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雨が上がれば(2)
翌朝。
私とアンリは、フロランス様へ昨日のことを報告しに行った。
報告の内容は、アンリが一人で出て行こうとしたこと――ではない。
私が、求婚の話を受けたことだ。
「――ああ、良かった……アンリ、ミシェル」
私たちの話を聞いて、フロランス様はかすかに声を震わせた。
いつもは冷たい夜色の瞳が、今は感情に揺れている。
それは喜びというよりも――安堵に似ていた。
「ありがとう、ミシェル」
そう言ったのは、フロランス様がアンリと私を順に抱きしめたときだ。
私の耳元にだけ聞こえるように、彼女は小さく、かすれた声で囁きかける。
「本当に、ありがとう。この子を引き留めてくれて……」
幻のようにこぼれた言葉に、私ははっとした。
もしかして――フロランス様は、ずっとアンリの心に気が付いていたのかもしれない。
魔王のことは知らなくても、その揺れる心を見抜いていたのかもしれない。
いつか立ち去ると決めていた、彼の決意を。
「――あなたたちの話はわかりました」
私たちを解放すると、フロランス様は一度目元を拭い、顔を上げた。
その顔には、すでにいつもの毅然とした表情が戻っている。
鋭い視線に、私は思わず背筋を伸ばした。
「喜ばしい話ですが、話を進めるのはすべてが落ち着いてからです。今は王都を取り戻すのが最優先。非常事態であることを忘れてはなりません。ソレイユの援軍が来るまで、いましばらくの時間はありますが――」
そこで言葉を区切ると、フロランス様はどこか意味深に、アンリに目を向けた。
「浮かれすぎないようになさい。最低限の節度は守るように!」
思いがけない言葉に、思わずげほっとせき込む私の横。
フロランス様の視線に射貫かれ、アンリはそっと目を逸らした。
〇
「はははは! 私はこうなると思っていたよ!」
コンラート様の反応は、フロランス様とは真逆だった。
私たちの報告に大きく笑ってから、私とアンリを同時に抱きしめて、頭をくしゃくしゃに撫でる。
「つまりマルティナの話は継続、ミシェル君は本当に私たちの娘となるわけだ! いやあ、計画通り計画通り、これからよろしく頼むよ!」
「よろしくね、ミシェルさん。わたしたちには子供がいないから、本当に嬉しいわ」
私をもみくちゃにするコンラート様の横で、レーア様も微笑む。
笑顔の二人の姿に、私はしばし瞬いた。
マルティナの計画は、私がフロヴェール家から離れられるようにと、アンリが考えていたものだ。
すでに大臣たちにも根回しをし、正式な婚約者として周囲には伝わっている。
コンラート様の養子であれば身分も問題なく、父も手出しができないだろう。
アンリと結婚をするのであれば、このまま計画を進めた方がいいのは事実だ。
でも、この計画は一時的なもののつもりでいた。
アンリの婚約を破棄するためだけの養子の話で、無事に終わればなかったことになるのだと。
「……いいんでしょうか、私が」
「いいもなにも」
コンラート様は笑みのまま、当たり前のようにそう言った。
「私は最初からそのつもりでいたよ。アンリやアデライトと一緒に、君も幼いころから見て来たんだ。もとから、私の子供みたいなものだ」
コンラート様の言葉に、レーア様が頷く。
「マルティナの計画を聞いたとき、嬉しかったのよ。ミシェルさんのことはよく知っているし、わたしたちが迷うことはなかったわ。これから、いろんな服を着ましょうね」
「あ……」
瞬いたまま、続く言葉が出なかった。
二人の言葉が、声音が、私を見る目が――本当に歓迎してくれているのだとわかる。
父にも、母にも、姉たちにも、今まで一言だってそんな風に言ってもらえたことがないから――。
「あらあら、ミシェルさん、大丈夫?」
「もしかして、なにかまずいことを言ってしまったかい……!?」
「い、いえ」
うろたえる二人に、私は慌てて首を振った。
まずいことなんてなにもない。
私を子供みたいに思ってくれて、娘にすることを嬉しいと言ってくれて、私に笑いかけてくれる。
そのことが、嬉しくて。
「ありがとうございます。……こちらこそ、よろしくお願いします」
それ以上言葉を紡げず、私は目の端を押さえた。
〇
そして最後は――。
「ああそう、良かったわね」
一番応援してくれていたはずのアデライトが、つん、と顔を逸らしてそう言った。
拗ねている。
私とアンリは、フロランス様へ昨日のことを報告しに行った。
報告の内容は、アンリが一人で出て行こうとしたこと――ではない。
私が、求婚の話を受けたことだ。
「――ああ、良かった……アンリ、ミシェル」
私たちの話を聞いて、フロランス様はかすかに声を震わせた。
いつもは冷たい夜色の瞳が、今は感情に揺れている。
それは喜びというよりも――安堵に似ていた。
「ありがとう、ミシェル」
そう言ったのは、フロランス様がアンリと私を順に抱きしめたときだ。
私の耳元にだけ聞こえるように、彼女は小さく、かすれた声で囁きかける。
「本当に、ありがとう。この子を引き留めてくれて……」
幻のようにこぼれた言葉に、私ははっとした。
もしかして――フロランス様は、ずっとアンリの心に気が付いていたのかもしれない。
魔王のことは知らなくても、その揺れる心を見抜いていたのかもしれない。
いつか立ち去ると決めていた、彼の決意を。
「――あなたたちの話はわかりました」
私たちを解放すると、フロランス様は一度目元を拭い、顔を上げた。
その顔には、すでにいつもの毅然とした表情が戻っている。
鋭い視線に、私は思わず背筋を伸ばした。
「喜ばしい話ですが、話を進めるのはすべてが落ち着いてからです。今は王都を取り戻すのが最優先。非常事態であることを忘れてはなりません。ソレイユの援軍が来るまで、いましばらくの時間はありますが――」
そこで言葉を区切ると、フロランス様はどこか意味深に、アンリに目を向けた。
「浮かれすぎないようになさい。最低限の節度は守るように!」
思いがけない言葉に、思わずげほっとせき込む私の横。
フロランス様の視線に射貫かれ、アンリはそっと目を逸らした。
〇
「はははは! 私はこうなると思っていたよ!」
コンラート様の反応は、フロランス様とは真逆だった。
私たちの報告に大きく笑ってから、私とアンリを同時に抱きしめて、頭をくしゃくしゃに撫でる。
「つまりマルティナの話は継続、ミシェル君は本当に私たちの娘となるわけだ! いやあ、計画通り計画通り、これからよろしく頼むよ!」
「よろしくね、ミシェルさん。わたしたちには子供がいないから、本当に嬉しいわ」
私をもみくちゃにするコンラート様の横で、レーア様も微笑む。
笑顔の二人の姿に、私はしばし瞬いた。
マルティナの計画は、私がフロヴェール家から離れられるようにと、アンリが考えていたものだ。
すでに大臣たちにも根回しをし、正式な婚約者として周囲には伝わっている。
コンラート様の養子であれば身分も問題なく、父も手出しができないだろう。
アンリと結婚をするのであれば、このまま計画を進めた方がいいのは事実だ。
でも、この計画は一時的なもののつもりでいた。
アンリの婚約を破棄するためだけの養子の話で、無事に終わればなかったことになるのだと。
「……いいんでしょうか、私が」
「いいもなにも」
コンラート様は笑みのまま、当たり前のようにそう言った。
「私は最初からそのつもりでいたよ。アンリやアデライトと一緒に、君も幼いころから見て来たんだ。もとから、私の子供みたいなものだ」
コンラート様の言葉に、レーア様が頷く。
「マルティナの計画を聞いたとき、嬉しかったのよ。ミシェルさんのことはよく知っているし、わたしたちが迷うことはなかったわ。これから、いろんな服を着ましょうね」
「あ……」
瞬いたまま、続く言葉が出なかった。
二人の言葉が、声音が、私を見る目が――本当に歓迎してくれているのだとわかる。
父にも、母にも、姉たちにも、今まで一言だってそんな風に言ってもらえたことがないから――。
「あらあら、ミシェルさん、大丈夫?」
「もしかして、なにかまずいことを言ってしまったかい……!?」
「い、いえ」
うろたえる二人に、私は慌てて首を振った。
まずいことなんてなにもない。
私を子供みたいに思ってくれて、娘にすることを嬉しいと言ってくれて、私に笑いかけてくれる。
そのことが、嬉しくて。
「ありがとうございます。……こちらこそ、よろしくお願いします」
それ以上言葉を紡げず、私は目の端を押さえた。
〇
そして最後は――。
「ああそう、良かったわね」
一番応援してくれていたはずのアデライトが、つん、と顔を逸らしてそう言った。
拗ねている。
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