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5話:捨てられた民が王を作る
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炊き出しは、三日続けた。
初日は数百人だった。
二日目は倍に増えた。
三日目には、領都の民のほとんどが広場に集まっていた。
「殿下、今日も美味いです!」
「うちの婆さんが久しぶりに笑ってました!」
民たちの顔が、日に日に変わっていく。
警戒が消え、笑顔が増えた。
俺は毎日、自分で柄杓を持って配膳した。
王子が自ら給仕する。それだけで、彼らの目の色が変わる。
「今までの領主様とは違う」
その噂が、領都中に広がっていた。
***
四日目の朝。
ガルドが一人で領主館にやってきた。
部下はいない。武器も持っていない。
ただ、真っ直ぐに俺の前に立った。
「……話がある」
「ああ」
俺は椅子から立ち上がり、ガルドと向き合った。
沈黙。
ガルドは腕を組んだまま、しばらく俺を見ていた。
「……あんた、本気なんだな」
「当然だ」
「最初は信じてなかった。王都の坊ちゃんが何を言ってやがる、ってな」
ガルドの目が、少し緩んだ。
「でも、民の顔を見りゃ分かる。あいつら、久しぶりに笑ってる。腹が膨れて、体が温まって、明日を信じられるようになってる」
「……」
「俺はずっと、この地を守ってきた。国に見捨てられて、誰も助けに来なくて、それでも民を守るためにここにいた」
ガルドは一度、目を閉じた。
「正直、限界だった。このままじゃ冬を越せない奴が出る。分かってても、どうしようもなかった」
目を開ける。
そこには、昨日までとは違う光があった。
「あんたが来て、変わった。石炭で暖が取れる。芋で腹が膨れる。——これが本物なら、俺たちは生き延びられる」
ガルドが、ゆっくりと片膝をついた。
俺は息を呑んだ。
「アレン殿下。俺とこの地の民の命、預ける」
低い声が、広間に響いた。
「あんたが本気でこの地を変えるってんなら、俺は最後までついていく。——頼む。俺たちを、導いてくれ」
沈黙が落ちた。
暖炉の火が、パチパチと爆ぜる音だけが聞こえる。
——認められた。
ふと、前世のことを思い出した。
データを揃えて、論理を組み立てて、完璧なプレゼンをした。課長は納得してくれた。
なのに、その上で止まった。「計画にない」の一言で。
でも——ここでは違う。
結果を出したら、ガルドは認めてくれた。
理屈が通る相手には、ちゃんと通じる。
「……顔を上げろ、ガルド」
俺は手を差し出した。
「この領地を立て直すには、まだまだやることが山積みだ。採掘、栽培、交易。俺の知識だけじゃ足りない。——お前の力を貸してくれ」
ガルドは俺の手を見て、少しだけ笑った。
「……王子様が、俺みたいな荒くれに『力を貸せ』か」
「嫌か?」
「いや」
ガルドが立ち上がり、俺の手を握った。
岩のように硬い、分厚い手だった。
「悪くねえ」
***
その日の午後。
俺たちは領主館の広間で、本格的な作戦会議を始めた。
セバス、ヴォルフ、ゲイル。そしてガルドとリーネ。
六人がテーブルを囲む。
「まずは現状の整理だ」
俺は地図を広げた。
「人口は約四千。領都に千五百、残りは周辺の集落に散らばっている。働き手は少なく、出稼ぎで戻らない者も多い」
「食糧と燃料は、石炭とジャガイモで目処が立った。問題は——」
「人手だな」
ガルドが腕を組んだ。
「いくら資源があっても、掘る奴がいなきゃ意味がねえ。栽培だって同じだ」
「ああ。だから、出稼ぎに行ったまま戻らない民を取り戻したい」
俺はセバスを見た。
「隣のベルン領だったな。状況は」
「はい。子爵バーゴが治める商業都市です。スラムが拡大しており、そこにアルカスの民が囚われている可能性があります」
「囚われている?」
「借金漬けにされて、働かされているのでしょう。よくある手口です」
ガルドが舌打ちした。
「あのクソ子爵か。金のためなら何でもやる守銭奴だ」
「逆に言えば、金で動く相手だ」
俺は地図上のベルンを指した。
「交渉の余地はある。ただ、その前に情報がいる」
「情報、ですか」
リーネが口を開いた。相変わらず事務的な声だ。
「ベルンの内情。スラムの実態。バーゴの弱み。全部だ」
俺はガルドを見た。
「諜報ができそうな人間に心当たりはあるか」
「……一人いる」
ガルドが顎をさすった。
「サリって小娘だ。孤児だが、耳が早くて足も速い。目立たねえ顔してるが、頭は切れる」
「会わせてくれ。使えそうなら、ヴォルフに預けて鍛えさせる」
ヴォルフが静かに頷いた。
「承知しました。素質があれば、一人前に仕上げます」
「頼む」
俺は次の議題に移った。
「技術開発についてだ。ゲイル」
「おう」
「石炭をそのまま燃やすだけじゃ勿体ない。『コークス』を作る」
「コークス?」
「石炭を蒸し焼きにして、不純物を飛ばす。残った炭素の純度が上がって、火力が跳ね上がる。鉄の精錬にも使える」
ゲイルの目が光った。
「……つまり、今まで作れなかった武器や農具が作れるようになる、と」
「そういうことだ。ただし——」
俺は声を低くした。
「蒸し焼きにする時にガスが出る。一酸化炭素だ。無色無臭で、吸い込むと死ぬ。絶対に室内に漏らすな」
「了解だ。換気設備は徹底する」
ゲイルがメモを取る。職人の顔になっている。
「まずは試作だ。上手くいったら量産体制を整える」
「任せとけ」
***
会議が一段落した頃。
俺はセバスに声をかけた。
「貴族の話を聞かせてくれ。まず、継承戦の相手——兄上たちの状況は」
「第一王子ヴァリウス様は武人でいらっしゃいます。軍の再編を掲げ、武官からの支持は厚い。第二王子リアン様は頭の切れる方で、商業振興を進めておられます」
「つまり、武と経済で先を行かれてる、と」
「……率直に申し上げれば、そうなります」
「だろうな。で、味方になりそうな貴族はいるか」
セバスは少し間を置いて、答えた。
「……正直に申し上げます。現時点でアレン様を支持する貴族は、皆無です」
「だろうな」
「……驚かれないのですね」
「泡沫候補だ。分かってる」
俺は肩をすくめた。
「だからこそ聞いてる。問題を抱えてる貴族はいないか。こちらの強みで付け入れそうな相手を」
セバスの目が、かすかに光った。
「……さすがでございます。いくつか、心当たりがあります」
地図上の三点を指す。
「まず、隣のベルン子爵バーゴ。先ほど申し上げた通り、守銭奴です。利で動きます」
「次に、北の辺境伯ゼクス。国境防衛を担う武門の名家ですが、物資不足に苦しんでいます。我々のコークスと武器があれば、交渉の糸口になるかと」
「最後に、中央のフェルゼン侯爵。中立派の重鎮ですが、最近は食欲減退に悩んでいるとか」
「食欲?」
「ええ。老齢で胃が弱り、何を食べても美味しくないそうです。——もし殿下のジャガイモ料理で侯爵の舌を唸らせることができれば、強力な後ろ盾になるやもしれません」
俺は少し考えた。
「……胃袋を掴んで政界進出、か」
「左様です」
理屈で動く相手ばかりじゃない。感情で動く相手もいる。
そこをどう攻略するかが、勝負の分かれ目だ。
「分かった。それぞれ、詳しい情報を集めてくれ」
「承知いたしました」
***
会議が終わり、皆が散っていく。
俺は窓際に立ち、外を眺めていた。
雪が降っている。だが、もう寒さは怖くない。
「……殿下」
振り返ると、ガルドが立っていた。
「さっき言いそびれたことがある」
「何だ」
「俺たちは、捨てられた民だ。国にも、貴族にも、誰にも必要とされなかった」
ガルドは窓の外を見た。
「でも、あんたは違った。俺たちを見て、『力を貸せ』と言った。対等に」
「……」
「だから、俺は思うんだ」
ガルドが、ニヤリと笑った。
「捨てられた民が、王を作る。——悪くねえ話だろ」
俺は少し驚いて、それから口元が緩んだ。
「……ああ。悪くない」
窓の外では、雪が降り続けていた。
だが、広間は暖かい。石炭の火が、赤々と燃えている。
石炭がある。ジャガイモがある。仲間がいる。
データは揃った。あとは、一つずつ形にしていくだけだ。
兄上たちは先を行っている。だが、追いつけない差じゃない。
——やれる。この世界でなら、きっとやれる。
静かに、そう思った。
初日は数百人だった。
二日目は倍に増えた。
三日目には、領都の民のほとんどが広場に集まっていた。
「殿下、今日も美味いです!」
「うちの婆さんが久しぶりに笑ってました!」
民たちの顔が、日に日に変わっていく。
警戒が消え、笑顔が増えた。
俺は毎日、自分で柄杓を持って配膳した。
王子が自ら給仕する。それだけで、彼らの目の色が変わる。
「今までの領主様とは違う」
その噂が、領都中に広がっていた。
***
四日目の朝。
ガルドが一人で領主館にやってきた。
部下はいない。武器も持っていない。
ただ、真っ直ぐに俺の前に立った。
「……話がある」
「ああ」
俺は椅子から立ち上がり、ガルドと向き合った。
沈黙。
ガルドは腕を組んだまま、しばらく俺を見ていた。
「……あんた、本気なんだな」
「当然だ」
「最初は信じてなかった。王都の坊ちゃんが何を言ってやがる、ってな」
ガルドの目が、少し緩んだ。
「でも、民の顔を見りゃ分かる。あいつら、久しぶりに笑ってる。腹が膨れて、体が温まって、明日を信じられるようになってる」
「……」
「俺はずっと、この地を守ってきた。国に見捨てられて、誰も助けに来なくて、それでも民を守るためにここにいた」
ガルドは一度、目を閉じた。
「正直、限界だった。このままじゃ冬を越せない奴が出る。分かってても、どうしようもなかった」
目を開ける。
そこには、昨日までとは違う光があった。
「あんたが来て、変わった。石炭で暖が取れる。芋で腹が膨れる。——これが本物なら、俺たちは生き延びられる」
ガルドが、ゆっくりと片膝をついた。
俺は息を呑んだ。
「アレン殿下。俺とこの地の民の命、預ける」
低い声が、広間に響いた。
「あんたが本気でこの地を変えるってんなら、俺は最後までついていく。——頼む。俺たちを、導いてくれ」
沈黙が落ちた。
暖炉の火が、パチパチと爆ぜる音だけが聞こえる。
——認められた。
ふと、前世のことを思い出した。
データを揃えて、論理を組み立てて、完璧なプレゼンをした。課長は納得してくれた。
なのに、その上で止まった。「計画にない」の一言で。
でも——ここでは違う。
結果を出したら、ガルドは認めてくれた。
理屈が通る相手には、ちゃんと通じる。
「……顔を上げろ、ガルド」
俺は手を差し出した。
「この領地を立て直すには、まだまだやることが山積みだ。採掘、栽培、交易。俺の知識だけじゃ足りない。——お前の力を貸してくれ」
ガルドは俺の手を見て、少しだけ笑った。
「……王子様が、俺みたいな荒くれに『力を貸せ』か」
「嫌か?」
「いや」
ガルドが立ち上がり、俺の手を握った。
岩のように硬い、分厚い手だった。
「悪くねえ」
***
その日の午後。
俺たちは領主館の広間で、本格的な作戦会議を始めた。
セバス、ヴォルフ、ゲイル。そしてガルドとリーネ。
六人がテーブルを囲む。
「まずは現状の整理だ」
俺は地図を広げた。
「人口は約四千。領都に千五百、残りは周辺の集落に散らばっている。働き手は少なく、出稼ぎで戻らない者も多い」
「食糧と燃料は、石炭とジャガイモで目処が立った。問題は——」
「人手だな」
ガルドが腕を組んだ。
「いくら資源があっても、掘る奴がいなきゃ意味がねえ。栽培だって同じだ」
「ああ。だから、出稼ぎに行ったまま戻らない民を取り戻したい」
俺はセバスを見た。
「隣のベルン領だったな。状況は」
「はい。子爵バーゴが治める商業都市です。スラムが拡大しており、そこにアルカスの民が囚われている可能性があります」
「囚われている?」
「借金漬けにされて、働かされているのでしょう。よくある手口です」
ガルドが舌打ちした。
「あのクソ子爵か。金のためなら何でもやる守銭奴だ」
「逆に言えば、金で動く相手だ」
俺は地図上のベルンを指した。
「交渉の余地はある。ただ、その前に情報がいる」
「情報、ですか」
リーネが口を開いた。相変わらず事務的な声だ。
「ベルンの内情。スラムの実態。バーゴの弱み。全部だ」
俺はガルドを見た。
「諜報ができそうな人間に心当たりはあるか」
「……一人いる」
ガルドが顎をさすった。
「サリって小娘だ。孤児だが、耳が早くて足も速い。目立たねえ顔してるが、頭は切れる」
「会わせてくれ。使えそうなら、ヴォルフに預けて鍛えさせる」
ヴォルフが静かに頷いた。
「承知しました。素質があれば、一人前に仕上げます」
「頼む」
俺は次の議題に移った。
「技術開発についてだ。ゲイル」
「おう」
「石炭をそのまま燃やすだけじゃ勿体ない。『コークス』を作る」
「コークス?」
「石炭を蒸し焼きにして、不純物を飛ばす。残った炭素の純度が上がって、火力が跳ね上がる。鉄の精錬にも使える」
ゲイルの目が光った。
「……つまり、今まで作れなかった武器や農具が作れるようになる、と」
「そういうことだ。ただし——」
俺は声を低くした。
「蒸し焼きにする時にガスが出る。一酸化炭素だ。無色無臭で、吸い込むと死ぬ。絶対に室内に漏らすな」
「了解だ。換気設備は徹底する」
ゲイルがメモを取る。職人の顔になっている。
「まずは試作だ。上手くいったら量産体制を整える」
「任せとけ」
***
会議が一段落した頃。
俺はセバスに声をかけた。
「貴族の話を聞かせてくれ。まず、継承戦の相手——兄上たちの状況は」
「第一王子ヴァリウス様は武人でいらっしゃいます。軍の再編を掲げ、武官からの支持は厚い。第二王子リアン様は頭の切れる方で、商業振興を進めておられます」
「つまり、武と経済で先を行かれてる、と」
「……率直に申し上げれば、そうなります」
「だろうな。で、味方になりそうな貴族はいるか」
セバスは少し間を置いて、答えた。
「……正直に申し上げます。現時点でアレン様を支持する貴族は、皆無です」
「だろうな」
「……驚かれないのですね」
「泡沫候補だ。分かってる」
俺は肩をすくめた。
「だからこそ聞いてる。問題を抱えてる貴族はいないか。こちらの強みで付け入れそうな相手を」
セバスの目が、かすかに光った。
「……さすがでございます。いくつか、心当たりがあります」
地図上の三点を指す。
「まず、隣のベルン子爵バーゴ。先ほど申し上げた通り、守銭奴です。利で動きます」
「次に、北の辺境伯ゼクス。国境防衛を担う武門の名家ですが、物資不足に苦しんでいます。我々のコークスと武器があれば、交渉の糸口になるかと」
「最後に、中央のフェルゼン侯爵。中立派の重鎮ですが、最近は食欲減退に悩んでいるとか」
「食欲?」
「ええ。老齢で胃が弱り、何を食べても美味しくないそうです。——もし殿下のジャガイモ料理で侯爵の舌を唸らせることができれば、強力な後ろ盾になるやもしれません」
俺は少し考えた。
「……胃袋を掴んで政界進出、か」
「左様です」
理屈で動く相手ばかりじゃない。感情で動く相手もいる。
そこをどう攻略するかが、勝負の分かれ目だ。
「分かった。それぞれ、詳しい情報を集めてくれ」
「承知いたしました」
***
会議が終わり、皆が散っていく。
俺は窓際に立ち、外を眺めていた。
雪が降っている。だが、もう寒さは怖くない。
「……殿下」
振り返ると、ガルドが立っていた。
「さっき言いそびれたことがある」
「何だ」
「俺たちは、捨てられた民だ。国にも、貴族にも、誰にも必要とされなかった」
ガルドは窓の外を見た。
「でも、あんたは違った。俺たちを見て、『力を貸せ』と言った。対等に」
「……」
「だから、俺は思うんだ」
ガルドが、ニヤリと笑った。
「捨てられた民が、王を作る。——悪くねえ話だろ」
俺は少し驚いて、それから口元が緩んだ。
「……ああ。悪くない」
窓の外では、雪が降り続けていた。
だが、広間は暖かい。石炭の火が、赤々と燃えている。
石炭がある。ジャガイモがある。仲間がいる。
データは揃った。あとは、一つずつ形にしていくだけだ。
兄上たちは先を行っている。だが、追いつけない差じゃない。
——やれる。この世界でなら、きっとやれる。
静かに、そう思った。
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