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真夜中の嵐(4)
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私は――。
罪人の娘だ。
本来ならば父は身分を剥奪され、処刑されているはずだった。
血縁である私も、国内にはいられなかっただろう。
罪を負いながら、罰を受けることなく生きる父に代わって、せめて私だけでも償わなければならない。
だから、父に命を狙われ、私を救ってくれたアンリとアデライトのために、一生をかけて尽くすと決めた。
私とアンリは、対等ではいられない。
このグロワールの王太子で、世界を救った勇者。
彼には容姿も身分も相応しい、立派な相手がいるはずだ。
アンリを支え、アンリの力になり、アンリに愛される相手は、私のような罪深い人間ではいけない。
そう、きっと――。
アデライトの言う『乙女ゲーム』のように、オレリア様と結ばれるのが、きっと本来の姿だったのだ。
――だとしても。
「離しません……!」
嵐の中で、私は同じ言葉を繰り返す。
「価値も資格も、私にはありません。逃げ続けて、見捨てられても仕方のないことをしました。でも!」
止まない風に裂かれて、血が流れて、全身痛くても。
手を離せなかった。
絶対に、放したくなかった。
「私はアンリに行ってほしくない! 価値なんて知らない! 資格なんてなくたって!!」
アンリの手を握りしめる。
彼が私の肩を掴むよりも、ずっと強く。
「私が止めたいから、止めるのよ! アンリの意志なんて、私にだって関係ないわ!!」
罪人の立場。身分の差。父のことも、周りの目も、なにも関係ない。
アンリの存在を誰が恐れても、魔族がどれほど襲ってきても、私がいくら危険にさらされても、構わない。
行かせたくない。
それはずっと縛られ続けてきた私の、私自身の意志だった。
「アンリを行かせない! 魔王だからなんだって言うの! この手は絶対に離さない――どれほど、アンリが嫌がったって!!」
噛みつくように声を張り上げ、私はアンリの顔を睨みつけた。
アンリは憎々しげに私を見下ろし、顔を歪め――。
それから。
「ミシェル。君は――」
ぐっと、私の肩を引き寄せた。
強い力で引っ張られ、私は前のめりに、アンリの体に倒れ込む。
背中に腕を回され、肩を抱かれ、私はアンリの体に抱き留められていた。
彼の顔は見えない。
少し身を屈めて、私の肩に顔をうずめる彼の、やわらかな髪の感触があった。
「君は、あまりにわがまますぎる」
耳に響く、アンリの声は震えていた。
「君はずるい。俺よりもずっとずるい」
怒りと憎しみを混ぜ込んだ声は、押し殺したように静かだ。
それでいて、揺れる風の中、奇妙なくらい鮮明に聞こえた。
「君さえいなければ、俺はもっと簡単に楽になれたのに……!」
熱を持った吐息が首筋に触れる。
私を抱く腕の力は、押しつぶされそうなくらいに強い。
身じろぎさえもできないまま顔を上げれば、周囲に渦巻く風が見えた。
私を切り裂くこの風は――だけどもしかしたら、怒りとは違うのかもしれない。
「ミシェル、どうか、俺の傍にいて」
かすれた声でアンリは言った。
「ずっと離れないで。どこにも行かないで」
繰り返す声は、縋るかのようだ。
肩を掴む手が爪を立てていることに、きっとアンリは気が付いていない。
「君がいれば、俺はずっと『アンリ』のままでいられるから……!」
その声は、魔王の魅了よりもずっと強く、私の心を掴む。
私は少しだけためらい、迷い――それでも、おずおずと自分の手を持ち上げた。
「……大丈夫」
両手をアンリの背に回し、私はそう囁いた。
「どこにも行かないわ。楽になんてさせない」
アンリの肩越しには、夜の空が見える。
雲のない夜空は澄んでいて、星々がきれいだった。
風が流れて、私の髪をさらっていく。
柔らかな風に、私はようやく理解した。
この風は――アンリの不安なんだ。
「ずっと傍にいる。アンリが嫌がったって、絶対に――」
嵐は止んでいた。
真夜中の静けさの中では、アンリのかすかな嗚咽もよく聞こえた。
罪人の娘だ。
本来ならば父は身分を剥奪され、処刑されているはずだった。
血縁である私も、国内にはいられなかっただろう。
罪を負いながら、罰を受けることなく生きる父に代わって、せめて私だけでも償わなければならない。
だから、父に命を狙われ、私を救ってくれたアンリとアデライトのために、一生をかけて尽くすと決めた。
私とアンリは、対等ではいられない。
このグロワールの王太子で、世界を救った勇者。
彼には容姿も身分も相応しい、立派な相手がいるはずだ。
アンリを支え、アンリの力になり、アンリに愛される相手は、私のような罪深い人間ではいけない。
そう、きっと――。
アデライトの言う『乙女ゲーム』のように、オレリア様と結ばれるのが、きっと本来の姿だったのだ。
――だとしても。
「離しません……!」
嵐の中で、私は同じ言葉を繰り返す。
「価値も資格も、私にはありません。逃げ続けて、見捨てられても仕方のないことをしました。でも!」
止まない風に裂かれて、血が流れて、全身痛くても。
手を離せなかった。
絶対に、放したくなかった。
「私はアンリに行ってほしくない! 価値なんて知らない! 資格なんてなくたって!!」
アンリの手を握りしめる。
彼が私の肩を掴むよりも、ずっと強く。
「私が止めたいから、止めるのよ! アンリの意志なんて、私にだって関係ないわ!!」
罪人の立場。身分の差。父のことも、周りの目も、なにも関係ない。
アンリの存在を誰が恐れても、魔族がどれほど襲ってきても、私がいくら危険にさらされても、構わない。
行かせたくない。
それはずっと縛られ続けてきた私の、私自身の意志だった。
「アンリを行かせない! 魔王だからなんだって言うの! この手は絶対に離さない――どれほど、アンリが嫌がったって!!」
噛みつくように声を張り上げ、私はアンリの顔を睨みつけた。
アンリは憎々しげに私を見下ろし、顔を歪め――。
それから。
「ミシェル。君は――」
ぐっと、私の肩を引き寄せた。
強い力で引っ張られ、私は前のめりに、アンリの体に倒れ込む。
背中に腕を回され、肩を抱かれ、私はアンリの体に抱き留められていた。
彼の顔は見えない。
少し身を屈めて、私の肩に顔をうずめる彼の、やわらかな髪の感触があった。
「君は、あまりにわがまますぎる」
耳に響く、アンリの声は震えていた。
「君はずるい。俺よりもずっとずるい」
怒りと憎しみを混ぜ込んだ声は、押し殺したように静かだ。
それでいて、揺れる風の中、奇妙なくらい鮮明に聞こえた。
「君さえいなければ、俺はもっと簡単に楽になれたのに……!」
熱を持った吐息が首筋に触れる。
私を抱く腕の力は、押しつぶされそうなくらいに強い。
身じろぎさえもできないまま顔を上げれば、周囲に渦巻く風が見えた。
私を切り裂くこの風は――だけどもしかしたら、怒りとは違うのかもしれない。
「ミシェル、どうか、俺の傍にいて」
かすれた声でアンリは言った。
「ずっと離れないで。どこにも行かないで」
繰り返す声は、縋るかのようだ。
肩を掴む手が爪を立てていることに、きっとアンリは気が付いていない。
「君がいれば、俺はずっと『アンリ』のままでいられるから……!」
その声は、魔王の魅了よりもずっと強く、私の心を掴む。
私は少しだけためらい、迷い――それでも、おずおずと自分の手を持ち上げた。
「……大丈夫」
両手をアンリの背に回し、私はそう囁いた。
「どこにも行かないわ。楽になんてさせない」
アンリの肩越しには、夜の空が見える。
雲のない夜空は澄んでいて、星々がきれいだった。
風が流れて、私の髪をさらっていく。
柔らかな風に、私はようやく理解した。
この風は――アンリの不安なんだ。
「ずっと傍にいる。アンリが嫌がったって、絶対に――」
嵐は止んでいた。
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