34 / 58
一年前の再演(6)
しおりを挟む
「――――知って、いた……?」
呆けたようなテオドールの目が、私とジュリアンを交互に映す。
顔にはますます困惑が浮かぶ。逃げるように下がり続けた足は、もう壇上の端。これ以上下がることはできない。
「だったら……だったら、今までのはなんだったんだ……? たしかに魅了は効いていたはずだ。少しずつ効果も強まって……魅了にかかる人間も順調に増えて……おかしいところはなかった、上手くいっていたはずなんだ……」
「おかしくない、と思っていたならなによりだ」
逃げ場を失ったテオドールに、ジュリアンは飄々と肩を竦めてみせた。
「リリアに無理を頼んだ甲斐があった。このひと月、どうにか『ギリギリ』で抑えてくれってね。おかげでこの王宮は居心地が良かっただろ?」
「ギリギリ……って、な、なん、なん、なんで……そんなこと……」
「だって君、魅了が効かないとわかったらルシアを連れて逃げるじゃん。逆に、魅了に無抵抗すぎてもそれはそれで怪しまれる。だから王宮は、今日まで『必死で抵抗するけどギリギリで間に合わなかった』状態を演出する必要があったんだ」
――――そう。
ジュリアンの私への指示は、最初から魅了の蔓延を制御する『役』だった。
私がするべきは、魅了の蔓延を抑えることではない。魅了の蔓延を抑えようとするも、力不足で抑えきれない人間を演じることだ。
そのために、効果のない魅了の効果時間を計算した。
姉と接触した時間、頻度、交わした言葉の内容、それによる効果の深さ。見えない計算を重ね、人の配置をし、違和感なく魅了が広まっていると思わせて、一方の私は追い詰められているようなふりをした。
お茶会の挨拶に出向かなかったのは、姉がいる場にわざわざ顔を出すのが不自然だからだ。
回廊で出会った令息が挨拶を返さなかったのは、近くに姉がいたことを知っていたからこそ。だから彼は、私に視線で『姉のいる場所』を示したのだ。
魅了が進行するほどに、私は言葉を交わす相手を減らしていった。
無視をされ、孤立する自分を演じていた。
情報のやり取りをする際は、すれ違いざまに一言二言のみ。指示を出すときは、周囲にテオドールの手の者がいないことを確かめながら。一人では計算しきれず相談がしたいときは、姉が唯一入ることのできない王宮奥の王族の執務室で行った。
胃の痛い日々だった。
常に気を張り、気の休まる時間はなかった。
上手くいっているのか、本当に計算通りに動いているのか、不安で仕方なかった。
それでも投げ出さなかった理由は、ただ一つ。
テオドールを油断させ、この王宮から逃さないまま、今日という日を迎えるためだ。
「いやあ、陛下が僕たちに任せてくれて助かったよ。最低限の国の維持と年少者を巻き込まないことを条件に、王宮を自由に使わせてくれた。本当なら、魅了が分かった時点で術者の処分を考えるところだったのに」
からりと笑うジュリアンの言葉に、テオドールが身を竦ませる。
だけど当たり前だ。国を守る陛下の立場であれば、危険分子は見逃せない。
陛下は果断な選択のできる方だ。もしも陛下が口を出されたならば、姉ごと排除する方向に話が動いてしまっただろう。
その決断を、陛下は待ってくださった。
隣国も絡む複雑な状況でありながら、姉のために――私たちのために、黙って見ていることを選択された。
だからこそ、私は安堵したのだ。
姉を救いたい私にとって、陛下のご判断は本当にありがたい、慈悲深くも寛大なものだったのだから。
「――で、今日まで時間を稼いだってわけ」
他になにか質問は?――と言って、ジュリアンがまた一歩前に出る。
呆けたようなテオドールの目が、私とジュリアンを交互に映す。
顔にはますます困惑が浮かぶ。逃げるように下がり続けた足は、もう壇上の端。これ以上下がることはできない。
「だったら……だったら、今までのはなんだったんだ……? たしかに魅了は効いていたはずだ。少しずつ効果も強まって……魅了にかかる人間も順調に増えて……おかしいところはなかった、上手くいっていたはずなんだ……」
「おかしくない、と思っていたならなによりだ」
逃げ場を失ったテオドールに、ジュリアンは飄々と肩を竦めてみせた。
「リリアに無理を頼んだ甲斐があった。このひと月、どうにか『ギリギリ』で抑えてくれってね。おかげでこの王宮は居心地が良かっただろ?」
「ギリギリ……って、な、なん、なん、なんで……そんなこと……」
「だって君、魅了が効かないとわかったらルシアを連れて逃げるじゃん。逆に、魅了に無抵抗すぎてもそれはそれで怪しまれる。だから王宮は、今日まで『必死で抵抗するけどギリギリで間に合わなかった』状態を演出する必要があったんだ」
――――そう。
ジュリアンの私への指示は、最初から魅了の蔓延を制御する『役』だった。
私がするべきは、魅了の蔓延を抑えることではない。魅了の蔓延を抑えようとするも、力不足で抑えきれない人間を演じることだ。
そのために、効果のない魅了の効果時間を計算した。
姉と接触した時間、頻度、交わした言葉の内容、それによる効果の深さ。見えない計算を重ね、人の配置をし、違和感なく魅了が広まっていると思わせて、一方の私は追い詰められているようなふりをした。
お茶会の挨拶に出向かなかったのは、姉がいる場にわざわざ顔を出すのが不自然だからだ。
回廊で出会った令息が挨拶を返さなかったのは、近くに姉がいたことを知っていたからこそ。だから彼は、私に視線で『姉のいる場所』を示したのだ。
魅了が進行するほどに、私は言葉を交わす相手を減らしていった。
無視をされ、孤立する自分を演じていた。
情報のやり取りをする際は、すれ違いざまに一言二言のみ。指示を出すときは、周囲にテオドールの手の者がいないことを確かめながら。一人では計算しきれず相談がしたいときは、姉が唯一入ることのできない王宮奥の王族の執務室で行った。
胃の痛い日々だった。
常に気を張り、気の休まる時間はなかった。
上手くいっているのか、本当に計算通りに動いているのか、不安で仕方なかった。
それでも投げ出さなかった理由は、ただ一つ。
テオドールを油断させ、この王宮から逃さないまま、今日という日を迎えるためだ。
「いやあ、陛下が僕たちに任せてくれて助かったよ。最低限の国の維持と年少者を巻き込まないことを条件に、王宮を自由に使わせてくれた。本当なら、魅了が分かった時点で術者の処分を考えるところだったのに」
からりと笑うジュリアンの言葉に、テオドールが身を竦ませる。
だけど当たり前だ。国を守る陛下の立場であれば、危険分子は見逃せない。
陛下は果断な選択のできる方だ。もしも陛下が口を出されたならば、姉ごと排除する方向に話が動いてしまっただろう。
その決断を、陛下は待ってくださった。
隣国も絡む複雑な状況でありながら、姉のために――私たちのために、黙って見ていることを選択された。
だからこそ、私は安堵したのだ。
姉を救いたい私にとって、陛下のご判断は本当にありがたい、慈悲深くも寛大なものだったのだから。
「――で、今日まで時間を稼いだってわけ」
他になにか質問は?――と言って、ジュリアンがまた一歩前に出る。
136
あなたにおすすめの小説
水魔法しか使えない私と婚約破棄するのなら、貴方が隠すよう命じていた前世の知識をこれから使います
黒木 楓
恋愛
伯爵令嬢のリリカは、婚約者である侯爵令息ラルフに「水魔法しか使えないお前との婚約を破棄する」と言われてしまう。
異世界に転生したリリカは前世の知識があり、それにより普通とは違う水魔法が使える。
そのことは婚約前に話していたけど、ラルフは隠すよう命令していた。
「立場が下のお前が、俺よりも優秀であるわけがない。普通の水魔法だけ使っていろ」
そう言われ続けてきたけど、これから命令を聞く必要もない。
「婚約破棄するのなら、貴方が隠すよう命じていた力をこれから使います」
飲んだ人を強くしたり回復する聖水を作ることができるけど、命令により家族以外は誰も知らない。
これは前世の知識がある私だけが出せる特殊な水で、婚約破棄された後は何も気にせず使えそうだ。
俺の婚約者は地味で陰気臭い女なはずだが、どうも違うらしい。
ミミリン
恋愛
ある世界の貴族である俺。婚約者のアリスはいつもボサボサの髪の毛とぶかぶかの制服を着ていて陰気な女だ。幼馴染のアンジェリカからは良くない話も聞いている。
俺と婚約していても話は続かないし、婚約者としての役目も担う気はないようだ。
そんな婚約者のアリスがある日、俺のメイドがふるまった紅茶を俺の目の前でわざとこぼし続けた。
こんな女とは婚約解消だ。
この日から俺とアリスの関係が少しずつ変わっていく。
殿下に寵愛されてませんが別にかまいません!!!!!
さら
恋愛
王太子アルベルト殿下の婚約者であった令嬢リリアナ。けれど、ある日突然「裏切り者」の汚名を着せられ、殿下の寵愛を失い、婚約を破棄されてしまう。
――でも、リリアナは泣き崩れなかった。
「殿下に愛されなくても、私には花と薬草がある。健気? 別に演じてないですけど?」
庶民の村で暮らし始めた彼女は、花畑を育て、子どもたちに薬草茶を振る舞い、村人から慕われていく。だが、そんな彼女を放っておけないのが、執着心に囚われた殿下。噂を流し、畑を焼き払い、ついには刺客を放ち……。
「どこまで私を追い詰めたいのですか、殿下」
絶望の淵に立たされたリリアナを守ろうとするのは、騎士団長セドリック。冷徹で寡黙な男は、彼女の誠実さに心を動かされ、やがて命を懸けて庇う。
「俺は、君を守るために剣を振るう」
寵愛などなくても構わない。けれど、守ってくれる人がいる――。
灰の大地に芽吹く新しい絆が、彼女を強く、美しく咲かせていく。
「いらない」と捨てられた令嬢、実は全属性持ちの聖女でした
ゆっこ
恋愛
「リリアーナ・エヴァンス。お前との婚約は破棄する。もう用済み
そう言い放ったのは、五年間想い続けた婚約者――王太子アレクシスさま。
広間に響く冷たい声。貴族たちの視線が一斉に私へ突き刺さる。
「アレクシスさま……どういう、ことでしょうか……?」
震える声で問い返すと、彼は心底嫌そうに眉を顰めた。
「言葉の意味が理解できないのか? ――お前は“無属性”だ。魔法の才能もなければ、聖女の資質もない。王太子妃として役不足だ」
「無……属性?」
手作りお菓子をゴミ箱に捨てられた私は、自棄を起こしてとんでもない相手と婚約したのですが、私も含めたみんな変になっていたようです
珠宮さくら
恋愛
アンゼリカ・クリットの生まれた国には、不思議な習慣があった。だから、アンゼリカは必死になって頑張って馴染もうとした。
でも、アンゼリカではそれが難しすぎた。それでも、頑張り続けた結果、みんなに喜ばれる才能を開花させたはずなのにどうにもおかしな方向に突き進むことになった。
加えて好きになった人が最低野郎だとわかり、自棄を起こして婚約した子息も最低だったりとアンゼリカの周りは、最悪が溢れていたようだ。
宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました
悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。
クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。
婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。
そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。
そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯
王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。
シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯
【完結】婚約破棄はいいのですが、平凡(?)な私を巻き込まないでください!
白キツネ
恋愛
実力主義であるクリスティア王国で、学園の卒業パーティーに中、突然第一王子である、アレン・クリスティアから婚約破棄を言い渡される。
婚約者ではないのに、です。
それに、いじめた記憶も一切ありません。
私にはちゃんと婚約者がいるんです。巻き込まないでください。
第一王子に何故か振られた女が、本来の婚約者と幸せになるお話。
カクヨムにも掲載しております。
妹に婚約者を取られてしまい、家を追い出されました。しかしそれは幸せの始まりだったようです
hikari
恋愛
姉妹3人と弟1人の4人きょうだい。しかし、3番目の妹リサに婚約者である王太子を取られてしまう。二番目の妹アイーダだけは味方であるものの、次期公爵になる弟のヨハンがリサの味方。両親は無関心。ヨハンによってローサは追い出されてしまう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる