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41 菩提を弔う(クラウス視点)
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相変わらず、グレッツナー家の御前さまのお部屋からは、奇妙な呪文が聞こえてくる。魔法の勉強でもしておいでなのか、朝な夕なにずいぶん時間をとっている。
「ナーマミ、ダーツー」
不思議な響きの呪文だった。そして呪文を唱えたあと部屋から出てくると、御前さまは酷くよどんだ表情で、お香の残り香を身体にまとっているのだった。
「あれはいったい、なんなのでしょうね」
紅茶をお出しするついでに、カリーナさまに訊いてみると、彼女もやはり、首を傾げていた。
「一度、御前さまに訊ねてみたことがあるのですが…」
困惑した表情でカリーナさまはモゴモゴ言った。
「ボダイ?をトムラーテイル、のだそうです」
「またしても…。その不思議な響きの言葉はなんなのでしょうね」
カーマクゥラというネーミングセンスといい、御前さまはミステリアスな方だった。
「逆に訊きたいのですが」
カリーナさまが問う。
「御前さまは、いつ頃からあの呪文を唱えているのですか?この屋敷で暮らし始めた頃からですか?」
「いや、そういえば、いつからでしょうな。小さい頃はそうでもなかったような」
よくよく思い出すと、数年前からのような気がする。
「ああ、カリーナさまが旦那さまとご婚約されたころですな。あの頃から、そういえば御前さまは━━」
━━自分の身体を省みず無理をするようになった。むろん加速度的にカーマクゥラの活動が忙しくなったのもあるが、急に眠らなくなり、急に小食になられた。
あの頃、御前さまがポツリとおっしゃられたことが、妙に印象に残っている。
━━アタシゃどうして生まれ変わったりしたんだろうね。
生まれ変わる、とはどういう意味なのだろう。教会は説く━━死ねば天国か地獄に行くのだと。生まれ変わるという概念を、私はあのとき初めて耳にした。
「近ごろ御前さまは、ますます暗い表情をされるようになりましたわ。クラウスどの、あれはあなたのせいではなくって?」
突然カリーナさまに疑惑をかけられて、私は動揺した。
「な、なぜ私なのですかっ」
「あなた、カーマクゥラの使者としてラングハイム公に面会したでしょう。そのとき、御前さまの伝言を、ラングハイム家の嫡子にもお聞かせになりましたよね」
「それは老い先短いラングハイム公だけではなく、嫡男たるアルフォンスどのにも、カーマクゥラの権威を理解させる必要が…」
「政治的にはそれは正しいですわ。御前さまも褒めてらっしゃったし、『辣腕』らしい優れた処置だと思います」
「なら━━」
「ですけれど、あの日からですわ。御前さまが暗く沈むようになったのは」
言われてみればそうかもしれない。するとカリーナさまは、意外なことを言い出した。
「御前さまはお優しい方ですから、子どもを争いに巻き込んだことに気が咎めてらっしゃるのではなくて?」
「御前さまが、優しい?」
厳しいの間違いではないか?疑いの眼差しをカリーナさまに向けると、彼女はため息をついた。
「クラウスどのは本当に鈍いお方ですね」
「失礼な!」
「良いですか、コンラートさまはお優しい方。その優しさを与えられて、精いっぱい報いようとしている御前さまもまた、お優しい方なのです。ただのブラコンではありませんよ。優しいブラコンです」
「すると旦那さまの優しさに惚れて縁づいたカリーナさまもまた、優しい方というわけですか?」
半笑いでからかうと、カリーナさまは微笑んだ。
「ええそうですよ。優しくないのはクラウスどのだけですねー。仲間に入れないから僻んでるんですか?」
「馬鹿なっ。フーゴだって優しくないじゃないか」
この場にいないフーゴを巻き込むと、カリーナさまが私を生暖かい目で見つめて言う。
「そういうところですよ」
ぐぬぬ、と歯噛みしているところへ、屋敷の前に馬車がついた音がした。そういえばそろそろ、旦那さまと御前さまがお出かけになる時間だった。皇宮でパーティーがあるのだ。
少しの間、カリーナさまとともに玄関ホールで待っていると、旦那さまが御前さまをともなって現れた。パーティーは国軍主催のそれだったから、珍しく旦那さまは帯剣した軍服姿だ。
領地をもつ貴族とは、すなわち兵を養う貴族でもある。ゆえに戦さに参陣するか否かに関わらず、伯爵以上の貴族は国軍に将軍の階級をもっている。旦那さまの場合は、少将だ。
旦那さまは軍服が似合わない柔和な顔で訊かれる。
「クラウス、馬車は来ているかい?」
「はい、すでに待たせてございます」
「そうか、それじゃあちょっと出かけてくるよ。カリーナ、今日はひとりで夕食をとらせることになる。すまないな」
そう言って、旦那さまはカリーナさまにキスをする。すでに結婚生活は半年にもなろうかというのに、こんなことで二人して照れている姿は、他人に見せられたものではなかった。
御前さまが咳払いをする。
「それではお義姉さま、あとのことはよろしくお願いします。クラウス、お義姉さまをよく補佐してお仕えするのよ?」
「はぁ、それはもちろん」
奇妙なことをおっしゃられる。4、5時間もすれば帰ってくるだろうに、補佐もなにもあったものではない。それともなにか、カーマクゥラの活動でやっておくべきことがあっただろうか。
思い返したが心当たりはない。そのうち御前さまと旦那さまは馬車に乗り込んで出発してしまわれた。
そういえば━━このパーティーは御前さまが、とくにお願いして旦那様に同伴したものだったな。その理由は、グレッツナー家がお世話になっている貴族への挨拶をしておきたい、という理由だった。
ウーム、旦那さまはひとりで挨拶もできないと思われているのだろうか。執事をひとりつけてあるから、何の問題もないはずなのだが。私は人知れず、苦笑したものだった。
「ナーマミ、ダーツー」
不思議な響きの呪文だった。そして呪文を唱えたあと部屋から出てくると、御前さまは酷くよどんだ表情で、お香の残り香を身体にまとっているのだった。
「あれはいったい、なんなのでしょうね」
紅茶をお出しするついでに、カリーナさまに訊いてみると、彼女もやはり、首を傾げていた。
「一度、御前さまに訊ねてみたことがあるのですが…」
困惑した表情でカリーナさまはモゴモゴ言った。
「ボダイ?をトムラーテイル、のだそうです」
「またしても…。その不思議な響きの言葉はなんなのでしょうね」
カーマクゥラというネーミングセンスといい、御前さまはミステリアスな方だった。
「逆に訊きたいのですが」
カリーナさまが問う。
「御前さまは、いつ頃からあの呪文を唱えているのですか?この屋敷で暮らし始めた頃からですか?」
「いや、そういえば、いつからでしょうな。小さい頃はそうでもなかったような」
よくよく思い出すと、数年前からのような気がする。
「ああ、カリーナさまが旦那さまとご婚約されたころですな。あの頃から、そういえば御前さまは━━」
━━自分の身体を省みず無理をするようになった。むろん加速度的にカーマクゥラの活動が忙しくなったのもあるが、急に眠らなくなり、急に小食になられた。
あの頃、御前さまがポツリとおっしゃられたことが、妙に印象に残っている。
━━アタシゃどうして生まれ変わったりしたんだろうね。
生まれ変わる、とはどういう意味なのだろう。教会は説く━━死ねば天国か地獄に行くのだと。生まれ変わるという概念を、私はあのとき初めて耳にした。
「近ごろ御前さまは、ますます暗い表情をされるようになりましたわ。クラウスどの、あれはあなたのせいではなくって?」
突然カリーナさまに疑惑をかけられて、私は動揺した。
「な、なぜ私なのですかっ」
「あなた、カーマクゥラの使者としてラングハイム公に面会したでしょう。そのとき、御前さまの伝言を、ラングハイム家の嫡子にもお聞かせになりましたよね」
「それは老い先短いラングハイム公だけではなく、嫡男たるアルフォンスどのにも、カーマクゥラの権威を理解させる必要が…」
「政治的にはそれは正しいですわ。御前さまも褒めてらっしゃったし、『辣腕』らしい優れた処置だと思います」
「なら━━」
「ですけれど、あの日からですわ。御前さまが暗く沈むようになったのは」
言われてみればそうかもしれない。するとカリーナさまは、意外なことを言い出した。
「御前さまはお優しい方ですから、子どもを争いに巻き込んだことに気が咎めてらっしゃるのではなくて?」
「御前さまが、優しい?」
厳しいの間違いではないか?疑いの眼差しをカリーナさまに向けると、彼女はため息をついた。
「クラウスどのは本当に鈍いお方ですね」
「失礼な!」
「良いですか、コンラートさまはお優しい方。その優しさを与えられて、精いっぱい報いようとしている御前さまもまた、お優しい方なのです。ただのブラコンではありませんよ。優しいブラコンです」
「すると旦那さまの優しさに惚れて縁づいたカリーナさまもまた、優しい方というわけですか?」
半笑いでからかうと、カリーナさまは微笑んだ。
「ええそうですよ。優しくないのはクラウスどのだけですねー。仲間に入れないから僻んでるんですか?」
「馬鹿なっ。フーゴだって優しくないじゃないか」
この場にいないフーゴを巻き込むと、カリーナさまが私を生暖かい目で見つめて言う。
「そういうところですよ」
ぐぬぬ、と歯噛みしているところへ、屋敷の前に馬車がついた音がした。そういえばそろそろ、旦那さまと御前さまがお出かけになる時間だった。皇宮でパーティーがあるのだ。
少しの間、カリーナさまとともに玄関ホールで待っていると、旦那さまが御前さまをともなって現れた。パーティーは国軍主催のそれだったから、珍しく旦那さまは帯剣した軍服姿だ。
領地をもつ貴族とは、すなわち兵を養う貴族でもある。ゆえに戦さに参陣するか否かに関わらず、伯爵以上の貴族は国軍に将軍の階級をもっている。旦那さまの場合は、少将だ。
旦那さまは軍服が似合わない柔和な顔で訊かれる。
「クラウス、馬車は来ているかい?」
「はい、すでに待たせてございます」
「そうか、それじゃあちょっと出かけてくるよ。カリーナ、今日はひとりで夕食をとらせることになる。すまないな」
そう言って、旦那さまはカリーナさまにキスをする。すでに結婚生活は半年にもなろうかというのに、こんなことで二人して照れている姿は、他人に見せられたものではなかった。
御前さまが咳払いをする。
「それではお義姉さま、あとのことはよろしくお願いします。クラウス、お義姉さまをよく補佐してお仕えするのよ?」
「はぁ、それはもちろん」
奇妙なことをおっしゃられる。4、5時間もすれば帰ってくるだろうに、補佐もなにもあったものではない。それともなにか、カーマクゥラの活動でやっておくべきことがあっただろうか。
思い返したが心当たりはない。そのうち御前さまと旦那さまは馬車に乗り込んで出発してしまわれた。
そういえば━━このパーティーは御前さまが、とくにお願いして旦那様に同伴したものだったな。その理由は、グレッツナー家がお世話になっている貴族への挨拶をしておきたい、という理由だった。
ウーム、旦那さまはひとりで挨拶もできないと思われているのだろうか。執事をひとりつけてあるから、何の問題もないはずなのだが。私は人知れず、苦笑したものだった。
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