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3 カジノ騒動
しおりを挟むアタシが伯爵家で暮らすようになってから、はや2年の月日が流れた。光陰矢のごとしだね。アタシが本当に10歳の子どもだったら、2年は途方もなく長かったのかもしれない。けどあいにくとアタシは都合100年以上生きているんだ。歳をとると月日が経つのが早いんだよ。
この2年間で、アタシは貴族令嬢としての教育をみっちり受けた。豚まんじゅうはなにかとアタシに甘かったけれど、教育に関しちゃウムを言わせなかったね。アタシも文句はなかったよ。働きもせずおマンマにありつけるんだ。勉強くらいやらなけりゃ、バチがあたるよ。
その勉強だって前世の記憶のおかげでずいぶんはかどったもんさ。アタシは女学校まで通っていたからね。この世界の読み書きはともかく、数学なんかは家庭教師から天才児あつかいされちまったよ。
子どもの身体ってのはいいもんだねえ。なにを学んだって、いっぱつでスッとあたまに入ってくる。それが楽しくってね。おかげでガリ勉みたいに勉強にのめり込んじまった。近頃は家庭教師が帰ったあとも、書庫にこもって読書ざんまいさ。
それでちょいと気づいたんだが、どうもこのグレッツナー伯爵家ってのは、あんまり裕福ではないらしい。この世界じゃ、子爵や男爵は一代限りの官僚みたいなもんで、領地をもつ貴族ってのは伯爵からなんだ。ようするに伯爵ってのは領地もちの貴族じゃ底辺なのさ。
もちろん爵位の序列と領地の規模は常に正比例してるわけじゃない。公爵家より豊かな侯爵家ってのはあるんだよ。だけど伯爵家だけは別さ。領地も狭いし、序列も最底辺。八百諸侯といわれる貴族のなかで貧乏してるのはたいてい伯爵なわけさ。
多分にもれず、グレッツナー伯爵家も貧乏だ。それだって庶民からすれば贅沢な暮らしをしてるんだけど、なにかというと見栄をはりたがる貴族社会ではみじめなもんさ。こんな状況でよくもアタシを引き取ったもんだ。いまさらながら、豚まんじゅうの人の良さにはびっくりするよ。
貴族令嬢ってのは金がかかるんだ。着るものひとつとっても、男性貴族より金がかかる。アタシが社交界デビューしたら、グレッツナー伯爵家は本気で傾きかねない状況なんだ。
そんなわけで豚まんじゅう━━これからは敬意を込めてコンラートと呼ぶけれど、コンラートは領内で開拓事業をあらたに立ち上げて、アタシの社交界デビューにそなえようとしてる。ところがその開拓事業のための資金作りの段階で、もうつまづいてるんだから世話ァないね。
そこでアタシはこの件に関して、ひと肌ぬぐことにした。なにもかもコンラートにおんぶに抱っこじゃ、あんまり情けないじゃないか。かつての『しらみ』の名が泣くよ。
「お兄様、お話があります」
コンラートの書斎に入ると、そこにはすでにキツネ顔のクラウスがいた。さっそくアタシに冷やかな視線をぶつけてくる。
クラウスだってさすがにもうアタシのことを乞食娘とは思っちゃいないようだが、それでもいまだに好意的とはいえない。ようするにアタシが妾腹の娘だからなんだろう。それにグレッツナー家の財政を圧迫する存在だから煙たく思ってるに違いないんだ。
あれからわかったことだけど、クラウスはグレッツナー家の家宰だ。領地をもつ貴族にとって、家宰は一国の首相にひとしい。アタシに目くじらを立てるわけだよ。クラウスにしてみれば、アタシは国家予算を食いつぶす難民みたいなもんだ。そんなものが国の中に入ってくるとなれば、いい顔はしないさね。
対してコンラートはニコニコしている。
「おお、ハンナ。書斎にたずねてくるなんて、珍しいじゃないか。どうしたというんだね」
「お兄様、わたくしは心苦しく思っているのです」
「えっ、いったいなにごとかね」
「お兄様のことです。近頃、お兄様はいつも悩ましげでおられるわ。聞けば開拓事業の資金集めでお悩みだとか。私もお兄様のお力になりたくて」
「ハンナ…なんと優しい子だろうね、おまえは」
さっそくコンラートが涙ぐみはじめた。
「お兄様、私にできることでしたら、なんでもおっしゃってください」
「ハンナ、嬉しいことを言ってくれる。だけどね、その件はもう、解決しそうなんだ」
「…それはどういうことですの?」
「うん、いまクラウスとも話していたんだが、ラングハイム公爵から良いお話をいただいたんだよ」
良い話、と聞いてアタシの第六感が敏感に反応した。良い話には裏がある。裏社会の住人にとって、そんなことは語るまでもない常識だ。カタギなんかより実感をもって理解してる。絶対の常識なんだ。
「資金提供のお話ですか?」
「いいや、カジノ経営だよ」
「カジノ、ですか」
そうらさっそく胡散臭くなってきたよ。
「ああ、ハンナはまだ幼いからわからないかな。カジノというのはだね、様々なゲームを用意して、その勝敗にお金を賭ける場所なんだよ。我がグレッツナー家の下屋敷を、貴族向けのカジノとして生まれ変わらせるんだ。そのノウハウをラングハイム公爵からご教授いただけることになったんだよ」
「…まあ、楽しそうなお話ですのね」
「そうだともそうだとも」
いかにも太平楽にコンラートがうなずく。アタシは内心でため息をついたもんだ。コンラートの馬鹿はともかく、クラウスまでもが乗せられている。頭がクラクラする。
「…貴族向けのカジノですのね。それでしたらもしかして、掛け金の決済はその場では行わないのではありませんか?」
「なぜ知っているんだね?」
「いやですわお兄様。考えればわかります。庶民じゃあるまいし、貴族たるものが懐に金貨を忍ばせてカジノ通いなどできるはずがないではありませんか。帳簿をつけておいて、後日まとめて、使用人を通して支払いや受け取りをおこなうのでしょう?」
「なんと、ハンナは賢い子だねえ」
コンラートがしきりに感心している。クラウスは目をみはっていた。けどね、アンタたち、そんな場合じゃないんだよ。自分がカモにされてるって、どうしてわからないんだい。これだからケツの青い小僧っこは。
「ハンナ、賭け事と聞くと危険に思えるかもしれないが、私たちは金をかける側ではないんだ。あくまでカジノの経営だからね。賭けを楽しむ貴族たちの参加費で潤うわけなんだ。まったくラングハイム公には良いことを教えていただいた」
相変わらずのんきな口調のコンラートだった。だからアタシも、あくまで笑顔で柔らかく応じる。
「貴族のみなさまに楽しんでいただく場をわが家が提供するのですね。素晴らしいわお兄様。場の提供、それから帳簿の管理ですね。では帳簿の収支が黒字の貴族には、わがグレッツナー家から金銭をお支払いするわけですのね」
「そうだともそうだとも」
「収支が赤字の貴族からは、グレッツナー家が金銭を回収するわけですか」
「そうだとも」
「ではたとえば、ラングハイム公爵家のような、序列も高く権力もある家から、グレッツナー家は金銭の取り立てを行わなければならないと」
「あ」
声を漏らしたのはクラウスだった。キツネ顔がみるみるうちに青くなっていく。コンラートのほうはいまだに気づかないらしく、きょとんとしている。アタシはもう、盛大にため息を吐くしかなかった。
「賭けに勝った貴族は、わが家に支払いの履行をもとめますわ。それが当然の権利ですから。ですがきっと、賭けに負けた貴族はわが家への支払いを渋るに違いありません。そしてそれが大貴族だったとき、わが家は泣き寝入りするしかないのではありませんか?」
「…あっ」
ようやく理解したコンラートが青くなりはじめた。クラウスとおそろいで青リンゴみたいな顔色をしている。どうしようもない馬鹿だねこりゃ。
金を取り立てるっていうのは、生半可な覚悟じゃできないもんだ。この話は、ほとんど詐欺のようなものなんだ。たぶんラングハイム公爵は、わかっていてけしかけたんだろう。はなからグレッツナー家をカモるつもりで、いくつかの貴族とも示し合わせていたに違いない。
たしかラングハイム公は帝国宰相だったね。国を統治するべき人物がこの体たらく。どうかしているよ。絵に書いたような悪大臣だ。たぶん大貴族って連中はどいつもこいつも似たりよったりなんだろう。それにしても中々の悪知恵だね。あたしゃ正直、感心したよ。
だけどね、グレッツナー家にはこのアタシがついてるんだ。そう簡単に思い通りになるとおもったら大間違いさ。
「旦那さま、うまく理由をつけてお断りなさいませ。これではグレッツナー家は破産してしまいます!」
クラウスとコンラートがわあわあ言っているすきに、アタシは書斎を抜け出した。資金集めについては、もう少し自分で考えてみることにするよ。
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