【完結】帳簿令嬢の答え合わせ ~その不正、すべて帳簿が覚えています~

Lihito

文字の大きさ
22 / 73
第2章:王都謀略編

22話:動かない歯車

監査院は王城の東棟にあった。

受付で名乗った瞬間、空気が変わった。

「アイリス・ヴァレンシアです。城壁修繕事業について報告があります」

受付の女性の手が止まった。目が泳ぐ。隣の同僚と視線を交わしている。
ヴァレンシア。公爵家から横領で追放された令嬢。噂は王都中に広まっているだろう。

「少々お待ちください」

待たされた。長い。グレンが廊下の壁にもたれている。私は立ったまま待った。座って待てとも言われなかった。

しばらくして、担当者が出てきた。三十代くらいの男。きっちりした身なりで、表情を作っている。丁寧だけど、目が探っていた。

「お待たせいたしました。担当のカイルです。お話を伺います」

通された部屋は狭かった。机と椅子だけの簡素な面談室。グレンは廊下で待たせた。

カイルが向かいに座る。手元に紙とペンを用意しているが、まだペンには触っていない。聞くだけ聞いて判断する構え。

「城壁修繕事業に関して、不正の疑いがあります」

「……不正、ですか」

声が慎重だった。「この人の話をどこまで信じていいか」を測っている目。まあ、そうだろう。横領で追放された人間が「不正を見つけました」と言いに来たのだ。

構わず進める。持ってきたものを机に並べた。給与明細の写し。石の破片。聞き取った数字のメモ。

「まず大工の給金です。城壁修繕に従事している職人たちの給与明細を入手しました。ブルクハルト商会の判が押されています。金額はここに」

カイルが明細を手に取った。まだ半信半疑の顔。でも、実物を見ている。

「この金額は、公共事業の規模に対して低すぎます。複数人から聞き取りを行って、全員がほぼ同額でした」

「……聞き取りは、どのように?」

「現場で直接。大工たちは隠す理由がないので、普通に教えてくれました」

カイルのペンが動いた。メモを取り始めている。さっきまで触っていなかったペンが動いている。

「次に素材です」

石の破片を出した。

「城壁に使われている石材の端材を現場で入手しました。城壁用の等級であれば剣で叩いても傷がつかないはずですが、護衛の騎士に試させたところ、一撃で割れました。断面を見てください。目が粗い」

カイルが石を手に取った。断面を指でなぞっている。

「現場の大工も証言しています。高級素材と聞かされているが、職人の経験上、手触りも重さも等級に合っていないと」

カイルが顔を上げた。目が変わっていた。最初の「どこまで信じるか」の目じゃない。もっと具体的な、「この証拠をどう扱うか」を考えている目。

「……元請けはブルクハルト商会ですね」

「はい」

「大工の方々は、ブルクハルト商会とだけやり取りをしている」

「そうです。受注元がどこかは知らないと言っていました」

カイルがメモを書き込んでいる。質問が具体的になってきた。最初の腰の引けた態度とは違う。

(この人、ちゃんと見てる)

噂や肩書で判断する人間なら、最初から聞く耳を持たない。この人は違った。証拠を見て、態度を変えた。真面目な人だ。

「ありがとうございます。大変貴重な情報です」

「動いていただけますか」

カイルの表情が少し曇った。

「確認はいたします。ただ、正直に申し上げると、すぐには難しい面があります」

「理由を聞いていいですか」

「城壁修繕は財務卿府の管轄になります。こちらから調査に入るには、相応の手続きと根拠が必要でして」

(財務卿府の管轄か)

「つまり、状況証拠だけでは上に通せない」

「……申し訳ありません」

謝った。本当に申し訳なさそうな顔だった。

(この人が悪いんじゃない。私の言葉から信用を剥がしたのは、あいつらだ)

レオナルドと父の顔がちらついた。飲み込んだ。

「一つ、お願いがあるんですが」

「何でしょう」

「城壁修繕事業の発注記録を見せていただけますか。公共事業の発注記録は公開情報のはずですけど」

カイルが少し驚いた顔をした。それからすぐに頷いた。

「ええ、それはお出しできます。少々お待ちください」

席を立って奥に消えた。しばらくして、綴じられた書類を持って戻ってきた。

「こちらが城壁修繕事業の発注記録です。発注元、発注先、金額、日付が記載されています」

受け取った。発注元は財務卿府。発注先はブルクハルト商会。金額を見る。

(……この額を発注して、大工にはあれしか払ってない?)

差が大きすぎる。表情には出さなかった。

「写しをいただいても?」

「ええ、どうぞ」

カイルが写しを用意してくれた。

「追加でお気づきの点があれば、いつでもお越しください」

その言葉に嘘はないと思う。この人は動きたくても動けない。でも門は閉じないでいてくれる。

「ありがとうございました」

立ち上がった。カイルに恨み言は一つも言わなかった。この人は、できる範囲のことをしてくれた。

***

廊下に出ると、グレンが壁にもたれていた。

「終わりましたか」

「終わったわ」

「監査院は動きますか」

「動かないわね」

あっさり言った。想定内だ。

外に出た。王城の東門を抜けて、大通りの端にある茶店に入った。ここで話す。

注文もそこそこに、机の上に給与明細と発注記録の写しを広げた。

「これが監査院で手に入った発注記録。国庫からブルクハルト商会にいくら出てるかが書いてある」

「……かなりの額ですね」

「でしょう。で、こっちが大工の給与明細。末端にいくら払ってるか」

グレンが両方を見比べた。

「差が大きい」

「大きい。素材費を引いてもおかしい。しかもその素材も粗悪品」

茶が来た。一口飲んだ。ぬるい。

「帳簿さえ見れば一発なんだけどね。入ってきた金、出ていった金、差額。全部分かる」

「……見せてもらう当てはあるんですか」

「ないわよ。正攻法で何かない?」

「監査院が動けば強制力がありますが」

「動かないって今言ったばかりよ」

「では、財務卿府に直接——」

「財務卿府管轄の事業を財務卿府に訴えるの? 自分のところの不正を自分で調べてくれって?」

「……無理ですね」

「無理ね」

グレンが茶を飲んだ。私も飲んだ。詰まった。

「仮にブルクハルト商会に直接乗り込んで、帳簿を見せろって言ったら」

「断られるか、追い出されるかでしょう。辺境の小領主にそんな権限はない」

「そうね。……でも、やましくなかったら?」

「は?」

「やましいことがないなら、見せればいいのよ。帳簿に問題がないなら『ほら、ちゃんとやってます』って出せば終わるんだから。見せないのは——」

「後ろめたいことがあるから。でも、相手はそんな理屈で帳簿を開けませんよ」

また詰まった。グレンが茶を啜った。

「……あの商会主は、辺境から来た小領主をどう見ると思いますか」

「どうって。田舎もんが何しに来たって思うんじゃない」

「舐めてくる、ということですよね。であれば——帳簿で正面から殴るんじゃなくて、舐めてくることを利用できませんか」

(——あ)

「グレン、今いいこと言ったわね」

「言いましたか」

「舐めてくる相手は、こっちが馬鹿だと思ってる。馬鹿に教えてやろうって思わせたら——」

「自分から帳簿を出す」

「そう。正面から開けられないなら、向こうから開けさせる」

給金で切り込んで、素材でもう一押し。でも素材の話は私が言ったところで笑われるだけだ。

「——グレン、石材に詳しい?」

「……護衛ですが」

「明日から専門家よ」

グレンが黙った。三秒くらい。

「……護衛です。専門家ではありません」

「ルッツから聞いたでしょう。城壁用の等級なら目が詰まっていて重い、今の素材はざらついて軽い。あと剣で叩いたら割れた。全部、あなたが自分で見て、自分でやったことよ。嘘は一つもない」

「それを専門家のふりをして言えと」

「ふりじゃないわ。演技よ。——それに、あなた普段から無口でしょう。黙ってるだけでそれっぽく見えるわ」

「……褒められている気がしません」

「褒めてない」

グレンが小さく首を振った。でも断らなかった。

「……護衛の延長、ですか」

「かなりの延長ね」

「覚えます。石材のこと」

「よろしい。じゃあ今夜、叩き込むから。——宿に戻りましょう」

茶店を出た。日が傾き始めている。

(明日、ブルクハルト商会に行く)

揺さぶって、開けさせて、覚る。その先は、帳簿を見てから考えればいい。
感想 10

あなたにおすすめの小説

「通訳など辞書で足りる」と追放された令嬢——三国会談で、婚約者は一言も話せなくなった

歩人
ファンタジー
宮廷通訳官エレノーラは五つの言語を操り、婚約者クラウスの外交を陰で支えてきた。 だがクラウスは言った。「通訳など辞書で足りる。お前は要らない」 追放されたエレノーラは隣国で新たな道を歩み始める。 一方、クラウスは三国会談の場で辞書片手に立ち往生。 誤訳が外交問題に発展し、窮地に陥ったその場に、隣国の通訳官として現れたのは——。 「その言葉は、もう翻訳できません」

「お前がいると息が詰まる」と追放された令嬢——翌週から公爵家の予定が全て狂った

歩人
ファンタジー
クラリッサは公爵家の日程管理を一手に担う令嬢。前世の社畜経験を活かし、行事計画、来客対応、予算管理まで完璧にこなしていた。 だが婚約者ヴィクトルは言った。「お前がいると息が詰まる。もっと華やかな女がいい」 追放されたクラリッサが去った翌週、公爵家の予定が全て狂い始める。 舞踏会の招待状は届かず、外交晩餐会の料理は手配されず、決算書類は行方不明。 一方クラリッサは、若き領主の元で「定時退社」という夢を叶えていた。 「もう、残業はしません」

何もしなかっただけです

希臘楽園
ファンタジー
公爵令嬢であり王太子の婚約者であった私は、「地味だ」という理由で婚約を破棄され、王宮を去った。 それまで私が担っていた役目を、誰も知らないまま。 ――ただ何もしなくなっただけで、すべては静かに崩れていく。 AIに書かせてみた第14弾は、「追放ざまぁ」系の短編。

【完結済】破棄とか面倒じゃないですか、ですので婚約拒否でお願いします

恋愛
水不足に喘ぐ貧困侯爵家の次女エリルシアは、父親からの手紙で王都に向かう。 王子の婚約者選定に関して、白羽の矢が立ったのだが、どうやらその王子には恋人がいる…らしい? つまりエリルシアが悪役令嬢ポジなのか!? そんな役どころなんて御免被りたいが、王サマからの提案が魅力的過ぎて、王宮滞在を了承してしまう。 報酬に目が眩んだエリルシアだが、無事王宮を脱出出来るのか。 王子サマと恋人(もしかしてヒロイン?)の未来はどうなるのか。 2025年10月06日、初HOTランキング入りです! 本当にありがとうございます!!(2位だなんて……いやいや、ありえないと言うか…本気で夢でも見ているのではないでしょーか……) ∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽∽ ※小説家になろう様にも掲載させていただいています。 ※作者創作の世界観です。史実等とは合致しない部分、異なる部分が多数あります。 ※この物語はフィクションです。実在の人物・団体等とは一切関係がありません。 ※実際に用いられる事のない表現や造語が出てきますが、御容赦ください。 ※リアル都合等により不定期、且つまったり進行となっております。 ※上記同理由で、予告等なしに更新停滞する事もあります。 ※まだまだ至らなかったり稚拙だったりしますが、生暖かくお許しいただければ幸いです。 ※御都合主義がそこかしに顔出しします。設定が掌ドリルにならないように気を付けていますが、もし大ボケしてたらお許しください。 ※誤字脱字等々、標準てんこ盛り搭載となっている作者です。気づけば適宜修正等していきます…御迷惑おかけしますが、お許しください。

辺境は独自路線で進みます! ~見下され搾取され続けるのは御免なので~

紫月 由良
恋愛
 辺境に領地を持つマリエ・オリオール伯爵令嬢は、貴族学院の食堂で婚約者であるジョルジュ・ミラボーから婚約破棄をつきつけられた。二人の仲は険悪で修復不可能だったこともあり、マリエは快諾すると学院を早退して婚約者の家に向かい、その日のうちに婚約が破棄された。辺境=田舎者という風潮によって居心地が悪くなっていたため、これを機に学院を退学して領地に引き籠ることにした。  魔法契約によりオリオール伯爵家やフォートレル辺境伯家は国から離反できないが、関わり合いを最低限にして独自路線を歩むことに――。   ※小説家になろう、カクヨムにも投稿しています

「嫌われ者の公爵令嬢は神の愛し子でした。愛し子を追放したら国が傾いた!? 今更助けてと言われても知りません」連載版

まほりろ
恋愛
 公爵令嬢のアデリナ・ブラウフォードの人生は実母の死後大きく変わった。  公爵は妻の葬儀が終わって間をあけず再婚。公爵と後妻の間には、再婚前に作った子供までいた。  アデリナは継母と異母妹に私物を奪われ、「離れ」と名ばかりの小屋に押し込められる。  腹違いの妹はアデリナを悪者に仕立て、周囲はそれを信じた。  本来ならアデリナの味方にならなくてはならない婚約者の王太子も、異母妹の魅力に骨抜きにされ全く頼りにならない。  学園の教師も、生徒も、生徒の保護者も王太子と異母妹の味方だ。    そんなアデリナにも唯一の味方がいる。それはトカゲのクヴェル。クヴェルは美少年に変身し、家事も炊事も裁縫も完璧にこなす不思議な存在だ。  実はクヴェルはこの国の建国に携わる水竜で、アデリナは三百年前に水竜を救った初代女王の生まれ変わりだったのだ。  アデリナを蔑ろにする国に嫌気がさしたクヴェルは、アデリナを連れて旅に出る。  神に去られた国は徐々に荒廃していき……。  一方その頃、祖国の荒廃を知らないアデリナはクヴェルとのグルメ旅を満喫していた。  「ん~~! このアップルパイは絶品! 紅茶も美味しい!!」 ・人外×人間、竜×人間。 ・短編版は小説家になろう、pixivにもアップしています。 ・長編版を小説家になろうにも投稿しています。小説家になろう先行投稿。 「Copyright(C)2025-まほりろ」 ※タイトル変更しました(2025/05/06) ✕「卒業パーティーで王太子から婚約破棄された公爵令嬢、親友のトカゲを連れて旅に出る〜私が国を出たあと井戸も湖も枯れたそうですが知りません」 ✕「嫌われ者の公爵令嬢は国外追放を言い渡される。私が神の祝福持ちだと王家が気付いた時には国の崩壊が始まっていました」 ◯新タイトル「嫌われ者の公爵令嬢は神の愛し子でした。愛し子を追放したら国が傾いた!? 今更助けてと言われても知りません」 ・2025年5月16日HOTランキング2位!  ありがとうございます! ※表紙イラストは猫様からお借りしています。

婚約破棄された公爵令嬢は冤罪で地下牢へ、前世の記憶を思い出したので、スキル引きこもりを使って王子たちに復讐します!

山田 バルス
ファンタジー
王宮大広間は春の祝宴で黄金色に輝き、各地の貴族たちの笑い声と音楽で満ちていた。しかしその中心で、空気を切り裂くように響いたのは、第1王子アルベルトの声だった。 「ローゼ・フォン・エルンスト! おまえとの婚約は、今日をもって破棄する!」 周囲の視線が一斉にローゼに注がれ、彼女は凍りついた。「……は?」唇からもれる言葉は震え、理解できないまま広間のざわめきが広がっていく。幼い頃から王子の隣で育ち、未来の王妃として教育を受けてきたローゼ――その誇り高き公爵令嬢が、今まさに公開の場で突き放されたのだ。 アルベルトは勝ち誇る笑みを浮かべ、隣に立つ淡いピンク髪の少女ミーアを差し置き、「おれはこの天使を選ぶ」と宣言した。ミーアは目を潤ませ、か細い声で応じる。取り巻きの貴族たちも次々にローゼの罪を指摘し、アーサーやマッスルといった証人が証言を加えることで、非難の声は広間を震わせた。 ローゼは必死に抗う。「わたしは何もしていない……」だが、王子の視線と群衆の圧力の前に言葉は届かない。アルベルトは公然と彼女を罪人扱いし、地下牢への収監を命じる。近衛兵に両腕を拘束され、引きずられるローゼ。広間には王子を讃える喝采と、哀れむ視線だけが残った。 その孤立無援の絶望の中で、ローゼの胸にかすかな光がともる。それは前世の記憶――ブラック企業で心身をすり減らし、引きこもりとなった過去の記憶だった。地下牢という絶望的な空間が、彼女の心に小さな希望を芽生えさせる。 そして――スキル《引きこもり》が発動する兆しを見せた。絶望の牢獄は、ローゼにとって新たな力を得る場となる。《マイルーム》が呼び出され、誰にも侵入されない自分だけの聖域が生まれる。泣き崩れる心に、未来への決意が灯る。ここから、ローゼの再起と逆転の物語が始まるのだった。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。