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偽物婚約者(6)
タイレ公爵、もといコンラート様とは、私も面識があった。
彼は王弟の身分であり、公務としてグロワールに訪問することが多い。そのたびにフロランス様の住む離宮に挨拶に来るため、離宮でもよく知られた人物だ。
どこがどう知られているのかと言えば――。
「やあやあやあやあ! 私のかわいい姪っ子! 元気にしていたかい!!」
「わぁあああ! 出た――!!」
「出たとはなんだ、叔父に向かって!」
と言いながら、コンラート様は逃げようとするアデライトを抱きしめる。
もっともアデライトが抵抗するためか、親愛のハグというよりは、どこをどう見ても羽交い絞めの状態だ。
叔父と姪の過激な挨拶を交わしている、現在の居場所は離宮の回廊。せわしなく立ち働く使用人たちが振り向こうとも、彼は気に留めた様子もない。
ちなみに同じことをアンリもやられたし、実のところ私もやられている。
コンラート様は子供好きだけど子供がなく、そのぶんアンリとアデライトを溺愛していらっしゃるのだ。私はまあ……二人のついでで、恐れ多くも一緒にかわいがっていただいている。
しかし、溺愛も行き過ぎれば伝わらないと言うべきか。
構い過ぎて猫に嫌われるがごとく、アデライトはコンラート様に苦手意識を持ってしまっていた。
「おおおおお叔父様! なんでいらっしゃるの!? 来るなんて聞いていませんわ!!」
「マルティナの計画に私がいないとはじまらないだろう! まあ、今日来るとは一言も言わなかったけどね!」
などと言って、びちびち暴れるアデライトを捕らえるコンラート様の後ろ姿を横目に、私はアンリと顔を見合わせた。
ソレイユ語の勉強は後回しだ、とコンラート様に連れ出された回廊。これからどこに向かうかは、私にもアンリにもわらない。
○
「姉上に頼まれたんだよ。グロワール国王にマルティナを紹介する場に、私に同席してほしいって。それで大急ぎ、駆けつけて来たってわけだ」
隙を見て逃げ出したアデライトを見送ったあと。
コンラート様は回廊を歩きつつ、私たちにそう説明した。
「口裏を合わせるためには打ち合わせが必要だし、親子らしく振舞うための準備もいるだろう。今のミシェル君は、親子というにはちょっと私に遠慮しすぎだからね」
言いながら、コンラート様は私に目を向ける。
反射的に背筋を伸ばせば、彼は肩を竦めて苦笑した。
「そういうわけで、ミシェル君には私の娘という立場に慣れてもらおうと思う。妻のレーアも連れて来たから、しばらくは親子水入らずだ。ソレイユ貴族家の女性としての立ち振る舞いや、流行なんかもレーアから聞くといいだろう」
「は、はい。ありがとうございます」
お世話になります、と頭を下げる私の背中を、コンラート様は親しげに叩く。
それから私とアンリを交互に眺め、彼はいかにも頼りがいのある胸を張ってみせた。
「姉上には、ミシェル君を完璧な『マルティナ』にするようにと言われているからね。まあ、任せてくれたまえ。私がきちんと、君をアンリの婚約者に仕上げてみせよう!」
その結果がこれである。
「……ミシェル、ごめん」
「……いえ。アンリ様が悪いわけでは」
ない。
ないのだけど――と思いながら、私はそっと正面に座るアンリを窺い見た。
現在のアンリは、いつもの身軽な格好でもなく、勇者らしい旅装でもない。
かっちりとしたジャケットにコートまで着こんだ、式典にでも参加するような正装だ。
丁寧に整えられた髪型は、アンリの端正な輪郭をより鮮明にする。
いつもと印象の違う彼を見ていられず、私は耐えられずに目を逸らした。
かくいう私も、いつもと服装が違う。
アデライトを追いかけるための動きやすいワンピースではなく、ソレイユ式の装飾の多いドレス。左右非対称に結んだ髪も、自分では絶対にやらない髪型だ。
濃いめの化粧は、アンリにどう見られているのだろう。恥ずかしさにそわそわと視線をさまよわせるけれど、周囲に救いになりそうなものはない。
部屋の中には、私とアンリの二人きり。
部屋にあるのは、丸テーブルと、ちょっとしたお茶とお菓子だけ。
ここまで連れてきたコンラート様と、奥方のレーア様は、『あとは若い二人に』と言って出て行ってしまった。
これは、つまり、要するに――。
「……見合い、させられてるんだな、俺たち」
「……ですね」
ぽつりとつぶやいたアンリの言葉に、私も力なく頷いた。
完璧なアンリの婚約者に仕上げる――って、こういう意味だったんですね……。
彼は王弟の身分であり、公務としてグロワールに訪問することが多い。そのたびにフロランス様の住む離宮に挨拶に来るため、離宮でもよく知られた人物だ。
どこがどう知られているのかと言えば――。
「やあやあやあやあ! 私のかわいい姪っ子! 元気にしていたかい!!」
「わぁあああ! 出た――!!」
「出たとはなんだ、叔父に向かって!」
と言いながら、コンラート様は逃げようとするアデライトを抱きしめる。
もっともアデライトが抵抗するためか、親愛のハグというよりは、どこをどう見ても羽交い絞めの状態だ。
叔父と姪の過激な挨拶を交わしている、現在の居場所は離宮の回廊。せわしなく立ち働く使用人たちが振り向こうとも、彼は気に留めた様子もない。
ちなみに同じことをアンリもやられたし、実のところ私もやられている。
コンラート様は子供好きだけど子供がなく、そのぶんアンリとアデライトを溺愛していらっしゃるのだ。私はまあ……二人のついでで、恐れ多くも一緒にかわいがっていただいている。
しかし、溺愛も行き過ぎれば伝わらないと言うべきか。
構い過ぎて猫に嫌われるがごとく、アデライトはコンラート様に苦手意識を持ってしまっていた。
「おおおおお叔父様! なんでいらっしゃるの!? 来るなんて聞いていませんわ!!」
「マルティナの計画に私がいないとはじまらないだろう! まあ、今日来るとは一言も言わなかったけどね!」
などと言って、びちびち暴れるアデライトを捕らえるコンラート様の後ろ姿を横目に、私はアンリと顔を見合わせた。
ソレイユ語の勉強は後回しだ、とコンラート様に連れ出された回廊。これからどこに向かうかは、私にもアンリにもわらない。
○
「姉上に頼まれたんだよ。グロワール国王にマルティナを紹介する場に、私に同席してほしいって。それで大急ぎ、駆けつけて来たってわけだ」
隙を見て逃げ出したアデライトを見送ったあと。
コンラート様は回廊を歩きつつ、私たちにそう説明した。
「口裏を合わせるためには打ち合わせが必要だし、親子らしく振舞うための準備もいるだろう。今のミシェル君は、親子というにはちょっと私に遠慮しすぎだからね」
言いながら、コンラート様は私に目を向ける。
反射的に背筋を伸ばせば、彼は肩を竦めて苦笑した。
「そういうわけで、ミシェル君には私の娘という立場に慣れてもらおうと思う。妻のレーアも連れて来たから、しばらくは親子水入らずだ。ソレイユ貴族家の女性としての立ち振る舞いや、流行なんかもレーアから聞くといいだろう」
「は、はい。ありがとうございます」
お世話になります、と頭を下げる私の背中を、コンラート様は親しげに叩く。
それから私とアンリを交互に眺め、彼はいかにも頼りがいのある胸を張ってみせた。
「姉上には、ミシェル君を完璧な『マルティナ』にするようにと言われているからね。まあ、任せてくれたまえ。私がきちんと、君をアンリの婚約者に仕上げてみせよう!」
その結果がこれである。
「……ミシェル、ごめん」
「……いえ。アンリ様が悪いわけでは」
ない。
ないのだけど――と思いながら、私はそっと正面に座るアンリを窺い見た。
現在のアンリは、いつもの身軽な格好でもなく、勇者らしい旅装でもない。
かっちりとしたジャケットにコートまで着こんだ、式典にでも参加するような正装だ。
丁寧に整えられた髪型は、アンリの端正な輪郭をより鮮明にする。
いつもと印象の違う彼を見ていられず、私は耐えられずに目を逸らした。
かくいう私も、いつもと服装が違う。
アデライトを追いかけるための動きやすいワンピースではなく、ソレイユ式の装飾の多いドレス。左右非対称に結んだ髪も、自分では絶対にやらない髪型だ。
濃いめの化粧は、アンリにどう見られているのだろう。恥ずかしさにそわそわと視線をさまよわせるけれど、周囲に救いになりそうなものはない。
部屋の中には、私とアンリの二人きり。
部屋にあるのは、丸テーブルと、ちょっとしたお茶とお菓子だけ。
ここまで連れてきたコンラート様と、奥方のレーア様は、『あとは若い二人に』と言って出て行ってしまった。
これは、つまり、要するに――。
「……見合い、させられてるんだな、俺たち」
「……ですね」
ぽつりとつぶやいたアンリの言葉に、私も力なく頷いた。
完璧なアンリの婚約者に仕上げる――って、こういう意味だったんですね……。
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