海千山千の金貸しババア、弱小伯爵令嬢に生まれ変わる。~皇帝陛下をひざまずかせるまで止まらない成り上がりストーリー~

河内まもる

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43 諸刃の刃(クラウス視点)

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「どうして私が後継者なのでしょう」

 旦那さまと御前さまの帰りを待ちながら、居間でくつろぐカリーナさまが、ふとつぶやいた。もうすぐ時刻は22時を過ぎようとしていた。そろそろ旦那さまもご帰宅になるだろう。私は暇つぶしがてら、カリーナさまの疑問につき合うことにした。

「それは、カリーナさまがカーマクゥラを受け継ぐに相応しい識見をお持ちだからでは?」

 だがカリーナさまは納得しない。

「御前さまは、ことあるごとに私を後継者だと公言してらっしゃるし、後継者としての正しいありかたをご教授くださいます。だけれど、御前さまの年齢で、後継者問題をお考えになるのは、少し早すぎるのではなくって?」

「それは、しかし御前さまもいずれ、他家に嫁ぐこともありましょうし」

「他家に嫁いでもカーマクゥラの活動は継続できるでしょう。できないような家には、そもそも嫁がないでしょうね」

「フーム」

 だとしたら、不吉な想像に身を委ねるしかない。人間はいつなんどき、不幸に見舞われるかもしれないから。万が一のときのために、後継者を指名しておく。トップに身を置くものとして、当然の配慮だ。そのことを指摘すると、カリーナさまはうなずいた。

「だから、どうして私なのかという疑問につながるのです。なぜなら、私のほうが御前さまよりも年長で、自然の法則にまかせれば、私のほうが御前さまよりも早くに亡くなる道理でしょう」

「…しかし、カリーナさまとてまだ20歳。いま御前さまが後事を託しえる人物として、カリーナさまは最年少なのでは?」

 そのときカリーナさまは、はぁっと盛大なため息を吐いた。

「理屈ではそうなのでしょう。だからこれは、予感めいたことになるのですけれど━━御前さまが後継指名を急がれるのは、自分の命数が長くないことを知っているからではなくって?」

「まさかっ」

「私には常々、御前さまが死にいそがれているように思われてならないのです。あるいは御前さまは、ご自身が身じまいをされるために、後継者を選んだのでは━━」

「おやめください、カリーナさまっ」

 私が思わず叫んだのは、カリーナさまの言葉の中に、納得できるものが潜んでいたからではなかったか。ゆえに私は、否定せずにはいられなかった。

「御前さまは思慮深いお方。後継指名は組織として当然のことをしているだけで、他意などあろうはずがないっ」

「そう、ですわね…」

 無理やり自分を納得させようとしているカリーナさまの様子に、私は苛立った。理屈でいえば私のほうが正しいのに、どうしてカリーナさまは素直に納得しないのだろう。そして━━どうして私はこんなに不安を感じているのだろうか。

 そのとき、居間の窓が大きな物音をたてて開いた。そこに立っているのはフリッツだった。

「おい、なにをしている。窓から入ってくるなど、剣呑な」

「クラウスどの、それどころじゃない。御前さまが倒れられた」

「なにっ」

 いましがた不吉な話をしていたばかりだったために、その凶報は私の心胆を寒からしめた。

「いまグレッツナー家の執事が、御前さまをお連れして屋敷に戻ってくる。コンラートさまは憲兵隊から事情聴取を受けている」

「な、なにがあった!」

 青ざめているカリーナさまに代わって、私はフリッツを問いつめた。するとフリッツは、力なく首を横に振る。

「俺には━━御前さまがラングハイム公を挑発しているように見えた」

「おい、なぜそこでラングハイム公の名前が出る?」

「面と向かってあれほどの侮辱を受けたのだ。ただでは済まないのはわかっていた。御前さまは自ら、ラングハイム公に殺されようとしたのだ!」

「そんな、馬鹿な」

 頭がクラクラした。フリッツが何を言っているのかまるでわからない。フリッツの気が変になったのではないかと疑ったほどだ。

「そもそも御前さまは俺に、護衛を外れるように指示していた。皇宮の中は安全だと、裏影が皇宮に侵入するのは不敬だとおっしゃられて」

「それでおまえ、護衛を外したのかっ」

「まさか。御前さまに気づかれぬよう、パーティーホールに着いていったさ。でなければ、ことの次第を知っているわけがないだろう」

 それもそうだ。すると御前さまは━━

「侮辱されたラングハイム公は、叫び声をあげてした━━悲惨なものだ。ひと目もはばからず失禁し、天井を見つめて薄ら笑いを浮かべるありさまだった。それを見た御前さまは、その場にへたりこんで呆然となり、やがて駆けつけたグレッツナー家の執事に抱かれて、気を失ってしまわれたのだ」

 いつも冷静なフリッツが、血の気を失っている。カリーナさまも同様だった。だが私には成すべき役割がある。

「事情はわかった。とにかく私は旦那さまをお迎えにあがる。いざとなれば帝室にも圧力をかけて、今晩のうちに旦那さまを連れ戻す」

 憲兵ごときがグレッツナー伯爵を拘禁するなど、思いあがりもはなはだしい。身の程知らずというものだった。カーマクゥラを舐めてもらっては困る。

 だがフリッツの反応はにぶい。

「なあクラウスどの、俺は気を失う前の御前さまのつぶやき声が耳から離れんよ」

━━アタシは人を傷つけることしかできない。

 フリッツはそう聞いたというのだ。

「俺たちは御前さまの刃として、カーマクゥラを鋭く、より鋭く研ぎ澄ましてきた。だがそれは、諸刃の刃だったんじゃないか?カーマクゥラが誰かを傷つけるたび、御前さまのお心もまた、傷ついてきたんじゃないのか?」

 だとしたら、俺は。フリッツはそれきり、黙り込んでしまった。しかし、だとしてもこのまま旦那さまを放っておくわけにはいかない。御前さまとて、この場にいれば旦那さまを救おうとしたはずだ。

「憲兵総監はネルリンガー侯爵だったな。フリッツ、いますぐ情報を寄越せ」

「だが…」

「安心しろ、鞭はふるわない。利権をあたえて買収する」

 私はフリッツから情報を仕入れて、皇宮へ急いだ。いまはとにかく、旦那さまを救うことだ。他にはなにも考えたくない。

 それが現実逃避であることは、理解していたとしても。
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