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偽物婚約者(7)
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一応、この見合いにも意味がある――。
と、私を飾り立てたレーア様がおっしゃっていた。
着飾ったのは、ソレイユ式の服装に慣れるため。
厚化粧は、顔の割れている私の面影を隠すため。
『ああ嬉しい、わたし、娘がいたらいろんな格好をさせてみたいと思ってたの。ミシェルさんは元の顔立ちが大人しいから弄りがいがあるわ。とびっきりきれいにして、アンリ様を驚かせましょうね!』
なんて言いながら、持参されたドレスを十も二十も着せ替えたのも、今回の計画のためだという。
ちなみに、アンリを担当したのはコンラート様だ。
陛下の前ではアンリも正装をする必要があるので、今のうちに互いに見慣れておくべきだろう――とは言われたものの、素直にその通りだと受け取ることは、私もアンリもできなかった。
「……叔父上も母上も、ぜんぜん人の話を聞かないから。君にはいつも迷惑をかけるな」
はあ、とため息をつきながら、アンリはせっかく整えた髪をくしゃりと乱す。
その仕草さえも様になっていて、私はまっすぐに見られない。
落ち着かずにそわそわと目を逸らす私に、アンリが訝しげに眉をひそめた。
「ミシェル、どうかしたのか?」
そう言って、テーブルを挟んで身を乗り出すアンリにぎくりとした。
近づいてくる顔に、頬が勝手に熱を持つ。
「ええと……」
頬の熱を隠すようにうつむくと、私はどうにか声を絞り出した。
それからなるべく平静を装い、なんてことのないようにこう続ける。
「いつもと雰囲気が違うので、その、驚いてしまって」
「ああ」
私の言葉に、アンリが苦笑するように息を吐く。
ちらりと姿を窺い見れば、少し照れ臭そうに自分の姿を見下ろしていた。
「君の前では、あまりこういう格好はしないからな。……でも、そういう意味なら、俺も驚いている」
自身に向けていた視線を、アンリはふと私に向けた。
窺い見ていた私と、ちょうど目が合う。思わず強張る私とは対照的に、彼はやわらかく目を細めた。
「君も、いつもとずいぶんと印象が違う」
「お、お恥ずかしいです。こんなに着飾ること、なかったので……」
これでも私は伯爵家の娘――と言いたいけれど、私は伯爵令嬢として着飾ったことは一度もない。
実家のフロヴェール伯爵家には優秀な姉が二人いて、みそっかすの末っ子である私はほとんど家族に顧みられたことがなかった。
アデライトの侍女となってからは、彼女の付き添いのために整った格好をさせてもらえているけれど――相手は、やっぱりアデライトである。
暴走しがちな彼女を止めるためには、動きやすい服装が最優先だった。
なので、今の私の格好は、本当に生まれて初めてだ。
踵の高い靴に、重たいくらいの装飾。レーア様が選んでくださったドレスはどれも上等で、袖を通すのも恐れ多いくらいだった。
すっかり飾り立てられた今でも、私なんかが着ていいのだろうかと思ってしまう。
「いや」
恥ずかしさに肩を縮める私に、アンリは首を横に振る。
瞳は私を見つめたまま、口にする言葉にはためらいがない。
「その姿も、よく似合っている。すごくきれいだ」
「ありがとう……ございます……」
かすれたその言葉の他に、私はなにも言えず目を伏せた。
額からは、変な汗がにじんでいる。鼓動の音がうるさい。
顔の熱を、もうどうやっても隠せそうになかった。
と、私を飾り立てたレーア様がおっしゃっていた。
着飾ったのは、ソレイユ式の服装に慣れるため。
厚化粧は、顔の割れている私の面影を隠すため。
『ああ嬉しい、わたし、娘がいたらいろんな格好をさせてみたいと思ってたの。ミシェルさんは元の顔立ちが大人しいから弄りがいがあるわ。とびっきりきれいにして、アンリ様を驚かせましょうね!』
なんて言いながら、持参されたドレスを十も二十も着せ替えたのも、今回の計画のためだという。
ちなみに、アンリを担当したのはコンラート様だ。
陛下の前ではアンリも正装をする必要があるので、今のうちに互いに見慣れておくべきだろう――とは言われたものの、素直にその通りだと受け取ることは、私もアンリもできなかった。
「……叔父上も母上も、ぜんぜん人の話を聞かないから。君にはいつも迷惑をかけるな」
はあ、とため息をつきながら、アンリはせっかく整えた髪をくしゃりと乱す。
その仕草さえも様になっていて、私はまっすぐに見られない。
落ち着かずにそわそわと目を逸らす私に、アンリが訝しげに眉をひそめた。
「ミシェル、どうかしたのか?」
そう言って、テーブルを挟んで身を乗り出すアンリにぎくりとした。
近づいてくる顔に、頬が勝手に熱を持つ。
「ええと……」
頬の熱を隠すようにうつむくと、私はどうにか声を絞り出した。
それからなるべく平静を装い、なんてことのないようにこう続ける。
「いつもと雰囲気が違うので、その、驚いてしまって」
「ああ」
私の言葉に、アンリが苦笑するように息を吐く。
ちらりと姿を窺い見れば、少し照れ臭そうに自分の姿を見下ろしていた。
「君の前では、あまりこういう格好はしないからな。……でも、そういう意味なら、俺も驚いている」
自身に向けていた視線を、アンリはふと私に向けた。
窺い見ていた私と、ちょうど目が合う。思わず強張る私とは対照的に、彼はやわらかく目を細めた。
「君も、いつもとずいぶんと印象が違う」
「お、お恥ずかしいです。こんなに着飾ること、なかったので……」
これでも私は伯爵家の娘――と言いたいけれど、私は伯爵令嬢として着飾ったことは一度もない。
実家のフロヴェール伯爵家には優秀な姉が二人いて、みそっかすの末っ子である私はほとんど家族に顧みられたことがなかった。
アデライトの侍女となってからは、彼女の付き添いのために整った格好をさせてもらえているけれど――相手は、やっぱりアデライトである。
暴走しがちな彼女を止めるためには、動きやすい服装が最優先だった。
なので、今の私の格好は、本当に生まれて初めてだ。
踵の高い靴に、重たいくらいの装飾。レーア様が選んでくださったドレスはどれも上等で、袖を通すのも恐れ多いくらいだった。
すっかり飾り立てられた今でも、私なんかが着ていいのだろうかと思ってしまう。
「いや」
恥ずかしさに肩を縮める私に、アンリは首を横に振る。
瞳は私を見つめたまま、口にする言葉にはためらいがない。
「その姿も、よく似合っている。すごくきれいだ」
「ありがとう……ございます……」
かすれたその言葉の他に、私はなにも言えず目を伏せた。
額からは、変な汗がにじんでいる。鼓動の音がうるさい。
顔の熱を、もうどうやっても隠せそうになかった。
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