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第1章:辺境復興編
5話:見えない答え
ドルトンを追い返してから、十日ほどが経った。
領地は少しずつ形になり始めていた。薬草の出荷は三回目を終え、金貨の蓄えができた。道の修繕が始まり、南からの食料輸送が安定し始めた。手伝いに来る住民は三十人を超えた。
ただ、私が全部やっている。
採取量の管理。出荷の記録。日当の計算。食料の在庫確認。支出の承認。
朝から晩まで帳簿に向かって、合間に現場を見て、戻って帳簿。セバスは走り回ってくれているが、彼の仕事は住民との調整や物資の手配で、数字の管理は私しかできない。
このままでは回らなくなる。分かっていた。
前世でも同じ失敗をした。一人で抱え込んで、気づいたら自分がボトルネックになっている。
「セバス」
朝の報告に来たセバスを呼び止めた。
「今日から、日々の収支記録はあなたに任せるわ」
セバスの目が見開かれた。
「私に、ですか」
「あなたにしか頼めない。他に帳簿を扱える人間がいないでしょう」
「ですが、私は帳簿の専門的な知識が——」
「教えるわ」
私は白紙の紙を広げた。
「難しくないの。入ってきた金と出ていった金を、日付と項目ごとに記録するだけ。最初はそれだけでいい」
一時間かけて、基本的な記帳のやり方を教えた。収入の欄、支出の欄、残高の計算。仕訳の考え方。項目の分類。
セバスは真剣にメモを取っていた。質問も的確だ。「この場合は収入と支出のどちらに入れるのですか」「日当と材料費は分けた方がよいですか」。実務の感覚がある人間の質問だった。
夕方、セバスが初日の記録を持ってきた。
「拝見します」
帳簿を開く。丁寧な字。数字は正確。ただ、形式が古い。項目の並べ方に癖がある。
「ここ、支出の順番を変えて。頻度が高いものを上に持ってくると、後で確認しやすいわ」
赤を入れながら説明する。セバスが頷きながら修正する。
「あと、ここの端数。切り捨てじゃなくて四捨五入にして。小さな誤差でも積み重なると合わなくなるから」
「かしこまりました」
悪くない。初日でこれなら、一週間もすればものになる。
***
翌朝。
何気なく、セバスを鑑定した。
【セバス】
現在価値:510
潜在価値:950
510。
昨日まで450だった。60上がっている。
潜在950は変わらない。でも現在価値が動いた。適切な役割を与えたら、眠っていた能力が引き出された。帳簿の仕事を任せたことが、セバスの「現在の価値」を押し上げた。
仕組みの確認が取れた。
現在価値は固定じゃない。環境が変われば動く。潜在価値は「上限」で、現在値はそこに向かって上下する。正しい場所に正しい人を置けば、数字は上がる。
(なら——)
自然と、視線がグレンに向いた。
執務室の隅。いつもの場所に、いつもの姿勢で立っている。
【グレン・ファルクス】
現在価値:700
潜在価値:9,999
700。変わっていない。
でも潜在は9,999。この仕組みなら、正しい役割を与えれば引き出せるはず。
問題は「何の」潜在価値か分からないこと。セバスの場合は「帳簿を扱えそうな人に帳簿を任せる」という明確な仮説があった。結果も出た。
でもグレンは見当がつかない。9,999という桁違いの数字が、何を意味しているのか。
やれることはある。仮説を立てて、一つずつ試す。
***
仮説A。戦闘の才能。
グレンの現在700は騎士としてそこそこ優秀な数字だ。もし潜在が純粋な戦闘力の上限なら、実力を発揮する機会を与えれば上がるはず。
「グレン、頼みがあるの」
「何でしょうか」
「北の山道で、最近獣の痕跡が増えてるとセバスから報告があったわ。採取班の安全のために、巡回してもらえる?」
グレンは少し間を置いた。
「護衛ですから、お傍を離れるのは——」
「住民の安全も護衛の範囲内よ。私は今日、館から出ないし」
「……分かりました」
グレンが出ていった。
夕方、戻ってきた。
「獣は二頭。追い払いました」
「怪我は?」
「ありません」
鑑定する。700。変わらない。
***
仮説B。統率・指揮の才能。
翌日。薬草の採取班に、グレンを指揮役として入れた。
「今日は採取班の取りまとめをお願いしたいの」
グレンの眉がわずかに動いた。嫌そうだ、とは言わないが、得意ではないのが分かる。
「護衛の範囲では——」
「山道での安全管理も兼ねてるから、護衛の延長よ」
渋々引き受けた。
山から戻ってきた採取班に聞くと、「指示は的確だった」「無駄がない」「ただ、怖い」とのこと。最低限の言葉で的確に動かすが、それ以上のことはしない。人を鼓舞したり、士気を上げたりする類の統率ではない。
鑑定。700。動かない。
***
仮説C。知識。
夜。執務室で帳簿を広げながら、グレンに話を振った。
「グレン、近衛にいた時、部隊の予算管理とか見たことある?」
「いえ。末端でしたので」
「武器の調達は? 補給の仕組みとか」
「上から支給されるだけでした」
「王都の商業区の相場感とかは——」
「……興味がありませんでした」
会話が続かない。知識方面でもない。
私は帳簿に目を戻した。
三つ試して、全部空振り。
戦闘でもない。統率でもない。知識でもない。
「何の」潜在価値か分からない以上、当てずっぽうで環境を変えても的に当たらない。
馬車で通り過ぎた丘陵地帯を思い出す。現在価値90、潜在1,050。あの時も通り過ぎるしかなかった。数字だけが先に見えて、中身が追いつかない。
(……焦っても仕方ないわね)
棚上げ。ただし、諦めてはいない。
いつか分かる時が来る。今は、目の前のやるべきことをやる。
***
やるべきこと。帳簿の再構築。
セバスに日常の収支記録は任せた。でも、領地全体の帳簿体系はまだ私にしか作れない。前の代官の帳簿は不正だらけで使い物にならなかったから、項目の立て方から全部やり直す必要がある。
夜の執務室。蝋燭の灯りの下で、紙を広げた。
まず、収入の柱を整理する。
現状の収入源はレムリア草の販売のみ。一本足は危ない。ここに将来的に何を加えられるか。
次に、支出の構造。
食料輸送費。道の修繕費。住民への日当。山道の整備費。セバスの給与。将来的に必要になる投資——南部との交易路の本格整備、倉庫の建設、冬場の備蓄。
項目を書き出す。分類する。優先順位をつける。
一つひとつの数字に根拠を置く。「だいたいこれくらい」ではなく、実績と見積もりに基づいた数字。
気づけば、没頭していた。
帳簿に向かっている時、余計なことを考えなくていい。追放のことも、父のことも、前世のことも。数字は感情を持たない。正しく積み上げれば、正しく積み上がる。それだけのことだ。
ペンを走らせる手が止まらない。項目が埋まっていく。空白だった紙に、領地の未来が数字として現れていく。
「……なぜ、そこまでするんですか」
手が止まった。
グレンだった。執務室の隅。いつもの壁際から、こちらを見ている。
今日初めて——いや、出会ってから初めて、彼が自分から質問をした。
「何が?」
「流刑です。適当に暮らせばいい。なのに、なぜ」
私は帳簿から目を上げた。
グレンの灰色の瞳が、まっすぐこちらを向いている。監視の目ではない。初めて見る目だった。
「……私ね、数字が好きなの」
「数字?」
「帳簿が合った時、計画通りに利益が出た時、すごく気持ちいいの。パズルのピースがハマるみたいで」
グレンは黙っている。理解できない、という顔だ。まあ、そうだろう。普通の人間は帳簿が合って興奮したりしない。
「それに——」
窓の外を見た。月明かりが、荒れた領地をぼんやり照らしている。
「見捨てられるの、嫌いなのよ。自分がそうだったから」
言ってしまってから、少し後悔した。言い過ぎた。
「前の居場所では、私がどれだけ頑張っても、誰も見てくれなかった。でも、ここは違う。ここなら——」
言葉を切った。これ以上は、本当に言い過ぎだ。
「……とにかく、そういうこと。邪魔しないでくれるだけでいいわ」
帳簿に目を戻す。もう顔を上げない。
長い沈黙があった。
グレンが何か言ったような気がした。でも、小さすぎて聞き取れなかった。
「……もう遅いです。体を壊します」
聞こえたのはその一言だけ。ぼそりと。精一杯の気遣い、なのだろう。たぶん。
「もう少しだけ」
グレンはそれ以上何も言わなかった。ただ、部屋を出ていかなかった。
結局、蝋燭が二本目に変わるまで作業を続けた。グレンはずっとそこにいた。
***
翌朝。
グレンが朝の報告に来た。
「……異常ありません」
いつも通り。何も変わらない朝。
何気なく、鑑定した。
【グレン・ファルクス】
現在価値:850
潜在価値:9,999
——850?
昨日まで700だった。150上がっている。
巡回でも指揮でも動かなかった数字が、いきなり150。
昨日の夕方に仮説Cを試した時は700だった。今朝は850。この間に、何か特別なことをしたか? していない。仮説の検証を打ち切って、帳簿の再構築をして、遅くまで作業して——それだけだ。
セバスの時は因果が明確だった。帳簿を任せたから上がった。
でもこれは何が原因なのか分からない。
グレンを見る。いつもと変わらない。無表情。灰色の瞳に感情はない。
「グレン、昨日から何か変わったことはあった?」
「いえ」
少し間があった。
「異常ありません」
いつもの返答。何も変わっていないように見える。
変わったのは数字だけ。数字は嘘をつかない。何かが変わったはず。でも、それが何かは分からない。
150の意味。
セバスの60でさえ「帳簿を任せた」という明確なトリガーがあった。150はその倍以上の変動。それなのに原因が見えない。
考えても仕方ない——いや、本当にそうか?
私は何か見落としている。いつもの制約のせいで、目の前にある答えが見えていない。
「……ありがとう。下がっていいわ」
「はい」
グレンが去った後、私は帳簿を開いた。
でも数字が頭に入ってこない。
850。9,999。
この男の中で、何が起きているのか。
私の能力は「見える」だけで、「分かる」わけじゃない。その差が、今日ほど歯がゆかったことはない。
領地は少しずつ形になり始めていた。薬草の出荷は三回目を終え、金貨の蓄えができた。道の修繕が始まり、南からの食料輸送が安定し始めた。手伝いに来る住民は三十人を超えた。
ただ、私が全部やっている。
採取量の管理。出荷の記録。日当の計算。食料の在庫確認。支出の承認。
朝から晩まで帳簿に向かって、合間に現場を見て、戻って帳簿。セバスは走り回ってくれているが、彼の仕事は住民との調整や物資の手配で、数字の管理は私しかできない。
このままでは回らなくなる。分かっていた。
前世でも同じ失敗をした。一人で抱え込んで、気づいたら自分がボトルネックになっている。
「セバス」
朝の報告に来たセバスを呼び止めた。
「今日から、日々の収支記録はあなたに任せるわ」
セバスの目が見開かれた。
「私に、ですか」
「あなたにしか頼めない。他に帳簿を扱える人間がいないでしょう」
「ですが、私は帳簿の専門的な知識が——」
「教えるわ」
私は白紙の紙を広げた。
「難しくないの。入ってきた金と出ていった金を、日付と項目ごとに記録するだけ。最初はそれだけでいい」
一時間かけて、基本的な記帳のやり方を教えた。収入の欄、支出の欄、残高の計算。仕訳の考え方。項目の分類。
セバスは真剣にメモを取っていた。質問も的確だ。「この場合は収入と支出のどちらに入れるのですか」「日当と材料費は分けた方がよいですか」。実務の感覚がある人間の質問だった。
夕方、セバスが初日の記録を持ってきた。
「拝見します」
帳簿を開く。丁寧な字。数字は正確。ただ、形式が古い。項目の並べ方に癖がある。
「ここ、支出の順番を変えて。頻度が高いものを上に持ってくると、後で確認しやすいわ」
赤を入れながら説明する。セバスが頷きながら修正する。
「あと、ここの端数。切り捨てじゃなくて四捨五入にして。小さな誤差でも積み重なると合わなくなるから」
「かしこまりました」
悪くない。初日でこれなら、一週間もすればものになる。
***
翌朝。
何気なく、セバスを鑑定した。
【セバス】
現在価値:510
潜在価値:950
510。
昨日まで450だった。60上がっている。
潜在950は変わらない。でも現在価値が動いた。適切な役割を与えたら、眠っていた能力が引き出された。帳簿の仕事を任せたことが、セバスの「現在の価値」を押し上げた。
仕組みの確認が取れた。
現在価値は固定じゃない。環境が変われば動く。潜在価値は「上限」で、現在値はそこに向かって上下する。正しい場所に正しい人を置けば、数字は上がる。
(なら——)
自然と、視線がグレンに向いた。
執務室の隅。いつもの場所に、いつもの姿勢で立っている。
【グレン・ファルクス】
現在価値:700
潜在価値:9,999
700。変わっていない。
でも潜在は9,999。この仕組みなら、正しい役割を与えれば引き出せるはず。
問題は「何の」潜在価値か分からないこと。セバスの場合は「帳簿を扱えそうな人に帳簿を任せる」という明確な仮説があった。結果も出た。
でもグレンは見当がつかない。9,999という桁違いの数字が、何を意味しているのか。
やれることはある。仮説を立てて、一つずつ試す。
***
仮説A。戦闘の才能。
グレンの現在700は騎士としてそこそこ優秀な数字だ。もし潜在が純粋な戦闘力の上限なら、実力を発揮する機会を与えれば上がるはず。
「グレン、頼みがあるの」
「何でしょうか」
「北の山道で、最近獣の痕跡が増えてるとセバスから報告があったわ。採取班の安全のために、巡回してもらえる?」
グレンは少し間を置いた。
「護衛ですから、お傍を離れるのは——」
「住民の安全も護衛の範囲内よ。私は今日、館から出ないし」
「……分かりました」
グレンが出ていった。
夕方、戻ってきた。
「獣は二頭。追い払いました」
「怪我は?」
「ありません」
鑑定する。700。変わらない。
***
仮説B。統率・指揮の才能。
翌日。薬草の採取班に、グレンを指揮役として入れた。
「今日は採取班の取りまとめをお願いしたいの」
グレンの眉がわずかに動いた。嫌そうだ、とは言わないが、得意ではないのが分かる。
「護衛の範囲では——」
「山道での安全管理も兼ねてるから、護衛の延長よ」
渋々引き受けた。
山から戻ってきた採取班に聞くと、「指示は的確だった」「無駄がない」「ただ、怖い」とのこと。最低限の言葉で的確に動かすが、それ以上のことはしない。人を鼓舞したり、士気を上げたりする類の統率ではない。
鑑定。700。動かない。
***
仮説C。知識。
夜。執務室で帳簿を広げながら、グレンに話を振った。
「グレン、近衛にいた時、部隊の予算管理とか見たことある?」
「いえ。末端でしたので」
「武器の調達は? 補給の仕組みとか」
「上から支給されるだけでした」
「王都の商業区の相場感とかは——」
「……興味がありませんでした」
会話が続かない。知識方面でもない。
私は帳簿に目を戻した。
三つ試して、全部空振り。
戦闘でもない。統率でもない。知識でもない。
「何の」潜在価値か分からない以上、当てずっぽうで環境を変えても的に当たらない。
馬車で通り過ぎた丘陵地帯を思い出す。現在価値90、潜在1,050。あの時も通り過ぎるしかなかった。数字だけが先に見えて、中身が追いつかない。
(……焦っても仕方ないわね)
棚上げ。ただし、諦めてはいない。
いつか分かる時が来る。今は、目の前のやるべきことをやる。
***
やるべきこと。帳簿の再構築。
セバスに日常の収支記録は任せた。でも、領地全体の帳簿体系はまだ私にしか作れない。前の代官の帳簿は不正だらけで使い物にならなかったから、項目の立て方から全部やり直す必要がある。
夜の執務室。蝋燭の灯りの下で、紙を広げた。
まず、収入の柱を整理する。
現状の収入源はレムリア草の販売のみ。一本足は危ない。ここに将来的に何を加えられるか。
次に、支出の構造。
食料輸送費。道の修繕費。住民への日当。山道の整備費。セバスの給与。将来的に必要になる投資——南部との交易路の本格整備、倉庫の建設、冬場の備蓄。
項目を書き出す。分類する。優先順位をつける。
一つひとつの数字に根拠を置く。「だいたいこれくらい」ではなく、実績と見積もりに基づいた数字。
気づけば、没頭していた。
帳簿に向かっている時、余計なことを考えなくていい。追放のことも、父のことも、前世のことも。数字は感情を持たない。正しく積み上げれば、正しく積み上がる。それだけのことだ。
ペンを走らせる手が止まらない。項目が埋まっていく。空白だった紙に、領地の未来が数字として現れていく。
「……なぜ、そこまでするんですか」
手が止まった。
グレンだった。執務室の隅。いつもの壁際から、こちらを見ている。
今日初めて——いや、出会ってから初めて、彼が自分から質問をした。
「何が?」
「流刑です。適当に暮らせばいい。なのに、なぜ」
私は帳簿から目を上げた。
グレンの灰色の瞳が、まっすぐこちらを向いている。監視の目ではない。初めて見る目だった。
「……私ね、数字が好きなの」
「数字?」
「帳簿が合った時、計画通りに利益が出た時、すごく気持ちいいの。パズルのピースがハマるみたいで」
グレンは黙っている。理解できない、という顔だ。まあ、そうだろう。普通の人間は帳簿が合って興奮したりしない。
「それに——」
窓の外を見た。月明かりが、荒れた領地をぼんやり照らしている。
「見捨てられるの、嫌いなのよ。自分がそうだったから」
言ってしまってから、少し後悔した。言い過ぎた。
「前の居場所では、私がどれだけ頑張っても、誰も見てくれなかった。でも、ここは違う。ここなら——」
言葉を切った。これ以上は、本当に言い過ぎだ。
「……とにかく、そういうこと。邪魔しないでくれるだけでいいわ」
帳簿に目を戻す。もう顔を上げない。
長い沈黙があった。
グレンが何か言ったような気がした。でも、小さすぎて聞き取れなかった。
「……もう遅いです。体を壊します」
聞こえたのはその一言だけ。ぼそりと。精一杯の気遣い、なのだろう。たぶん。
「もう少しだけ」
グレンはそれ以上何も言わなかった。ただ、部屋を出ていかなかった。
結局、蝋燭が二本目に変わるまで作業を続けた。グレンはずっとそこにいた。
***
翌朝。
グレンが朝の報告に来た。
「……異常ありません」
いつも通り。何も変わらない朝。
何気なく、鑑定した。
【グレン・ファルクス】
現在価値:850
潜在価値:9,999
——850?
昨日まで700だった。150上がっている。
巡回でも指揮でも動かなかった数字が、いきなり150。
昨日の夕方に仮説Cを試した時は700だった。今朝は850。この間に、何か特別なことをしたか? していない。仮説の検証を打ち切って、帳簿の再構築をして、遅くまで作業して——それだけだ。
セバスの時は因果が明確だった。帳簿を任せたから上がった。
でもこれは何が原因なのか分からない。
グレンを見る。いつもと変わらない。無表情。灰色の瞳に感情はない。
「グレン、昨日から何か変わったことはあった?」
「いえ」
少し間があった。
「異常ありません」
いつもの返答。何も変わっていないように見える。
変わったのは数字だけ。数字は嘘をつかない。何かが変わったはず。でも、それが何かは分からない。
150の意味。
セバスの60でさえ「帳簿を任せた」という明確なトリガーがあった。150はその倍以上の変動。それなのに原因が見えない。
考えても仕方ない——いや、本当にそうか?
私は何か見落としている。いつもの制約のせいで、目の前にある答えが見えていない。
「……ありがとう。下がっていいわ」
「はい」
グレンが去った後、私は帳簿を開いた。
でも数字が頭に入ってこない。
850。9,999。
この男の中で、何が起きているのか。
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「五度も婚約破棄が続くのは、自然ではありません。むしろ不自然だ」
そして始まった調査の先に待っていた真実は——
ベアトリーチェが最も信じていた人物の、五年にわたる策略だった。