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21 一帯一路構想
しおりを挟む公爵や侯爵のような大貴族の領地の間には、その隙間を埋めるように、細々とした伯爵領が並んでいる。それは帝家直轄領の周辺も同じことさ。わがグレッツナー領や、アスペルマイヤー領がそれにあたる。
他に帝家直轄領北方に位置する伯爵家は12家、アタシはその調査を裏影に命じた。この北方14伯が手を結べば、その総人口はじつに700万人。帝家直轄領に並ぶ一大経済圏を作り出すことができるわけさ。
そしてそれはまた、かれら伯爵たちの望むところでもあったらしい。小さい台所ではやりくりが難しい。互いに互いの弱点をカバーしあえるなら、それに勝ることはないってわけさ。
国軍第4師団がアスペルマイヤー領に駐留してからわずか3ヶ月で、12の伯爵家のうち、9家が免税札を求めて鎌倉の御前にコンタクトをとってきた。ほかの3家も含めた12家すべてを飲み込んだのは、半年後のことだったね。
だけど彼らは最初、アスペルマイヤー家が滅びゆくさまを、戦々恐々でながめていたはずさ。
アスペルマイヤー家は、いわば犠牲の羊だったわけだ。ラングハイム公に逆らったものが、どういう末路をたどるのか。それをみせつけるための。
零細貴族どもはおびえた眼差しでアスペルマイヤー家のおかれた状況を見守っていた。ところが、ひと月経ってもふた月経っても、アスペルマイヤー伯は悲鳴をあげなかった。それどころか、領府リセーは常にないほどの賑わいをみせていた。
シェーンハイト商会の輸送隊が、ピストン輸送でもってドシドシ商品を送ってくる。それらはすべて、第4師団が買いあげる。商人はリセーの宿に泊まり、食事をとる。そしてアスペルマイヤー領で作られた工芸品なんかを買い取って帰っていく。それにシェーンハイトが出資している軍事工場の建設ラッシュ。
どれだけの金がアスペルマイヤー領に落ちただろう。あの小さな領地は、いまや空前の好況のただなかにある。作れば作るだけ売れ、売れば売るだけ儲かる。資本主義の社会において、夢のような光景が繰り広げられるわけさ。
当然、アスペルマイヤー伯の羽振りもよくなったねえ。老朽化していた帝都の屋敷を改装し、馬車を新調し、娘のドレスをグレードアップして、グレッツナー産のウイスキーを嗜んだ。
そんな有様を、指をくわえて見ていられるほど、他の伯爵家がおかれた状況は裕福じゃない。彼らはアスペルマイヤー伯に詰め寄ったそうだ。
「アスペルマイヤー伯は金の湧き出る壺を手に入れられたようだ」
「いや、あやかりたいものですな」
「なにか秘密があるのでは?」
「どうか、私にだけ、教えていただきたい」
「決して口外いたしませぬ、なにとぞ」
「領地経営のご指南をたまわりたい」
アスペルマイヤー伯は、みずからの功績を誇ったりしなかった。まあ、ヤツに功なんてないんだけどさ。
「すべてはカーマクゥラの御前がご指導くださったことです。皆様はご存知か、免税札というものを…」
こうして北方14伯は、鎌倉の御前のもとに、経済連携協定を結ぶことになったわけさ。すると広大な地域が無関税状態になるわけで、シェーンハイトとしちゃ、投資のしがいがあっただろう。アタシのところに日参しては、数々の投資話をもちかけてくる。アタシはそれを裏影の情報をもとに精査して、有用であると判断したら、伯爵どもを呼びつけて話を受けさせる。
伯爵たちからすると、投資という形で自分たちの領地に金を落としてくれるわけだから、断るわけもないさね。むしろアタシは恩人さ。恩人には逆らえないよねえ。ましてや、アタシについていけば、これからも儲かり続けるってんだから、逆らいようがない。もし逆らって、免税札を取り上げられたら、もとの貧乏伯爵に逆戻りしちまう。
これが『黒幕』というものさ。日本の小説で描かれる『鎌倉の御前』ってのはこういうものさ。免税札っていうわかりやすい形でなくとも、とにかく相手のキンタマを握ってるのが大事なことなのさ。
だけどグレッツナー家を守ろうと思ったら、これだけじゃまだ弱い。北方14伯といったって、帝家直轄領周辺の、たかだか14家でしかない。相手は八百諸侯からなる大帝国だ。アタシたちくらい、潰そうと思えばいつでも潰せるわけだからねえ。
そこでアタシは次の手を打つことにした。
「いやあ、御前さまにはいつも儲けさせていただいております」
呼びつけられたシェーンハイトは、部屋に入ってくるなりホクホク顔だった。まさに笑いが止まらないって感じさ。
「まだまだ儲かるさ。こんなもので終わると思ったら大間違いだよ」
「ほう、するとなにやら、考えがございますので」
アタシはクラウスに目配せをして、シェーンハイトのまえに帝国の地図を置かせた。ろうそく明かりの下に、広大な領土がひろがる。この世界の人類のための、唯一の統一国家。ヴァイデンライヒ帝家のもとに参集した、八百諸侯の連合国。魔王国と戦うための巨大な寄り合い所帯。
そのなかで北方14伯の領土なんか、ほんの小さなシミみたいなモンさ。だから━━。
「シェーンハイト、帝国内に伯爵家はいくつある?」
「…たしか、653家でしたかな」
「そいつらはみんな、スカンピンなのかい?」
「まあ、伯爵家という時点でお察しでしょうな。なにせすべての伯爵家がもつ領土を合計しても、せいぜい帝国の4割ほどでしかありません。それを650家で割っているわけですから」
「だけど全部合わせりゃ4割だ」
アタシが言うと、シェーンハイトは瞠目した。どうやらアタシがやろうとしていることがわかったらしい。
「ご、御前さまは…」
シェーンハイトはブルブル震えていた。ポタポタと地図の上に汗をたらし、舌をひきつらせている。ふうん、帝都三大商会といったって、肝の小さいところがあるんだねえ。
それでもシェーンハイトは声をふりしぼった。
「御前さまはっ、帝国に謀反を起こされるつもりなのですか!」
「誰がそんな利のないことをするもんか」
「利のないこと…」
「かりに天下をとって、帝家になりかわったとして━━せいぜいあの程度の権力しか保てないじゃないか」
「は、はあ…」
地方分権の帝国では、皇帝の権力が強いとはいえない。たとえば公爵が連名で、皇帝の決定に異を唱えたら、皇帝は決定を覆さざるをえない。なにせ公爵家の領土をふたつも足しゃ、帝家直轄領よりも大きくなるんだから。皇帝なんてものは、ほとんどお飾りさ。いま帝国最大の権力者といえば、ラングハイム公だ。あの男の派閥はほかのどれよりも大きい。
だけど━━。
「もしすべての伯爵家をまとめて、その派閥を裏から操れたとしたら、アタシの権力はラングハイム公を超える」
「と、とんでもないことを考えられましたな」
「シェーンハイト、アンタにも利があることさ」
アタシは身を隠したついたての裏から、見えない地図を脳裏に描く。
「内陸の伯爵家をつなぎ、帝国の陸上2万カルマールを横断する。そして沿岸の伯爵家を海路3万カルマールでつなぐ。━━これをもって一帯一路となす」
「せ、世界戦略ですか」
「アタシに不可能だと思うかい?」
「フーム…」
シェーンハイトはしばらく考えたあと、ハッと目を見開いて「まさか」とか「ありえない」とかつぶやいた。たぶん実現の可能性をシミュレーションしてみたんだろう。そして。
「…おそらく、2年以内には実現してしまうでしょう。御前さまには実績がございます。誘いを受けて、話に乗らない伯爵家などありますまい」
「さすがはシェーンハイト商会のトップだねえ、きっちりアタシと同じ読みだ」
一帯一路構想。これが実現したとき、グレッツナー家は完全に安全が保証されるだろう。逆に、いま足を止めるのがいちばん危ない。昇りつめるなら最後までキッチリさ。
それこそ━━皇帝陛下がアタシの足元にひざまずいて、靴先にキスをするところまで。
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