海千山千の金貸しババア、弱小伯爵令嬢に生まれ変わる。~皇帝陛下をひざまずかせるまで止まらない成り上がりストーリー~

河内まもる

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 アタシがふたたび豚まんじゅうに面会するまでの道のりは、ひととおりじゃなかった。

 無理もないねえ。アタシの姿は、ひいき目に見ても、物乞い以外のなにものでもなかったから。まずは浴室に連れて行かれて、垢を落とすところからはじまった。

 アタシにとっちゃあ、前世で入って以来、8年ぶりの風呂だ。浴室のバスタブそのものは、せいぜい大の大人が足を伸ばせる程度でしかなかったが、それ以外は全部ふつうじゃなかった。

 湯船にはバラが一輪浮かんでいて、ほのかな香油の匂いが浴室にたちこめているんだ。しかもアタシがかけ湯をして湯船に浸かると、メイドたちが寄ってたかってマッサージをしてくる。足とか、腕とか、首だとかね。

 もちろん身体を自分で洗うことなんかできやしない。メイドたちが垢すりでもって、全身くまなく洗い倒すんだ。アタシは必死でくすぐったさに堪える必要があった。いまのアタシには、貴族令嬢としてのふるまいってやつが求められてる。使用人にナメられるわけにはいかないさね。

 風呂からあがると、風魔法で髪を乾かされる。この世界じゃ、庶民だって生活魔法は使うんだけど、ドライヤーの魔法なんてはじめて見たよ。もしかしたら生活魔法じゃないのかもしれない。いろいろ訊いてみたかったけれど、そんなことをすればやっぱりナメられる。スンとすまして平然としておく。

 風呂あがりは、当然のようにバスローブに着替える。ここにやってきたときアタシが着ていたボロ布は、いつの間にか消えていた。たぶん捨てられたんだろう。

 それからメイドが仕立て屋を呼んでいて、下着からドレスまでオーダーメイドで発注するんだ。オーダーメイドっていっても、たぶん、大雑把な下地はすでにあって、アタシの身体に合わせて微調整するだけだったんだろう。バスローブ姿のアタシが、髪を切っているあいだにもうドレスが出来上がっていた。

 メイドたちは終始楽しそうだったね。考えてもみれば、この屋敷には豚まんじゅうしかいないんだ。女の主人の髪を結ったり、ドレスを用意する機会は今までなかったに違いない。アタシゃまるで着せ替え人形だよ。メイドたちはきゃあきゃあ言ってる。

「とってもよくお似合いですわ」

「なんとお可愛らしい」

「まるで気品ある仔猫のよう。ご主人様もお喜びになります!」

 すべてが終わったとき、アタシは立派に貴族令嬢の姿になっていた。飛び抜けて美人じゃないが、鮮やかな赤い髪とあどけなく愛らしい顔だちに、ピンクのフリルドレスがよく似合ってる。

 鏡なんか見るのは前世以来だから、どうも自分の顔には思えなかったね。前世のアタシも若い頃にゃ美人でならしてたモンだけど、歳をとるにつれて底意地の悪そうな婆さんになってたからね。人間、50を過ぎたら自分の顔に責任があると言ったやつがいる。そのとおりさ。歩んできた人生が、表情やシワになって顔に出るんだ。

 生まれ変わったいまのアタシは、表情さえつくろえば、すっかり人生がリセットされた子どもの顔だ。でもどこか子どもらしくないねえ。あんまりすました顔をしてるせいかもしれないね。当たり前だけど、態度も大人びてるんだろう。自分じゃよくわかんないけど。

 身支度が終わるころには、昼過ぎになっていた。遅い昼食の席に座ると、豚まんじゅうが待ちかまえていた。

「おお、ハンナ。わが妹!すっかり貴族らしい姿をとりもどして…!」

「はい、お兄様」

 また泣き出した豚まんじゅうに愛想を振りまいていると、メイドが料理を運んできた。前菜はリコッタチーズと生ハムのサラダ。スープはジャガイモのポタージュ。川魚のマリネ。鹿肉のロースト。デザートにリンゴのコンポート。

 ものすごく豪勢だが、豚まんじゅうの口ぶりからすると、アタシを歓迎するためにごちそうを用意したわけでもないらしい。「ディナーはハンナを歓迎するための特別料理を作らせる」なんて言っていた。

 アタシは、食事の途中で目頭が熱くなった。母親の、痩せすぎてガイコツみたいになった顔が浮かんできたんだ。

 この世界でのアタシの母親は、街娼をしていたが稼ぎはよくなかった。食事といったらせいぜい1日2食、ときには1食。梅毒を病んでからは、食べられない日も多かった。アタシが街角で物乞いをして、なんとか母親にジャガイモとベーコンのスープを用意していた。

 貴族が当たり前にフルコースを楽しんでいるってのにさ。ずいぶん不公平な話じゃないか。

 だけどこんな話は、封建制だとか民主制だとか関係なく、いつの時代のどんな世界にも転がっていることなのさ。

 貧乏ってのは嫌だね。前世のアタシは、ひもじい思いをしたくなくって、外道に墮ちた。たぶん、もういちど前世をやり直しても、同じことをするだろう。

 だけどこの世界じゃ、おんなじ道を歩まずにすみそうだ。アタシを貴族令嬢として迎え入れてくれた、豚まんじゅうさまさまさ。
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