破滅したくない悪役令嬢によって、攻略対象の王子様とくっつけられそうです

村咲

文字の大きさ
44 / 76

エンディングイベント開始(8)

しおりを挟む
 オレリア様は目を見開き、すごい形相でアンリを見ていた。
 だけどアンリは目もくれない。
 彼の顔は、大広間の奥に座る陛下にまっすぐ向けられていた。

「父上」

 聞こえたのは、聞いたこともない低い声だ。
 冷たく、抑揚が少なく、だけどたしかな怒りに満ちた声。

「俺はオレリアと婚約するつもりはありません」

 寒気がするほどのその声に、陛下が身を竦ませた。
 先ほどまで浮かべていた機嫌の良い笑みは消え、見てわかるほどに青ざめていく。

「な、なにを怒っておる。たしかに強引ではあったが、そなたの望みはわかっておるぞ」
「俺はこんなことを望んではいません。何度も言ったはずです」
「それは、そ、そなたがオレリアを守るために偽っていただけであろう!」

 思わず、という様子で腰を浮かすと、陛下は救いを求めるように周囲に視線を巡らせた。
 貴族たち、見たことのない外国からの来賓、最後にオレリア様を見て、彼は声を荒げる。

「そなたの想う女性の特徴は、まさにオレリアを示しているではないか! 身分差があって、そなたの力を恐れず、美しい娘! だいたい、他の者たちも言っておるぞ。そなたのために、オレリアを結婚させるようにと!」
「他の者とは誰ですか」

 恫喝するような陛下の声に、アンリは怯みもしない。
 そのまま一歩足を踏み出せば、逆に陛下が震えて体をのけぞらせる。

「これは、誰に言われてやったことですか」
「そ、それは……」
「俺は――」

 一度言葉を止めると、アンリはさらに一歩足を進める。
 そうして立ち止まったのは、披露宴の真ん中。全員が見守る中、彼は陛下から視線を逸らし、賓客たちを鋭く睨んだ。

はこんなことをしろと命令していない! 誰が命じた!」

 声と同時に、どこからか強い風が吹く。
 大広間に響くアンリの声は、人を委縮させるような冷たい威厳があった。

 オレリア様が、怯えたように体を抱く。
 アデライトが私の服の袖を掴み、コンラート様さえも笑顔を消した。
 渦を巻くように吹き続ける風に、私は息を呑んだ。

 今のアンリは、暴発寸前だ。
 怒りをこらえて握りしめられた手が、かすかに震えているのが見えた。

「め、め、命じられたなどと、わしに向かってなにを言う!」

 アンリの怒りを目の当たりにして、陛下は青ざめながら甲高い声を上げた。

「わしはそなたの父親だぞ! そなたのことを思って、報われない恋に力を貸してやったのではないか!」
「俺のことを思って?」

 アンリの声は変わらず、冷たい。
 陛下は一度「ぐっ」と言葉を詰まらせるが、それでも意地を張ったように首を振る。

「もちろんだ! だ、だいたいそなたが、はっきり相手を言わないのも悪いであろう! オレリアでなければ、いったい誰だと言うつもりか!!」

 陛下の叫びが大広間にこだまし、それからしんと静まり返る。
 奇妙な沈黙の中、アンリは短く一つ息を吐く。

「いいでしょう」

 アンリはそう言うと、ゆっくりと背後に振り返り、静寂の中で足を進める。
 無数の視線を、彼はものともしない。
 彼はただ、まっすぐに私を見つめ――私の前で立ち止まった。

「…………君を巻き込みたくなかった」

 ごめん、とかすかな声が聞こえたのは、一瞬。
 幻聴かと思うよりも早く、私はアンリに手を引かれた。

 ――えっ。

 と思う間もない。思いがけない強い力で引っ張られ、慣れない靴を履いていた私は前のめりになり――。

「紹介いたします。彼女の名前はマルティナ。タイレ公爵家の養女です」

 転びかけるより早く、アンリの腕に抱き留められた。
 手は握られたまま。腰には私を支えるアンリの腕。ぎゅっと抱き寄せられていて、体がぴたりとくっついている。

「手紙でもお伝えした通り、彼女こそが俺の想い人で、結婚したいと思っている相手です!」

 すぐ近くでアンリが話しているのに、言葉のほとんどが耳に入らない。
 ただ、アンリがなにか言うたびに、体にその振動が伝わってくる。
 身じろぎ一つ、呼吸の一つさえも感じる距離に、私の呼吸が止まりそうだった。

 ――こ、こここ……。

 ただ、心臓だけが尋常ではないくらいに跳ねている。

 ――こ、ここまでするとは聞いてない!!!!

 アンリの宣言に、大広間中の視線が集まっている。
 無言で私を見つめる外国からの客たち。訝しそうな国内の貴族たち。
 目を見開いているのは陛下だ。
 オレリア様はものすごい目で私を睨みつけ、アデライトは頬を押さえるように、鉄仮面に両手を当てている。

 コンラート様だけは相変わらず、場違いなまでに陽気な笑みで、ヒュウ、と口笛を吹いた。

 ――ヒュウ、じゃないわ!!

 囃すようなその音に、私は内心で叫んだ。
『ごめん』って、こういう意味だったの!?
しおりを挟む
感想 42

あなたにおすすめの小説

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

婚約者を奪い返そうとしたらいきなり溺愛されました

宵闇 月
恋愛
異世界に転生したらスマホゲームの悪役令嬢でした。 しかも前世の推し且つ今世の婚約者は既にヒロインに攻略された後でした。 断罪まであと一年と少し。 だったら断罪回避より今から全力で奪い返してみせますわ。 と意気込んだはいいけど あれ? 婚約者様の様子がおかしいのだけど… ※ 4/26 内容とタイトルが合ってないない気がするのでタイトル変更しました。

【完結】私ですか?ただの令嬢です。

凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!? バッドエンドだらけの悪役令嬢。 しかし、 「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」 そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。 運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語! ※完結済です。 ※作者がシステムに不慣れかつ創作初心者な時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///) ※ご感想・ご指摘につきましては、近況ボードをお読みくださいませ。 《皆様のご愛読に、心からの感謝を申し上げますm(*_ _)m》

【完結】財務大臣が『経済の話だけ』と毎日訪ねてきます。婚約破棄後、前世の経営知識で辺境を改革したら、こんな溺愛が始まりました

チャビューヘ
恋愛
三度目の婚約破棄で、ようやく自由を手に入れた。 王太子から「冷酷で心がない」と糾弾され、大広間で婚約を破棄されたエリナ。しかし彼女は泣かない。なぜなら、これは三度目のループだから。前世は過労死した41歳の経営コンサル。一周目は泣き崩れ、二周目は慌てふためいた。でも三周目の今回は違う。「ありがとうございます、殿下。これで自由になれます」──優雅に微笑み、誰も予想しない行動に出る。 エリナが選んだのは、誰も欲しがらない辺境の荒れ地。人口わずか4500人、干ばつで荒廃した最悪の土地を、金貨100枚で買い取った。貴族たちは嘲笑う。「追放された令嬢が、荒れ地で野垂れ死にするだけだ」と。 だが、彼らは知らない。エリナが前世で培った、経営コンサルタントとしての圧倒的な知識を。三圃式農業、ブランド戦略、人材採用術、物流システム──現代日本の経営ノウハウを、中世ファンタジー世界で全力展開。わずか半年で領地は緑に変わり、住民たちは希望を取り戻す。一年後には人口は倍増、財政は奇跡の黒字化。「辺境の奇跡」として王国中で噂になり始めた。 そして現れたのが、王国一の冷徹さで知られる財務大臣、カイル・ヴェルナー。氷のような視線、容赦ない数字の追及。貴族たちが震え上がる彼が、なぜか月に一度の「定期視察」を提案してくる。そして月一が週一になり、やがて──「経済政策の話がしたいだけです」という言い訳とともに、毎日のように訪ねてくるようになった。 夜遅くまで経済理論を語り合い、気づけば星空の下で二人きり。「あなたは、何者なんだ」と問う彼の瞳には、もはや氷の冷たさはない。部下たちは囁く。「閣下、またフェルゼン領ですか」。本人は「重要案件だ」と言い張るが、その頬は微かに赤い。 一方、エリナを捨てた元婚約者の王太子リオンは、彼女の成功を知って後悔に苛まれる。「俺は…取り返しのつかないことを」。かつてエリナを馬鹿にした貴族たちも掌を返し、継母は「戻ってきて」と懇願する。だがエリナは冷静に微笑むだけ。「もう、過去のことです」。ざまあみろ、ではなく──もっと前を向いている。 知的で戦略的な領地経営。冷徹な財務大臣の不器用な溺愛。そして、自分を捨てた者たちへの圧倒的な「ざまぁ」。三周目だからこそ完璧に描ける、逆転と成功の物語。 経済政策で国を変え、本物の愛を見つける──これは、消去法で選ばれただけの婚約者が、自らの知恵と努力で勝ち取った、最高の人生逆転ストーリー。

逃げたい悪役令嬢と、逃がさない王子

ねむたん
恋愛
セレスティーナ・エヴァンジェリンは今日も王宮の廊下を静かに歩きながら、ちらりと視線を横に流した。白いドレスを揺らし、愛らしく微笑むアリシア・ローゼンベルクの姿を目にするたび、彼女の胸はわずかに弾む。 (その調子よ、アリシア。もっと頑張って! あなたがしっかり王子を誘惑してくれれば、私は自由になれるのだから!) 期待に満ちた瞳で、影からこっそり彼女の奮闘を見守る。今日こそレオナルトがアリシアの魅力に落ちるかもしれない——いや、落ちてほしい。

悪役令嬢がヒロインからのハラスメントにビンタをぶちかますまで。

倉桐ぱきぽ
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生した私は、ざまぁ回避のため、まじめに生きていた。 でも、ヒロイン(転生者)がひどい!   彼女の嘘を信じた推しから嫌われるし。無実の罪を着せられるし。そのうえ「ちゃんと悪役やりなさい」⁉ シナリオ通りに進めたいヒロインからのハラスメントは、もう、うんざり! 私は私の望むままに生きます!! 本編+番外編3作で、40000文字くらいです。 ⚠途中、視点が変わります。サブタイトルをご覧下さい。

運命に勝てない当て馬令嬢の幕引き。

ぽんぽこ狸
恋愛
 気高き公爵家令嬢オリヴィアの護衛騎士であるテオは、ある日、主に天啓を受けたと打ち明けられた。  その内容は運命の女神の聖女として召喚されたマイという少女と、オリヴィアの婚約者であるカルステンをめぐって死闘を繰り広げ命を失うというものだったらしい。  だからこそ、オリヴィアはもう何も望まない。テオは立場を失うオリヴィアの事は忘れて、自らの道を歩むようにと言われてしまう。  しかし、そんなことは出来るはずもなく、テオも将来の王妃をめぐる運命の争いの中に巻き込まれていくのだった。  五万文字いかない程度のお話です。さくっと終わりますので読者様の暇つぶしになればと思います。

悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき
恋愛
 スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。  それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。  挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。  そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……! 第二章以降は、11時と23時に更新予定です。 他サイトにも掲載しています。 よろしくお願いします。 25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!

処理中です...