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15話:新王の宣言
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殿下が城を発って、三日が経った。
その間、私は嘘をつき続けた。
「殿下は執務中である。面会は許可できぬ」
帝国の使者にも、教皇国の使者にも、そして動揺する貴族たちにも。
同じ言葉を繰り返した。
だが、限界だった。
城門の外には、帝国の重装騎兵が陣を敷いている。教皇国の聖騎士団も、東から迫りつつあるという報告が入っていた。
北の山脈から流れてくる黒い煙を見て、両国とも確信したのだろう。今が好機だと。
貴族たちの中にも、動揺が広がっていた。
先王陛下が倒れ、王太子殿下の姿も見えない。この国は終わるのではないか。そんな囁きが、城の廊下を這い回っている。
私は、それを抑え込むことしかできなかった。
◇◇◇
その日の朝。
城門前の広場には、異様な光景が広がっていた。
帝国の千人長が、数を増やした漆黒の重装騎兵を率いて門の前に陣取っている。
同時に、東からは教皇国の聖騎士団が到着していた。「北の異変を浄化する」という旗印を掲げ、白銀の鎧が朝日を反射している。
私は城壁の上に立ち、両軍を見下ろしていた。
隣には、騎士団長アラリックがいる。
彼の表情は険しかった。
昨夜、斥候のルークが戻ってきた。レオンを背負って。
アラリックは、廃人のようになった部下を見て、一言も発さなかった。ただ、拳を血が滲むほど握り締めていた。
「ヴァイン殿」
アラリックが、低い声で言った。
「殿下は、本当に戻られるのか」
「戻られる」
私は、自分に言い聞かせるように答えた。
「あの方は、必ず戻られる」
◇◇◇
帝国の千人長が、馬を進めて城門に近づいた。
「レムリア公国に告ぐ!」
その声が、広場に響き渡った。
「北の山が崩れ、不浄の煤が降り注いでいる! 我が軍の輜重部隊も連絡が途絶えた! これは貴国が『何か』を企んだ結果ではないのか! 直ちに我らが入城し、事態を調査させてもらう!」
教皇国の指揮官も、馬を寄せて叫んだ。
「この煤は、古き悪魔の目覚めだ! 公国に管理能力がないのは明白。これより我が教皇国が、この地を聖域として管理下に置く!」
二つの大国の圧力が、城門に集中した。
兵士たちの顔に、恐怖が浮かんでいる。
私は、声を張り上げようとした。
何か言わなければ。時間を稼がなければ。
その時だった。
街道の向こうから、二頭の馬が駆けてくるのが見えた。
「——王太子殿下のご帰還だッ!」
アラリックの咆哮が、城壁から響いた。
◇◇◇
先頭を走るのは、傷ついた左腕を庇いながら手綱を操る男。カイルだ。
その背後には、毛布に包まれた人影が括り付けられている。
殿下だ。
私の目に、涙が滲んだ。
だが、今は泣いている場合ではない。
城門が、軋んだ音を立てて開いた。
殿下は、カイルの背から降り、自らの足で広場に立った。
顔色は蝋のように白い。だが、その瞳には、王者の光が宿っていた。
殿下は、濡れたマントを深く羽織り、両国の軍勢の間を堂々と歩いた。
私は城壁から降り、リオラとアラリックとともに殿下を出迎えた。
◇◇◇
帝国の千人長が、殿下に向かって叫んだ。
「殿下! 北の山が崩れ、不浄な煤が降っている! これは貴国が企んだ結果ではないのか! 説明を求め——」
教皇国の指揮官も声を上げた。
「公国に管理能力がないのは明白! これより我が教皇国が——」
「管理能力がないとは笑わせるな」
殿下の声が、両者の言葉を断ち切った。
その声は、広場に静寂を強いた。
「貴国の使者が我が国の『先代』王を暗殺しようとしたことをお忘れか? それとも、しっかりした管理体制のもと行われた計画的犯行だと自白しているのか?」
教皇国の指揮官が、顔を青ざめさせた。
「……まぁいい、お前たちへの説明は後で聞く」
殿下は、帝国の千人長へと向き直った。
「それより帝国よ!」
その声が、雷鳴のように響いた。
「今から我とともに貴国に向かうぞ!」
千人長の顔が、驚愕に歪んだ。
私も、耳を疑った。
「帝国の輜重部隊が禁忌を侵して、古代の呪い——鉄の黒死病——を掘り当てた! 公国はそれを、命懸けで封じ込めているのに、まだ罪を着せる気か!」
殿下は、マントを引き剥がした。
そして、右腕を天高く掲げた。
「見よ!」
私は、息を呑んだ。
殿下の右腕には、指先から心臓に向かって脈打つ漆黒の蔓が、皮膚の下で蠢いていた。
それは朝日に反応し、蒼い燐光を放ちながら鼓動している。
先王陛下の胸にあったものと、同じだ。
広場にいた兵士たち、城壁の上から様子を伺っていた民衆から、悲鳴にも似た声が上がった。
「我がレムリアは、貴国が解き放ったこの災厄を、王たる私自らの身を杭として封じ込めている! これが、我が国が貴国の暴走の尻拭いのために払い続けている犠牲の証拠だ!」
殿下の声が、広場に響き渡った。
「それでもまだ、罪を我が国に着せるか!」
◇◇◇
千人長が、馬を数歩後退させた。
殿下の右腕に宿る「本物の呪い」に、圧倒されている。
「私はこれより、この右腕を携え、帝都へと直接抗議に向かう! 皇帝陛下に対し、貴国の急進派が犯した愚行と、我が国が受けた損害を、この命を賭して問い質させてもらう!」
殿下は、千人長を睨みつけた。
「千人長、貴公にその道案内を務める覚悟はあるか!」
重い沈黙が落ちた。
千人長の兜の下で、葛藤が渦巻いているのが分かる。
やがて、彼は掠れた声で問うた。
「……公王、だと? 先代はどうした」
「父は退位した」
殿下の宣言が、歴史が変わる音となって広場に響いた。
「これよりは私が、レムリア公王としてこの盤面を引き受ける!」
私は、懐から「公国全権委任の宝印」を取り出した。
手が震えていた。だが、その震えは恐怖ではない。
四十年仕えた国。その新たな王が、今、誕生しようとしている。
私は、宝印を高く掲げた。
「新王陛下に、全権を委任する!」
その瞬間、アラリックが剣を抜いた。
彼は空に向かって剣を突き上げ、涙を流しながら咆哮した。
「新王、万歳ッ!!」
その声に呼応し、城壁の兵たちが叫んだ。
民衆が叫んだ。
広場全体が、異様な熱狂に包まれた。
◇◇◇
殿下は、教皇国の指揮官を見下ろした。
「教皇国よ。これしきで黙るような使者は役不足である」
その声には、嘲りと威圧が同居していた。
「帝国への抗議が終わったら、教皇国にも王自ら抗議に行く。相応の責任ある者の予定でも開けておけ」
指揮官の顔が、屈辱に歪んだ。
「三度目はないぞ」
その一言が、最後の釘を打ち込んだ。
指揮官は捨て台詞を残し、白銀の騎兵たちを東の国境へと反転させた。
殿下は、帝国の千人長に向き直った。
「千人長。もう私の期待を裏切ってくれるなよ」
殿下の目が、千人長を射抜いた。
「大国の将として軽蔑させるなよ。帝国までの護衛、頼んだぞ」
千人長は、しばらく沈黙していた。
やがて、彼はゆっくりと兜の面を上げた。
「……よかろう、新王よ。その腕が本物の呪いか、ただのまやかしか、帝都で皇帝陛下の御前で証明してもらう。我が軍が、貴殿の『護衛』を務めようではないか」
帝国軍の陣形が、若者を迎え入れる「道」を作る形へと変わった。
◇◇◇
私は、殿下の背中を見ていた。
黒い蔓に蝕まれた右腕。蝋のように白い顔。
だが、その背中は、王のものだった。
四十年前、先王陛下が即位された時のことを思い出した。
あの時も、私はこうして背中を見ていた。
時代が、動いている。
古い時代が終わり、新しい時代が始まろうとしている。
私は、深く頭を下げた。
この老骨、粉になるまでお仕えいたします。
どうか、ご無事で。
心の中で、そう祈った。
その間、私は嘘をつき続けた。
「殿下は執務中である。面会は許可できぬ」
帝国の使者にも、教皇国の使者にも、そして動揺する貴族たちにも。
同じ言葉を繰り返した。
だが、限界だった。
城門の外には、帝国の重装騎兵が陣を敷いている。教皇国の聖騎士団も、東から迫りつつあるという報告が入っていた。
北の山脈から流れてくる黒い煙を見て、両国とも確信したのだろう。今が好機だと。
貴族たちの中にも、動揺が広がっていた。
先王陛下が倒れ、王太子殿下の姿も見えない。この国は終わるのではないか。そんな囁きが、城の廊下を這い回っている。
私は、それを抑え込むことしかできなかった。
◇◇◇
その日の朝。
城門前の広場には、異様な光景が広がっていた。
帝国の千人長が、数を増やした漆黒の重装騎兵を率いて門の前に陣取っている。
同時に、東からは教皇国の聖騎士団が到着していた。「北の異変を浄化する」という旗印を掲げ、白銀の鎧が朝日を反射している。
私は城壁の上に立ち、両軍を見下ろしていた。
隣には、騎士団長アラリックがいる。
彼の表情は険しかった。
昨夜、斥候のルークが戻ってきた。レオンを背負って。
アラリックは、廃人のようになった部下を見て、一言も発さなかった。ただ、拳を血が滲むほど握り締めていた。
「ヴァイン殿」
アラリックが、低い声で言った。
「殿下は、本当に戻られるのか」
「戻られる」
私は、自分に言い聞かせるように答えた。
「あの方は、必ず戻られる」
◇◇◇
帝国の千人長が、馬を進めて城門に近づいた。
「レムリア公国に告ぐ!」
その声が、広場に響き渡った。
「北の山が崩れ、不浄の煤が降り注いでいる! 我が軍の輜重部隊も連絡が途絶えた! これは貴国が『何か』を企んだ結果ではないのか! 直ちに我らが入城し、事態を調査させてもらう!」
教皇国の指揮官も、馬を寄せて叫んだ。
「この煤は、古き悪魔の目覚めだ! 公国に管理能力がないのは明白。これより我が教皇国が、この地を聖域として管理下に置く!」
二つの大国の圧力が、城門に集中した。
兵士たちの顔に、恐怖が浮かんでいる。
私は、声を張り上げようとした。
何か言わなければ。時間を稼がなければ。
その時だった。
街道の向こうから、二頭の馬が駆けてくるのが見えた。
「——王太子殿下のご帰還だッ!」
アラリックの咆哮が、城壁から響いた。
◇◇◇
先頭を走るのは、傷ついた左腕を庇いながら手綱を操る男。カイルだ。
その背後には、毛布に包まれた人影が括り付けられている。
殿下だ。
私の目に、涙が滲んだ。
だが、今は泣いている場合ではない。
城門が、軋んだ音を立てて開いた。
殿下は、カイルの背から降り、自らの足で広場に立った。
顔色は蝋のように白い。だが、その瞳には、王者の光が宿っていた。
殿下は、濡れたマントを深く羽織り、両国の軍勢の間を堂々と歩いた。
私は城壁から降り、リオラとアラリックとともに殿下を出迎えた。
◇◇◇
帝国の千人長が、殿下に向かって叫んだ。
「殿下! 北の山が崩れ、不浄な煤が降っている! これは貴国が企んだ結果ではないのか! 説明を求め——」
教皇国の指揮官も声を上げた。
「公国に管理能力がないのは明白! これより我が教皇国が——」
「管理能力がないとは笑わせるな」
殿下の声が、両者の言葉を断ち切った。
その声は、広場に静寂を強いた。
「貴国の使者が我が国の『先代』王を暗殺しようとしたことをお忘れか? それとも、しっかりした管理体制のもと行われた計画的犯行だと自白しているのか?」
教皇国の指揮官が、顔を青ざめさせた。
「……まぁいい、お前たちへの説明は後で聞く」
殿下は、帝国の千人長へと向き直った。
「それより帝国よ!」
その声が、雷鳴のように響いた。
「今から我とともに貴国に向かうぞ!」
千人長の顔が、驚愕に歪んだ。
私も、耳を疑った。
「帝国の輜重部隊が禁忌を侵して、古代の呪い——鉄の黒死病——を掘り当てた! 公国はそれを、命懸けで封じ込めているのに、まだ罪を着せる気か!」
殿下は、マントを引き剥がした。
そして、右腕を天高く掲げた。
「見よ!」
私は、息を呑んだ。
殿下の右腕には、指先から心臓に向かって脈打つ漆黒の蔓が、皮膚の下で蠢いていた。
それは朝日に反応し、蒼い燐光を放ちながら鼓動している。
先王陛下の胸にあったものと、同じだ。
広場にいた兵士たち、城壁の上から様子を伺っていた民衆から、悲鳴にも似た声が上がった。
「我がレムリアは、貴国が解き放ったこの災厄を、王たる私自らの身を杭として封じ込めている! これが、我が国が貴国の暴走の尻拭いのために払い続けている犠牲の証拠だ!」
殿下の声が、広場に響き渡った。
「それでもまだ、罪を我が国に着せるか!」
◇◇◇
千人長が、馬を数歩後退させた。
殿下の右腕に宿る「本物の呪い」に、圧倒されている。
「私はこれより、この右腕を携え、帝都へと直接抗議に向かう! 皇帝陛下に対し、貴国の急進派が犯した愚行と、我が国が受けた損害を、この命を賭して問い質させてもらう!」
殿下は、千人長を睨みつけた。
「千人長、貴公にその道案内を務める覚悟はあるか!」
重い沈黙が落ちた。
千人長の兜の下で、葛藤が渦巻いているのが分かる。
やがて、彼は掠れた声で問うた。
「……公王、だと? 先代はどうした」
「父は退位した」
殿下の宣言が、歴史が変わる音となって広場に響いた。
「これよりは私が、レムリア公王としてこの盤面を引き受ける!」
私は、懐から「公国全権委任の宝印」を取り出した。
手が震えていた。だが、その震えは恐怖ではない。
四十年仕えた国。その新たな王が、今、誕生しようとしている。
私は、宝印を高く掲げた。
「新王陛下に、全権を委任する!」
その瞬間、アラリックが剣を抜いた。
彼は空に向かって剣を突き上げ、涙を流しながら咆哮した。
「新王、万歳ッ!!」
その声に呼応し、城壁の兵たちが叫んだ。
民衆が叫んだ。
広場全体が、異様な熱狂に包まれた。
◇◇◇
殿下は、教皇国の指揮官を見下ろした。
「教皇国よ。これしきで黙るような使者は役不足である」
その声には、嘲りと威圧が同居していた。
「帝国への抗議が終わったら、教皇国にも王自ら抗議に行く。相応の責任ある者の予定でも開けておけ」
指揮官の顔が、屈辱に歪んだ。
「三度目はないぞ」
その一言が、最後の釘を打ち込んだ。
指揮官は捨て台詞を残し、白銀の騎兵たちを東の国境へと反転させた。
殿下は、帝国の千人長に向き直った。
「千人長。もう私の期待を裏切ってくれるなよ」
殿下の目が、千人長を射抜いた。
「大国の将として軽蔑させるなよ。帝国までの護衛、頼んだぞ」
千人長は、しばらく沈黙していた。
やがて、彼はゆっくりと兜の面を上げた。
「……よかろう、新王よ。その腕が本物の呪いか、ただのまやかしか、帝都で皇帝陛下の御前で証明してもらう。我が軍が、貴殿の『護衛』を務めようではないか」
帝国軍の陣形が、若者を迎え入れる「道」を作る形へと変わった。
◇◇◇
私は、殿下の背中を見ていた。
黒い蔓に蝕まれた右腕。蝋のように白い顔。
だが、その背中は、王のものだった。
四十年前、先王陛下が即位された時のことを思い出した。
あの時も、私はこうして背中を見ていた。
時代が、動いている。
古い時代が終わり、新しい時代が始まろうとしている。
私は、深く頭を下げた。
この老骨、粉になるまでお仕えいたします。
どうか、ご無事で。
心の中で、そう祈った。
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