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王妃の反旗(7)
アデライトが助けを呼んでくれたおかげで、どうにか地下から脱出したあと。
私はアンリに連れられて、再びフロランス様の部屋の前を訪れていた。
背後には、急に飛び出したアンリを追ってきたアデライトがいる。
どうしたのか、と事情を聞きたそうな顔をしているが、アンリはそれどころではないらしい。
彼らしくもなく、ノックも忘れて勢いよく扉を開いた。
「――――母上!!」
「あら、アンリ。ちょうど良いところに来ましたね」
フロランス様は部屋の中、窓辺に立って外を眺めているところだった。
いきなり飛び込んで来たアンリに驚くでもなく振り返り、口元に優雅な笑みを浮かべる。
そしてその表情のまま、なんと言うこともないように、特大の問題発言を続けた。
「今しがた、陛下に使者を送ったところです。――アンリには二年前から、すでに正当な婚約者がいる。だからオレリアとは婚約できない、ということを伝えるために」
――………………えっ。
フロランス様の言葉に、部屋全体が凍り付いたように沈黙する。
アンリは立ち止り、アデライトは目を見開き、誰も何も言わない。
冷たい風だけがひゅう、と音を立てて窓から吹き込み、私の頬を撫でた。
――アンリの、正当な婚約者?
聞いたばかりの言葉を繰り返し、私はひとり瞬いた。
正当な――ということは、オレリア様のような一方的な婚約ではないということだ。
しかも二年前。つまりは、旅立つよりも前から。
すなわち、私に求婚したときには、すでにアンリには婚約者がいたということになる。
――うそ、でも、だって……そんな話は…………。
「聞いてないわ!!!!」
そう叫んだのは、私ではない。
よろめきかけた私を押しのけ、前に飛び出したアデライトだ。
「お兄様に婚約者!? 正当な!!? そんな話、私は知らないわ! お母さま、誰よそれ!!」
アデライトの声が、静かな部屋に響き渡る。
声こそは強気なものの、表情は今にも泣き出しそうだ。
フロランス様は、縋るようなアデライトの目を見つめ返し、ふう、と一つ息を吐いた。
「相手はソレイユの下級貴族の娘で、アンリとは長年親しんだ間柄です。彼女との婚約は、アンリ本人はもちろん、大臣たちやソレイユ王家も認める正当なもの。ただし、身分差があるので、十分に根回しができるまではと公表は控えていました」
「な、な、なに、なにそれ…………!?」
「ですが、事ここに至っては、黙ってはいられません。彼女には急ぎ、私の弟コンラートの養女になってもらいました。コンラートは公爵の身分。血が繋がっていないとはいえ、後ろ盾には十分でしょう」
「ま、待って、待ってお母様! ほ、本当に……!?」
「相手の名前はマルティナ。彼女がいる限り、オレリアなどという娘との勝手な婚約などまかりなりません」
「お母様!!!!」
アデライトが悲鳴のような声を上げる。
両手をぎゅっと握りしめ、目には涙まで浮かべ――視線を一度私に向けてから、彼女は駄々をこねるように首を振った。
「い、嫌です! 嫌だわ! 聞いてない! そんな、どこの誰とも知れない相手なんて――――」
「どこの誰とも?」
微笑みを崩さないまま、フロランス様がかすかに首を傾げた。
それから、視線をゆっくりと移動させる。
「まさか。あなたもよく知っている相手のはずですよ」
目を細め、フロランス様が見つめる先。
彼女の瞳が映すのは――――。
「そこにいるでしょう。――ねえ、ミシェル」
私、だった。
愕然と立ち尽くす私を、フロランス様の視線が射貫く。
優雅だけれど――有無を言わさない微笑で、フロランス様はこう続けた。
「アンリのためなら、どんなことでもするんでしょう? ――絶対に嫌なことでも、人生を変えるようなことでも」
私はアンリに連れられて、再びフロランス様の部屋の前を訪れていた。
背後には、急に飛び出したアンリを追ってきたアデライトがいる。
どうしたのか、と事情を聞きたそうな顔をしているが、アンリはそれどころではないらしい。
彼らしくもなく、ノックも忘れて勢いよく扉を開いた。
「――――母上!!」
「あら、アンリ。ちょうど良いところに来ましたね」
フロランス様は部屋の中、窓辺に立って外を眺めているところだった。
いきなり飛び込んで来たアンリに驚くでもなく振り返り、口元に優雅な笑みを浮かべる。
そしてその表情のまま、なんと言うこともないように、特大の問題発言を続けた。
「今しがた、陛下に使者を送ったところです。――アンリには二年前から、すでに正当な婚約者がいる。だからオレリアとは婚約できない、ということを伝えるために」
――………………えっ。
フロランス様の言葉に、部屋全体が凍り付いたように沈黙する。
アンリは立ち止り、アデライトは目を見開き、誰も何も言わない。
冷たい風だけがひゅう、と音を立てて窓から吹き込み、私の頬を撫でた。
――アンリの、正当な婚約者?
聞いたばかりの言葉を繰り返し、私はひとり瞬いた。
正当な――ということは、オレリア様のような一方的な婚約ではないということだ。
しかも二年前。つまりは、旅立つよりも前から。
すなわち、私に求婚したときには、すでにアンリには婚約者がいたということになる。
――うそ、でも、だって……そんな話は…………。
「聞いてないわ!!!!」
そう叫んだのは、私ではない。
よろめきかけた私を押しのけ、前に飛び出したアデライトだ。
「お兄様に婚約者!? 正当な!!? そんな話、私は知らないわ! お母さま、誰よそれ!!」
アデライトの声が、静かな部屋に響き渡る。
声こそは強気なものの、表情は今にも泣き出しそうだ。
フロランス様は、縋るようなアデライトの目を見つめ返し、ふう、と一つ息を吐いた。
「相手はソレイユの下級貴族の娘で、アンリとは長年親しんだ間柄です。彼女との婚約は、アンリ本人はもちろん、大臣たちやソレイユ王家も認める正当なもの。ただし、身分差があるので、十分に根回しができるまではと公表は控えていました」
「な、な、なに、なにそれ…………!?」
「ですが、事ここに至っては、黙ってはいられません。彼女には急ぎ、私の弟コンラートの養女になってもらいました。コンラートは公爵の身分。血が繋がっていないとはいえ、後ろ盾には十分でしょう」
「ま、待って、待ってお母様! ほ、本当に……!?」
「相手の名前はマルティナ。彼女がいる限り、オレリアなどという娘との勝手な婚約などまかりなりません」
「お母様!!!!」
アデライトが悲鳴のような声を上げる。
両手をぎゅっと握りしめ、目には涙まで浮かべ――視線を一度私に向けてから、彼女は駄々をこねるように首を振った。
「い、嫌です! 嫌だわ! 聞いてない! そんな、どこの誰とも知れない相手なんて――――」
「どこの誰とも?」
微笑みを崩さないまま、フロランス様がかすかに首を傾げた。
それから、視線をゆっくりと移動させる。
「まさか。あなたもよく知っている相手のはずですよ」
目を細め、フロランス様が見つめる先。
彼女の瞳が映すのは――――。
「そこにいるでしょう。――ねえ、ミシェル」
私、だった。
愕然と立ち尽くす私を、フロランス様の視線が射貫く。
優雅だけれど――有無を言わさない微笑で、フロランス様はこう続けた。
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