39 / 76
エンディングイベント開始(3)
しおりを挟む
「このゲーム、致命的なフラグ不足だったり、魔王を倒すパラメーターが足りなかったり、重要な戦闘で全滅したりすると、ゲームオーバーになるの。もちろんゲームだから、すぐにセーブデータをロードしてやり直しができるけど……!」
焦るアデライトの言葉を、私は頭の中でかみ砕く。
セーブデータ、という概念は、本でいうしおりのようなものだと聞いていた。
ページを戻すように、過ぎた時間を巻き戻す。そうしてもう一度同じ場所からやり直すのだ。
だけど当然、この現実にそんなものは存在しない。
失敗したら、すべてそのままだ。
「いくつかあるゲームオーバーの中に、魔王を倒せないままグロワールに戻る終わり方があるの。これがちょっと意味深で、いろいろ解釈があって……!」
説明に悩むように、アデライトは一度視線を落とした。
それから重たげに顔を上げ、遠く見える王宮の影を見つめる。
「……ミシェルは、魔王がどんなものか知ってる?」
「どんなもの……というと」
私は頭の中で、話に聞く魔王を思い浮かべる。
魔王を描く物語は多い。どれも邪悪で、恐ろしく、人間の敵であることは間違いない。
魔族を率い、人を襲い、最後にはいつも勇者に倒される存在だ。
でも――。
「人の身の丈の三倍はある大男だとか、青白い肌をした化け物だとか、鱗と羽を持つとか……そういえば、具体的にどんな姿かは知りませんね。話によってもまちまちですし……」
魔族であれば、人に似た姿をしている。
魔物であれば、その種族ごとに似通った姿をしているのが当たり前だ。
だけど、世間に伝わる魔王の姿は、人型だったりまったくの異形だったりと、あまりにも姿がばらばらだ。
魔王の姿を見た人がほとんどいない――という理由はあるにしても、改めて考えると奇妙な気もする。
「……魔王はね、特定の姿を持たないのよ。実体がない、という方がわかりやすいかも」
「実体がない……?」
「魔王は、人に憑りつく存在なの。弱い心や悪い心、不安定な気持ちを持つ誰かに憑りついて、相手を魔王に作り変えてしまうもの。……だからこそ、攻略対象との絆で倒すことができるのよ」
なるほど、と私は口の中でつぶやいた。
実体を持たず、他人の体を利用するからこそ、魔王の姿は定まらない。
きっと魔王が憑りつくのは、人間だけではないのだろう。人も、魔物も、もしかしたら魔族にだって憑りつくから、姿かたちがばらばらなのだ。
「魔王の実体を倒しても、そのあとに出てくる本体を倒せなければ意味がないわ。だから倒す方法は、実体を倒すだけの物理的な力と、魔王に付け入られない強い心を持っていること。ゲーム的には、物理的な方はパラメーターで、強い心の方は攻略対象との仲で決まるわ」
攻略対象――つまりはアンリとの仲が深ければ、魔王の入り込む隙はない。
憑りつく先を見つけられない魔王は、そのまま消滅する他にないそうだ。
だけど、もしもこの絆が不完全だった場合は――。
「魔王は消滅せず、ゲームオーバー。ロードして、最低限魔王を倒せるくらいには好感度を上げ直す必要があるの」
「まさか……」
そこまで言われれば、私もアデライトの言いたいことに想像がつく。
アンリとオレリア様に絆はなかった。
魔王が付け入る隙は――あったはずだ。
「乙女ゲームだし、簡単にゲームオーバーにならないよう救済がいろいろあるのよ。好感度が足りなくても、ノーマルエンドか、せめてスチルありのバッドエンドにはなるから、かえって見るのが珍しいって言われているくらい。……それで、今まで忘れていたのよ。魔王が倒せないままグロワールに戻ってくるエンドのこと」
「……どんなエンディングなんですか?」
私の問いに、アデライトは鉄仮面の奥から視線を向ける。
彼女らしくもない、不安に揺れる暗い目だった。
「魔王を倒せなかったことに気が付かないまま、帰ってきたグロワールで盛大に祝われるの。攻略対象も一緒の祝福ムードの中で、オレリアのモノローグが流れるわ。『そういえば、魔王を倒したときに出てきた黒いもやはなんだったんだろう……』って。それで終わり。それ以上は言及されないし、その後どうなったかも出てこないけど――」
「その場にいた誰かに、魔王が憑りついたかもしれない……ってことですよね、きっと」
アデライトの言葉を引き取って、私は静かにそう告げた。
誰か――とは言ったけれど、その相手は考えるまでもない。
――オレリア様。
頭に浮かぶのは、恋を叶えられず、絆を得られず、心揺れる少女の姿だ。
控えめで、心優しい聖女オレリア。
噂で聞いていた彼女と、グロワールで見た彼女がかけ離れていた理由を、私はようやく理解する。
――アンリのこと、本当に好きだったんだろうな。
魔王に憑かれ、悪心に染まり、それでもなお、彼女はアンリを求めてやまないのだ。
焦るアデライトの言葉を、私は頭の中でかみ砕く。
セーブデータ、という概念は、本でいうしおりのようなものだと聞いていた。
ページを戻すように、過ぎた時間を巻き戻す。そうしてもう一度同じ場所からやり直すのだ。
だけど当然、この現実にそんなものは存在しない。
失敗したら、すべてそのままだ。
「いくつかあるゲームオーバーの中に、魔王を倒せないままグロワールに戻る終わり方があるの。これがちょっと意味深で、いろいろ解釈があって……!」
説明に悩むように、アデライトは一度視線を落とした。
それから重たげに顔を上げ、遠く見える王宮の影を見つめる。
「……ミシェルは、魔王がどんなものか知ってる?」
「どんなもの……というと」
私は頭の中で、話に聞く魔王を思い浮かべる。
魔王を描く物語は多い。どれも邪悪で、恐ろしく、人間の敵であることは間違いない。
魔族を率い、人を襲い、最後にはいつも勇者に倒される存在だ。
でも――。
「人の身の丈の三倍はある大男だとか、青白い肌をした化け物だとか、鱗と羽を持つとか……そういえば、具体的にどんな姿かは知りませんね。話によってもまちまちですし……」
魔族であれば、人に似た姿をしている。
魔物であれば、その種族ごとに似通った姿をしているのが当たり前だ。
だけど、世間に伝わる魔王の姿は、人型だったりまったくの異形だったりと、あまりにも姿がばらばらだ。
魔王の姿を見た人がほとんどいない――という理由はあるにしても、改めて考えると奇妙な気もする。
「……魔王はね、特定の姿を持たないのよ。実体がない、という方がわかりやすいかも」
「実体がない……?」
「魔王は、人に憑りつく存在なの。弱い心や悪い心、不安定な気持ちを持つ誰かに憑りついて、相手を魔王に作り変えてしまうもの。……だからこそ、攻略対象との絆で倒すことができるのよ」
なるほど、と私は口の中でつぶやいた。
実体を持たず、他人の体を利用するからこそ、魔王の姿は定まらない。
きっと魔王が憑りつくのは、人間だけではないのだろう。人も、魔物も、もしかしたら魔族にだって憑りつくから、姿かたちがばらばらなのだ。
「魔王の実体を倒しても、そのあとに出てくる本体を倒せなければ意味がないわ。だから倒す方法は、実体を倒すだけの物理的な力と、魔王に付け入られない強い心を持っていること。ゲーム的には、物理的な方はパラメーターで、強い心の方は攻略対象との仲で決まるわ」
攻略対象――つまりはアンリとの仲が深ければ、魔王の入り込む隙はない。
憑りつく先を見つけられない魔王は、そのまま消滅する他にないそうだ。
だけど、もしもこの絆が不完全だった場合は――。
「魔王は消滅せず、ゲームオーバー。ロードして、最低限魔王を倒せるくらいには好感度を上げ直す必要があるの」
「まさか……」
そこまで言われれば、私もアデライトの言いたいことに想像がつく。
アンリとオレリア様に絆はなかった。
魔王が付け入る隙は――あったはずだ。
「乙女ゲームだし、簡単にゲームオーバーにならないよう救済がいろいろあるのよ。好感度が足りなくても、ノーマルエンドか、せめてスチルありのバッドエンドにはなるから、かえって見るのが珍しいって言われているくらい。……それで、今まで忘れていたのよ。魔王が倒せないままグロワールに戻ってくるエンドのこと」
「……どんなエンディングなんですか?」
私の問いに、アデライトは鉄仮面の奥から視線を向ける。
彼女らしくもない、不安に揺れる暗い目だった。
「魔王を倒せなかったことに気が付かないまま、帰ってきたグロワールで盛大に祝われるの。攻略対象も一緒の祝福ムードの中で、オレリアのモノローグが流れるわ。『そういえば、魔王を倒したときに出てきた黒いもやはなんだったんだろう……』って。それで終わり。それ以上は言及されないし、その後どうなったかも出てこないけど――」
「その場にいた誰かに、魔王が憑りついたかもしれない……ってことですよね、きっと」
アデライトの言葉を引き取って、私は静かにそう告げた。
誰か――とは言ったけれど、その相手は考えるまでもない。
――オレリア様。
頭に浮かぶのは、恋を叶えられず、絆を得られず、心揺れる少女の姿だ。
控えめで、心優しい聖女オレリア。
噂で聞いていた彼女と、グロワールで見た彼女がかけ離れていた理由を、私はようやく理解する。
――アンリのこと、本当に好きだったんだろうな。
魔王に憑かれ、悪心に染まり、それでもなお、彼女はアンリを求めてやまないのだ。
10
あなたにおすすめの小説
魔法学園の悪役令嬢、破局の未来を知って推し変したら捨てた王子が溺愛に目覚めたようで!?
朱音ゆうひ@『桜の嫁入り』発売中です
恋愛
『完璧な王太子』アトレインの婚約者パメラは、自分が小説の悪役令嬢に転生していると気づく。
このままでは破滅まっしぐら。アトレインとは破局する。でも最推しは別にいる!
それは、悪役教授ネクロセフ。
顔が良くて、知性紳士で、献身的で愛情深い人物だ。
「アトレイン殿下とは円満に別れて、推し活して幸せになります!」
……のはずが。
「夢小説とは何だ?」
「殿下、私の夢小説を読まないでください!」
完璧を演じ続けてきた王太子×悪役を押し付けられた推し活令嬢。
破滅回避から始まる、魔法学園・溺愛・逆転ラブコメディ!
小説家になろうでも同時更新しています(https://ncode.syosetu.com/n5963lh/)。
婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。
黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」
豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。
しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。
婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?
こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。
「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」
そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。
【毒を検知しました】
「え?」
私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。
※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです
断罪中、味方が多すぎて王子が孤立している件について
夏乃みのり
恋愛
バーンスタイン伯爵家の令嬢ラミリアは、魔力も剣の才能もない「ごく普通」の地味な女性。
ある日のパーティーで、婚約者であるジェラルド第二王子から「地味で無能で嫉妬深い」と罵られ、身に覚えのない罪で婚約破棄を突きつけられてしまう。
しかし、断罪劇は予想外の展開へ。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
侯爵家の婚約者
やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。
7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。
その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。
カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。
家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。
だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。
17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。
そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。
全86話+番外編の予定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる