破滅したくない悪役令嬢によって、攻略対象の王子様とくっつけられそうです

村咲

文字の大きさ
50 / 76

敗走(3)

 アンリは片手で剣を構え、もう一方の手で私の体を支える。
 逃げ道がないかと油断なく探る彼の前に、私はどう考えても足手まといだった。

 装飾の多いソレイユ式のドレスは重く、裾が邪魔をして走れない。
 踵の高い靴は動きにくくて、アンリに支えさせてしまっていた。

 ――アンリ一人なら、きっと魔族から逃げられるのに……!

「……アンリ様」

 私は震える唇を噛むと、アンリの体に手を当てた。
 それから、体を押しのけるように、ぐっと力を込める。

「どうか先に行ってください。わ、私のことは構いませんから!」

 アンリのために私がいるのに、私がアンリに守られては本末転倒だ。
 せめてアンリだけでも、と体を押すけれど――どれほど強く押しても、アンリの体は離れない。

「君を残せるわけがないだろう」

 でも!――と言う私を見ないまま、彼は警戒深く魔族たちに視線を向けた。

「そんなことをしたら、奴らの思うつぼだ」
「思うつぼ……?」
「奴らの狙いは、俺でさえない」

 言葉を区切ると、アンリは私を一瞥した。
 目が合ったのは一瞬。それだけで、彼の身の竦むほどの怒りを肌で理解した。

 風が吹き抜ける。これまでよりも、さらに強い魔力の風が。

「狙いは最初から――君だ。それが、俺にとって一番『効く』のだから」
「その通りでございます」

 最初に対峙した老魔族が、アンリの反応に満足げな笑みを浮かべた。

「その娘こそがあなたの枷。魔王としてあることを拒み、未だ御身を器のままに留めさせる元凶であります」
「…………」
「早く枷を断ち切って、そのお力をお見せください。闇に落ちた勇者の力――さぞや素晴らしいものでしょう。この私にも、その身の内にある魔力がひしひしと伝わってきておりますよ」

 魔族はうっとりとした顔で息を吐く。
 慇懃なその態度は、だけどアンリ本人を見ているようには思えない。
 アンリを通して――きっとその中にある、魔王だけを見ているのだ。

「ああ、早くお心を闇に染め上げ、その偉大なお姿をお見せください。その娘がいなくなれば、きっとあなたは史上最高の魔王になることでしょう!」

 ひときわ声を張り上げると、魔族の周囲の空間が歪んだ。
 どこからともなく現れた氷の刃が、私に向かってくる。

 ――ひ。

 避ける――なんて考える余裕すらもない。
 瞬きをする間もなく、刃は私の体を貫く――寸前。

「彼女になにかしてみろ」

 立ち尽くす私の目の前で、アンリが剣を払う。
 魔法でできたはずの刃は、ただの剣であっさりと切り落とされ、地面に落ちて消えた。

 生きているのが信じられない。
 心臓が竦み上がり、早鐘を打っている。
 怯えた私の体を抱き寄せ、アンリは冷たい目を魔族に向けた。

「傷一つ付けるたび、お前たちを一人殺してやる」

 アンリは一歩足を踏み出す。
 風が彼の髪を揺らし、その横顔を撫でる。

「命を奪えば、一人残らず殺してやる。心を壊すなら、同じだけ壊してやる」

 静かに語る口元が、ゆっくりと歪んでいく。
 目元はかすかに細められる。
 太陽のようなアンリの顔に浮かぶのは――凄惨なまでの笑みだ。

「お前たちの大切なものから壊してやろう。恋人も、家族も、子も、俺が嬲り殺して――――」

 言葉を止めたのは、その目が一瞬、私の姿を映したからだ。
 彼ははっとしたように口に手を当て、悔いるように唇を噛む。

 対照的に、満足げなのは魔族だった。

「なんと素晴らしい! それでこそ魔王様です!」

 魔族は胸に手を当て、感嘆したように叫んだ。

「ああ、早く枷を解いて差し上げなければ! 今、すぐにでも!!」

 魔族の声を合図に、大広間に魔力が満ちる。
 視界が歪むほどの巨大な魔力が、私を狙って渦を巻いていた。
感想 42

あなたにおすすめの小説

公爵令嬢は、どう考えても悪役の器じゃないようです。

三歩ミチ
恋愛
*本編は完結しました*  公爵令嬢のキャサリンは、婚約者であるベイル王子から、婚約破棄を言い渡された。その瞬間、「この世界はゲームだ」という認識が流れ込んでくる。そして私は「悪役」らしい。ところがどう考えても悪役らしいことはしていないし、そんなことができる器じゃない。  どうやら破滅は回避したし、ゲームのストーリーも終わっちゃったようだから、あとはまわりのみんなを幸せにしたい!……そこへ攻略対象達や、不遇なヒロインも絡んでくる始末。博愛主義の「悪役令嬢」が奮闘します。 ※小説家になろう様で連載しています。バックアップを兼ねて、こちらでも投稿しています。 ※以前打ち切ったものを、初めから改稿し、完結させました。73以降、展開が大きく変わっています。

運命に勝てない当て馬令嬢の幕引き。

ぽんぽこ狸
恋愛
 気高き公爵家令嬢オリヴィアの護衛騎士であるテオは、ある日、主に天啓を受けたと打ち明けられた。  その内容は運命の女神の聖女として召喚されたマイという少女と、オリヴィアの婚約者であるカルステンをめぐって死闘を繰り広げ命を失うというものだったらしい。  だからこそ、オリヴィアはもう何も望まない。テオは立場を失うオリヴィアの事は忘れて、自らの道を歩むようにと言われてしまう。  しかし、そんなことは出来るはずもなく、テオも将来の王妃をめぐる運命の争いの中に巻き込まれていくのだった。  五万文字いかない程度のお話です。さくっと終わりますので読者様の暇つぶしになればと思います。

「いらない」と捨てられた令嬢、実は全属性持ちの聖女でした

ゆっこ
恋愛
「リリアーナ・エヴァンス。お前との婚約は破棄する。もう用済み そう言い放ったのは、五年間想い続けた婚約者――王太子アレクシスさま。 広間に響く冷たい声。貴族たちの視線が一斉に私へ突き刺さる。 「アレクシスさま……どういう、ことでしょうか……?」 震える声で問い返すと、彼は心底嫌そうに眉を顰めた。 「言葉の意味が理解できないのか? ――お前は“無属性”だ。魔法の才能もなければ、聖女の資質もない。王太子妃として役不足だ」 「無……属性?」

悪役令嬢に仕立て上げられたので領地に引きこもります(長編版)

下菊みこと
恋愛
ギフトを駆使して領地経営! 小説家になろう様でも投稿しています。

〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です

hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。 夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。 自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。 すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。 訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。 円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・ しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・ はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

悪役令嬢に転生しましたが、行いを変えるつもりはありません

れぐまき
恋愛
公爵令嬢セシリアは皇太子との婚約発表舞踏会で、とある男爵令嬢を見かけたことをきっかけに、自分が『宝石の絆』という乙女ゲームのライバルキャラであることを知る。 「…私、間違ってませんわね」 曲がったことが大嫌いなオーバースペック公爵令嬢が自分の信念を貫き通す話 …だったはずが最近はどこか天然の主人公と勘違い王子のすれ違い(勘違い)恋愛話になってきている… 5/13 ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます 5/22 修正完了しました。明日から通常更新に戻ります 9/21 完結しました また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います

【完結】 私を忌み嫌って義妹を贔屓したいのなら、家を出て行くのでお好きにしてください

ゆうき
恋愛
苦しむ民を救う使命を持つ、国のお抱えの聖女でありながら、悪魔の子と呼ばれて忌み嫌われている者が持つ、赤い目を持っているせいで、民に恐れられ、陰口を叩かれ、家族には忌み嫌われて劣悪な環境に置かれている少女、サーシャはある日、義妹が屋敷にやってきたことをきっかけに、聖女の座と婚約者を義妹に奪われてしまった。 義父は義妹を贔屓し、なにを言っても聞き入れてもらえない。これでは聖女としての使命も、幼い頃にとある男の子と交わした誓いも果たせない……そう思ったサーシャは、誰にも言わずに外の世界に飛び出した。 外の世界に出てから間もなく、サーシャも知っている、とある家からの捜索願が出されていたことを知ったサーシャは、急いでその家に向かうと、その家のご子息様に迎えられた。 彼とは何度か社交界で顔を合わせていたが、なぜかサーシャにだけは冷たかった。なのに、出会うなりサーシャのことを抱きしめて、衝撃の一言を口にする。 「おお、サーシャ! 我が愛しの人よ!」 ――これは一人の少女が、溺愛されながらも、聖女の使命と大切な人との誓いを果たすために奮闘しながら、愛を育む物語。 ⭐︎小説家になろう様にも投稿されています⭐︎