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ほどけては結われる花々の章
71.共にいること
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そんな日々の中で――
ふとした静けさが訪れた夜だった。
寝室で、私は窓の外を眺めていた。
灯りの落ちた庭を見下ろしながら、ダリウス様が隣に立つ。
騒がしさも、祝意も、すべてが遠くにある時間。
「……ルーチェ」
「はい……」
軽く後ろから抱きしめられ、私は拒まずにそれを受け入れた。
少しの期待を込めて振り返ろうとして……
けれど、思いの外強い腕の力に止められる。
耳元に囁かれたのは、低く、慎重な声だった。
「あなたはこの後も、王都に残りたいだろうか」
「……何故ですか?」
「あなたのその、「しるし」はきっと……」
言葉は形にならない。
その真剣な様子に、私も少し、考え込んだ。
「……」
この「しるし」を持つ私が、王都に留まる意味。
きっと――王の傍らにいることこそが、私の「正しい」在り方だと、そう言う者もいるのだろう。
あの絵本にあった物語のように。
王を見つめ、その治世が正しく在れるように、傍らに侍ることが。
もしかしたら、運命は最初、私にその道を用意していたのかもしれない。
横槍が入らなければ――私は恐らく、第一王子殿下の婚約者となって。
公爵家を継いだ兄様と私の二人で、陛下の治世を支え、お側近くでその正しさを見つめて。
そういう道は、きっと、ありえたものではあったのだろう。
私にとても王妃が務まったとは思えないけれど――別の形で、今からでも私が望んだとしたら、王都で働くという道はあるのだと思う。
アルベルト陛下は私に旧シェリフォード公爵領の一部を任せてくださるつもりだそうだ。王都で生活するすべはある。
(黙っていれば、私はそのことに気づかなかったかもしれないのに……)
それを隠しておかずに私に気づかせて、選択を委ねてくれるダリウス様の誠実さと――
けれど同時に、とても言いにくそうにする不器用な姿が、愛おしかった。
「……」
私は一度、目を伏せる。
胸の奥で、すべてを確かめるように息を吸ってから、首を振った。
「いいえ」
自分で思っていたよりも、声には迷いがなかった。
「私は、披露の場を済ませたらあなたと一緒に北へ帰ります」
「……」
「辺境伯領の方々にも、華やかな催しが必要だと、カイネもイリアも言っていたではありませんか。どうせ行うのなら、王都だけではいけません」
振り向いて、その顔を見る。
銀色の髪。その下にある、凍った湖面のような深い蒼。
らしくもなく、心配そうに……どこか弱さを滲ませたその表情に、私は微笑んだ。
「だが……」
「そんなことを心配なさるなんて」
「……」
「…………ダリウス様は、可愛い、です」
彼の頬に手を添えて。軽く爪先に力を入れて。
踵を持ち上げて――
ダリウス様は拒まずに、私を支えてくれた。
そっと目を閉じて、鼻先がふれる。
誰より近い距離で見つめ合いながら、私はこたえた。
「すべて、これで良かったのです。これまで私が身に負った不幸も、痛みも……全部です。今になって思えば、無理やり意味を与えなくても、ちゃんと辻褄が合っているようで」
私は彼の頬に指を置いたまま、微笑んだ。
「全部、この場所に至るために必要だったのだと、そう感じてしまうほどに。……今の私は、幸せなの」
言葉にした瞬間、胸がじんわりと熱くなった。
それは、失ったものを肯定してしまうことへの怖さではなく、もう振り返らなくてもいいという安堵だった。
「でも、ほんの少しの力だけれど、与えられたものから逃げるつもりもありません。北の辺境からこの国を見つめます」
誰より強くて、誰より誠実で。だからこそ心配なくらい。私を一番に信じてくれる――
「あなたと一緒に」
その一言で、すべてが伝わったのだと思う。
ダリウス様は何も言わず、ただ私を引き寄せた。強くはなく、けれど確かな腕だった。
そっと口づけが落ちる。
「……わかった」
低く、噛みしめるような声。
「ありがとう、ルーチェ」
私は静かに息を吐く。
王都でも、王宮でもない。
北の辺境。厳しさに満ちた――この人が、守ってきた地。
そこで、共に生きる。
それが私の答えで、私たちの未来だった。
ふとした静けさが訪れた夜だった。
寝室で、私は窓の外を眺めていた。
灯りの落ちた庭を見下ろしながら、ダリウス様が隣に立つ。
騒がしさも、祝意も、すべてが遠くにある時間。
「……ルーチェ」
「はい……」
軽く後ろから抱きしめられ、私は拒まずにそれを受け入れた。
少しの期待を込めて振り返ろうとして……
けれど、思いの外強い腕の力に止められる。
耳元に囁かれたのは、低く、慎重な声だった。
「あなたはこの後も、王都に残りたいだろうか」
「……何故ですか?」
「あなたのその、「しるし」はきっと……」
言葉は形にならない。
その真剣な様子に、私も少し、考え込んだ。
「……」
この「しるし」を持つ私が、王都に留まる意味。
きっと――王の傍らにいることこそが、私の「正しい」在り方だと、そう言う者もいるのだろう。
あの絵本にあった物語のように。
王を見つめ、その治世が正しく在れるように、傍らに侍ることが。
もしかしたら、運命は最初、私にその道を用意していたのかもしれない。
横槍が入らなければ――私は恐らく、第一王子殿下の婚約者となって。
公爵家を継いだ兄様と私の二人で、陛下の治世を支え、お側近くでその正しさを見つめて。
そういう道は、きっと、ありえたものではあったのだろう。
私にとても王妃が務まったとは思えないけれど――別の形で、今からでも私が望んだとしたら、王都で働くという道はあるのだと思う。
アルベルト陛下は私に旧シェリフォード公爵領の一部を任せてくださるつもりだそうだ。王都で生活するすべはある。
(黙っていれば、私はそのことに気づかなかったかもしれないのに……)
それを隠しておかずに私に気づかせて、選択を委ねてくれるダリウス様の誠実さと――
けれど同時に、とても言いにくそうにする不器用な姿が、愛おしかった。
「……」
私は一度、目を伏せる。
胸の奥で、すべてを確かめるように息を吸ってから、首を振った。
「いいえ」
自分で思っていたよりも、声には迷いがなかった。
「私は、披露の場を済ませたらあなたと一緒に北へ帰ります」
「……」
「辺境伯領の方々にも、華やかな催しが必要だと、カイネもイリアも言っていたではありませんか。どうせ行うのなら、王都だけではいけません」
振り向いて、その顔を見る。
銀色の髪。その下にある、凍った湖面のような深い蒼。
らしくもなく、心配そうに……どこか弱さを滲ませたその表情に、私は微笑んだ。
「だが……」
「そんなことを心配なさるなんて」
「……」
「…………ダリウス様は、可愛い、です」
彼の頬に手を添えて。軽く爪先に力を入れて。
踵を持ち上げて――
ダリウス様は拒まずに、私を支えてくれた。
そっと目を閉じて、鼻先がふれる。
誰より近い距離で見つめ合いながら、私はこたえた。
「すべて、これで良かったのです。これまで私が身に負った不幸も、痛みも……全部です。今になって思えば、無理やり意味を与えなくても、ちゃんと辻褄が合っているようで」
私は彼の頬に指を置いたまま、微笑んだ。
「全部、この場所に至るために必要だったのだと、そう感じてしまうほどに。……今の私は、幸せなの」
言葉にした瞬間、胸がじんわりと熱くなった。
それは、失ったものを肯定してしまうことへの怖さではなく、もう振り返らなくてもいいという安堵だった。
「でも、ほんの少しの力だけれど、与えられたものから逃げるつもりもありません。北の辺境からこの国を見つめます」
誰より強くて、誰より誠実で。だからこそ心配なくらい。私を一番に信じてくれる――
「あなたと一緒に」
その一言で、すべてが伝わったのだと思う。
ダリウス様は何も言わず、ただ私を引き寄せた。強くはなく、けれど確かな腕だった。
そっと口づけが落ちる。
「……わかった」
低く、噛みしめるような声。
「ありがとう、ルーチェ」
私は静かに息を吐く。
王都でも、王宮でもない。
北の辺境。厳しさに満ちた――この人が、守ってきた地。
そこで、共に生きる。
それが私の答えで、私たちの未来だった。
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