海千山千の金貸しババア、弱小伯爵令嬢に生まれ変わる。~皇帝陛下をひざまずかせるまで止まらない成り上がりストーリー~

河内まもる

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5 龍に成る

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 債務者の招集日がきた。領府のかたすみに列をなしている男どもをみて、アタシは感心したよ。異世界でも日本でも、債務者ってやつはそっくり同じ顔をしてるのさ。

 すくむような、怯えたような表情さ。借金取りに向けるまなざしの、媚びた色までそっくりそのまま。それに、きっちり満額、返済できたやつはひとりもいなかった。

 嫌になったね。こいつらは前世でアタシがカモにしていた貧乏人とまったく同じ人種なのさ。新しい商売の元手にするために作った借金じゃない。生活が苦しくて借金してるんだ。返済するアテなんかありゃしないのさ。

「申し訳ございません、いま、返せるのはこれだけで」

「必ずお返ししますから、あと半年、いや3ヶ月だけ待ってください」

「子どもに食べさせる麦さえないんです」

 債務者たちの言い訳を聞いているうちに、アタシはだんだん、息ができなくなった。脳裏には前世のアタシの子どもたちの顔がちらついていた。

「きさま、返済できんとはどういうことだ!」

 役人のひとりがついにイキリたった。まともに返済できるやつがまったくいないので、このままでは領主のメンツが立たないと思ったんだろう。

「とっくに返済期日は過ぎておるのだぞ。今日まで期日を延期してくださっていた領主さまへの御恩に報いず、いままた期日の延期を願うとは、この不届き者めが!」

 役人が債務者をはり倒した。おびえる債務者たちに向かって、恫喝する。

「借りたは良いが返せないとなれば、それはもはや盗人と同じではないか!ご領主さまをだまし、金銭を詐取する行い、断じて許せぬ。法をもって厳正なる処罰を…」

 そこで役人の言葉が詰まった。理由は単純さ。アタシが役人の腕を引いたからだ。

「それ以上はいけません。もうおよしになってください」

「しかし姫さま」

「いいから、この場は私の言うとおりになさってください」

「くっ」

 アタシはもうまともに呼吸ができず、倒れそうだった。前世じゃこの役人なんかよりよっぽど激しく借金を取り立ててきたってのにね。

 いまさら債務者たちが哀れになったってわけじゃない。ただ、もう苦しかっただけさ。苦しくて苦しくて、気づけば役人を止めていた。

「お嬢様、お顔の色がお悪うございます。やはりこのような場にお出ましになっては…」

 護衛役の騎士がアタシを気遣った。

「わかりました、私は屋敷に戻ります。ですが、領民に無理を強いてはいけませんよ。それだけは絶対にいけません」

「わ、わかりました」



 屋敷に戻ると、ようやく呼吸が整った。メイドが紅茶を運んでくる。そのメイドたちも引き取らせ、アタシは部屋でひとりになった。

 アタシはいったい、どうしちまったっていうんだろう。『金貸しのしらみ』ともあろうこのアタシが。

 理由はわかっている。昨晩の夢のせいだ。

 前世のアタシは地獄に落ちた。なのに、アタシはここでもまた同じことを繰り返そうとしている。領民からの債権回収をみずから引き受けて…。

 そうだ、どうしてアタシは債権回収を引き受けたりなんかしたんだろう。コンラートはアタシに仕事を押しつけたりしなかった。それどころか領民の借金のことなんか、忘れていたんだ。アタシが書庫から帳簿を引っ張り出してこなけりゃ、そのまま領民の借金は永遠に忘れ去られていたかもしれない。

 アタシだって黙っていれば深窓の令嬢をきどっていられたんだ。だけど、なにかせずにはいられなくて。ただただ与えられるだけの人生が嫌で…。

 どうして。どうして。どうして。

 どうしてコンラートなんかのために。

 …ああ、そうか。そうだったんだね。

 その瞬間、パンと音をたてて、世界が開けたような気がした。

 …そうか、アタシは、コンラートに恩義を感じていたのか。コンラートの恩義に報いようとしたのか。温情、感謝、返報性の原理。あたりまえの人間が、あたりまえに持つ感情。かつてアタシが失った感情。

「くっくっく、ひぃーひっひっひっ」

 アタシは思わず腹を抱えて笑った。あの『しらみ』が。酷薄、冷酷、残忍で知られた『しらみ』が恩義だって!?

 これが笑わずにいられるかい。恩義。そんな言葉は、半世紀以上前に忘れちまったねえ。このアタシが恩義ときたもんさ。

 だけど、コンラートはアタシを妹だって認めてくれたんだ。こ汚い乞食娘だったこのアタシをだ。証拠の金時計があったにせよ、そんなもの突っぱねることだってできただろうに。

 もしコンラートに冷たく突き放されていたら、アタシはこの人生でもまた街娼から始めることになっていただろう。女が元手なしに始められる商売は多くないからね。そしていずれは裏社会でのしあがり、また『しらみ』と蔑まれる一生を送っていたかもしれない。

 まったくぞっとしない話さ。すべてコンラートのおかげというわけさ。アタシを妹として認め、アタシに貴族令嬢の生活を与えてくれた。なんの見返りもなしにだ。

 認めるしかないね。コンラートはアタシの恩人さ。

 コンラートの与えた恩義は、無意識のうちにアタシを動かした。そのことに気づいたとき、アタシは前世では知ることのなかった、もうひとつの世界をかいま見たんだ。

 欲望と暴力と金銭で世界は回っていると、アタシはずっと思っていた。だけど人間を動かすものは、それだけじゃなかった。義理や情や信頼によって人間を動かすこともできるんだ。

 だとしたらアタシはずいぶん、ちっぽけな世界で生きてきたのかもしれない。もちろん欲望や暴力や金銭も大事さ。だけどそれだけが世界のすべてじゃないとしたら、それだけじゃ世界の一部しか支配できない。

 前世のアタシがケチな金貸しで終わった理由がようやくわかった。こうなると、もう一度チャンスをくれた神様には感謝するしかないねえ。

 海に千年、山に千年棲んだ蛇は、いつしか龍となり、ひとたび雨が降ったなら、龍鱗鮮やかに天に昇ると言われてる。

 その夜、アタシは興奮して眠れなかった。ちっぽけな金貸しなんざもうやめだ。これからアタシは、もっともっとデカいナニをつかんでやるのさ。

 それで少しでも多くの人間が救われるんだとしたら。前世で鬼畜だったこのアタシが、新しい世界に転生してきたことの意味になりえるはずなんだ。
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