【本編完結】厄災烙印の令嬢は貧乏辺境伯領に嫁がされるようです

あおまる三行

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ほどけては結われる花々の章

エピローグにかえて花束を

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 大広間の扉が開いた瞬間、空気がわずかに揺れた。
 ざわめきが、さざ波のように広がっていく。
 私たち二人を見る、容赦のないまなざし――
 
 魔獣の被害に苦しむ貧乏辺境伯領の主。
 そこへ厄介払いされた、不運を振り撒く「厄災の令嬢」。
 王都から見捨てられた、お気の毒な領主夫妻。

 それは、確かにあったまなざし。
 確かに響いていた噂。
 私たちを勝手に形作っていた言葉たち。

 けれど、もう、私はその響きを恐れていなかった。

 それを閉ざすように、低い声が私の耳に届く。
「ルーチェ」
「はい。ここにおります」
 私はダリウス様の腕にそっと手を添え、ゆっくりと一歩を踏み出した。
 光を受けて、会場の視線が一斉にこちらへ集まるのがわかる。

 神殿にはもう、その響きはない。
 代わりに私たちを祝福する声があふれている。
 
 この日にわざわざ来てくださったアルベルト陛下は、「少ししかいられなくてすまない」と微笑んだ。
 本当はずっと居たいけれど、あまり長く僕がいると邪魔になってしまうから、と笑って。
 王家の印の入った徽章を私に授けてくれた。
 旧シェリフォード公爵家の領地の一部を預ける、その証となるもの。
 新たな国王陛下のご出席に、皆が恐縮し、そして畏敬の念を持って私たちを見た。
 ダリウス様はアルベルト陛下の治世を支える重臣となる。
 ヴァルト辺境伯には護冠の称号を授けると宣言された。――王位を護る意を込めたその称号は、誰も無視できないだろう。
 そして私は神殿の承認を受けて、陛下の治世を見届ける者として、あらためて位置づけられた。

 客席を見やる。
 カイネとユフェミアは並んで――二人は何も言わないけれど、心から幸せそうに。
 帰属する家を失って流れ流れていた先で、二人は互いを見つけられたのだと。私は思う。
 この日のために、二人が準備に尽力してくれたことも忘れられない。

 辺境騎士団も一斉に快哉を上げていた。
 トトリは少々酔っているのか、ジークを胴上げしかねない勢いだったし、セレスはその傍で泣いたり笑ったり食べたり、忙しい。
 周囲のご令嬢方はセレスのそんな様子を見て――セレス卿の自然なお姿も素敵、と頬を染めている。
 ついさっき、先日の支援の御礼を、とセレスが一人一人に声をかけたものだから、ときめいた様子で皆が顔を真っ赤にして、笑顔だった。

 イリアが珍しく涙ぐんで、私たちをまっすぐに見ている。
 冷静な表情は変わらないのに、瞳の奥に慈愛の色が滲んでいる。

 リヒト兄様はようやく松葉杖が取れて、私のドレス姿を見て「感慨深い」と微笑んでいた。
 少しだけ皮肉っぽい笑みは健在で――けれど、まるで荷物を下ろしたような、明るさが見えた。
「ルーチェ」
「はい、兄様……」
「幸せでいてくれ。俺が言えるのはそれだけだ」


 ずっと、怖かった。
 噂は、いつだって先に走る。
 真実を見ようとするよりも、決めつける方が楽だから。

 けれど――。

 刺繍の一針一針に込められた技術と想い。
 光を受けて静かに輝く指輪。
 隣を歩く人の背筋は真っ直ぐで、少しも揺らがない。
 銀色の髪は冬の刃のように強く輝き、蒼い瞳は深い湖のように思慮深い。
 その視線は時折、私の方を見てふっと和らぐ。

 私を取り巻いていたすべてを、覆してくれたひと。
 私を守ってくれるひと。
 私が、守りたいと願ったひと。

「……皆、あなたを見ている」
「私ではありません……ダリウス様を見ているのです」
 本心だったけれど、彼はあまり納得していないようだった。
 
 威儀を正したダリウス様の姿に、皆が注目している。
 隣を歩く私は萎縮してしまいそうになる心を押さえて、その腕をとっていた。

 ふと視線を感じて、そちらを見ると――
 窓の向こう。馬車に乗せられようとする姿。
 リリアーナが立ち尽くしていた。

 当然向けられるはずの注目を失い、何が起きているのか理解できないという顔で、ぽかんとしている。
 そして、馬車に押し込められるように連れて行かれる。

 私はもう、心を揺らさなかった。
 ――これは、誰かを打ち負かすための場ではない。
 ただ、積み重ねてきたものが、ようやく正しく見える場所に出ただけ。

 私が持つ花束は皆から少しずつ受け取った花をまとめたもの。
 淡い白を基調とした花束はどこか温かく、自然な形に結ばれている。

 私とダリウス様の二人で選んだやわらかな白薔薇を中心に。
 兄様が贈ってくださった白いリンドウが芯になり。
 高い位置の白百合は、そっとリンドウに添えてくださった陛下からのもの。

 軽く色味をつけるフリージアと、静かに全体を引き締めるオリーブの葉。
 カイネとイリアのことを思い出して、私は思わず微笑んでしまう。
 ユフェミアが添えた鈴蘭は花々をまとめるように全体を整えてくれていた。
 カスミソウは騎士団の皆から。祝福の数だけ、花があるようだった。

 ――私に与えられた「しるし」が持っていた力は、きっとほんの少しだった。
 信じられた正しさが、皆の力で、正しい場所へ戻ることができただけ。

「……ダリウス様」
 ダリウス様の腕に、そっと指先を添える。
 驚いたように一瞬こちらを見るその横顔は、変わらず静かで、頼もしい。
 私は小さく息を整え、前を向いた。
 ここはもう、噂の中ではない。
 私たちは、確かにこの場に立っている。


 蒼い瞳は静かに、誠実に、私を見つめてくれている。
 ダリウス様の視線に応えるように、私は小さく微笑んだ。
 誰が何を言おうと関係ない。
 この人は、私にとって誰よりも大事な人だ。
 そして私は、この人の隣に立つことを選んだ――

 それは他の誰でもない、私が選んだ未来だった。




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ご覧頂きありがとうございました。
後日、番外の短編を更新予定です。
新しい話の投稿も始めました。
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感想 7

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みんなの感想(7件)

ぱんださん
2026.01.12 ぱんださん

ダリウス、ルーチェ残して王都を離れるにしてもきちんと誰が何をするかを決めて彼女を守れるようにしてからというのが本当に信用できる。
気をつけて行ってらっしゃーい。
早く帰って来てねー。

2026.01.13 あおまる三行

ぱんださんさん コメントありがとうございます。信頼できる方であれと思って書きました…!

解除
うめうめ
2025.12.27 うめうめ

今日、お勧めに出てきたので6話まで読んでます。ざまあのタグは無いですが、エドムンド公爵は許せないです!👿

2025.12.28 あおまる三行

うめうめさん コメントありがとうございます。ご覧いただけて嬉しいです。ざまぁタグ的な内容までいけるかわかりませんが、ちゃんと報いは受けて頂く予定です😌

解除
煌
2025.12.26

2話読んで思った。
もしかして『厄災の烙印』を持った存在って、警告とともに、本来降り掛かる災害を軽減(肩代わり)する役割を負った存在なんじゃないかな?
でなければ『保護』しなければ災が大きくなるなんて伝承残らないだろうから。
…たぶん過去において、虐待したりなぶり殺した結果、災害が倍加した経験があるんだろう…

2025.12.26 あおまる三行

煌さん コメントありがとうございます。考察していただきました!烙印は謎多めで引っ張っちゃっています…!

解除

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