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敗走(4)
私は役立たずだ。
これだけの魔力に立ち向かうすべを、私は持っていない。
私がいなければ、アンリは生き残れるのかもしれない。
私だって死にたくはないけれど――それがアンリのためで、それしか方法がないのなら、私はきっと迷わない。
魔王になってでも、私はアンリに生きていてほしい。
――でも。
悔いるようなアンリの横顔に、私は内心で否定する。
私の抱き留める腕は、私を支えているようでいて――まるで縋るかのようだ。
不安定に揺れる彼の姿に、私は大きく息を吸う。
私が犠牲になるのは、きっと『アンリのため』にはならないのだ。
「――アンリ様」
私はアンリの腕を引くと、覚悟を決めて呼びかけた。
「私を離してください」
「……ミシェル?」
「支えていただかなくても、私は大丈夫です」
「なにを言っているんだ、君は。また『先に行け』なんて言うつもりか」
アンリの表情は険しい。
苛立ったような視線にぐっと怯みそうになるけど、奥歯を噛んで首を振る。
「『先に行く』んじゃありません。一緒に逃げるんです。アンリ様に支えていただかなくても、私は自分で走れます!」
「自分で……って、そんな格好で、まともに動けないだろう」
「いいえ!」
私はそう言うと、身をかがめて靴を脱ぎ捨てた。
それからドレスの裾を掴み、力任せに思い切り裂く。
重たい装飾を捨てる私を見て、アンリがぎょっと目を見開いた。
「ミシェル、なにを――」
「走れます! 一緒に行きましょう!」
私を引き寄せていたアンリの腕を、今度は私が引っ張る。
アンリは驚いた顔のまま、呆けたように瞬いた。
私を見つめる目は、青空のように澄んでいる。
抱き寄せる腕の力は緩み、脱力したようにすとんと落ちた。
風はいつの間にか、止んでいた。
「……俺から離れないで、すぐ後ろを付いてきて」
アンリは剣を両手で握りなおす。
彼が前を見据えたとき、魔族たちが一瞬、怯んだのがわかった。
「道を拓く」
そう言うと、アンリは走り出す。
裸足のまま、私はその背中を追いかけた。
逃げる私を狙い、渦を巻く魔法が落ちてくる。
アンリはその魔法ごと、立ち向かう魔族を切り捨てる。
圧倒的な力で道を切り拓く先――急かすように手を振る、アデライトの姿が見えた。
〇
バルコニーの下の広場には、婚約披露宴を見ようと王都の民が集まっていた。
ざわめく人々の注目の中、私はバルコニーから飛び降りる。
高さは、普通の建物の四階分くらいはあるだろうか。
だけど、アデライトの魔法のおかげで見事に着地――。
というわけには、いかなかった。
「――――痛っ!?」
地上に落ちた瞬間、私は足の痛みに呻いた。
受け身を取り損ねたからか、裸足だったせいかはわからない。
立ち上がれないほどではないけれど、歩くたびにじわじわと痛みが広がっていく感覚があった。
だけど、立ち止まっている時間はない。
私に次いで、アンリとアデライトが飛び降りてきた、そのすぐあと。
魔族たちが私たちを追いかけようと、バルコニーに身を乗り出しているのが見える。
地上では、グロワール兵が剣を抜いていた。
洗脳されているのは、城内の兵たちだけではないのだろう。
今日のために城下に配備された兵たちが、アンリを見つけて一斉に向かってくる。
見物に集まった人々は、アンリの姿に驚き戸惑っていた。
今日の婚約披露宴の主役が、突然バルコニーから飛び降りてきたのだから無理もない。
おまけに、手にしているのは抜き身の剣だ。魔族を切り伏せたため、血もついている。
誰かがその血を見て、悲鳴を上げた。
連鎖するように、悲鳴がいくつも響き渡る。
剣を抜く兵に怯える人、バルコニーの魔族に気が付き、逃げ惑う人。
恐怖と悲鳴に、周囲は目まぐるしいほどに混乱していた。
「――こっちだ! 馬を用意してある!」
剣を構え、応戦しようとしていたアンリに、少し離れて鋭い声がかけられる。
見れば、先に降りてきていたコンラート様だ。
彼は人垣の外から、路地裏に向かうよう目配せをする。
「行こう!」
アンリはアデライトを先に行くよう促し、私の手を引いた。
その手に引かれて私も足を踏み出し――痛みに立ち竦む。走れない。
――最後の最後まで……足手まといだ、私……!
「アンリ様……私は置いて……」
「行くわけないだろう!」
迷わずに言い切ると、アンリは剣を捨てた。
空いた手で私の肩を掴むと、そのまま引き寄せて、私の膝の裏に手を差し込んだ。
浮くような感覚に、私は目を見開いた。抱き上げられている!?
「アンリ様! な、なにを……!?」
「黙って。――叔父上、道を!」
アンリの言葉に、コンラート様は片目をつぶってみせると、背を向けて走り出す。
ついてこい、という意味だろう。
人ごみを避け、路地裏へ走るコンラート様を、アンリは私を抱いたまま追いかけた。
これだけの魔力に立ち向かうすべを、私は持っていない。
私がいなければ、アンリは生き残れるのかもしれない。
私だって死にたくはないけれど――それがアンリのためで、それしか方法がないのなら、私はきっと迷わない。
魔王になってでも、私はアンリに生きていてほしい。
――でも。
悔いるようなアンリの横顔に、私は内心で否定する。
私の抱き留める腕は、私を支えているようでいて――まるで縋るかのようだ。
不安定に揺れる彼の姿に、私は大きく息を吸う。
私が犠牲になるのは、きっと『アンリのため』にはならないのだ。
「――アンリ様」
私はアンリの腕を引くと、覚悟を決めて呼びかけた。
「私を離してください」
「……ミシェル?」
「支えていただかなくても、私は大丈夫です」
「なにを言っているんだ、君は。また『先に行け』なんて言うつもりか」
アンリの表情は険しい。
苛立ったような視線にぐっと怯みそうになるけど、奥歯を噛んで首を振る。
「『先に行く』んじゃありません。一緒に逃げるんです。アンリ様に支えていただかなくても、私は自分で走れます!」
「自分で……って、そんな格好で、まともに動けないだろう」
「いいえ!」
私はそう言うと、身をかがめて靴を脱ぎ捨てた。
それからドレスの裾を掴み、力任せに思い切り裂く。
重たい装飾を捨てる私を見て、アンリがぎょっと目を見開いた。
「ミシェル、なにを――」
「走れます! 一緒に行きましょう!」
私を引き寄せていたアンリの腕を、今度は私が引っ張る。
アンリは驚いた顔のまま、呆けたように瞬いた。
私を見つめる目は、青空のように澄んでいる。
抱き寄せる腕の力は緩み、脱力したようにすとんと落ちた。
風はいつの間にか、止んでいた。
「……俺から離れないで、すぐ後ろを付いてきて」
アンリは剣を両手で握りなおす。
彼が前を見据えたとき、魔族たちが一瞬、怯んだのがわかった。
「道を拓く」
そう言うと、アンリは走り出す。
裸足のまま、私はその背中を追いかけた。
逃げる私を狙い、渦を巻く魔法が落ちてくる。
アンリはその魔法ごと、立ち向かう魔族を切り捨てる。
圧倒的な力で道を切り拓く先――急かすように手を振る、アデライトの姿が見えた。
〇
バルコニーの下の広場には、婚約披露宴を見ようと王都の民が集まっていた。
ざわめく人々の注目の中、私はバルコニーから飛び降りる。
高さは、普通の建物の四階分くらいはあるだろうか。
だけど、アデライトの魔法のおかげで見事に着地――。
というわけには、いかなかった。
「――――痛っ!?」
地上に落ちた瞬間、私は足の痛みに呻いた。
受け身を取り損ねたからか、裸足だったせいかはわからない。
立ち上がれないほどではないけれど、歩くたびにじわじわと痛みが広がっていく感覚があった。
だけど、立ち止まっている時間はない。
私に次いで、アンリとアデライトが飛び降りてきた、そのすぐあと。
魔族たちが私たちを追いかけようと、バルコニーに身を乗り出しているのが見える。
地上では、グロワール兵が剣を抜いていた。
洗脳されているのは、城内の兵たちだけではないのだろう。
今日のために城下に配備された兵たちが、アンリを見つけて一斉に向かってくる。
見物に集まった人々は、アンリの姿に驚き戸惑っていた。
今日の婚約披露宴の主役が、突然バルコニーから飛び降りてきたのだから無理もない。
おまけに、手にしているのは抜き身の剣だ。魔族を切り伏せたため、血もついている。
誰かがその血を見て、悲鳴を上げた。
連鎖するように、悲鳴がいくつも響き渡る。
剣を抜く兵に怯える人、バルコニーの魔族に気が付き、逃げ惑う人。
恐怖と悲鳴に、周囲は目まぐるしいほどに混乱していた。
「――こっちだ! 馬を用意してある!」
剣を構え、応戦しようとしていたアンリに、少し離れて鋭い声がかけられる。
見れば、先に降りてきていたコンラート様だ。
彼は人垣の外から、路地裏に向かうよう目配せをする。
「行こう!」
アンリはアデライトを先に行くよう促し、私の手を引いた。
その手に引かれて私も足を踏み出し――痛みに立ち竦む。走れない。
――最後の最後まで……足手まといだ、私……!
「アンリ様……私は置いて……」
「行くわけないだろう!」
迷わずに言い切ると、アンリは剣を捨てた。
空いた手で私の肩を掴むと、そのまま引き寄せて、私の膝の裏に手を差し込んだ。
浮くような感覚に、私は目を見開いた。抱き上げられている!?
「アンリ様! な、なにを……!?」
「黙って。――叔父上、道を!」
アンリの言葉に、コンラート様は片目をつぶってみせると、背を向けて走り出す。
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