破滅したくない悪役令嬢によって、攻略対象の王子様とくっつけられそうです

村咲

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エンディングイベント開始(5)

 説得はできない。
 外壁に到着してすぐに、私はそのことを理解した。

「お待ちしておりました、アンリ殿下」

 王都、外壁。
 いつもは商人や旅人でにぎわう門に、今はほとんど人気がない。
 いるのは離宮から来た私たちと、門の前に何人もの数人の兵だけだ。

「披露宴の準備は整っております。オレリア様がお待ちですので、どうぞ中へ」

 慇懃にそう言いながら、焦点の合わない目をした兵は、私たちに向けて剣を構えた。

 〇

『誘い出されているのかしらね』

 王宮の回廊を歩きながら、私はフロランス様の言葉を思い出していた。

 門の前で囲まれた私たちは、武器だけを奪われて王宮へと連行された。
 アンリだけを待っていた様子だったけれど、私やコンラート様、護衛たちも一緒に引き入れたのは、もしかしたら人質のつもりなのかもしれない。
 勇者であるアンリには、一介の兵では何人でかかっても敵わない。
 だけど戦えない私であれば、切り捨てるのは簡単だ。
 アンリの言うことを聞かせるには、アンリよりも周囲の人間を狙った方が早い。

 ――足手まといになっているわ……。

 今、アンリが黙って兵たちの言うことを聞いているのは、護衛や私がいるからだ。
 視線を上げれば、ぐるりと私たちを取り囲み、行動を監視するグロワール兵たちの姿が見える。
 手は常に腰に下げた剣に当てていて、なにかあればすぐに抜くだろうと想像ができた。

 ――アンリ一人なら、きっと簡単に切り抜けることができたはずなのに。

 護衛よりも、アンリの方がよほど強い。
 コンラート様も剣技に秀でたお方だと聞くから、フロランス様が護衛を付けてくださったのは、きっと私のためなのだろう。
 その結果、余計にアンリの足を引っ張る結果になってしまったのが、情けなくて悔しかった。

「……ミシェル、大丈夫?」

 披露宴の会場へ向かう一団の、最後尾。
 慣れない靴で遅れがちな私に、ガチョンと音を立てて甲冑が囁いた。
 アデライトだ。

「歩きにくそうだけど、平気? 歩ける?」
「大丈夫ですよ」

 こんな状況でも気にしてくれる彼女に、心配はかけられない。
 私は緊張を隠して笑みを作ると、小さく首を振った。

「心配してくれてありがとうございます。ちゃんと歩けます」
「本当? ならいいけど……。こういうとき、いつもならお兄様がすぐに来るのに」

 ふん、と鼻を鳴らすと、アデライトは先頭を歩くアンリの背中に目を向けた。

「ずっと前を向いたままで、振り返りもしないなんて。……まあ、そんな状況じゃないのはわかるけど」

 だからこそなのに! と小声で憤慨するアデライトは大物だ。
 慣れた王城で、見慣れたグロワール兵たちに剣を突きつけられても、その発想ができるのはさすがである。

 周囲を見回せば、王宮に人の姿はほとんどない。
 こうして回廊を歩いていても、焦点の合わない目をし、無表情で立ち尽くす兵たちの他、すれ違う人間はいなかった。
 大臣、官吏、使用人の一人すら見当たらない。

 この調子だと、おそらくは王宮全体が魔王の手に落ちてしまったのだろう。
 完全に魔王になったオレリア様に、城の人々は洗脳されてしまったのかもしれない。
 だからこそ、当人不在の披露宴なんて横暴も通ってしまったのだ。

 ……いや、当人不在というのは少し違うかもしれない。
 きっと彼らは、アンリが来ると信じて待っていたのだ。
 こうすれば、アンリをおびき出すことができると。

 ――このまま何事もなく……なんて、無理よね、きっと。

 この先に待ち受けているものを想像し、私は強張る両手をぎゅっと握りしめた。

 ――どうか、全員無事に帰れますように。

 切実に、深刻すぎるくらい深刻に、そう祈ったとき――。

「まったく、無事に帰れるといいねえ、マルティナ君」

 横から、場違いなほど陽気な声が割り込んでくる。
 驚く私を意に介さず、肩を掴んで引き寄せるのは――見るまでもない。

「コンラートさ……じゃなくて、お義父様!? どうしてここに!」

 危うく忘れかけていたマルティナの設定を思い出し、私は慌てて言い直す。
 現在の私はミシェルではなく、コンラート様の養子でアンリの婚約者、マルティナだ。
 それも今の状況では、どれくらい役に立つかわからないけれど、状況がわからない以上は勝手に役を降りるわけにはいかない。

 それよりも、驚いたのはコンラート様だ。
 たしか彼は私よりもずっと前――アンリのすぐ後ろを歩いていたはずだ。

「いやあ、娘の様子が心配で、見に来ちゃったよ」

 私の疑問を読んだように、コンラート様は肩を竦めてそう言った。
 平然と笑っているあたり、やっぱり彼もアデライトと同じく大物である。

「それに、アンリがずっとピリピリしているから、居心地悪くてね。抑えているけど、魔力もずっと漏れ続けている。ほら、髪が揺れているだろう」

 言われてアンリに目を向けると、たしかに少し髪が揺れていた。
 怒りなのか、不安からなのかは、振り返らない彼の背中からはわからない。

「妙に気負った様子で、話しかけにくくて。まあ、無理もないけども。君を守って逃げる方法を考えているんだろうし」
「そうだったんですね。……足を引っ張って―――」
「ミシェルなら私が守るのに!」

 すみません、まで言うより先に、話にぐいっと割り込んできたのはアデライトだ。
 マルティナの計画をすっかり忘れ、『ミシェル』と言ってしまったことも気にせず、彼女は大きく胸を張る。

「私、魔法に自身があるもの! お兄様はあんまり魔法を使わないし、全体攻撃なら私の方が得意よ!」

 ついでにぐっとこぶしを握れば、周囲の兵たちが警戒するように剣を構える。
 しかし大物二人は、まるで動じた様子がない。
 アデライトは胸を張ったまま。コンラート様はぽかんとアデライトを見つめたまま。

 少しの間のあと、緊張に満ちた王宮の回廊に、「ぶはっ」とコンラート様の吹き出す声が響いた。

「わははは! やってくれたなあ!! どうやってこの鉄仮面に君の長い髪を収めたんだ!?」
「わあああん! バカバカ! 仮面の間から指を入れないで!」

 緊張に満ちた回廊に、緊張感のない騒ぎ声がする。
 二人を見ていると、なんだか私の緊張感まで抜けてしまう。
 根拠もないのになんとかなるような気がして、私もつられて少し笑ってしまった。
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