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勇者と聖女の婚約宣言(1)
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宣言より少し前。
宴の会場である王宮の大広間。
国中の貴族を集めた宴の中心で、人々に囲まれるアンリを、私は遠くから眺めていた。
二年ぶりのアンリに、昔の少年らしい面影は見られない。長い旅の間に鍛えられた体はたくましく、美丈夫という言葉がよく似合う。
陽光めいた金の髪は変わらないけど、目つきは少し鋭くなった。青い瞳は深みを増し、思慮深さを思わせる。
すっかり大人びた彼の顔つきに、私はアンリとの隔たりを感じずにはいられなかった。
いや、隔たりを感じる一番の理由は、きっと彼の隣にいる女性の存在だ。
人々に笑顔で対応する彼の傍には、ずっと彼女――アンリの旅の仲間である、聖女オレリア様がいた。
オレリア様は、アンリの一つ下の十七歳。透き通るような白い肌に、長い青銀の髪を持つ少女だ。
小柄な体はほっそりとしていて、柔らかくも儚げな雰囲気がある。
アンリと寄り添うと、まるで太陽と月のようで、傍から見てもお似合いの二人だった。
実際、頬を赤くした令嬢が近づくたび、オレリア様がそっとアンリの手を取って牽制する。
そうしてすごすごと引いていく令嬢を、また一人見送ったときだ。
「お兄様のこと、好きにさせていいんですの」
隣から、ツンと澄ました少女の声がかけられる。
振り返れば、目に入るのは毒々しいくらいの赤いドレス。つり目がちな冷たい美貌は、今は苦々しく歪められている。
金の巻き毛を手で払い、氷のような青い目で睨むのは、アンリの隣に立つオレリア様だ。
「……アデライト様」
敵意もあらわな彼女の名前を、私は遠慮がちに口にした。
彼女はアンリの妹にして、このグロワールの第一王女であるアデライトだ。
さらに言うのであれば、彼女は私の現在の主人である。
アンリの旅立ち後、アデライトに侍女として仕えてきた私は、彼女の怒りに戦々恐々としていた。
なにせ彼女は――。
「あんなポッと出の女に手を取られて、幻滅ですわ、お兄様! 私というものがありながら!」
兄が大好きなのである。
それはもう、少し行き過ぎたくらいに。
――またはじまった。
怒りにこぶしを握るアデライトに、私はため息を吐いた。
彼女の兄に対する行き過ぎた愛情も、今ではすっかり慣れっこである。
「落ち着いてください、アデライト様。ポッと出と言っても、二年間も一緒に旅をされたんですから」
「二年なんて!」
どうにかなだめようと呼びかける私に、彼女は噛みつくように叫んだ。
美人の怒りは、慣れていても迫力がある。
思わず強張る私を、彼女はきつく睨みつけた。
「私なんか、お兄様が旅に出るまでの十四年間、ずっと一緒にいたのよ! 七倍よ、七倍!」
キー! とわかりやすく怒るアデライトに、かける言葉は見つからない。
二つ年下のアデライトがどれだけアンリを慕っているのかは、幼少期から二人を見てきた私も重々承知しているのだ。
アデライトとの出会いは、アンリの遊び相手として彼に仕えたのと同じころ。
当時から、彼女はアンリにべったりだった。
原因は、二人のちょっと特殊な事情にある。
アンリはとある『悪癖』のせいで、アデライトは奇妙な言動と突っ走り癖のせいで、周囲から避けられていたのだ。
国王陛下は二人の子供を持て余し、王宮ではなく王妃様の住まう離宮に押し付けた。
だけど離宮にも二人の居場所はなく、アデライトは唯一自分を遠ざけないアンリを慕いに慕っていた。
アンリの傍にいれば、当然のようにアデライトもついてきた。
おかげで周りの大人は、「厄介者をまとめて押し付けろ」と言わんばかりに、私にアデライトの世話まで押し付けて、今に至るというわけである。
――あのころは、アンリも『悪癖』のせいでひねくれていたから、大変だったなあ……。
なんて現実逃避をしている場合ではない。
私の横では、アデライトがますます気勢を上げている。
「二年しか一緒にいなかったくせに、お兄様にベタベタして! 許せないわ、何様のつもりよ!!」
「お声が大きいですよ。ほら、周りも見ていますから……!」
言いながら、私は周囲に視線を向ける。
アデライトの奇行は今に始まったことではなく、離宮ではすっかり見慣れた光景となっている。が、現在は王宮の、しかも国中の貴族が集まる祝いの席だ。
仮にも一国の王女を、人前で奇行に走らせるわけにはいかない。
「二年と言っても魔王退治の旅ですから。命を懸けて、一緒に戦ってきた仲間なんですよ」
待ち続ける私たちは、ときおり届く手紙か噂話でしか、アンリのことを知ることはできない。
旅を続ける彼らにこちらから手紙を出す手段もなく、できるのは彼の無事を祈るだけ。
そんな私たちよりも、オレリア様や旅の仲間たちは、ずっとアンリの近くにいたのだ。
きっと、私たちの知らない絆があるのだろう。
少し羨ましさを覚えながら、私はちらりとアンリたちの居る人垣に目をやった。
そのときだ。
――え。
人垣の中心。月のような白銀の瞳が、こちらを見ているのに気が付いた。
無数の人に囲まれながら、彼女は離れた私とアデライトをまっすぐに見え据えている。
彼女は私の視線に気付くと、にこりと笑みを作って歩き出した。
人垣をかき分け向かってくる先は、私たちのいる場所だ。
何事かと周囲がどよめいている。でも、私だって何事かわからない。
オレリア様は私たちの前で立ち止まると、ドレスの裾をつまみ上げて一礼する。
私も彼女に礼を返すが、アデライトは腰に手を当てたままオレリア様を見下ろすだけだ。
少々無礼なその態度に、オレリア様は笑みを深めた。
――なぜ?
と思うより先に、彼女の口が言葉を紡ぐ。
「ご機嫌よう、アデライト様、ミシェル様。――悪役令嬢と、その取り巻きさん」
宴の会場である王宮の大広間。
国中の貴族を集めた宴の中心で、人々に囲まれるアンリを、私は遠くから眺めていた。
二年ぶりのアンリに、昔の少年らしい面影は見られない。長い旅の間に鍛えられた体はたくましく、美丈夫という言葉がよく似合う。
陽光めいた金の髪は変わらないけど、目つきは少し鋭くなった。青い瞳は深みを増し、思慮深さを思わせる。
すっかり大人びた彼の顔つきに、私はアンリとの隔たりを感じずにはいられなかった。
いや、隔たりを感じる一番の理由は、きっと彼の隣にいる女性の存在だ。
人々に笑顔で対応する彼の傍には、ずっと彼女――アンリの旅の仲間である、聖女オレリア様がいた。
オレリア様は、アンリの一つ下の十七歳。透き通るような白い肌に、長い青銀の髪を持つ少女だ。
小柄な体はほっそりとしていて、柔らかくも儚げな雰囲気がある。
アンリと寄り添うと、まるで太陽と月のようで、傍から見てもお似合いの二人だった。
実際、頬を赤くした令嬢が近づくたび、オレリア様がそっとアンリの手を取って牽制する。
そうしてすごすごと引いていく令嬢を、また一人見送ったときだ。
「お兄様のこと、好きにさせていいんですの」
隣から、ツンと澄ました少女の声がかけられる。
振り返れば、目に入るのは毒々しいくらいの赤いドレス。つり目がちな冷たい美貌は、今は苦々しく歪められている。
金の巻き毛を手で払い、氷のような青い目で睨むのは、アンリの隣に立つオレリア様だ。
「……アデライト様」
敵意もあらわな彼女の名前を、私は遠慮がちに口にした。
彼女はアンリの妹にして、このグロワールの第一王女であるアデライトだ。
さらに言うのであれば、彼女は私の現在の主人である。
アンリの旅立ち後、アデライトに侍女として仕えてきた私は、彼女の怒りに戦々恐々としていた。
なにせ彼女は――。
「あんなポッと出の女に手を取られて、幻滅ですわ、お兄様! 私というものがありながら!」
兄が大好きなのである。
それはもう、少し行き過ぎたくらいに。
――またはじまった。
怒りにこぶしを握るアデライトに、私はため息を吐いた。
彼女の兄に対する行き過ぎた愛情も、今ではすっかり慣れっこである。
「落ち着いてください、アデライト様。ポッと出と言っても、二年間も一緒に旅をされたんですから」
「二年なんて!」
どうにかなだめようと呼びかける私に、彼女は噛みつくように叫んだ。
美人の怒りは、慣れていても迫力がある。
思わず強張る私を、彼女はきつく睨みつけた。
「私なんか、お兄様が旅に出るまでの十四年間、ずっと一緒にいたのよ! 七倍よ、七倍!」
キー! とわかりやすく怒るアデライトに、かける言葉は見つからない。
二つ年下のアデライトがどれだけアンリを慕っているのかは、幼少期から二人を見てきた私も重々承知しているのだ。
アデライトとの出会いは、アンリの遊び相手として彼に仕えたのと同じころ。
当時から、彼女はアンリにべったりだった。
原因は、二人のちょっと特殊な事情にある。
アンリはとある『悪癖』のせいで、アデライトは奇妙な言動と突っ走り癖のせいで、周囲から避けられていたのだ。
国王陛下は二人の子供を持て余し、王宮ではなく王妃様の住まう離宮に押し付けた。
だけど離宮にも二人の居場所はなく、アデライトは唯一自分を遠ざけないアンリを慕いに慕っていた。
アンリの傍にいれば、当然のようにアデライトもついてきた。
おかげで周りの大人は、「厄介者をまとめて押し付けろ」と言わんばかりに、私にアデライトの世話まで押し付けて、今に至るというわけである。
――あのころは、アンリも『悪癖』のせいでひねくれていたから、大変だったなあ……。
なんて現実逃避をしている場合ではない。
私の横では、アデライトがますます気勢を上げている。
「二年しか一緒にいなかったくせに、お兄様にベタベタして! 許せないわ、何様のつもりよ!!」
「お声が大きいですよ。ほら、周りも見ていますから……!」
言いながら、私は周囲に視線を向ける。
アデライトの奇行は今に始まったことではなく、離宮ではすっかり見慣れた光景となっている。が、現在は王宮の、しかも国中の貴族が集まる祝いの席だ。
仮にも一国の王女を、人前で奇行に走らせるわけにはいかない。
「二年と言っても魔王退治の旅ですから。命を懸けて、一緒に戦ってきた仲間なんですよ」
待ち続ける私たちは、ときおり届く手紙か噂話でしか、アンリのことを知ることはできない。
旅を続ける彼らにこちらから手紙を出す手段もなく、できるのは彼の無事を祈るだけ。
そんな私たちよりも、オレリア様や旅の仲間たちは、ずっとアンリの近くにいたのだ。
きっと、私たちの知らない絆があるのだろう。
少し羨ましさを覚えながら、私はちらりとアンリたちの居る人垣に目をやった。
そのときだ。
――え。
人垣の中心。月のような白銀の瞳が、こちらを見ているのに気が付いた。
無数の人に囲まれながら、彼女は離れた私とアデライトをまっすぐに見え据えている。
彼女は私の視線に気付くと、にこりと笑みを作って歩き出した。
人垣をかき分け向かってくる先は、私たちのいる場所だ。
何事かと周囲がどよめいている。でも、私だって何事かわからない。
オレリア様は私たちの前で立ち止まると、ドレスの裾をつまみ上げて一礼する。
私も彼女に礼を返すが、アデライトは腰に手を当てたままオレリア様を見下ろすだけだ。
少々無礼なその態度に、オレリア様は笑みを深めた。
――なぜ?
と思うより先に、彼女の口が言葉を紡ぐ。
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