【本編完結】厄災烙印の令嬢は貧乏辺境伯領に嫁がされるようです

あおまる三行

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ほどけては結われる花々の章

69.こいねがう

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 全貴族会議が開かれたその日、王宮は久しぶりに人の息遣いで満ちていた。
 重苦しい沈黙に支配されていた服喪の空気は、確かにまだ残っている。
 それでも、ところどころに差し込む光のように、抑えきれない高揚が漂っていた。

 玉座の前に立つアルベルト殿下――いいえ、もはやそう呼ぶのは形式的な問題に過ぎない。
 誰もが分かっていた。今日、この場で何が決まるのかを。

 推挙の言葉は儀礼に則って重ねられ、異論は出なかった。
 形式的な確認、必要な同意、そして――
 満場一致で、結論が出される。

 そのひとつひとつを聞きながら、私は静かに息を整えていた。
 決まったも同然であっても、こうして手続きを踏むことには意味がある。

「全貴族会議の総意のもと、次代の王として、アルベルト・エルティオス殿下を推挙する」

 宣言がなされた瞬間、拍手が広がった。

 服喪のために落とされていた装飾は、すでに少しずつ戻されている。
 王家を象徴する黄金色。磨き直された床、花の香り。
 戴冠式を控えた王宮は、悲しみを抱えたまま、それでも前を向こうとしていた。

「亡き陛下も、お喜びでしょうな」
 誰かのそんな声が、私の耳にも届いた。
 きっと、そうなのだろうと思う。

 アルベルト殿下の背は、以前よりも強く見えた。
 その姿を見つめながら、私は無意識のうちに、隣に腰掛けた人の存在を確かめていた。

 ダリウス様は何も言わず、ただそこにいる。
 その席は以前よりも遥かに高位の場に用意されている。
 それが当然だと思っていた。王を支え、導き、時にお諌めする、重臣の立場。
 この方に相応しいもの。

 明らかにされたものによって、多くが壊れ、失われた。それでも、この国は進んでいく。





 玉座の間から少し離れた、控えの間。
 晩夏の光に満ちたその部屋で、アルベルトとリヒトは机に向かい合っていた。

「しかし……王になって最初の仕事が人事再編とはね」
「お前の好きに進めればいい」

 リヒトはまだ、折れた左腕に枕木を沿えて吊っている。椅子には松葉杖を立て掛けていた。
 それでも不機嫌そうに眼鏡の位置を直しながら以前のように話すリヒトを見て、アルベルトは安堵して笑う。

「……ヴァルト辺境伯には、これからも大きな支えになってもらわなければ」
 アルベルトは穏やかな声でそう言った。
 即位を控えた身でありながら、言葉に驕りはない。
「王都に近い領地へ変えても良いと言ったけれど、固辞されたよ。確かに、あの辺境を押さえていけるのは彼くらいしかいるまい……」
「そうだな」
「もっとも、一旦は王領として召し上げた旧シェリフォード公爵家領のうち、大半は辺境伯に従属領地として与えるつもりだ。国を支える臣として、彼にはもう少し分かりやすく力を持っていてもらわないと僕が困る。……どうだろうか、リヒト卿」
「適切なご判断です、陛下」
 リヒトの言葉に、アルベルトはぱっと目を輝かせた。

「それとは別に、一部を辺境伯夫人に彼女の所領として渡そうと思っているけれど。リヒはどう思う?」
「……俺としては異存の無い提案だ。妹の意志は?」
「ありがたく受け取ると言ってくれたよ。もし選べるのなら……彼女が頼りにしている友人に、クラリシエール伯爵家の生き残りがいるそうだ。シェリフォード公爵家が有していた土地の中に、かつてのクラリシエール伯爵家の領地もあったからね。そこが良いと」
「……まったく、妹は人のことばかり考えて」
「妹君のことを言えた口かい、リヒ」

 その視線は、自然とリヒトへと戻る。
「……君には、改めて礼を言うべきだと思っている」
 リヒトは一瞬、眉をひそめた。
「礼なんかいらない。俺は俺のしたいようにした。それだけだ」
 そう言ってから、少し間を置き、視線を逸らす。
 アルベルトはやわらかく微笑んだ。
「でもね……君の献身がなければ、王宮にはまだ毒が残っていた筈だから」
「……」
 リヒトは黙っていた。
 その様子にアルベルトは溜め息をつく。

「ところで」
 ふっと表情を改めて、アルベルトは続けた。
「人事再編問題の続きだが。この機会に、長年空席だった宰相の地位を復活させようと思っている」
「なるほど」
 リヒトは即座に応じる。
「王の意志が直接に通じる者がいるのは悪くない」
「そうか、なら……」
「伯爵家あたりから適当な人材を見繕うといい。爵位の規定は無かった筈だが、あれば命令も通しやすいから便利か。俺の部下にもそれなりに優秀なのが何人かいるから、補佐につけても構わん」

 その言葉を聞いて、アルベルトはぽかんとしてしまう。
 数秒経ってから、呆れたように肩をすくめた。
「……君、思ってたより鈍いんだな。リヒ」
「は?」
 間の抜けた声を上げるリヒトに、アルベルトは少しだけ楽しそうに目を細める。

「さて。――解体された旧シェリフォード公爵家からは既に籍を抜いていて、君の現在の身分は平民相当、というわけだが」
 淡々と、しかし逃がさない調子で続ける。
「好きな名字はあるかな」
 リヒトは言葉を失った。
 その表情を満足げに見て、アルベルトは何でもないことのように続けた。
「当初は、残りの旧シェリフォード公爵家の領地を、辺境伯夫人の兄君に預けようかとも思ったんだけれど……彼はこれからもっと忙しくなるのだから、領地管理までいきなり全てというのは流石にね。宰相としての仕事を優先してもらいたい、という僕の私情もそこには入っている」
「……アル」
 沈黙が落ちる。
 アルベルトは鷹揚に微笑み、リヒトを見た。
 王として、命じるように。

「近く、叙爵の上で君を新しい宰相に指名する。僕の治世を支えてくれ。此度の献身を知ってなお、反対する者はいるまい」
「……」
 一呼吸おいて、アルベルトは静かに言った。
「だから、響きのいい名を考えておくといい。なんなら妹君にも相談しなさい」

 リヒトはしばらく、俯いていた。
 何やら困った様子で呻き声を上げる。
「……俺は、お前の治世は見られないつもりだったんだ」
「そうなのか。未来が見えているのではないかと噂の辣腕官吏殿も、予定の変更を余儀なくされることはあるらしいね」
「冗談を言ってる場合じゃない、いや、だが、俺は……」
 ごねるように眉を寄せ、リヒトはアルベルトを見る。
 温厚そうな微笑みを浮かべたまま、アルベルトはひとつも譲らなかった。

 ――やがて、リヒトが観念したように息を吐いた。舌打ちして、呻くように。

「……はい、陛下。微力ながら拝命致します」
「……」
「…………くそ、わかったよ、アル。仕方ないからもう少し、頼りないお前のために働いてやる」
「ありがとう。リヒならそう言ってくれると思っていた」


 アルベルトの声がわずかに低くなる。
「それとね、もう一つ頼みがある」
「まだ何か……」
「もう、黙っていなくならないでくれ。リヒ」

 躊躇うように、けれど許さないと示すように、アルベルトは静かに呟いた。

「……」
「君の部屋に行ったら、誰もいなかった。あんな思いは……あんな思いは、たった一度で御免だったのに」

 王としての仮面が剥がれ落ちるように、くしゃりと表情が崩れる。
 言葉が詰まり、アルベルトは一度、唇を噛む。
「あんな思いは、もう、…………いやだ。もう、二度と……」
 その先は声にならなかった。

「……すまない」
 リヒトの声は、いつになく静かで、まっすぐだった。
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