【第一部完結】科学で興す異世界国家

Lihito

文字の大きさ
36 / 54

35話:束の間

しおりを挟む
穏やかな日々が、戻りつつあった。

「殿下、今月の収支報告です」

リーネが帳簿を差し出す。

「ああ、ありがとう」

受け取って目を通す。
染料と蒸留酒の売上が、相変わらず好調だった。

「……すごいな、この伸び」

「はい。ミーシャさんが『生産が追いつかない』と言っていました」

「嬉しい悲鳴だな」

俺は帳簿を閉じた。

リアンとの経済戦は、ひとまず決着がついた。
締め付けは緩和され、商人も戻ってきた。
流出した住民の一部は戻らなかったが、それ以上に商人が流入している。

「……少し、落ち着いたな」

「そうですね」

リーネが頷いた。

「最近は大きな問題もありませんし」

「井戸も順調か?」

「はい。新しい井戸は好評です。古参と新参の揉め事も減りました」

「そうか」

窓の外を見る。
街には活気が戻っていた。

「……殿下」

「ん?」

「少し、休まれてはいかがですか」

振り返ると、リーネがこちらを見ていた。

「休む?」

「ここ数週間、ずっと働き詰めでしたから」

「いや、そんなことは——」

「セバスさんも心配していました」

リーネの目が、じっとこちらを見ている。

俺は言葉に詰まった。

(……休め、か)

ふと、前世のことを思い出した。

あの頃も、誰かに言われた気がする。
「少しは休んだ方がいい」と。

でも、休まなかった。
結果を出さなければ。証明しなければ。
そう思って、走り続けた。

結果——過労で死んだ。

「……分かった。今日は早めに切り上げるよ」

「そうしてください」

リーネが小さく頷いて、部屋を出ていく。

その背中を見送りながら、俺は苦笑した。

(同じ轍は、踏まないようにしないとな)

前世では、休めと言ってくれる人の言葉を無視した。
今世では——少しは聞くことにしよう。

***

その日の午後。

「殿下、フェルゼン侯爵からお手紙です」

セバスが封書を持ってきた。

「侯爵から?」

受け取って開封する。

『アレン殿下

先日の件、見事な手際でした。
王都でも噂になっております。

つきましては、紹介したい者がおります。
近日中にお時間をいただけますでしょうか。

フェルゼン』

「紹介したい者……」

俺は顔を上げた。

「セバス、心当たりは?」

「おそらく、中立派の貴族かと」

セバスが答えた。

「殿下の躍進を見て、支持を表明したい者が増えているようです」

「そうか」

俺は手紙を畳んだ。

中立派の拡大。
悪い話ではない。

「返事を書こう。三日後にこちらから伺うと」

「承知いたしました」

***

三日後、フェルゼン侯爵邸。

「やあ、アレン殿下。お待ちしておりましたぞ」

侯爵が笑顔で出迎えてくれた。

「お招きいただき、ありがとうございます」

「いやいや。今日は良い出会いになると思いますぞ」

応接間に通されると、既に数人の貴族が座っていた。

「ご紹介しましょう。こちらはヴェルナー男爵、こちらはホフマン子爵——」

侯爵が順番に紹介していく。

三人の貴族。
いずれも中規模の領地を持つ、中立派の面々だった。

「アレン殿下、お噂はかねがね」

ヴェルナー男爵が口を開いた。

「リアン殿下との経済戦、見事なお手並みでした」

「恐縮です」

「我々は、これまで中立を保ってまいりました」

ホフマン子爵が続けた。

「しかし、殿下の手腕を見て——考えを改めました」

「と、申しますと」

「我々は、殿下を支持したいと考えております」

俺は表情を変えなかった。

「……ありがたいお言葉です。ですが、なぜ今?」

「率直に申し上げましょう」

三人目の貴族——ブラント伯爵が言った。

「我々は、シンラの未来を案じております」

「未来?」

「ヴァリウス殿下は武に優れますが、経済には疎い。リアン殿下は経済に長けますが、先日の失策で信頼を失った」

ブラント伯爵が真っ直ぐにこちらを見た。

「殿下は、両方をお持ちだ。技術で経済を興し、戦場では兵を守る采配を見せた」

「……買いかぶりです」

「いいえ。我々は実績を見ております」

侯爵が口を挟んだ。

「アレン殿下。彼らは本気ですぞ。受けてやってくださらんか」

俺はしばらく考えた。

中立派の支持。
これで、政治的な基盤がさらに強化される。

「……分かりました。皆様のご支持、ありがたくお受けします」

「おお、ありがとうございます」

「よろしくお願いいたします、殿下」

貴族たちが頭を下げた。

俺も頭を下げ返した。

【運命点獲得:+15点】
【残運命点:395 → 410】

(お、増えた)

中立派の支持獲得。
運命点の回復条件に該当するらしい。

悪くない。

***

帰路。

馬車の中で、俺はぼんやりと外を眺めていた。

「殿下」

セバスが声をかけてきた。

「なんだ」

「本日の成果、見事でした」

「ああ……」

「ですが、少しお疲れのようですな」

「……そうか?」

「ええ。リーネ殿も心配しておりましたし」

俺は少し驚いた。

「リーネが?」

「はい。『殿下は休まれた方がいい』と」

「……そうか」

窓の外を見る。

夕日が、空を橙色に染めていた。

「セバス」

「はい」

「帰ったら、少し休むよ」

「それがよろしいかと」

セバスが微笑んだ。

***

アルカスに戻ると、リーネが出迎えてくれた。

「お帰りなさい。いかがでしたか」

「ああ、うまくいった。中立派の支持を取り付けた」

「そうですか。よかったです」

リーネが小さく頷いた。

「……あの」

「ん?」

「お茶、淹れましょうか」

俺は少し驚いた。

リーネから誘ってくるのは珍しい。

「……ああ、頼む」

「少しお待ちください」

リーネが去っていく。

俺は執務室の椅子に腰を下ろした。

しばらくして、リーネが戻ってきた。

湯気の立つカップを、机の上に置く。

「どうぞ」

「ありがとう」

一口飲む。
いつもの紅茶だ。だが、なんだか少し美味しく感じた。

「……リーネ」

「はい」

「心配してくれてたのか?」

リーネの動きが、一瞬止まった。

「……別に」

「セバスから聞いた」

「……」

リーネが目を逸らした。

「……領主が倒れたら、困りますから」

「やっぱりそれか」

「それ以外に何があるんですか」

「いや、なんでもない」

俺は苦笑した。

(まあ、そうだよな)

期待した俺が馬鹿だった。

「……殿下」

「ん?」

「ちゃんと飲んでから出てってくださいね」

「ああ、分かってる」

リーネが部屋を出ていく。

俺は紅茶を飲み干して、窓の外を見た。

穏やかな夕暮れだった。

戦いはまだ続く。
王位継承まで、あと一年。

だが、今日くらいは——。

「……悪くない、な」

小さく呟いて、俺は目を閉じた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

【完結】転生したら最強の魔法使いでした~元ブラック企業OLの異世界無双~

きゅちゃん
ファンタジー
過労死寸前のブラック企業OL・田中美咲(28歳)が、残業中に倒れて異世界に転生。転生先では「セリア・アルクライト」という名前で、なんと世界最強クラスの魔法使いとして生まれ変わる。 前世で我慢し続けた鬱憤を晴らすかのように、理不尽な権力者たちを魔法でバッサバッサと成敗し、困っている人々を助けていく。持ち前の社会人経験と常識、そして圧倒的な魔法力で、この世界の様々な問題を解決していく痛快ストーリー。

【完結】前世の不幸は神様のミスでした?異世界転生、条件通りなうえチート能力で幸せです

yun.
ファンタジー
~タイトル変更しました~ 旧タイトルに、もどしました。 日本に生まれ、直後に捨てられた。養護施設に暮らし、中学卒業後働く。 まともな職もなく、日雇いでしのぐ毎日。 劣悪な環境。上司にののしられ、仲のいい友人はいない。 日々の衣食住にも困る。 幸せ?生まれてこのかた一度もない。 ついに、死んだ。現場で鉄パイプの下敷きに・・・ 目覚めると、真っ白な世界。 目の前には神々しい人。 地球の神がサボった?だから幸せが1度もなかったと・・・ 短編→長編に変更しました。 R4.6.20 完結しました。 長らくお読みいただき、ありがとうございました。

元救急医クラリスの異世界診療録 ―今度こそ、自分本位に生き抜きます―

やまだ
ファンタジー
朝、昼、夜を超えてまた朝と昼を働いたあの日、救急医高梨は死んでしまった。比喩ではなく、死んだのだ。 次に目覚めたのは、魔法が存在する異世界・パストリア王国。 クラリスという少女として、救急医は“二度目の人生”を始めることになった。 この世界では、一人ひとりに魔法がひとつだけ授けられる。 クラリスが与えられたのは、《消去》の力――なんだそれ。 「今度こそ、過労死しない!」 そう決意したのに、見過ごせない。困っている人がいると、放っておけない。 街の診療所から始まった小さな行動は、やがて王城へ届き、王族までも巻き込む騒動に。 そして、ちょっと推してる王子にまで、なぜか気に入られてしまい……? 命を救う覚悟と、前世からの後悔を胸に―― クラリス、二度目の人生は“自分のために”生き抜きます。

【本編完結】転生隠者の転生記録———怠惰?冒険?魔法?全ては、その心の赴くままに……

ひらえす
ファンタジー
後にリッカと名乗る者は、それなりに生きて、たぶん一度死んだ。そして、その人生の苦難の8割程度が、神の不手際による物だと告げられる。  そんな前世の反動なのか、本人的には怠惰でマイペースな異世界ライフを満喫するはず……が、しかし。自分に素直になって暮らしていこうとする主人公のズレっぷり故に引き起こされたり掘り起こされたり巻き込まれていったり、時には外から眺めてみたり…の物語になりつつあります。 ※小説家になろう様、アルファポリス様、カクヨム様でほぼ同時投稿しています。 ※残酷描写は保険です。 ※誤字脱字多いと思います。教えてくださると助かります。

積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!

ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。 悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。

転生チート薬師は巻き込まれやすいのか? ~スローライフと時々騒動~ 

志位斗 茂家波
ファンタジー
異世界転生という話は聞いたことがあるが、まさかそのような事を実際に経験するとは思わなかった。 けれども、よくあるチートとかで暴れるような事よりも、自由にかつのんびりと適当に過ごしたい。 そう思っていたけれども、そうはいかないのが現実である。 ‥‥‥才能はあるのに、無駄遣いが多い、苦労人が増えやすいお話です。 「小説家になろう」でも公開中。興味があればそちらの方でもどうぞ。誤字は出来るだけ無いようにしたいですが、発見次第伝えていただければ幸いです。あと、案があればそれもある程度受け付けたいと思います。

異世界転生したおっさんが普通に生きる

カジキカジキ
ファンタジー
 第18回 ファンタジー小説大賞 読者投票93位 応援頂きありがとうございました!  異世界転生したおっさんが唯一のチートだけで生き抜く世界  主人公のゴウは異世界転生した元冒険者  引退して狩をして過ごしていたが、ある日、ギルドで雇った子どもに出会い思い出す。  知識チートで町の食と環境を改善します!! ユルくのんびり過ごしたいのに、何故にこんなに忙しい!?

処理中です...