【第一部完結】科学で興す異世界国家

Lihito

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36話:二年目の証明

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王都に着いたのは、報告会の前日だった。

「殿下、明日の段取りを確認いたしますか」

馬車を降りると、セバスが声をかけてきた。

「いや、いい。去年と同じだろう」

「左様でございます」

「少し歩いてくる」

「お供いたしましょうか」

「いい。一人で大丈夫だ」

俺は王城の中庭へ向かった。

報告会は明日。
今日は顔合わせと、軽い挨拶回りだけだ。

中庭の回廊を歩いていると——。

「——アレン殿下」

聞き覚えのある声に、足が止まった。

振り返る。

白銀の鎧。赤い短髪。凛とした立ち姿。

エレオノーラだった。

「エレオノーラ殿」

「お久しぶりです。報告会のためにいらしたのですね」

「ああ、明日——」

そこで、俺の視線が止まった。

腰に巻かれた青い布。
俺が渡したやつだ。

(……つけてる)

あの時の記憶が蘇った。
「宣伝になる」とか言いながら布を渡して、後から一人で悶絶したやつ。

エレオノーラは俺の視線に気づいたのか、腰の布に手を添えた。

「ああ、これですか。以前いただいた布です」

「あ、ああ——」

「評判がよくて、同僚たちにも紹介しました」

淡々とした口調。
だが、その指先が布を撫でているのが見えた。

「その——」

何か言わなければ。
宣伝のお礼か。いや、でも——。

「似合って……」

言いかけた瞬間、エレオノーラの表情がわずかに緩んだ。

ほんの一瞬。
だが確かに、期待するような光が目に浮かんだ。

——と思ったら、俺の口が勝手に動いた。

「いや、宣伝ありがとう。助かった。売上が伸びた」

沈黙。

エレオノーラの表情が、すっと元に戻った。

「……そうですか」

「あ、いや、だから——布の色が、その、鎧に映えて——」

「宣伝のお役に立てて何よりです」

声が硬い。明らかに硬い。

「報告会、ご武運を」

「あ、待っ——」

「では」

踵を返して、去っていく。

俺は手を伸ばしかけたまま、固まった。

---

回廊の角を曲がった先で、エレオノーラは足を止めた。

「……何なんだ、あれは」

呟いて、腰の布に手を当てる。

似合って——と、言いかけた。

そこで止まってくれれば、よかったのに。

「売上が伸びた、か」

確かに、宣伝を頼まれたのは事実だ。
だから身につけている。それは間違いない。

でも——。

「……似合っている、くらい言ってくれてもいいだろう」

小さく呟いて、エレオノーラは首を振った。

期待した自分が馬鹿だった。
あの男は、そういうところが——。

「……まあ、いい」

布を撫でる。
この色は、確かに気に入っている。宣伝とか関係なく。

明日は報告会だ。近衛騎士として、警備につく。

「……別に、何も期待していない」

誰に言い訳するでもなく、エレオノーラは歩き出した。

---

翌日、王城の大広間。

報告会が始まった。

最初はヴァリウス。

「南部領における軍の再編は、予定通り完了した」

堂々とした声が広間に響く。練度の向上、砦の修繕、魔物侵入の抑制。揺るぎない実績だ。

次はリアン。

「西部領の商業収入は、昨年比で一・五倍となりました」

穏やかな声で、交易路の開拓、貿易協定の締結を語る。
だが俺は知っている。経済戦がなければ、この数字はもっと高かったはずだ。

そして——俺の番だ。

「アルカス領の報告をいたします」

立ち上がる。
貴族たちの視線が集まった。

「技術面では、コークス製鉄の生産体制を拡充。高品質な武器の供給量を増やしました。道路整備も進み、物流効率が向上しています」

去年の報告会では、技術と外交の基盤を示した。
今年は、その上に積み上げたものを見せる。

「新たに染料と蒸留酒の生産を開始。現在、王都を含む主要都市で流通しています」

貴族たちがざわめいた。

「経済面では、ベルンの商人の多くがアルカスに拠点を移しました。税収は昨年比で三倍」

「外交面では、ゼクス辺境伯との同盟を継続。カルセン伯爵の支持を獲得。中立派貴族からも、新たに支持を得ました」

広間が静まり返った。

「以上です」

俺は席に戻った。

---

審議の後、結果が発表された。

「第一位、ヴァリウス殿下」

当然だ。軍事力は国の根幹。

「第二位——アレン殿下」

広間がどよめいた。

「第三位、リアン殿下」

俺は表情を変えなかった。
だが、内心では——やった、と思った。

リアンを、抜いた。

貴族たちのざわめきが収まった頃、玉座の父王が立ち上がった。

「——静まれ」

一言で、広間が静寂に包まれる。

「二年目の報告、確かに聞いた。三人とも、それぞれの手腕を見せた」

父王の視線が、俺たち三人を順に見渡した。

「来年が最後の年となる。そこで——最後の課題を与える」

最後の課題。
貴族たちがざわめいた。

「複数の有力貴族から報告が上がっている。エンヴァ国の動きがおかしい、とな」

エンヴァ。
北方の守り、防衛に長けた国。

「詳細はまだ調査中だが、不穏な兆候がある。国のトップには、外交と軍事の危機対応能力が必要だ」

父王の声が、広間に響いた。

「三年目の課題——エンヴァ国への対応。それぞれのやり方で、この問題に当たれ」

俺は兄二人を見た。

ヴァリウスは真剣な表情で頷いている。
リアンは穏やかな笑みを浮かべたまま、だが目には鋭い光があった。

「以上だ。下がってよい」

父王が着席し、報告会は終了した。

---

控え室に向かう廊下で、ヴァリウスが声をかけてきた。

「アレン」

「兄上」

「二位か。やるじゃねえか」

ヴァリウスが笑った。武人らしい、気持ちのいい笑みだ。

「ありがとうございます」

「正直、ここまでやるとは思わなかった。認めてやる」

「恐縮です」

「だが——」

ヴァリウスの目が、真っ直ぐに俺を見た。

「王座は俺がもらう。エンヴァの件、せいぜい足を引っ張るなよ」

そう言って、ヴァリウスは去っていった。

威圧ではない。
自分が勝つと確信している者の、余裕だ。

入れ替わるように、リアンが近づいてきた。

「おめでとう、アレン」

穏やかな声。だが、その目には悔しさと、それ以上の何かがあった。

「兄上」

「経済戦では完敗だった。認めるよ」

「兄上の締め付けがなければ、ここまで必死にはなれませんでした」

「……そう言ってくれると、少し救われるね」

リアンが微笑んだ。

「エンヴァの件——協力することになるかもしれない」

「協力、ですか」

「国の危機だからね。王位争いとは別だ。必要なら、俺の商路を使っていい」

意外な申し出だった。

「……ありがとうございます」

「富国こそ強兵の礎。国を守る戦いなら、俺も本気でやるよ」

リアンが背を向けた。

「それと——お前が王になったら」

一瞬、言葉を切った。

「……いや、まだ早いね。来年、決着をつけよう」

「はい、兄上」

リアンが去った後、俺は窓の外を見た。

エンヴァ。
北の国。ゼクスが守る北壁砦の、さらに向こう。

「不穏な動き」の正体は、まだ分からない。

(魔王軍との密約、か)

二年目が終わった。
三年目——最後の戦いが、始まる。

【2年目・完】
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