破滅したくない悪役令嬢によって、攻略対象の王子様とくっつけられそうです

村咲

文字の大きさ
54 / 76

魔王の心(1)

 王宮は魔族に乗っ取られ、兵たちは洗脳された。
 王宮に詰めているはずの官吏の行方はわからず、貴族たちも取り残されたまま。
 王都の人々は正気のようだったが、それも時間の問題だろう。

 その上――。

「その、魔王の心とでも言うべきものが、アンリの中にある――というのですね」

 日の暮れかけたころ。
 ようやく離宮に戻った私たちの報告を聞いて、フロランス様は険しい表情を浮かべた。

「どうりで、ミシェルを遠ざけようとするわけだわ」

 苦々しく歪む口元を扇子で隠し、フロランス様は頭を振る。
 痛ましいその姿を、私は末席から窺い見ていた。

 現在、私がいるのは、フロランス様の私室だ。
 部屋には私の他に、部屋の主であるフロランス様と、アンリ、アデライト、コンラート様だけ。
 事情が事情のため、大臣たちも遠ざけての極秘の話し合いだった。

「ミシェルを避けていたころから――つまり、このグロワールに戻ってきたときには、すでに自覚はあったということね。……どうして、こんな大事なことを黙っていたのです」

 フロランス様の視線がアンリに向かう。
 咎めるようなその視線に、彼は目を伏せた。

「……言えませんよ」

 出てくる声は自嘲めいていた。
 口元さえも歪めて、アンリは重たく息を吐く。

「俺は勇者です。この世で、俺より強い相手は知りません」

 アンリの言葉はうぬぼれでもなんでもなく、ありのまま事実だった。

 彼は、誰も倒せないと言われた史上最悪の魔王を打ち倒した、勇者なのだ。
 剣技で右に出る者はなく、数多の精霊の祝福を受け、そのうえ桁外れの魔力まで持っている。
 アンリ自身は暴走を恐れて魔法を封印しているが、おそらく魔法でも他の追随を許さない。

 アンリに対抗できるのは、共に旅をしてきた仲間たち――聖女オレリア、剣士クロード、賢者マリユスの三人くらいだろうか。
 だけど彼らといえども、魔王の力まで加わったアンリに敵うとは思えない。

「俺の存在は、人間にとっての絶望です。……自分でも、わかるんです。今の俺に勝てる相手は、人間にも、魔族にも存在しない」
「…………」

 フロランス様は無言のまま、眉間のしわを深める。
 扇子を握る手の震えが、言葉にならない彼女の感情を教えてくれた。

 魔王に侵攻された世界で、アンリは希望だった。
 増え続ける魔物に、絶え間のない魔族の襲撃。人間の国はいくつも魔族に滅ぼされ、このグロワールの民も多く傷ついた。

 その希望が、絶望に裏返ったことを、どうして伝えることができるだろう。
 最悪と呼ばれた魔王よりも、さらに強い魔王が現われたとき――人間は、再び希望を持つことができるだろうか?

 ――……言えないわ。

 多くの人々に称えられながら、アンリは自分を『卑怯者』と罵った。『軽蔑するだろう』と私に言った。
 あのとき彼の抱えていた重さを、今さらながらに思い知る。
 軽蔑なんて――どうやっても、できるわけがなかった。

「……事情はわかりました。ですが、一人で抱えていられるものでもないでしょう。魔族のこともありますし――あなた自身についても」

 長い沈黙のあとで、フロランス様は押し殺した声で言った。
 震える手をもう一方の手で押さえつけ、瞳だけは凛としてアンリを見る。

「魔王の心を抱えて、あなたに問題はないの?」
「……落ち着いているときであれば、今のところは」

 アンリはそう言って、確かめるように自分の胸に手を当てた。

「普段は、俺としての意識が強くあります。冷静でいる間は問題ありません。よほど腹でも立てない限りは、魔王としての側面を見せないようにできます」

 ――魔王としての側面を……『見せない』?

 思わず聞き流してしまいそうな、さりげない彼の言葉に引っかかる。
 魔王の心を『抑える』でも『封じる』でもなく、『見せない』。
 その言い方だと、まるで――。

 ――魔王である方が、本当みたいに聞こえるわ。

 頭に浮かんだ想像を、私は慌てて振り払う。
 それでも、どうやっても、嫌な予感は消せなかった。
感想 42

あなたにおすすめの小説

公爵令嬢は、どう考えても悪役の器じゃないようです。

三歩ミチ
恋愛
*本編は完結しました*  公爵令嬢のキャサリンは、婚約者であるベイル王子から、婚約破棄を言い渡された。その瞬間、「この世界はゲームだ」という認識が流れ込んでくる。そして私は「悪役」らしい。ところがどう考えても悪役らしいことはしていないし、そんなことができる器じゃない。  どうやら破滅は回避したし、ゲームのストーリーも終わっちゃったようだから、あとはまわりのみんなを幸せにしたい!……そこへ攻略対象達や、不遇なヒロインも絡んでくる始末。博愛主義の「悪役令嬢」が奮闘します。 ※小説家になろう様で連載しています。バックアップを兼ねて、こちらでも投稿しています。 ※以前打ち切ったものを、初めから改稿し、完結させました。73以降、展開が大きく変わっています。

運命に勝てない当て馬令嬢の幕引き。

ぽんぽこ狸
恋愛
 気高き公爵家令嬢オリヴィアの護衛騎士であるテオは、ある日、主に天啓を受けたと打ち明けられた。  その内容は運命の女神の聖女として召喚されたマイという少女と、オリヴィアの婚約者であるカルステンをめぐって死闘を繰り広げ命を失うというものだったらしい。  だからこそ、オリヴィアはもう何も望まない。テオは立場を失うオリヴィアの事は忘れて、自らの道を歩むようにと言われてしまう。  しかし、そんなことは出来るはずもなく、テオも将来の王妃をめぐる運命の争いの中に巻き込まれていくのだった。  五万文字いかない程度のお話です。さくっと終わりますので読者様の暇つぶしになればと思います。

「いらない」と捨てられた令嬢、実は全属性持ちの聖女でした

ゆっこ
恋愛
「リリアーナ・エヴァンス。お前との婚約は破棄する。もう用済み そう言い放ったのは、五年間想い続けた婚約者――王太子アレクシスさま。 広間に響く冷たい声。貴族たちの視線が一斉に私へ突き刺さる。 「アレクシスさま……どういう、ことでしょうか……?」 震える声で問い返すと、彼は心底嫌そうに眉を顰めた。 「言葉の意味が理解できないのか? ――お前は“無属性”だ。魔法の才能もなければ、聖女の資質もない。王太子妃として役不足だ」 「無……属性?」

悪役令嬢に仕立て上げられたので領地に引きこもります(長編版)

下菊みこと
恋愛
ギフトを駆使して領地経営! 小説家になろう様でも投稿しています。

〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です

hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。 夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。 自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。 すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。 訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。 円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・ しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・ はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

悪役令嬢に転生しましたが、行いを変えるつもりはありません

れぐまき
恋愛
公爵令嬢セシリアは皇太子との婚約発表舞踏会で、とある男爵令嬢を見かけたことをきっかけに、自分が『宝石の絆』という乙女ゲームのライバルキャラであることを知る。 「…私、間違ってませんわね」 曲がったことが大嫌いなオーバースペック公爵令嬢が自分の信念を貫き通す話 …だったはずが最近はどこか天然の主人公と勘違い王子のすれ違い(勘違い)恋愛話になってきている… 5/13 ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます 5/22 修正完了しました。明日から通常更新に戻ります 9/21 完結しました また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います

【完結】 私を忌み嫌って義妹を贔屓したいのなら、家を出て行くのでお好きにしてください

ゆうき
恋愛
苦しむ民を救う使命を持つ、国のお抱えの聖女でありながら、悪魔の子と呼ばれて忌み嫌われている者が持つ、赤い目を持っているせいで、民に恐れられ、陰口を叩かれ、家族には忌み嫌われて劣悪な環境に置かれている少女、サーシャはある日、義妹が屋敷にやってきたことをきっかけに、聖女の座と婚約者を義妹に奪われてしまった。 義父は義妹を贔屓し、なにを言っても聞き入れてもらえない。これでは聖女としての使命も、幼い頃にとある男の子と交わした誓いも果たせない……そう思ったサーシャは、誰にも言わずに外の世界に飛び出した。 外の世界に出てから間もなく、サーシャも知っている、とある家からの捜索願が出されていたことを知ったサーシャは、急いでその家に向かうと、その家のご子息様に迎えられた。 彼とは何度か社交界で顔を合わせていたが、なぜかサーシャにだけは冷たかった。なのに、出会うなりサーシャのことを抱きしめて、衝撃の一言を口にする。 「おお、サーシャ! 我が愛しの人よ!」 ――これは一人の少女が、溺愛されながらも、聖女の使命と大切な人との誓いを果たすために奮闘しながら、愛を育む物語。 ⭐︎小説家になろう様にも投稿されています⭐︎