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37話:証拠なき確信
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報告会から三日後。
俺はアルカスの執務室で、セバスと向き合っていた。
「エンヴァ対応、か」
父王から与えられた最後の課題。
三年目の結果で、王位継承が決まる。
「殿下、いかがなさいますか」
「まずは現場だ。ゼクスのところに行く」
セバスが頷いた。
「賢明かと。北壁砦は最前線。エンヴァの動きを最もよく知る場所です」
「ああ。報告書だけじゃ分からないこともある」
俺は窓の外を見た。
エンヴァの動きがおかしい——父王はそう言った。
だが、何がおかしいのか、具体的なことは分からない。
ゼクスなら知っているはずだ。
去年の魔物襲撃の時、あいつは「エンヴァが誘導している」と言っていた。
「ヴォルフを連れていく。留守は頼んだ」
「承知いたしました。お気をつけて」
***
北壁砦に着いたのは、三日後の昼過ぎだった。
馬を降りると、空気が違う。
アルカスより乾いていて、どこか張り詰めている。
「殿下」
隣でヴォルフが馬から降り、周囲を見渡した。
「……血の匂いがします」
俺には分からない。
だが、ヴォルフがそう言うなら間違いない。
砦の門が開き、兵士が駆け寄ってきた。
「アレン殿下、お待ちしておりました。ゼクス様は——」
「分かってる。案内してくれ」
兵士に続いて砦の中へ入る。
すれ違う兵たちの顔に、疲労の色が濃い。
怪我をしている者も多い。
腕を吊っている者、足を引きずっている者。
(……最近、何かあったな)
広間に入ると、ゼクスがいた。
革鎧のまま、地図を睨んでいる。
その腕には、真新しい包帯が巻かれていた。
「よう、アレン」
ゼクスが顔を上げた。
「来たか。悪いな、出迎えもできなくて」
「その腕、どうした」
「ああ、これか」
ゼクスは包帯を一瞥して、笑った。
「三日前だ。また来やがった」
「魔物か」
「ああ。千は下らねえ」
千。
去年は三千だったが、あの時は俺たちの秘策があった。
通常戦力だけで千を捌いたなら、むしろ善戦だ。
「被害は」
「死者十二。負傷者は数えてねえ」
ゼクスは椅子に腰を下ろした。
「まあ、砦は守った。だがな——」
ゼクスは地図を指で叩いた。
「おかしいんだよ、アレン」
「おかしい?」
「去年、お前と一緒に三千を片付けた。あの時の手口——覚えてるか」
忘れるわけがない。
一酸化炭素ガスで魔物を殲滅した、あの作戦だ。
「覚えてる」
「今回、奴ら最初から窪地を避けやがった」
俺は眉をひそめた。
「……学習した、ということか」
「野生の魔物が学習するか? 群れで情報を共有するか?」
ゼクスの目が鋭くなる。
「誰かが教えてんだよ。前回の戦いを見てた奴がな」
沈黙が落ちた。
ヴォルフが一歩前に出た。
「ゼクス殿。今回の魔物、陣形はどうでしたか」
「ん? ああ、ヴォルフか」
ゼクスはヴォルフを見て、少し表情を緩めた。
「相変わらず静かだな、お前は。——陣形か。聞いて驚くなよ」
ゼクスは立ち上がり、地図上に駒を並べ始めた。
「最初は散発的に見えた。いつもの魔物の群れだと思った」
駒が北から南へ、ばらばらに配置される。
「だが途中から、こうなった」
駒が動く。
左右に分かれ、砦を挟み込むように展開する。
そして中央の一群が、正面から突撃する形に。
「……包囲殲滅」
ヴォルフが呟いた。
「そうだ。魔物が包囲殲滅を仕掛けてきやがった」
ゼクスは駒を睨んだ。
「野生の獣がやる動きじゃねえ。誰かが、指揮してる」
俺は地図を見つめた。
去年は「誘導されている」という疑惑だった。
今回は「戦術を使っている」。
もう偶然じゃない。
「ゼクス。証拠は」
「ねえよ」
ゼクスは首を振った。
「指揮官らしき個体もいなかった。魔物の死体を調べても、何も出てこねえ。奴ら、証拠を残さねえようにしてやがる」
「だが確信はある、と」
「ああ」
ゼクスは俺の目を真っ直ぐ見た。
「俺の勘は当たる。エンヴァだ。あいつらが裏で糸を引いてる」
「……」
「去年、俺たちが勝ったのを見てる。だから今回は数を増やして、戦術も変えてきた。次はもっと来るぞ」
ゼクスは腕を組んだ。
「一万か、二万か。それとも——本命を出してくるか」
本命。
言葉の意味を、俺は理解していた。
魔物を操れる存在。人間ではない、何か。
「エンヴァと繋がっているのが、魔王軍だとしたら」
俺は慎重に言葉を選んだ。
「相手は、どんな奴だと思う」
「さあな。俺は魔大陸の専門家じゃねえ」
ゼクスは肩をすくめた。
「だが、力任せに来る奴じゃねえのは確かだ。そういう奴なら、とっくに大軍で押し寄せてる」
「つまり、慎重な奴。あるいは——」
「人間を使うのが好きな奴、だな」
ゼクスが俺の言葉を引き取った。
「エンヴァを手駒にして、じわじわ削ってくる。そういうタイプだ」
人間を使う。
管理する。利用する。
魔王軍の中に、そういう奴がいるのか。
まだ確証はない。
だが、輪郭が見え始めている。
「ゼクス。しばらく持つか」
「誰に聞いてんだ」
ゼクスが笑った。
「一年だろうが二年だろうが、この砦は俺が守る。お前は自分の仕事をしろ」
「……ああ」
俺は頷いた。
「エンヴァの腹を暴く。それが俺の仕事だ」
「期待してるぜ、第三王子」
***
砦を出ると、日が傾き始めていた。
馬に乗り、来た道を戻る。
しばらく無言で進んだ後、ヴォルフが口を開いた。
「殿下」
「なんだ」
「……今回の魔物、異常でした」
ヴォルフは前を向いたまま続けた。
「包囲殲滅は、訓練なしにはできません。あれは軍の動きです。練度は低いですが、指揮系統がある」
「お前もそう思うか」
「はい」
短い沈黙。
「誰かが、糸を引いています。そして——」
ヴォルフは珍しく、言葉を選ぶように間を置いた。
「その誰かは、人間ではないかもしれません」
俺は前を向いたまま答えた。
「ああ。俺もそう思う」
エンヴァの背後に、何かがいる。
魔王軍の誰かが、糸を引いている。
だが、エンヴァ自身はどうなんだ。
脅されている被害者なのか。
それとも、自ら手を組んだ裏切り者なのか。
被害者なら、助けを求めてくるはずだ。
シンラに、あるいは他の国に。
それがない、ということは——。
(見極める必要がある)
まずは兄たちと方針を擦り合わせる。
ヴァリウスは軍を、リアンは商路を持っている。
三人でどう分担するか。
そして、もし外からじゃ分からないなら——。
俺は北の空を見た。
エンヴァは、あの向こうにある。
(中を見なきゃ、分からないこともある)
俺はアルカスの執務室で、セバスと向き合っていた。
「エンヴァ対応、か」
父王から与えられた最後の課題。
三年目の結果で、王位継承が決まる。
「殿下、いかがなさいますか」
「まずは現場だ。ゼクスのところに行く」
セバスが頷いた。
「賢明かと。北壁砦は最前線。エンヴァの動きを最もよく知る場所です」
「ああ。報告書だけじゃ分からないこともある」
俺は窓の外を見た。
エンヴァの動きがおかしい——父王はそう言った。
だが、何がおかしいのか、具体的なことは分からない。
ゼクスなら知っているはずだ。
去年の魔物襲撃の時、あいつは「エンヴァが誘導している」と言っていた。
「ヴォルフを連れていく。留守は頼んだ」
「承知いたしました。お気をつけて」
***
北壁砦に着いたのは、三日後の昼過ぎだった。
馬を降りると、空気が違う。
アルカスより乾いていて、どこか張り詰めている。
「殿下」
隣でヴォルフが馬から降り、周囲を見渡した。
「……血の匂いがします」
俺には分からない。
だが、ヴォルフがそう言うなら間違いない。
砦の門が開き、兵士が駆け寄ってきた。
「アレン殿下、お待ちしておりました。ゼクス様は——」
「分かってる。案内してくれ」
兵士に続いて砦の中へ入る。
すれ違う兵たちの顔に、疲労の色が濃い。
怪我をしている者も多い。
腕を吊っている者、足を引きずっている者。
(……最近、何かあったな)
広間に入ると、ゼクスがいた。
革鎧のまま、地図を睨んでいる。
その腕には、真新しい包帯が巻かれていた。
「よう、アレン」
ゼクスが顔を上げた。
「来たか。悪いな、出迎えもできなくて」
「その腕、どうした」
「ああ、これか」
ゼクスは包帯を一瞥して、笑った。
「三日前だ。また来やがった」
「魔物か」
「ああ。千は下らねえ」
千。
去年は三千だったが、あの時は俺たちの秘策があった。
通常戦力だけで千を捌いたなら、むしろ善戦だ。
「被害は」
「死者十二。負傷者は数えてねえ」
ゼクスは椅子に腰を下ろした。
「まあ、砦は守った。だがな——」
ゼクスは地図を指で叩いた。
「おかしいんだよ、アレン」
「おかしい?」
「去年、お前と一緒に三千を片付けた。あの時の手口——覚えてるか」
忘れるわけがない。
一酸化炭素ガスで魔物を殲滅した、あの作戦だ。
「覚えてる」
「今回、奴ら最初から窪地を避けやがった」
俺は眉をひそめた。
「……学習した、ということか」
「野生の魔物が学習するか? 群れで情報を共有するか?」
ゼクスの目が鋭くなる。
「誰かが教えてんだよ。前回の戦いを見てた奴がな」
沈黙が落ちた。
ヴォルフが一歩前に出た。
「ゼクス殿。今回の魔物、陣形はどうでしたか」
「ん? ああ、ヴォルフか」
ゼクスはヴォルフを見て、少し表情を緩めた。
「相変わらず静かだな、お前は。——陣形か。聞いて驚くなよ」
ゼクスは立ち上がり、地図上に駒を並べ始めた。
「最初は散発的に見えた。いつもの魔物の群れだと思った」
駒が北から南へ、ばらばらに配置される。
「だが途中から、こうなった」
駒が動く。
左右に分かれ、砦を挟み込むように展開する。
そして中央の一群が、正面から突撃する形に。
「……包囲殲滅」
ヴォルフが呟いた。
「そうだ。魔物が包囲殲滅を仕掛けてきやがった」
ゼクスは駒を睨んだ。
「野生の獣がやる動きじゃねえ。誰かが、指揮してる」
俺は地図を見つめた。
去年は「誘導されている」という疑惑だった。
今回は「戦術を使っている」。
もう偶然じゃない。
「ゼクス。証拠は」
「ねえよ」
ゼクスは首を振った。
「指揮官らしき個体もいなかった。魔物の死体を調べても、何も出てこねえ。奴ら、証拠を残さねえようにしてやがる」
「だが確信はある、と」
「ああ」
ゼクスは俺の目を真っ直ぐ見た。
「俺の勘は当たる。エンヴァだ。あいつらが裏で糸を引いてる」
「……」
「去年、俺たちが勝ったのを見てる。だから今回は数を増やして、戦術も変えてきた。次はもっと来るぞ」
ゼクスは腕を組んだ。
「一万か、二万か。それとも——本命を出してくるか」
本命。
言葉の意味を、俺は理解していた。
魔物を操れる存在。人間ではない、何か。
「エンヴァと繋がっているのが、魔王軍だとしたら」
俺は慎重に言葉を選んだ。
「相手は、どんな奴だと思う」
「さあな。俺は魔大陸の専門家じゃねえ」
ゼクスは肩をすくめた。
「だが、力任せに来る奴じゃねえのは確かだ。そういう奴なら、とっくに大軍で押し寄せてる」
「つまり、慎重な奴。あるいは——」
「人間を使うのが好きな奴、だな」
ゼクスが俺の言葉を引き取った。
「エンヴァを手駒にして、じわじわ削ってくる。そういうタイプだ」
人間を使う。
管理する。利用する。
魔王軍の中に、そういう奴がいるのか。
まだ確証はない。
だが、輪郭が見え始めている。
「ゼクス。しばらく持つか」
「誰に聞いてんだ」
ゼクスが笑った。
「一年だろうが二年だろうが、この砦は俺が守る。お前は自分の仕事をしろ」
「……ああ」
俺は頷いた。
「エンヴァの腹を暴く。それが俺の仕事だ」
「期待してるぜ、第三王子」
***
砦を出ると、日が傾き始めていた。
馬に乗り、来た道を戻る。
しばらく無言で進んだ後、ヴォルフが口を開いた。
「殿下」
「なんだ」
「……今回の魔物、異常でした」
ヴォルフは前を向いたまま続けた。
「包囲殲滅は、訓練なしにはできません。あれは軍の動きです。練度は低いですが、指揮系統がある」
「お前もそう思うか」
「はい」
短い沈黙。
「誰かが、糸を引いています。そして——」
ヴォルフは珍しく、言葉を選ぶように間を置いた。
「その誰かは、人間ではないかもしれません」
俺は前を向いたまま答えた。
「ああ。俺もそう思う」
エンヴァの背後に、何かがいる。
魔王軍の誰かが、糸を引いている。
だが、エンヴァ自身はどうなんだ。
脅されている被害者なのか。
それとも、自ら手を組んだ裏切り者なのか。
被害者なら、助けを求めてくるはずだ。
シンラに、あるいは他の国に。
それがない、ということは——。
(見極める必要がある)
まずは兄たちと方針を擦り合わせる。
ヴァリウスは軍を、リアンは商路を持っている。
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そして、もし外からじゃ分からないなら——。
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