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6 名君誕生
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6 名君誕生
翌日、アタシは広間で役人と相対していた。
「どのくらいの借金を回収できましたか?」
アタシが問うと、役人は言いづらそうに目を背け、小さくつぶやくように言った。
「全体の1割ほどかと」
まあそうなるだろうね。むしろ少しでも回収できたんなら御の字というところだろ。役人たちは深刻そうにしているけど。
グレッツナー領の財政は、赤字というほどじゃない。さほど金に困っちゃいないんだ。だからそう深刻ぶる必要はないのにね。
役人が深刻になるのは、債権を回収できなかったことで、アタシのメンツが立たなくなると考えたからだろうさ。それから、アタシを任用したコンラートのメンツも。
だったらメンツが立つようにしてやろうじゃないか。
「では回収できた1割のお金で、お酒と肉を買ってきてもらえますか?上等なものでなくとも良いのです。できるだけたくさん買ってください」
「…はあ?」
役人がすっとんきょうな声を出した。アタシはあえてそれを無視して続ける。
「それから、もういちど債務者を招集してもらいます。招集するについては、確認の手続きのためだと告知してください。処罰や取り立てのためではないと。2度も応召する手間を取らせるからには、領府にて酒と料理をふるまうと」
「それはいったい」
「考えがあるのです。とにかく私の言うとおりに、債務者を招集して、広間で酒をふるまってください」
3日後、ふたたび債務者たちが招集された。ただし今度は、その全員が広間に集まっている。200人ほどだろうか。彼らの前には安い酒と安い肉料理が並べられている。酒肴を前にして、みな戸惑いを隠せない様子だ。
役人たちはよくやってくれた。すべてアタシの指示どおりさ。アタシは債務者たちの上座に座って、机の前に債権の証書をつみあげていた。
「みなさん、よく集まってくれました。私はハンナ・グレッツナー。ご領主さまの妹です」
広間がいっきにざわついた。彼らにとってははじめて見る貴族令嬢。しかもまだ10歳の子どもだ。戸惑いがいっそう深まったというところに違いないね。
「お静かに。今から借用証書の確認をおこないます。名前を呼ばれたかたは私の前に。それ以外の方はお酒を楽しんでいてください」
楽しめ、と言われてもこの状況でいきなり緊張が解けるはずもない。それでも債務者たちは、おずおずと酒や料理に手を伸ばす。
いっぽうで、最初に名前を呼ばれた男がアタシの前にやってきてひざをついた。こ汚い身なりで、ひと目見れば金がないことがわかる。アタシはさっそく業務を開始する。
「あなたは3日まえの招集で、いちゴールドも返済していませんね」
「も、もうしわけございません」
男は恐縮しきっていた。10歳の童女だからといってあなどる色はない。アタシの後ろには護衛役の騎士がひかえているのだから当然だねえ。アタシは質問した。
「まったく返済できる予定はないのですか?」
「は、半年、いや、3ヶ月だけ待っていただければ」
「正直におっしゃってください。ほんとうに3ヶ月で返済できますか?」
「必ずや…!」
「そいつはウソだ!」
宴席からヤジが飛んできた。
「そいつは村でも有名なスカンピンですぜ。3ヶ月が10年まっても、いちゴールドも返済できるわけがない!」
「それは本当ですか?」
目の前の男に問うと、男はガックリとうなだれた。どうやら返済能力はなさそうだね。
「ではあなたの借用証書はいったんこちらで預かりましょう。次の方を呼んでください」
次に呼ばれたのは、さっきの男よりは少し身綺麗な若い男で、帳簿を見ると3日まえに借金を3割ほど返済していた。アタシは完済の可能性について問うた。
「返済できる予定はありますか?」
「もうちょっとお待ちいただければ、1年以内に半分、3年以内に全額返済できます」
「本当ですか」
「なにごともなければ、必ず約束どおりにいたします」
「それでは新しく借用証書を作りましょう。期日は1年以内に半分、3年以内に全額とします。それでは次の方を」
手続きはとどこおりなく進んだ。簡単な業務さ。返済能力ありと見なしたヤツには新しい返済期日を与えて、返済能力なしと見なしたヤツの借用証書を預かるだけ。
アタシひとりで受付をやっても、200人からいた債務者のすべての手続きが半日で終わった。さて、ここからが大芝居のはじまりさ。
アタシは立ち上がり、返済能力なしとみた借用証書を、素焼きの土器にぶちこんで、債務者たちの宴席の中央に置いた。それから声をはりあげたもんさ。
「みなさま、ここにある借用証書は、返済できる予定がたたない方々から今しがた預かったものです」
そう告げるやいなや、アタシはそばにあった燭台からロウソクをとり、その火を1枚だけつまんでおいた証書にうつした。紙面が燃えて黒い炭になるさまを見せつけ、そして。
証書の束がどっさり詰まった土器に、ぴっと手の中の火種を落としてやった。
「なっ、なにを!?」
お付きの騎士のあげる声なんか知るわけもなく、みるみる借用証書が燃え上がる。盛大に炎を上げて、ぱちぱちっと拍手みたいな火の粉が飛んだ。
それを目の当たりにして、いよいよ役人たちも債務者たちも驚きの声をあげる。広間はどよめきに包まれた。
「私の兄である、ご領主さまはおっしゃいました。生活が立ち行かない領民のためを思って、金を貸し付けたが、意外に金を返せないものが多い。借金が領民を苦しめているのは見るに忍びないと」
コンラートのセリフをねつ造して、アタシは演技を続ける。
「返済できない者から、強引に金を取り立てることなど私にはできないと、ご領主さまはおっしゃったのです。かつてこれほど領民のことを思いやってくださる領主さまがいたでしょうか!?」
「おお…」
「なんと…!」
借用証書を燃やすパフォーマンスはそうとうインパクトがあったはずさ。その証明に、いまや債務者たちの戸惑いは熱狂へと変化しつつあった。
「なんと慈悲深いご領主さまでしょう。みなさまは今日の日のご温情を忘れることなく、今後ともグレッツナー領の発展のために尽くしていただきとうごさいます!」
アタシが諸手を広げて言い終えるやいなや、宴席のほうぼうから歓喜の声があがった。
「うおおおおお!」
「ご領主さま万歳!」
「グレッツナー領万歳!万歳っ!」
歓呼の声に包まれながら、アタシは粛々と広間から立ち去る。カンペキにシナリオどおりさ。アタシのあとを追ってきた役人や騎士が、感激をかくせない様子で、口々にコンラートを褒めそやかす。
「コンラート様はなんと素晴らしい領主でありましょう!」
「これほどに領民の心をいたわる貴族などどこにおりましょうか!」
「私は今日ほど、グレッツナー家にお仕えしてきたことを誇りに思ったことはありません!」
こいつらは平民に近い下級官吏なのさ。だからこそ善政ってもんに憧れを抱いてる。誰だって自分たちの仕事が正義の行いなんだって信じたいからね。
だけどコンラートはどうだろうね。あれは腐っても生まれついての貴族だからね。今日アタシがやったことの意味について、説明する必要がありそうだ。
翌日、アタシは広間で役人と相対していた。
「どのくらいの借金を回収できましたか?」
アタシが問うと、役人は言いづらそうに目を背け、小さくつぶやくように言った。
「全体の1割ほどかと」
まあそうなるだろうね。むしろ少しでも回収できたんなら御の字というところだろ。役人たちは深刻そうにしているけど。
グレッツナー領の財政は、赤字というほどじゃない。さほど金に困っちゃいないんだ。だからそう深刻ぶる必要はないのにね。
役人が深刻になるのは、債権を回収できなかったことで、アタシのメンツが立たなくなると考えたからだろうさ。それから、アタシを任用したコンラートのメンツも。
だったらメンツが立つようにしてやろうじゃないか。
「では回収できた1割のお金で、お酒と肉を買ってきてもらえますか?上等なものでなくとも良いのです。できるだけたくさん買ってください」
「…はあ?」
役人がすっとんきょうな声を出した。アタシはあえてそれを無視して続ける。
「それから、もういちど債務者を招集してもらいます。招集するについては、確認の手続きのためだと告知してください。処罰や取り立てのためではないと。2度も応召する手間を取らせるからには、領府にて酒と料理をふるまうと」
「それはいったい」
「考えがあるのです。とにかく私の言うとおりに、債務者を招集して、広間で酒をふるまってください」
3日後、ふたたび債務者たちが招集された。ただし今度は、その全員が広間に集まっている。200人ほどだろうか。彼らの前には安い酒と安い肉料理が並べられている。酒肴を前にして、みな戸惑いを隠せない様子だ。
役人たちはよくやってくれた。すべてアタシの指示どおりさ。アタシは債務者たちの上座に座って、机の前に債権の証書をつみあげていた。
「みなさん、よく集まってくれました。私はハンナ・グレッツナー。ご領主さまの妹です」
広間がいっきにざわついた。彼らにとってははじめて見る貴族令嬢。しかもまだ10歳の子どもだ。戸惑いがいっそう深まったというところに違いないね。
「お静かに。今から借用証書の確認をおこないます。名前を呼ばれたかたは私の前に。それ以外の方はお酒を楽しんでいてください」
楽しめ、と言われてもこの状況でいきなり緊張が解けるはずもない。それでも債務者たちは、おずおずと酒や料理に手を伸ばす。
いっぽうで、最初に名前を呼ばれた男がアタシの前にやってきてひざをついた。こ汚い身なりで、ひと目見れば金がないことがわかる。アタシはさっそく業務を開始する。
「あなたは3日まえの招集で、いちゴールドも返済していませんね」
「も、もうしわけございません」
男は恐縮しきっていた。10歳の童女だからといってあなどる色はない。アタシの後ろには護衛役の騎士がひかえているのだから当然だねえ。アタシは質問した。
「まったく返済できる予定はないのですか?」
「は、半年、いや、3ヶ月だけ待っていただければ」
「正直におっしゃってください。ほんとうに3ヶ月で返済できますか?」
「必ずや…!」
「そいつはウソだ!」
宴席からヤジが飛んできた。
「そいつは村でも有名なスカンピンですぜ。3ヶ月が10年まっても、いちゴールドも返済できるわけがない!」
「それは本当ですか?」
目の前の男に問うと、男はガックリとうなだれた。どうやら返済能力はなさそうだね。
「ではあなたの借用証書はいったんこちらで預かりましょう。次の方を呼んでください」
次に呼ばれたのは、さっきの男よりは少し身綺麗な若い男で、帳簿を見ると3日まえに借金を3割ほど返済していた。アタシは完済の可能性について問うた。
「返済できる予定はありますか?」
「もうちょっとお待ちいただければ、1年以内に半分、3年以内に全額返済できます」
「本当ですか」
「なにごともなければ、必ず約束どおりにいたします」
「それでは新しく借用証書を作りましょう。期日は1年以内に半分、3年以内に全額とします。それでは次の方を」
手続きはとどこおりなく進んだ。簡単な業務さ。返済能力ありと見なしたヤツには新しい返済期日を与えて、返済能力なしと見なしたヤツの借用証書を預かるだけ。
アタシひとりで受付をやっても、200人からいた債務者のすべての手続きが半日で終わった。さて、ここからが大芝居のはじまりさ。
アタシは立ち上がり、返済能力なしとみた借用証書を、素焼きの土器にぶちこんで、債務者たちの宴席の中央に置いた。それから声をはりあげたもんさ。
「みなさま、ここにある借用証書は、返済できる予定がたたない方々から今しがた預かったものです」
そう告げるやいなや、アタシはそばにあった燭台からロウソクをとり、その火を1枚だけつまんでおいた証書にうつした。紙面が燃えて黒い炭になるさまを見せつけ、そして。
証書の束がどっさり詰まった土器に、ぴっと手の中の火種を落としてやった。
「なっ、なにを!?」
お付きの騎士のあげる声なんか知るわけもなく、みるみる借用証書が燃え上がる。盛大に炎を上げて、ぱちぱちっと拍手みたいな火の粉が飛んだ。
それを目の当たりにして、いよいよ役人たちも債務者たちも驚きの声をあげる。広間はどよめきに包まれた。
「私の兄である、ご領主さまはおっしゃいました。生活が立ち行かない領民のためを思って、金を貸し付けたが、意外に金を返せないものが多い。借金が領民を苦しめているのは見るに忍びないと」
コンラートのセリフをねつ造して、アタシは演技を続ける。
「返済できない者から、強引に金を取り立てることなど私にはできないと、ご領主さまはおっしゃったのです。かつてこれほど領民のことを思いやってくださる領主さまがいたでしょうか!?」
「おお…」
「なんと…!」
借用証書を燃やすパフォーマンスはそうとうインパクトがあったはずさ。その証明に、いまや債務者たちの戸惑いは熱狂へと変化しつつあった。
「なんと慈悲深いご領主さまでしょう。みなさまは今日の日のご温情を忘れることなく、今後ともグレッツナー領の発展のために尽くしていただきとうごさいます!」
アタシが諸手を広げて言い終えるやいなや、宴席のほうぼうから歓喜の声があがった。
「うおおおおお!」
「ご領主さま万歳!」
「グレッツナー領万歳!万歳っ!」
歓呼の声に包まれながら、アタシは粛々と広間から立ち去る。カンペキにシナリオどおりさ。アタシのあとを追ってきた役人や騎士が、感激をかくせない様子で、口々にコンラートを褒めそやかす。
「コンラート様はなんと素晴らしい領主でありましょう!」
「これほどに領民の心をいたわる貴族などどこにおりましょうか!」
「私は今日ほど、グレッツナー家にお仕えしてきたことを誇りに思ったことはありません!」
こいつらは平民に近い下級官吏なのさ。だからこそ善政ってもんに憧れを抱いてる。誰だって自分たちの仕事が正義の行いなんだって信じたいからね。
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