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19 御前会議
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「裏影からの情報を」
夜半、屋敷内のアタシの部屋に、クラウスとフーゴ、それにフリッツが集まっていた。アタシにうながされたフリッツが口を開く。
「ご承知のこととは思いますが、今回、カーマクゥラの御前に接触をこころみたアスペルマイヤー伯爵家は、領地をグレッツナー領に隣接し、規模の点からいっても地勢的な観点からみても、グレッツナー家に近い存在といえます」
基本的な情報を共有するために、フリッツは続ける。
「伯爵同士、隣同士というわけで、グレッツナー家とアスペルマイヤー家は、古くから親交がありました。カーマクゥラの御前に最初に接触をこころみた家がアスペルマイヤー家だったことは、必然であるといえます」
「フム、そこに不自然な点はないと」
「ただ…幾人かアスペルマイヤー家に忍び込ませましたところ、アスペルマイヤー家の窮状がみえてまいりました」
フリッツ率いる裏影は、いまようやく組織として動き始めている。読み書きソロバンから教育をほどこしたフリッツが、教養を身につけ、1年経って里に戻り、里の獣人たちにも諜報員教育を行った。実際にスパイ活動をはじめたのは、つい最近のことさ。アタシはその出来を見定める気持ちでフリッツからの報告を聞く。
「どうやらアスペルマイヤー領は、帝国軍の新たな駐留地として内定したようで…」
「なにっ」
「それは確かな情報か」
クラウスとフーゴがそろって瞠目した。フリッツがうなずく。
「情報の裏を取るため、宮廷を探りました。帝国軍第4師団の駐留地変更に関しては、国軍司令長官リーゼンフェルト侯爵の反対があったようですが、帝国宰相ラングハイム公爵が鶴の一声で決めてしまったと」
「ラングハイム公の…」
クラウスがうなった。以前、カジノ問題のときにグレッツナー家をカモにしようとしたのがラングハイム公だったね。たぶんクラウスは、アスペルマイヤー家のおかれた状況を他人事ではないと感じたんだろう。
「しかし、文官、武官の別はあってしかるべきでしょう。いくら宰相とはいえ、武官の長たる国軍司令長官の反対を無視できないはずですが」
フーゴが首をひねると、フリッツはおずおずと発言した。
「いちおう形式上は、武官の長は文官である軍務大臣が務めています。軍務大臣のカウニッツ侯爵は、ラングハイム公の縁戚ですから…」
「軍務大臣を抱き込んだというわけか…」
フーゴがうなった。
軍部の権限拡大をおさえるために、軍の最高責任者は文官がつとめている。それが軍務大臣職さ。とはいえ文官に軍事のことはわからない。実質的な業務は国軍司令長官がになっているから、本来なら軍事においては、司令長官の意見がそのまま通るはずなんだけどねえ。
さらにフリッツが補足する。
「さいきん、リーゼンフェルト侯は軍の中で孤立気味であるそうです。国軍総参謀長のハンナヴァルト侯爵も、軍監本部総長のシュレンドルフ侯爵も、ラングハイム家の派閥ですので」
「なんたることだ、国防の要である国軍の人事にまで、派閥政治がおよんでいるとは」
頭を悩ませているフーゴを横目に、アタシは感心していたんだ。わずかな期間でここまでの調査をやってのけるなんて、裏影の実力は大したもんだよ。獣人が優秀ってのは疑う余地がない事実らしいね。
「しかし御前さま、こうなるとアスペルマイヤー伯の行動にもうなずけます。なにせ師団がひとつ駐留するとなれば、伯爵家の負担ははかりしれません。『カーマクゥラの御前』を頼ってきたのも当然かと」
クラウスに言われて、アタシはうなずいた。だけど、わかんないこともあるんだよね。
「なんだってラングハイム公は、駐留地の変更をやりたがるんだろうか」
するとフリッツが「それにつきましては」なんて言い出した。
「おそらくアスペルマイヤー家に対する嫌がらせだと思います」
「何を馬鹿な」
フーゴが鼻で笑った。クラウスも疑わしげな眼差しを向けている。
「バカバカしい。ラングハイム公は嫌がらせのために、国家の大事を決めたというのか?だいたい、どうしてアスペルマイヤー家がそこまで恨まれるというのだ」
フーゴに言われて、フリッツは恐縮し、黙り込んでしまった。やれやれ、フーゴのやつはどうしようもないね。あとでお仕置だ。
「フリッツ、かまわないから詳細を報告しな。なにか知ってるんだろ?」
「はい御前さま、アスペルマイヤー家の三女、カリーナさまは、お美しいことで評判のお方。ラングハイム公はカリーナさまをご自身の第8夫人にと望まれ、アスペルマイヤー伯に再三話を持ちかけていたそうですが、良い返事はもらえなかったそうです」
「なにっ。ラングハイム公は御年55歳、カリーナさまは今年ようやく18歳になったばかりだ。37歳も歳が離れた少女を妻に望んだというのか」
さすがにグレッツナー家と親交があるアスペルマイヤー家のことだ。クラウスは三女の年齢まで把握している。
「あきれたものだ。それでは断られて当然ではないか」
フーゴは言ったが、アタシゃそうは思わないね。
「男ってのは、いくつになっても若い娘が好きなモンだよ。だいたい、三女をラングハイム家に輿入れさせるとなりゃ、アスペルマイヤー家は帝国宰相の縁戚になる。貴族としちゃ、むしろ断る理由がないと思うけどね」
「…ということは、貴族としてではなく、ひとりの親としてこの縁談を断ったわけですね」
クラウスの指摘にアタシはうなずく。
「その報復が、国軍の駐留ってわけだ。あるいは、今からでも娘をさしだせと脅してるつもりかねえ」
これで話はわかった。ラングハイム公は、ずいぶん好色な男らしい。夫人が7人もいるとなりゃ、平民の妾の数も数え切れないだろう。このうえ8人目の夫人として、18歳の少女を選ぶわけだ。そんな男の元へ嫁いだ娘が、幸せになれるわけがない。アスペルマイヤー伯の判断は妥当なものさ。良くも悪くも貴族的じゃないけどね。
「とにかく、アスペルマイヤー伯に会おうじゃないか。クラウスはセッティングを、フーゴは会談場所の警護を担当してもらう。それからフリッツは、裏影に命じてアスペルマイヤー領の詳細情報を探るんだ」
アタシの命令で、会議は終わった。退室していく男どもを見やりながら、アタシは思惟を巡らせる。
国軍なんてものは、やっかいな居候みたいなモンだ。伯爵領みたいな小さな領地が、そんなものを押しつけられたんじゃ、たまったもんじゃないだろうね。
となると、国軍の駐留にたえられるくらい、アスペルマイヤー領を豊かにする必要がある。…と、ドシロートなら考えそうなところさ。
「これは美味しい話が舞い込んだモンだよ」
逆境こそチャンスだなんて、都合のいい言葉だけど、今回ばっかりはそれに当てはまる。アスペルマイヤー領は豊かになるよ。断言してもいいさ。
夜半、屋敷内のアタシの部屋に、クラウスとフーゴ、それにフリッツが集まっていた。アタシにうながされたフリッツが口を開く。
「ご承知のこととは思いますが、今回、カーマクゥラの御前に接触をこころみたアスペルマイヤー伯爵家は、領地をグレッツナー領に隣接し、規模の点からいっても地勢的な観点からみても、グレッツナー家に近い存在といえます」
基本的な情報を共有するために、フリッツは続ける。
「伯爵同士、隣同士というわけで、グレッツナー家とアスペルマイヤー家は、古くから親交がありました。カーマクゥラの御前に最初に接触をこころみた家がアスペルマイヤー家だったことは、必然であるといえます」
「フム、そこに不自然な点はないと」
「ただ…幾人かアスペルマイヤー家に忍び込ませましたところ、アスペルマイヤー家の窮状がみえてまいりました」
フリッツ率いる裏影は、いまようやく組織として動き始めている。読み書きソロバンから教育をほどこしたフリッツが、教養を身につけ、1年経って里に戻り、里の獣人たちにも諜報員教育を行った。実際にスパイ活動をはじめたのは、つい最近のことさ。アタシはその出来を見定める気持ちでフリッツからの報告を聞く。
「どうやらアスペルマイヤー領は、帝国軍の新たな駐留地として内定したようで…」
「なにっ」
「それは確かな情報か」
クラウスとフーゴがそろって瞠目した。フリッツがうなずく。
「情報の裏を取るため、宮廷を探りました。帝国軍第4師団の駐留地変更に関しては、国軍司令長官リーゼンフェルト侯爵の反対があったようですが、帝国宰相ラングハイム公爵が鶴の一声で決めてしまったと」
「ラングハイム公の…」
クラウスがうなった。以前、カジノ問題のときにグレッツナー家をカモにしようとしたのがラングハイム公だったね。たぶんクラウスは、アスペルマイヤー家のおかれた状況を他人事ではないと感じたんだろう。
「しかし、文官、武官の別はあってしかるべきでしょう。いくら宰相とはいえ、武官の長たる国軍司令長官の反対を無視できないはずですが」
フーゴが首をひねると、フリッツはおずおずと発言した。
「いちおう形式上は、武官の長は文官である軍務大臣が務めています。軍務大臣のカウニッツ侯爵は、ラングハイム公の縁戚ですから…」
「軍務大臣を抱き込んだというわけか…」
フーゴがうなった。
軍部の権限拡大をおさえるために、軍の最高責任者は文官がつとめている。それが軍務大臣職さ。とはいえ文官に軍事のことはわからない。実質的な業務は国軍司令長官がになっているから、本来なら軍事においては、司令長官の意見がそのまま通るはずなんだけどねえ。
さらにフリッツが補足する。
「さいきん、リーゼンフェルト侯は軍の中で孤立気味であるそうです。国軍総参謀長のハンナヴァルト侯爵も、軍監本部総長のシュレンドルフ侯爵も、ラングハイム家の派閥ですので」
「なんたることだ、国防の要である国軍の人事にまで、派閥政治がおよんでいるとは」
頭を悩ませているフーゴを横目に、アタシは感心していたんだ。わずかな期間でここまでの調査をやってのけるなんて、裏影の実力は大したもんだよ。獣人が優秀ってのは疑う余地がない事実らしいね。
「しかし御前さま、こうなるとアスペルマイヤー伯の行動にもうなずけます。なにせ師団がひとつ駐留するとなれば、伯爵家の負担ははかりしれません。『カーマクゥラの御前』を頼ってきたのも当然かと」
クラウスに言われて、アタシはうなずいた。だけど、わかんないこともあるんだよね。
「なんだってラングハイム公は、駐留地の変更をやりたがるんだろうか」
するとフリッツが「それにつきましては」なんて言い出した。
「おそらくアスペルマイヤー家に対する嫌がらせだと思います」
「何を馬鹿な」
フーゴが鼻で笑った。クラウスも疑わしげな眼差しを向けている。
「バカバカしい。ラングハイム公は嫌がらせのために、国家の大事を決めたというのか?だいたい、どうしてアスペルマイヤー家がそこまで恨まれるというのだ」
フーゴに言われて、フリッツは恐縮し、黙り込んでしまった。やれやれ、フーゴのやつはどうしようもないね。あとでお仕置だ。
「フリッツ、かまわないから詳細を報告しな。なにか知ってるんだろ?」
「はい御前さま、アスペルマイヤー家の三女、カリーナさまは、お美しいことで評判のお方。ラングハイム公はカリーナさまをご自身の第8夫人にと望まれ、アスペルマイヤー伯に再三話を持ちかけていたそうですが、良い返事はもらえなかったそうです」
「なにっ。ラングハイム公は御年55歳、カリーナさまは今年ようやく18歳になったばかりだ。37歳も歳が離れた少女を妻に望んだというのか」
さすがにグレッツナー家と親交があるアスペルマイヤー家のことだ。クラウスは三女の年齢まで把握している。
「あきれたものだ。それでは断られて当然ではないか」
フーゴは言ったが、アタシゃそうは思わないね。
「男ってのは、いくつになっても若い娘が好きなモンだよ。だいたい、三女をラングハイム家に輿入れさせるとなりゃ、アスペルマイヤー家は帝国宰相の縁戚になる。貴族としちゃ、むしろ断る理由がないと思うけどね」
「…ということは、貴族としてではなく、ひとりの親としてこの縁談を断ったわけですね」
クラウスの指摘にアタシはうなずく。
「その報復が、国軍の駐留ってわけだ。あるいは、今からでも娘をさしだせと脅してるつもりかねえ」
これで話はわかった。ラングハイム公は、ずいぶん好色な男らしい。夫人が7人もいるとなりゃ、平民の妾の数も数え切れないだろう。このうえ8人目の夫人として、18歳の少女を選ぶわけだ。そんな男の元へ嫁いだ娘が、幸せになれるわけがない。アスペルマイヤー伯の判断は妥当なものさ。良くも悪くも貴族的じゃないけどね。
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アタシの命令で、会議は終わった。退室していく男どもを見やりながら、アタシは思惟を巡らせる。
国軍なんてものは、やっかいな居候みたいなモンだ。伯爵領みたいな小さな領地が、そんなものを押しつけられたんじゃ、たまったもんじゃないだろうね。
となると、国軍の駐留にたえられるくらい、アスペルマイヤー領を豊かにする必要がある。…と、ドシロートなら考えそうなところさ。
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