破滅したくない悪役令嬢によって、攻略対象の王子様とくっつけられそうです

村咲

文字の大きさ
19 / 76

王妃の反旗(2)

 ――アンリのため。

「どんな無茶でもできるかしら? あなたが絶対にやりたくないことも、あなたの人生を、すべて変えてしまうようなことも」

 フロランス様は笑っていない。
 真剣なまなざしが、まっすぐに私に向いている。

 誤魔化すことも、逃げることも許されない強い視線に、私は息を呑んだ。

 ――本気でいらっしゃるわ。

 こういうときのフロランス様が、言葉を違えたことはない。
 ここでうなずけば、きっと私は本当に、無茶で、やりたくない、人生を変えてしまうようなことをしなければならなくなる。

 だけど――――。

「どんなことでも、できます」

 私は迷わなかった。

 私は本来、この国にいることも許されないはずの身。
 それを助けてくれたのは、アンリだ。
 だから、その恩を返すためにも――私は従者として、彼に仕えるものとして、どんなことでもする。

 彼に尽くすことが、私の――罪逃れてしまったフロヴェール家の贖罪なのだから。

 ……と覚悟を決めた私に、フロランス様は「にっこり」とでも音が聞こえそうな笑みを浮かべた。

「――――言ったわね」

 満足そうな声。満足そうな笑み。
 なのになぜだろうか。背筋がぞくりと寒くなる。
 アンリのためになんでもする気はあるけれど、今の言葉を撤回したくなってしまう。

「たしかに、私の耳で聞いたわ。今さら嘘だったとは言わないでしょう?」

 そんな私の内心を読み、フロランス様は釘を刺す。
 …………に、逃げられない。

「それでは、ミシェル。手始めに――――」

 〇

 隣国ソレイユの歴史と文化、それから言語を学ぶように――というのが、フロランス様からの最初の命令だった。
 それも十日で、現地人並みの知識と会話能力を得るように、と。

 ――十日で!? 現地人並みに!? い、いえ、それよりもなんのために……!?

 どうしてそんなことをする必要があるのか――という問いに、フロランス様は答えてはくれなかった。
『いずれわかります』と言ったきり、他にやるべきことがあるからと、私たちを部屋から追い出してしまったのだ。



 そういうわけで、私は現在、離宮にあるアデライトの部屋にいた。

「どうしよう……婚約……処刑……お兄様が知らない女と結婚なんて…………」

 アデライトは、ずっとこんな調子だ。
 幼いころから可愛がっているウサギのぬいぐるみを抱きしめたまま、ベッドの上でずっとぐすぐす泣いている。

「やだ……エンディングが来る……ギロチン怖いよぉ……」
「アデライト様が処刑なんてされるはずありませんよ」

 私はベッドの端に腰を掛け、アデライトにそう声をかけた。
 フロランス様からのご命令もあるので、本当はすぐにでもソレイユの勉強をしたいのだけど、さすがにこの状況のアデライトを放ってはおけない。
 部屋を出る前に借り受けた歴史書を膝に置き、私は泣き続けるアデライトの背中を撫でた。

「アンリ様だって、アデライト様を断罪しようなんて思いませんよ。そもそも、アデライト様は悪いことなんてしていらっしゃらないでしょう」

 ギロチンにかけられることなんて、それこそ私の父のような国賊レベルの大罪を犯さなければ起こらない。
 アデライトの悪事なんて、せいぜい夜中におやつを食べたとか、つまみ食いをし過ぎて夕飯が食べられなくなったとか、その程度だ。
 とてもアデライトの心配する未来が起こるとは思えない。

 だけど、私の言葉もアデライトは信じられないらしい。
 泣きはらした目を私に向け、ギッと強く睨みつける。

「そんなのわからないわ! だって、あんなに邪魔したのに、ゲーム通りに婚約されちゃったんだもの!!」
「……それは、そうですけれど」

 たしかに婚約はされたけど――少し強引すぎるのではないだろうか。
 アデライトの話では、『乙女ゲーム』はもっと胸をときめかせるような内容のはずだ。
 これほど一方的な婚約が、本当にゲーム通りなのだろうかと疑問である。

「フロランス様のお話では、アンリ様自身も乗り気ではいらっしゃらないようですし、ゲームとは状況が違うのではないですか?」
「でも……でも! 実際にイベントは起きてるし……それに、そう! お兄様とオレリアは魔王を倒しているのよ!!」

 魔王?
 と首を傾げる私の目の前で、アデライトの表情がますます歪んでいく。
 信じたくない、と言いたげにぬいぐるみに顔をうずめ、彼女は大きく首を振った。

「だってこれ、乙女ゲームなのよ! 腕力で魔王を倒すゲームじゃないの! 攻略対象との絆で倒すのよ!!」
「攻略対象……アンリ様の?」
「そうよ! お兄様との間に愛情がないと、魔王は絶対倒せないの! 魔王は生き残って、そのままバッドエンド直行よ! …………だ、だから……お兄様がオレリアを愛しているのは……確定……?」

 ――アンリがオレリア様を愛している……?

 アデライトの背を撫でる手が止まる。
 昨日の態度を見るに、考えられない――と言いたいが、それは私の勝手な想像だ。

 ――本当に……? ……い、いえ! 私がなにか言う資格はないのだけど……!

 二年前の約束もなかったことになったうえ、『近付かないでくれ』とまで言われている身だ。
 そんな私が、アンリの恋路に口を出すことはできない。
 そもそも、彼が誰を好きになろうと、彼の自由で――――。

「許さないわ! 私のお兄様よ!!」

 自由ではなかった。
 先ほどまで泣いていたアデライトが、今度は顔を真っ赤にして泣きながら怒っている。

「ミシェル以外との結婚なんてさせないんだから! た、たとえ魔王を倒すほどオレリアを愛しているのだとしても――――そ、そうだわ! 取り返せばいいのよ!!」
「……と、取り返す、ですか?」

 興奮したアデライトの様子に、私は思わず身を強張らせる。
 こういうときのアデライトは、だいたい手が付けられないのだ。
 嫌な予感がする。

「お母様が、お兄様も離宮に来てるって言ってたわ! だったら今から、もう一度惚れさせるのよ! ミシェルに!!」
「わ、私ですか!!!??」

 やっぱり!!
 と思う私の腕を、アデライトはむんずと掴んだ。
 細い体つきのくせに、ものすごい力だ。

「当り前じゃない! そうと決まれば行くわよ!!」

 もちろん、私に拒否権なんてない。
 すっかり涙も引き、元気を取り戻してしまったアデライトは、そのまま私を連れて部屋を飛び出した。
感想 42

あなたにおすすめの小説

公爵令嬢は、どう考えても悪役の器じゃないようです。

三歩ミチ
恋愛
*本編は完結しました*  公爵令嬢のキャサリンは、婚約者であるベイル王子から、婚約破棄を言い渡された。その瞬間、「この世界はゲームだ」という認識が流れ込んでくる。そして私は「悪役」らしい。ところがどう考えても悪役らしいことはしていないし、そんなことができる器じゃない。  どうやら破滅は回避したし、ゲームのストーリーも終わっちゃったようだから、あとはまわりのみんなを幸せにしたい!……そこへ攻略対象達や、不遇なヒロインも絡んでくる始末。博愛主義の「悪役令嬢」が奮闘します。 ※小説家になろう様で連載しています。バックアップを兼ねて、こちらでも投稿しています。 ※以前打ち切ったものを、初めから改稿し、完結させました。73以降、展開が大きく変わっています。

運命に勝てない当て馬令嬢の幕引き。

ぽんぽこ狸
恋愛
 気高き公爵家令嬢オリヴィアの護衛騎士であるテオは、ある日、主に天啓を受けたと打ち明けられた。  その内容は運命の女神の聖女として召喚されたマイという少女と、オリヴィアの婚約者であるカルステンをめぐって死闘を繰り広げ命を失うというものだったらしい。  だからこそ、オリヴィアはもう何も望まない。テオは立場を失うオリヴィアの事は忘れて、自らの道を歩むようにと言われてしまう。  しかし、そんなことは出来るはずもなく、テオも将来の王妃をめぐる運命の争いの中に巻き込まれていくのだった。  五万文字いかない程度のお話です。さくっと終わりますので読者様の暇つぶしになればと思います。

「いらない」と捨てられた令嬢、実は全属性持ちの聖女でした

ゆっこ
恋愛
「リリアーナ・エヴァンス。お前との婚約は破棄する。もう用済み そう言い放ったのは、五年間想い続けた婚約者――王太子アレクシスさま。 広間に響く冷たい声。貴族たちの視線が一斉に私へ突き刺さる。 「アレクシスさま……どういう、ことでしょうか……?」 震える声で問い返すと、彼は心底嫌そうに眉を顰めた。 「言葉の意味が理解できないのか? ――お前は“無属性”だ。魔法の才能もなければ、聖女の資質もない。王太子妃として役不足だ」 「無……属性?」

悪役令嬢に仕立て上げられたので領地に引きこもります(長編版)

下菊みこと
恋愛
ギフトを駆使して領地経営! 小説家になろう様でも投稿しています。

〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です

hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。 夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。 自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。 すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。 訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。 円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・ しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・ はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

悪役令嬢に転生しましたが、行いを変えるつもりはありません

れぐまき
恋愛
公爵令嬢セシリアは皇太子との婚約発表舞踏会で、とある男爵令嬢を見かけたことをきっかけに、自分が『宝石の絆』という乙女ゲームのライバルキャラであることを知る。 「…私、間違ってませんわね」 曲がったことが大嫌いなオーバースペック公爵令嬢が自分の信念を貫き通す話 …だったはずが最近はどこか天然の主人公と勘違い王子のすれ違い(勘違い)恋愛話になってきている… 5/13 ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます 5/22 修正完了しました。明日から通常更新に戻ります 9/21 完結しました また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います

『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています

六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。 しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。 「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!