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22 ケツカッチン
しおりを挟むシェーンハイト商会は帝国の北方に強い地盤をもつけれど、南や東はそうでもない。西はブルナアンやカルネーなんかの山脈がひしめく山岳地帯だから置くとしても、南と東に強い商人と結びつきたい。
その考えを軽く語ったら、シェーンハイトはエラく反発したもんだ。
「御前さまはまさか、ガイガー商会と結ぶつもりではありますまいな!ガイガーは古くからラングハイム公と付き合いがある商会ですぞ。ラングハイム公は御前さまの敵ではありませんか」
「敵と決めたわけじゃないんだけどね…」
「しかし御前さまは、ラングハイム公と敵対したアスペルマイヤー家に肩入れしたではありませんか」
「するとアタシはラングハイム公の敵になるのかい?」
「そうに決まっております!どうか、通商の一切はこのマルコ・シェーンハイトにおまかせください」
自分の利益を守るためならメチャクチャを言う男だよ。まったく。けどまあ、ガイガーはやめておこうかね。大貴族と付き合いがある商会は、使いづらいのも確かだからねえ。となると━━。
あれこれ調べたすえに、アタシが連絡をとったのは、帝国中小商業連合会、通称『連合』だ。小さな商会や個人商人の参加するギルドさね。全国規模の組織だし、大貴族とつながりがない。現在の連合会長の名はオスカー・ゼッフェフルン。オスカーからはひとまず快い返事をもらって、後日会談をすることになった。
その会談当日だ。
「お嬢様」
気まずそうにクラウスが言った。
「旦那さまがお呼びです」
「コンラートが?」
なんの用だろう。これからオスカーとの会談があるってのに。
「も、申し訳ございません!」
いきなりクラウスが頭を下げる。
「じつは、アスペルマイヤー伯がおこしになっているのです。それで、その、旦那さまがハンナお嬢様も挨拶せよと」
「なんだって!」
ようやくクラウスの態度のわけがわかったよ。
「クラウス、アンタはグレッツナー家の家宰で、鎌倉の御前の秘書なんだよ。なら双方の予定がわかっていて当たり前じゃないか。スケジュール管理もできないとは、どういうことだい!」
「死んでお詫びをいたしますっ」
「ばかっ」
クラウスが突然、短刀を取り出したので、アタシは手に持っていた扇ではたき落とした。裏影の連中といいクラウスといい、すぐに死のうとする。こいつらは武士かなんかなのかい。
「それで、なにか言い訳はあるかい」
クラウスが多少落ち着いたところで、アタシは訊ねた。でもクラウスはなかなか口を割らない。言い訳をしたがらないところまで武士だが、時間がないので急かすと、クラウスはようやく話し始めた。
「アスペルマイヤー伯との面会は、だ、旦那様がパーティーの席で決められたことなのです。私はその場におりませんでしたので、何も知らず…」
じゃあコンラートのせいじゃないか。あの男はいい歳こいて報・連・相もできないのかい。面会予定を決めるのはいいが、家宰に報告しなけりゃ準備だってできないだろうに。
「はあっ、しかたないねえ。じゃあちょっとだけフンベルトの前に顔を出して、すぐに屋敷を出ようじゃないか」
「いけません、お嬢様。客人の前ですぐに席を立つのは、非礼にあたります。1時間くらいは同席しないと…」
「そんなことはわかってるよっ。そこをなんとか、角が立たないようにするんじゃないか」
そうだ、仮病でも使おう。アタシは悪度胸を決めこんで部屋を出た。
「おお、ハンナ。ご挨拶なさい」
サロンに入室すると、そこには見慣れたフンベルトの顔と、見慣れない美女がいた。
「ハンナでございます」
できるだけ体調の悪さを装いながら自己紹介すると、フンベルトと美女がほほえんだ。
「フンベルト・フォン・アスペルマイヤーです。いやあ、グレッツナー伯のお話に違わぬ、可憐なお嬢さんだ」
「私はカリーナと申します」
ほう、この娘があのフンベルトの娘かい。なるほど、ラングハイム公が第8夫人にと望んだだけのことはある。ハッとするような美人だ。
くっきりとした目鼻立ちに、控え目な栗色の髪がよく似合う。まだ少女の面影を残しながらも、艶を感じさせる口元をしている。
「カリーナさまのお噂はかねがね…。なんでも帝国三大美女のおひとりに数えられるとか」
裏影からの情報をもとに、アタシが愛想すると、カリーナは恥ずかしそうにうつむいた。女のアタシが言うのはナンだけど、征服欲をそそるいい女だ。
「そういえば三大美女なんて話もありましたな。たしか、ひとりはアードルング公爵の長女、エリーゼ嬢。いまひとりは、ラングハイム公の第6夫人……いや、あの方は人妻ですからな。いまは、そう、ハンナ嬢も三大美女ということでよろしいのでは」
「ハハ、アスペルマイヤー伯はお口が上手い。わが妹が三大美女とは。ハハハハハ」
とかなんとか言いながら、コンラートは上機嫌になっている。相変わらずバカだねえ。13歳の子どもに、美女もヘチャムクレもあったもんかい。だいたい、人妻がどうこういうなら、エリーゼって小娘も第3皇子の婚約者だろ。
そんなことより、アタシは会談があるんだ。さっそく仮病を発動さ。ソファに腰かけようとして、足がもつれて倒れる演技をする。
「あっ、ハンナ!」
ふらふらと倒れたアタシに対して、コンラートが腰を浮かせる。アタシゃここぞとばかりに、ハァハァ息を荒げた。
「す、すみません、なんだか目まいがして」
「それはいけない。おいカリーナ、ハンナ嬢につきそって、お部屋まで送ってさしあげなさい」
ゲッ。フンベルトのやつが余計なことを言い出したよ。
「いえ、メイドがいるので大丈夫ですわ」
「いいえ、私がつきそいますわ」
断る間もなく、カリーナがアタシの手を取る。その表情は使命感に満ちていた。まるで看護師さながらさ。
断ることもできないまま、部屋に送り返される。あぁ、アタシゃ出かけないといけないんだよ。放っておいておくれよ。だけどそのまま、ベッドに寝かされちまう。横になったアタシを気遣わしげに見るカリーナの表情は、慈愛に満ちている。
ウーン、こうなったらもう、仮病丸出しだがしょうがない。アタシはさらにひと芝居打つことにした。
「…あっ、横になったらなんだか気分が落ち着いてきましたわ。私のことは良いですから、カリーナさまはサロンにお戻りになって」
「……クスッ。そういうことですの。それでしたら私も、サロンに戻るよりここにいたいわ。父の話につきあうのはつまらないし…」
苦笑するカリーナ。カリーナにとっちゃ、アタシはとんだイタズラ娘らしい。そりゃ13歳の子どもが仮病を使ってサロンを抜け出したんだからムリもないけど。
アタシゃもう、頭脳をフル回転させてカリーナを追っ払う手段を考えはじめた。会談まで、あと1時間もない。どうする。どうする…。
「なにをお考えですの?」
カリーナに訊かれて思考が途切れる。
「ええと、その、カイダン…いえっ、ゴホンゴホン」
「私はこの場にお邪魔でしたかしら」
「いえ、そんなことは…」
相手はグレッツナー家とも付き合いがある貴族令嬢さ。まさか邪魔だとは言えない。トイレにたって、そのまま屋敷を抜け出すか?いや、さすがにそうなるとカリーナが気を悪くするだろう。じゃあなにか納得させる事情をねつ造して…。
「カリーナさま、じつは私には恋人がおりまして━━」
アタシの口から飛び出したのは、とんだ爆弾発言だった。当然のことだけど、カリーナは目を丸くする。
「━━これから逢瀬の約束が」
ええい、このまま押し切ってやれ!
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