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24 クラウスの受難
しおりを挟む連合会長との会談を無事に終えて、アタシは息をつく間もなく次の手を打つ。海路の開拓さ。
内陸も内陸、大陸の中央部に位置するグレッツナー家が、周辺の伯爵家とつるんだだけの段階で、気の早い話だって思うかもしれない。だけどこっちは、陸上の交易網とはべつのモデルとして動かさなくちゃならないんだ。
すなわち、船舶を利用した大量輸送さ。
じつのところ、海上輸送のモデルはこの世界にない。船といったら小規模の漁船くらいだし、水運といったら都市内部の運河ていどのものさ。
そもそも南部の産物が東部で売られるようなこと自体、想定されていないんだ。基本的に領内の経済は領内で完結してるってんだから。あくまで領地間の商取引は、余剰の農産物や嗜好品に限られてる。かつてシェーンハイトがウイスキーの大量生産に驚いたのも、ここらへんの事情からだ。本来あるべき、領の食料自給率を下げてまで、嗜好品の生産を優先するつもりか━━とね。
アスペルマイヤー家に対してアタシが提案した軍需産業振興策なんざ、この世界では正気の沙汰じゃない。工業国になって農産物をすべて輸入に頼るなんて考えはさ。
いちおう提案はしたけどね、そんなわけだから、フンベルトが提案を飲むとは思っちゃいなかったんだ。べつにそれでも良かった。入領税の撤廃だけで十分、アスペルマイヤー領は儲かるはずだったから。それがひと月も経たないうちから、アスペルマイヤー領が軍需産業の育成に力を注ぎはじめたんだから、ビックリしたもんだよ。
これはフンベルトがよっぽどの才器なのか、それとも人の話を疑わないバカなのか、どっちかだと思ったもんだね。
…話を戻そう。ようするに、この世界は貨幣経済がそれほど発展していないともいえるんだね。
だけどアタシに言わせりゃ、ひとつひとつの領がそれぞれ万能選手である必要はないのさ。それぞれの領がそれぞれに得意なものを作って市場に卸す。そこで稼いだ金で、領に必要な物資を輸入する。これで誰も困りゃしないんだから。
この世界は前世みたいに、人間同士が争う世界じゃない。グローバリズムの陥穽を心配する必要はないのさ。むしろグローバリズムは人間社会の一体化を促して、魔族に対する富国強兵につながる道でさえある。
北部が凶作のときでも、南部が豊作なら、飢える民はいなくなる。それを実現するための一帯一路だし、海路の発展だ。まずは船の建造と、港の拡充に投資しよう。外洋を航海するわけじゃないから、大型船の建造もそれほど難しくないだろ。
あとは、どこに金を出させるかだが…。
「お嬢様、カリーナさまがお越しでございます」
突然のクラウスの声に、思考が中断した。だけどイラつくのはお門違いさね。今日、カリーナを屋敷に招いたのはアタシなんだから。このあいだの誤解を解かなくちゃいけないんだよ。
「ようこそお越しくださいました」
サロンで待っていたカリーナに挨拶すると、じっとりとした目で見つめられた。いったいなんのつもりかと戸惑っていると、やがてカリーナはニッコリと微笑んで言ったもんさ。
「先日はハンナさまおひとりで、ずいぶんお楽しみでしたわね。私ひとりをていよく追い払うだなんて、ひどいですわ」
「…なんのことです?私はあのあと、家のものに連れ戻されました」
「お、お嬢様は確かに保護いたしましたっ」
アタシに付き従ってサロンに入室し、まだ退室していなかったクラウスが、会話に割り込むかたちで証言する。だけどカリーナは首をかしげてみせた。
「あら、そうですの?そのわりには馬車が戻って来ませんでしたけれど」
「馬車?」
「ええ、私はグレッツナー家のお屋敷に連れ戻されたあと、サロンの窓から外をずっと見ていましたの。ハンナさまのことが心配でしたから」
ああ━━サロンの窓からは、屋敷の正門がよく見えるんだ。クラウス、わかりやすく動揺するんじゃないよ。こういうときは押し切るに限るんだ。
「…私は裏口から戻りましたので」
「へえ、貴族令嬢がご自宅にお戻りになるのに、裏口から、ね…」
またじっとりとした視線だ。ちくしょう、カリーナのやつ、存外するどいじゃないか。だけどカリーナの追及はこれで終わらなかった。
「それで、ハンナさまはどなたとお会いしていましたの?」
「どなたって、それは、その、恋人と」
誤解を解くどころじゃなくなったアタシは、しどろもどろで先日の嘘を繰り返す。するとカリーナはすました顔で語り始めた。
「…それはどうでしょう。先ほども申しましたが、私はハンナさまがお屋敷にお戻りにならなかったと考えていますの。だとすると、クラウスどのがハンナさまの行動に協力していたということになります。ですがハンナさまの目的が恋人との逢瀬だとすると、クラウスどのが協力するのはおかしいですわ。グレッツナー家の評判を落とすような行動を、家宰であるクラウスどのが許すはずはありません」
しまった。アタシはクラウスの差し向けた追手から逃げ切ったという設定にしておくんだったね。そうでなければ、たしかにアタシが屋敷に戻ってこなかったのは不自然さ。
おそらくカリーナは、最初から罠のつもりで話を切り出したんだろう。『アタシも屋敷に連れ戻された』って言質をとられてしまった時点で、敗北が確定してしまったわけさ。先日は気づかなかったが、カリーナはどうも、かなり頭がいいらしい。そして、なにがマズいって、アタシのこの嘘の延長線上にあるのは、鎌倉の御前の正体なんだよ。うーん、なにか逆転の余地はないモンかねえ。
「もしクラウスどのが協力するのだとしたら、それはどういう目的でしょうか。私、あの日以来、ずっと考えていましたの」
カリーナはあくまで理詰めで語る。
「ひとつ、グレッツナー家の利になること。ふたつ、グレッツナー伯には隠さなければならないこと。みっつ、ハンナさま本人でなければこなせないこと…」
「いいえっ」
指折り数えるカリーナの推理劇を、アタシはさえぎった。
「いいえ、カリーナさま。あなたのお考えは、前提が間違えておりますわ」
「…うかがいましょう」
「カリーナさまの推理は、すべて、クラウスが善良で主人に忠実な家宰であるという前提にたっております」
「ち、ちがうのですか?」
はじめてカリーナの余裕が崩れた。アワアワと戸惑っている。アタシは内心でガッツポーズをしたもんさ。ふふん、しょせんは18歳の小娘さ。まだまだ甘いところがある。よおし、このまま押し切ってやる。
「ええ、当家のクラウスは、私に弱みを握られております。それゆえ、お兄様を裏切ってでも私に協力せざるをえないのです」
「それは…?」
弱み、弱み…。アタシは頭脳をフル回転させた。だけど、前回の嘘に引きずられるかたちで嘘を重ねたことから、思考が偏っていたのかもしれないね。これだ、と思って吐き出した嘘は、やっぱりトンデモない爆弾発言だった。
「…そう、どうしてもお兄様には隠しとおさなければならないクラウスの弱みっ。つまりクラウスはお兄様に恋をしているのです!」
視界の端で、クラウスが膝から崩れ落ちるのが見えた。
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