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エンディングイベント開始(3)
「このゲーム、致命的なフラグ不足だったり、魔王を倒すパラメーターが足りなかったり、重要な戦闘で全滅したりすると、ゲームオーバーになるの。もちろんゲームだから、すぐにセーブデータをロードしてやり直しができるけど……!」
焦るアデライトの言葉を、私は頭の中でかみ砕く。
セーブデータ、という概念は、本でいうしおりのようなものだと聞いていた。
ページを戻すように、過ぎた時間を巻き戻す。そうしてもう一度同じ場所からやり直すのだ。
だけど当然、この現実にそんなものは存在しない。
失敗したら、すべてそのままだ。
「いくつかあるゲームオーバーの中に、魔王を倒せないままグロワールに戻る終わり方があるの。これがちょっと意味深で、いろいろ解釈があって……!」
説明に悩むように、アデライトは一度視線を落とした。
それから重たげに顔を上げ、遠く見える王宮の影を見つめる。
「……ミシェルは、魔王がどんなものか知ってる?」
「どんなもの……というと」
私は頭の中で、話に聞く魔王を思い浮かべる。
魔王を描く物語は多い。どれも邪悪で、恐ろしく、人間の敵であることは間違いない。
魔族を率い、人を襲い、最後にはいつも勇者に倒される存在だ。
でも――。
「人の身の丈の三倍はある大男だとか、青白い肌をした化け物だとか、鱗と羽を持つとか……そういえば、具体的にどんな姿かは知りませんね。話によってもまちまちですし……」
魔族であれば、人に似た姿をしている。
魔物であれば、その種族ごとに似通った姿をしているのが当たり前だ。
だけど、世間に伝わる魔王の姿は、人型だったりまったくの異形だったりと、あまりにも姿がばらばらだ。
魔王の姿を見た人がほとんどいない――という理由はあるにしても、改めて考えると奇妙な気もする。
「……魔王はね、特定の姿を持たないのよ。実体がない、という方がわかりやすいかも」
「実体がない……?」
「魔王は、人に憑りつく存在なの。弱い心や悪い心、不安定な気持ちを持つ誰かに憑りついて、相手を魔王に作り変えてしまうもの。……だからこそ、攻略対象との絆で倒すことができるのよ」
なるほど、と私は口の中でつぶやいた。
実体を持たず、他人の体を利用するからこそ、魔王の姿は定まらない。
きっと魔王が憑りつくのは、人間だけではないのだろう。人も、魔物も、もしかしたら魔族にだって憑りつくから、姿かたちがばらばらなのだ。
「魔王の実体を倒しても、そのあとに出てくる本体を倒せなければ意味がないわ。だから倒す方法は、実体を倒すだけの物理的な力と、魔王に付け入られない強い心を持っていること。ゲーム的には、物理的な方はパラメーターで、強い心の方は攻略対象との仲で決まるわ」
攻略対象――つまりはアンリとの仲が深ければ、魔王の入り込む隙はない。
憑りつく先を見つけられない魔王は、そのまま消滅する他にないそうだ。
だけど、もしもこの絆が不完全だった場合は――。
「魔王は消滅せず、ゲームオーバー。ロードして、最低限魔王を倒せるくらいには好感度を上げ直す必要があるの」
「まさか……」
そこまで言われれば、私もアデライトの言いたいことに想像がつく。
アンリとオレリア様に絆はなかった。
魔王が付け入る隙は――あったはずだ。
「乙女ゲームだし、簡単にゲームオーバーにならないよう救済がいろいろあるのよ。好感度が足りなくても、ノーマルエンドか、せめてスチルありのバッドエンドにはなるから、かえって見るのが珍しいって言われているくらい。……それで、今まで忘れていたのよ。魔王が倒せないままグロワールに戻ってくるエンドのこと」
「……どんなエンディングなんですか?」
私の問いに、アデライトは鉄仮面の奥から視線を向ける。
彼女らしくもない、不安に揺れる暗い目だった。
「魔王を倒せなかったことに気が付かないまま、帰ってきたグロワールで盛大に祝われるの。攻略対象も一緒の祝福ムードの中で、オレリアのモノローグが流れるわ。『そういえば、魔王を倒したときに出てきた黒いもやはなんだったんだろう……』って。それで終わり。それ以上は言及されないし、その後どうなったかも出てこないけど――」
「その場にいた誰かに、魔王が憑りついたかもしれない……ってことですよね、きっと」
アデライトの言葉を引き取って、私は静かにそう告げた。
誰か――とは言ったけれど、その相手は考えるまでもない。
――オレリア様。
頭に浮かぶのは、恋を叶えられず、絆を得られず、心揺れる少女の姿だ。
控えめで、心優しい聖女オレリア。
噂で聞いていた彼女と、グロワールで見た彼女がかけ離れていた理由を、私はようやく理解する。
――アンリのこと、本当に好きだったんだろうな。
魔王に憑かれ、悪心に染まり、それでもなお、彼女はアンリを求めてやまないのだ。
焦るアデライトの言葉を、私は頭の中でかみ砕く。
セーブデータ、という概念は、本でいうしおりのようなものだと聞いていた。
ページを戻すように、過ぎた時間を巻き戻す。そうしてもう一度同じ場所からやり直すのだ。
だけど当然、この現実にそんなものは存在しない。
失敗したら、すべてそのままだ。
「いくつかあるゲームオーバーの中に、魔王を倒せないままグロワールに戻る終わり方があるの。これがちょっと意味深で、いろいろ解釈があって……!」
説明に悩むように、アデライトは一度視線を落とした。
それから重たげに顔を上げ、遠く見える王宮の影を見つめる。
「……ミシェルは、魔王がどんなものか知ってる?」
「どんなもの……というと」
私は頭の中で、話に聞く魔王を思い浮かべる。
魔王を描く物語は多い。どれも邪悪で、恐ろしく、人間の敵であることは間違いない。
魔族を率い、人を襲い、最後にはいつも勇者に倒される存在だ。
でも――。
「人の身の丈の三倍はある大男だとか、青白い肌をした化け物だとか、鱗と羽を持つとか……そういえば、具体的にどんな姿かは知りませんね。話によってもまちまちですし……」
魔族であれば、人に似た姿をしている。
魔物であれば、その種族ごとに似通った姿をしているのが当たり前だ。
だけど、世間に伝わる魔王の姿は、人型だったりまったくの異形だったりと、あまりにも姿がばらばらだ。
魔王の姿を見た人がほとんどいない――という理由はあるにしても、改めて考えると奇妙な気もする。
「……魔王はね、特定の姿を持たないのよ。実体がない、という方がわかりやすいかも」
「実体がない……?」
「魔王は、人に憑りつく存在なの。弱い心や悪い心、不安定な気持ちを持つ誰かに憑りついて、相手を魔王に作り変えてしまうもの。……だからこそ、攻略対象との絆で倒すことができるのよ」
なるほど、と私は口の中でつぶやいた。
実体を持たず、他人の体を利用するからこそ、魔王の姿は定まらない。
きっと魔王が憑りつくのは、人間だけではないのだろう。人も、魔物も、もしかしたら魔族にだって憑りつくから、姿かたちがばらばらなのだ。
「魔王の実体を倒しても、そのあとに出てくる本体を倒せなければ意味がないわ。だから倒す方法は、実体を倒すだけの物理的な力と、魔王に付け入られない強い心を持っていること。ゲーム的には、物理的な方はパラメーターで、強い心の方は攻略対象との仲で決まるわ」
攻略対象――つまりはアンリとの仲が深ければ、魔王の入り込む隙はない。
憑りつく先を見つけられない魔王は、そのまま消滅する他にないそうだ。
だけど、もしもこの絆が不完全だった場合は――。
「魔王は消滅せず、ゲームオーバー。ロードして、最低限魔王を倒せるくらいには好感度を上げ直す必要があるの」
「まさか……」
そこまで言われれば、私もアデライトの言いたいことに想像がつく。
アンリとオレリア様に絆はなかった。
魔王が付け入る隙は――あったはずだ。
「乙女ゲームだし、簡単にゲームオーバーにならないよう救済がいろいろあるのよ。好感度が足りなくても、ノーマルエンドか、せめてスチルありのバッドエンドにはなるから、かえって見るのが珍しいって言われているくらい。……それで、今まで忘れていたのよ。魔王が倒せないままグロワールに戻ってくるエンドのこと」
「……どんなエンディングなんですか?」
私の問いに、アデライトは鉄仮面の奥から視線を向ける。
彼女らしくもない、不安に揺れる暗い目だった。
「魔王を倒せなかったことに気が付かないまま、帰ってきたグロワールで盛大に祝われるの。攻略対象も一緒の祝福ムードの中で、オレリアのモノローグが流れるわ。『そういえば、魔王を倒したときに出てきた黒いもやはなんだったんだろう……』って。それで終わり。それ以上は言及されないし、その後どうなったかも出てこないけど――」
「その場にいた誰かに、魔王が憑りついたかもしれない……ってことですよね、きっと」
アデライトの言葉を引き取って、私は静かにそう告げた。
誰か――とは言ったけれど、その相手は考えるまでもない。
――オレリア様。
頭に浮かぶのは、恋を叶えられず、絆を得られず、心揺れる少女の姿だ。
控えめで、心優しい聖女オレリア。
噂で聞いていた彼女と、グロワールで見た彼女がかけ離れていた理由を、私はようやく理解する。
――アンリのこと、本当に好きだったんだろうな。
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