【完結】隻腕の代理王 ~帝国と教皇国に挟まれた詰み盤面。俺は「ハッタリ」と「覚悟」だけで、二つの敵軍を撤退させる~

Lihito

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20話:雷声の檄

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 帝都グラディウムの外郭門。
 それは「鉄壁」の名に相応しい威圧感を持って、街道の先に立ちはだかっていた。

 しかし、門は固く閉ざされていた。

 高さ二十メートルはある石壁の上には、無数の弓兵が矢をつがえている。さらに凶悪な輝きを放つ魔導砲が何門も並び、青白く明滅する砲口は、正確に殿下の眉間と、自分たちに向けられていた。

 歓迎の門ではない。処刑場の入り口だ。

「……陛下、どうしますか」

 カイルが殿下の横に馬を寄せた。

「強行突破か、それとも『呪われた腕』を見せつけて門を開けさせるか。あるいは……ここで全員、あの魔導砲の餌食になるか」

 殿下は、右腕の激痛に顔を歪めながらも、冷静な瞳で左右を見た。
 背後には、黒い大樹の影が伸びている。退路はない。

「ヴォルカス千人長」

「……何だ」

 ヴォルカスは固い表情で門を見上げていた。自国の軍に銃口を向けられる屈辱が、その背中から漂っている。

「護衛は任されたんだよな?」

 殿下の目が、ヴォルカスの迷いを射抜いた。

「ここは貴殿の庭だ。道を開くのは、案内人の務めだろう。……貴殿に任せるぞ」

 ヴォルカスが言葉を失った。
 敵国の王が、自らの命運を帝国の将に委ねたのだ。

 彼は兜の中で短く息を吐いた。

「……承知した。俺の役目だ。見ておれ」

 ヴォルカスは馬を前進させ、ただ一人で、射程距離などとうに過ぎた門の直下へと進み出た。

         ◇◇◇

 自分は、その背中を見送った。
 矢が降り注いでもおかしくない死線に、帝国の将が立っている。

 ヴォルカスが帝国軍の最高敬礼をもって叫んだ。

「門上の守備隊に告ぐ! 私は西方第三軍、千人長ヴォルカスである!」

 腹の底からの咆哮が、雨音を切り裂いて響き渡った。

「皇帝陛下の名代として、レムリア公国の新王を帝都へ護送してきた! 直ちに門を開けよ! これは皇帝陛下の『聴政』に関わる火急の事態である!」

 壁の上でざわめきが起こった。
 守備隊長らしき男が、恐る恐る身を乗り出す。

「ヴォルカス千人長か! 確かにその鎧、その声……だが、貴殿の背後にいる軍勢は何だ? 泥にまみれ、殺気立っているではないか!」

 守備隊長の声が震えていた。

「本国からは『北で反乱が起き、正体不明の汚染が広がっている』との報が届いている! 感染者や反乱分子を招き入れるわけにはいかぬ! 帰れ! さもなくば撃つぞ!」

「反乱など起きていない!」

 ヴォルカスが魔導砲の輝きにも怯まず吠えた。

「起きているのは、我らが軍の失態による災厄だ! それを食い止めるために、我々はここまで来た!」

 ヴォルカスは門上の指揮官を睨みつけた。

「門を開けぬというなら、私はここでこの『新王』と共に、味方の矢を受けて果てるまでだ!」

 その声に、偽りなき覚悟が滲んでいた。

「だがその時、貴殿は皇帝陛下に報告することになるぞ!『帝国を救う唯一の解決策を、自らの手で葬り去った』とな!」

 壁の上で、守備隊長が言葉に詰まった。

         ◇◇◇

 拮抗した空気の中、殿下が自分に視線を向けた。

「アラリックよ」

「はい!」

「私が不在の内に鍛えた統率力、今こそ見せ時だぞ」

 殿下の声が、力強くなった。

「兵の士気を高め、恐怖と動揺を消し飛ばせ。烏合の衆のままでは、門が開いても押し潰される」

 自分は頷いた。
 振り返ると、恐怖に顔を引きつらせた兵士たちが立ち尽くしていた。レムリア兵も、生き残った帝国兵も、皆同じだ。

 背後の黒い大樹。前方の魔導砲。逃げ場はない。
 このままでは、兵は恐怖に呑まれる。

 自分は馬を反転させ、兵士たちの前へ躍り出た。

「レムリアの勇士たちよ! そして共に地獄を抜けた帝国の戦士たちよ! 聞けッ!」

 長槍を、雨雲を突くように高く掲げた。
 切っ先を伝う雨粒が、銀色の軌跡を描く。

「背後の黒き塔を見よ!」

 自分の声が、雷鳴のように轟いた。

「恐怖するのは無理もない。あれは未知の地獄だ。触れれば怪物と化す、呪いの源泉だ」

 兵士たちが、おずおずと背後の黒い大樹を振り返った。
 空を突く異形の塔。その頂点から響く不気味な聖歌。

「だが、我らが主君を見よ!」

 自分は切っ先で殿下を指差した。
 隻腕の王は、背筋を伸ばし、一歩も退かずに帝都の門を見据えている。

「あの御身は、貴公らが逃げ出す暇を作るために、たった一人でその右腕にあの地獄を封じ込められたのだ! 今この瞬間も、魂を削りながら我らを守っておられる!」

 兵士たちの目が、吸い寄せられるように殿下の右腕に向けられた。
 包帯の下で脈打つ、黒い蔓。
 それは忌まわしき呪い。だが同時に、彼らを生かすために王が打ち込んだ「杭」でもあった。

「主君が命を削って戦っておられるのに、臣下が震えて何とする!」

 自分の声が、さらに熱を帯びた。

「我らは逃げ延びた敗残兵ではない! 公国の、そして大陸の最後の防波堤である!」

 槍を振り回し、空気を叩いた。

「槍を揃えよ! 視線を上げろ! 下を向くな!」

 その声に呼応するように、レムリアの兵たちがハッと顔を上げ、槍を構え直した。その瞳に、誇りの火が灯る。

「我らは汚染された死に損ないではない!」

 自分の咆哮が、雨音すら飲み込んで響き渡った。

「世界を救うために帝都へ乗り込む——『新王の親衛隊』である! 胸を張れッ!」

         ◇◇◇

 カシャンッ!

 レムリア兵が、そしてつられて帝国兵までもが、震える手を強く握り直し、足を踏み鳴らした。

 死を待つだけの群衆が、一瞬にして「軍隊」へと変貌した。

 整然とした陣形。雨を弾いて輝く、一糸乱れぬ槍の穂先。
 殿下を中心にして形成された、強固な鉄の壁。

 壁の上の守備隊長が、息を呑んだのがわかった。
 眼下にいるのは、反乱軍でも感染者の群れでもない。
 死線を越え、絶対的な主君のもとに団結した精鋭部隊だ。

 ギギギギ……。

 重苦しい音と共に、閉ざされていた帝都の門が、ゆっくりと開き始めた。

 自分は槍を下ろし、殿下のもとへ馬を寄せた。

「……殿下、門が開きます」

「見事だ、アラリック」

 殿下が小さく笑った。

「お前の声は、雷より響く」

 褒められた。
 それだけで、疲労が吹き飛ぶような気がした。

 単純だと、カイルに笑われるだろう。だが構わない。
 自分は、この主のために声を枯らす。それが騎士団長の務めだ。

 門の向こうから、軍靴の音が響いてきた。
 まだ終わりではない。むしろ、ここからが本番だ。
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