3 / 46
2 格差
しおりを挟む
アタシがふたたび豚まんじゅうに面会するまでの道のりは、ひととおりじゃなかった。
無理もないねえ。アタシの姿は、ひいき目に見ても、物乞い以外のなにものでもなかったから。まずは浴室に連れて行かれて、垢を落とすところからはじまった。
アタシにとっちゃあ、前世で入って以来、8年ぶりの風呂だ。浴室のバスタブそのものは、せいぜい大の大人が足を伸ばせる程度でしかなかったが、それ以外は全部ふつうじゃなかった。
湯船にはバラが一輪浮かんでいて、ほのかな香油の匂いが浴室にたちこめているんだ。しかもアタシがかけ湯をして湯船に浸かると、メイドたちが寄ってたかってマッサージをしてくる。足とか、腕とか、首だとかね。
もちろん身体を自分で洗うことなんかできやしない。メイドたちが垢すりでもって、全身くまなく洗い倒すんだ。アタシは必死でくすぐったさに堪える必要があった。いまのアタシには、貴族令嬢としてのふるまいってやつが求められてる。使用人にナメられるわけにはいかないさね。
風呂からあがると、風魔法で髪を乾かされる。この世界じゃ、庶民だって生活魔法は使うんだけど、ドライヤーの魔法なんてはじめて見たよ。もしかしたら生活魔法じゃないのかもしれない。いろいろ訊いてみたかったけれど、そんなことをすればやっぱりナメられる。スンとすまして平然としておく。
風呂あがりは、当然のようにバスローブに着替える。ここにやってきたときアタシが着ていたボロ布は、いつの間にか消えていた。たぶん捨てられたんだろう。
それからメイドが仕立て屋を呼んでいて、下着からドレスまでオーダーメイドで発注するんだ。オーダーメイドっていっても、たぶん、大雑把な下地はすでにあって、アタシの身体に合わせて微調整するだけだったんだろう。バスローブ姿のアタシが、髪を切っているあいだにもうドレスが出来上がっていた。
メイドたちは終始楽しそうだったね。考えてもみれば、この屋敷には豚まんじゅうしかいないんだ。女の主人の髪を結ったり、ドレスを用意する機会は今までなかったに違いない。アタシゃまるで着せ替え人形だよ。メイドたちはきゃあきゃあ言ってる。
「とってもよくお似合いですわ」
「なんとお可愛らしい」
「まるで気品ある仔猫のよう。ご主人様もお喜びになります!」
すべてが終わったとき、アタシは立派に貴族令嬢の姿になっていた。飛び抜けて美人じゃないが、鮮やかな赤い髪とあどけなく愛らしい顔だちに、ピンクのフリルドレスがよく似合ってる。
鏡なんか見るのは前世以来だから、どうも自分の顔には思えなかったね。前世のアタシも若い頃にゃ美人でならしてたモンだけど、歳をとるにつれて底意地の悪そうな婆さんになってたからね。人間、50を過ぎたら自分の顔に責任があると言ったやつがいる。そのとおりさ。歩んできた人生が、表情やシワになって顔に出るんだ。
生まれ変わったいまのアタシは、表情さえつくろえば、すっかり人生がリセットされた子どもの顔だ。でもどこか子どもらしくないねえ。あんまりすました顔をしてるせいかもしれないね。当たり前だけど、態度も大人びてるんだろう。自分じゃよくわかんないけど。
身支度が終わるころには、昼過ぎになっていた。遅い昼食の席に座ると、豚まんじゅうが待ちかまえていた。
「おお、ハンナ。わが妹!すっかり貴族らしい姿をとりもどして…!」
「はい、お兄様」
また泣き出した豚まんじゅうに愛想を振りまいていると、メイドが料理を運んできた。前菜はリコッタチーズと生ハムのサラダ。スープはジャガイモのポタージュ。川魚のマリネ。鹿肉のロースト。デザートにリンゴのコンポート。
ものすごく豪勢だが、豚まんじゅうの口ぶりからすると、アタシを歓迎するためにごちそうを用意したわけでもないらしい。「ディナーはハンナを歓迎するための特別料理を作らせる」なんて言っていた。
アタシは、食事の途中で目頭が熱くなった。母親の、痩せすぎてガイコツみたいになった顔が浮かんできたんだ。
この世界でのアタシの母親は、街娼をしていたが稼ぎはよくなかった。食事といったらせいぜい1日2食、ときには1食。梅毒を病んでからは、食べられない日も多かった。アタシが街角で物乞いをして、なんとか母親にジャガイモとベーコンのスープを用意していた。
貴族が当たり前にフルコースを楽しんでいるってのにさ。ずいぶん不公平な話じゃないか。
だけどこんな話は、封建制だとか民主制だとか関係なく、いつの時代のどんな世界にも転がっていることなのさ。
貧乏ってのは嫌だね。前世のアタシは、ひもじい思いをしたくなくって、外道に墮ちた。たぶん、もういちど前世をやり直しても、同じことをするだろう。
だけどこの世界じゃ、おんなじ道を歩まずにすみそうだ。アタシを貴族令嬢として迎え入れてくれた、豚まんじゅうさまさまさ。
無理もないねえ。アタシの姿は、ひいき目に見ても、物乞い以外のなにものでもなかったから。まずは浴室に連れて行かれて、垢を落とすところからはじまった。
アタシにとっちゃあ、前世で入って以来、8年ぶりの風呂だ。浴室のバスタブそのものは、せいぜい大の大人が足を伸ばせる程度でしかなかったが、それ以外は全部ふつうじゃなかった。
湯船にはバラが一輪浮かんでいて、ほのかな香油の匂いが浴室にたちこめているんだ。しかもアタシがかけ湯をして湯船に浸かると、メイドたちが寄ってたかってマッサージをしてくる。足とか、腕とか、首だとかね。
もちろん身体を自分で洗うことなんかできやしない。メイドたちが垢すりでもって、全身くまなく洗い倒すんだ。アタシは必死でくすぐったさに堪える必要があった。いまのアタシには、貴族令嬢としてのふるまいってやつが求められてる。使用人にナメられるわけにはいかないさね。
風呂からあがると、風魔法で髪を乾かされる。この世界じゃ、庶民だって生活魔法は使うんだけど、ドライヤーの魔法なんてはじめて見たよ。もしかしたら生活魔法じゃないのかもしれない。いろいろ訊いてみたかったけれど、そんなことをすればやっぱりナメられる。スンとすまして平然としておく。
風呂あがりは、当然のようにバスローブに着替える。ここにやってきたときアタシが着ていたボロ布は、いつの間にか消えていた。たぶん捨てられたんだろう。
それからメイドが仕立て屋を呼んでいて、下着からドレスまでオーダーメイドで発注するんだ。オーダーメイドっていっても、たぶん、大雑把な下地はすでにあって、アタシの身体に合わせて微調整するだけだったんだろう。バスローブ姿のアタシが、髪を切っているあいだにもうドレスが出来上がっていた。
メイドたちは終始楽しそうだったね。考えてもみれば、この屋敷には豚まんじゅうしかいないんだ。女の主人の髪を結ったり、ドレスを用意する機会は今までなかったに違いない。アタシゃまるで着せ替え人形だよ。メイドたちはきゃあきゃあ言ってる。
「とってもよくお似合いですわ」
「なんとお可愛らしい」
「まるで気品ある仔猫のよう。ご主人様もお喜びになります!」
すべてが終わったとき、アタシは立派に貴族令嬢の姿になっていた。飛び抜けて美人じゃないが、鮮やかな赤い髪とあどけなく愛らしい顔だちに、ピンクのフリルドレスがよく似合ってる。
鏡なんか見るのは前世以来だから、どうも自分の顔には思えなかったね。前世のアタシも若い頃にゃ美人でならしてたモンだけど、歳をとるにつれて底意地の悪そうな婆さんになってたからね。人間、50を過ぎたら自分の顔に責任があると言ったやつがいる。そのとおりさ。歩んできた人生が、表情やシワになって顔に出るんだ。
生まれ変わったいまのアタシは、表情さえつくろえば、すっかり人生がリセットされた子どもの顔だ。でもどこか子どもらしくないねえ。あんまりすました顔をしてるせいかもしれないね。当たり前だけど、態度も大人びてるんだろう。自分じゃよくわかんないけど。
身支度が終わるころには、昼過ぎになっていた。遅い昼食の席に座ると、豚まんじゅうが待ちかまえていた。
「おお、ハンナ。わが妹!すっかり貴族らしい姿をとりもどして…!」
「はい、お兄様」
また泣き出した豚まんじゅうに愛想を振りまいていると、メイドが料理を運んできた。前菜はリコッタチーズと生ハムのサラダ。スープはジャガイモのポタージュ。川魚のマリネ。鹿肉のロースト。デザートにリンゴのコンポート。
ものすごく豪勢だが、豚まんじゅうの口ぶりからすると、アタシを歓迎するためにごちそうを用意したわけでもないらしい。「ディナーはハンナを歓迎するための特別料理を作らせる」なんて言っていた。
アタシは、食事の途中で目頭が熱くなった。母親の、痩せすぎてガイコツみたいになった顔が浮かんできたんだ。
この世界でのアタシの母親は、街娼をしていたが稼ぎはよくなかった。食事といったらせいぜい1日2食、ときには1食。梅毒を病んでからは、食べられない日も多かった。アタシが街角で物乞いをして、なんとか母親にジャガイモとベーコンのスープを用意していた。
貴族が当たり前にフルコースを楽しんでいるってのにさ。ずいぶん不公平な話じゃないか。
だけどこんな話は、封建制だとか民主制だとか関係なく、いつの時代のどんな世界にも転がっていることなのさ。
貧乏ってのは嫌だね。前世のアタシは、ひもじい思いをしたくなくって、外道に墮ちた。たぶん、もういちど前世をやり直しても、同じことをするだろう。
だけどこの世界じゃ、おんなじ道を歩まずにすみそうだ。アタシを貴族令嬢として迎え入れてくれた、豚まんじゅうさまさまさ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる