがない。
兄様は私を安全な場所に置いておきたかったのだろう。
それでも。その願いをわかってなお。
「……私を、王都にお連れください」
「……」
「お一人でも、行かれるつもりでしょう?」
自分でも驚くほど、はっきりとした声が出た。
「しかし……」
「ダリウス様」
胸を押さえて、ひとつ深く呼吸をする。
「……兄様の計画は、綿密に準備されたものでしょう。けれどひとつ、決定的に欠けている視点があります」
「欠けている……?」
「……私や、ダリウス様や。アルベルト殿下の、気持ちです」
兄様の顔を思い出す。
特に、最初に私をダリウス様の元から連れ出そうとしていた時の様子――
俺のせいだ、と何度も繰り返して。
罪滅ぼしをさせてくれと願う悲痛な表情。
(兄様は、きっと自分が犠牲になることを厭っていない)
(寧ろそれが私たちのためになると思っている)
(そんなわけが、ないのに……!)
「……私はまだ、良いのです。はっきり言ってしまえば、感情のままに騒いだところで力がありません。ダリウス様はそんな私を止めてくださるでしょうし、良くも悪くも、こうして二人で話して、冷静さを取り戻すことができる」
「……」
「けれど、アルベルト殿下は違います」
ダリウス様は私の話を頷き頷き、聞いてくれた。
腕を組み、考えながら。
「アルベルト殿下はとても柔和で温厚な……お優しい方に見えますけれど。……果たして、この報せを聞いて冷静でいられるでしょうか」
けれど私は知っている。
優しいから、黙っているから、何も感じていないわけではない。
寧ろあの方は、ご自分の想いを飲み込んで押さえるのが――きっと、上手になってしまっただけ。
「……私から見て、アルベルト殿下は芯から穏やかなだけの方だとは思えません。周囲を慮って封じ込めてしまう想いが多い……普段はおとなしい、むしろそういう方が、もしも」
激情に駆られてしまえば、それは敵方に足元を掬われる要因になりかねない。
「……ダリウス様。私を王都へお連れください。そして、アルベルト殿下のご様子を見て……必要とあらば、どうか殿下をお諌めください。私の内にあるかもしれない力も、王都へ行けば何かのかたちでお役に立てるかもしれません」
「……」
ここで待つだけでは、何も変えられない。
ダリウス様は、深く溜め息をついた。
「……あなたは本当に、よく、見えている」
「……」
「わかった。共に行こう。……あなたが望むのなら。ただ、決して一人にはならないでくれ」
王都へ向かう準備自体は、本来ならば不自然なものではなかった。
全貴族会議はいずれ開かれる予定で、そのための移動の手筈は、ずっと前から整えられていたのだから。
ダリウス様はもう向かっても構わないと言っていたけれど、先日の兄様の言葉を聞いて出立を遅らせていた。
だから、準備は既に整っていた。
ただ――こんな形で、その道を辿ることになるとは思っていなかった。
これまで魔晶石鉱山が見つかっても、ダリウス様は領民にその利益を回すばかりで、自身は贅沢をされてこなかった。
その分貯められていた魔晶石とお金を、この強行軍のために惜しげもなく放出することを指示していた。
少人数の馬車の一団は、魔晶石によって稼働する常夜灯と結界を載せ、昼夜を超えて疾走する。
馬が疲れ始める頃には、各地の村で替えの馬が待っていた。
領主夫妻が大変な事情で王都へ急いでいる――とだけ聞いた辺境伯領の村の人々は、使命感に満ちた顔で馬を供出してくれた。
謝礼は十分に渡してきたけれど、それ以上の心遣いを貰ったと思う。
ヴァルト辺境伯領を出てからは、ダリウス様はお金で解決できることは全てそうしてくれた。
馬車は街道を疾走し、閉門時刻を過ぎた大門を開けさせて駆け抜け、並走する商人の馬車から替えの馬を買い取り、急ぎに急ぐ。
ダリウス様は時折、私とイリアの体調を気遣ってくれた。
正直に言えば、これほど急ぐ移動は初めてだったから、つらくはある。
けれど、こんな状況で、休憩を増やす方がもっとつらかった。
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