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平和の終わり(1)
轟音に次いで、悲鳴と兵たちの声が響く。
アンリははっと私から手を離し、窓に身を乗り出した。
私も追うように窓の外に目を向ける。
轟音の原因はすぐにわかった。
離宮本館の壁が崩れている。
その周囲には異形の影と、剣を抜いて駆けつける兵たちの姿があった。
異形の影は、遠目からでもその正体が見て取れる。
無数の魔物と、角の生えた人の姿は――。
「魔族! どうして!?」
王都が落ちたと知って、離宮は厳重な警戒態勢にあった。
離宮内部はもちろん離宮の外にも兵が配置され、いつでも侵入者を迎撃できるようにしていたのだ。
この警戒態勢を抜けるのは簡単なことではない。
正面から来れば兵たちに囲まれ、たとえ突破されたとしても、すぐに離宮内部に報告が来る。
嵐の夜、アンリが誰にも気付かれず門まで来られたのは、彼が離宮に通じ、警備の死角をよくわかっていたからだ。
当然、魔法による侵入も警戒されている。
外部からの侵入の魔法を無効化する結界は離宮全体に張られ、これもまた、万が一侵入されても察知できるようになっていた。
――なのに、どうやって離宮の奥まで入ってきたの!?
「ミシェル、ここを離れよう! 俺は加勢に行く。君は誰か、人の居るところに!」
「離れるって、でも入り口は……!」
アンリの言葉に、私は反射的に扉を振り返った。
扉は外から鍵をかけられているのだ。
「問題ない!」
アンリは迷いなく言うと、私の肩を引き寄せた。
その手に、先ほどまでの奇妙な色っぽさはない。
強く揺るぎない力で私を捕まえ、ためらうことなく抱き上げる。
「――えっ!?」
「捕まっていて、口は閉じた方がいい!」
言うや否や、アンリは私を抱えたまま窓に足をかける。
ぎょっ――とする間もない。
アンリの足は窓枠を蹴り、中空へと大きく飛び出した。
――えええええええ!!!???
驚きと恐怖に、私はアンリの体にしがみついた。
驚きのあまり声もなく、見開いた眼にはいっぱいの青空が映る。
次いで見えるのは離宮の本館だ。
アンリの肩越しに、離宮三階の回廊が見える。
魔族襲撃の報を聞き、すっかり兵も使用人もいなくなった空の回廊――を、走るひとつの影に、私は眉をひそめた。
見えたのは一瞬。だけど、アンリによく似た金の髪は目に残っている。
あの体格の良い背中は、もしかして――。
――陛下……?
でも、離宮でも大騒ぎするせいで、今は軟禁されているでは――って。
――それどころじゃ! ない!!
中空に飛び出したなら、当然次は落下である。
落ちていくアンリの腕の中で、私は今度こそ絶叫を上げた。
〇
――し、死ぬかと思った……!
離宮本館、二階のバルコニーに無事着地した私は、破裂しそうな心臓に手を当てた。
どうして無事に済んだのかは、間近でアンリを見ていた私にもよくわからない。
落ちると思った瞬間、彼は片手で私を抱きつつどこかの出窓に手をかけ、一度か二度くらい壁を蹴って、最後は軽やかにバルコニーに滑り込んだ。
あまりに身軽なその動きは、とても人ひとりを抱き上げているとは思えなかった
――さすがは勇者……。
すごい――けど、それならアデライトに閉じ込められた部屋からも、すぐに出られたのでは……?
「大丈夫か、ミシェル?」
そんな疑問を、気遣わしげなアンリの声がかき消す。
抱えていた私を下ろし、彼は青ざめた私を覗き込んでいた。
心配そうな彼に、私は「大丈夫」と口にしようとして――。
「――アンリ様! 後ろ!」
その声を、悲鳴じみた叫びに変える。
バルコニーの物音を聞きつけてきたのだろうか。
巨大な犬にも似た魔物が、今まさに吠え声を上げて飛び掛かってくるところだった。
「――くっ!」
アンリはすぐさま振り返ると、魔物の牙が届くよりも先に拳で叩き落した。
耳に嫌な音が響き、魔物は地面に落ちて動かなくなる。
だが、息を吐く間はない。
吠え声を聞きつけて、新たな魔物が次々とバルコニーに集まってきている。
階下では、未だ轟音と悲鳴が続いている。
アンリの元にこれだけ魔物が集まっても、少しも収まる気配がないことに、私はぞっとした。
いったいどれほどの魔性がこの離宮に押し寄せているのだろう。
「いくら倒してもきりがない! どうなっている……!?」
バルコニーに集まる魔物を素手で叩き伏せながら、アンリも訝しげに言葉を吐く。
倒しても倒しても魔物が現われ、バルコニーは魔物であふれていた。
武器もなく、足手まといの私をかばいながらで、彼はひどく戦いにくそうだった。
「らちが明かない……!」
魔物の群れを前に、アンリは迷うように視線をさまよわせた。
どこかに活路はないかと探る目が、魔物たちの奥。バルコニーの先に広がる部屋に向いたとき――。
「――お兄様!!」
アンリは目を見開き、迷わず私の体を引き寄せた。
「伏せて――――!!!」
その声を聞くよりも早く、アンリは私の頭を抱いて伏せる。
次の瞬間、響いたのは耳を裂くような爆音だ。
地面が揺れ、肌がびりびりと痺れ、よろめきそうになるけれど――よろけている場合ではないことはわかっていた。
「アンリ! ミシェル君! こっちだ!」
ソレイユからの援軍に先駆けて戻ってきていたコンラート様の声に、アンリが私の腕を引く。
立ち上がり、顔を向けた先。
見えるのは、アデライトの魔法で気絶した魔物たちと――こちらを手招きする、アデライト様とコンラート様の姿だ。
アンリははっと私から手を離し、窓に身を乗り出した。
私も追うように窓の外に目を向ける。
轟音の原因はすぐにわかった。
離宮本館の壁が崩れている。
その周囲には異形の影と、剣を抜いて駆けつける兵たちの姿があった。
異形の影は、遠目からでもその正体が見て取れる。
無数の魔物と、角の生えた人の姿は――。
「魔族! どうして!?」
王都が落ちたと知って、離宮は厳重な警戒態勢にあった。
離宮内部はもちろん離宮の外にも兵が配置され、いつでも侵入者を迎撃できるようにしていたのだ。
この警戒態勢を抜けるのは簡単なことではない。
正面から来れば兵たちに囲まれ、たとえ突破されたとしても、すぐに離宮内部に報告が来る。
嵐の夜、アンリが誰にも気付かれず門まで来られたのは、彼が離宮に通じ、警備の死角をよくわかっていたからだ。
当然、魔法による侵入も警戒されている。
外部からの侵入の魔法を無効化する結界は離宮全体に張られ、これもまた、万が一侵入されても察知できるようになっていた。
――なのに、どうやって離宮の奥まで入ってきたの!?
「ミシェル、ここを離れよう! 俺は加勢に行く。君は誰か、人の居るところに!」
「離れるって、でも入り口は……!」
アンリの言葉に、私は反射的に扉を振り返った。
扉は外から鍵をかけられているのだ。
「問題ない!」
アンリは迷いなく言うと、私の肩を引き寄せた。
その手に、先ほどまでの奇妙な色っぽさはない。
強く揺るぎない力で私を捕まえ、ためらうことなく抱き上げる。
「――えっ!?」
「捕まっていて、口は閉じた方がいい!」
言うや否や、アンリは私を抱えたまま窓に足をかける。
ぎょっ――とする間もない。
アンリの足は窓枠を蹴り、中空へと大きく飛び出した。
――えええええええ!!!???
驚きと恐怖に、私はアンリの体にしがみついた。
驚きのあまり声もなく、見開いた眼にはいっぱいの青空が映る。
次いで見えるのは離宮の本館だ。
アンリの肩越しに、離宮三階の回廊が見える。
魔族襲撃の報を聞き、すっかり兵も使用人もいなくなった空の回廊――を、走るひとつの影に、私は眉をひそめた。
見えたのは一瞬。だけど、アンリによく似た金の髪は目に残っている。
あの体格の良い背中は、もしかして――。
――陛下……?
でも、離宮でも大騒ぎするせいで、今は軟禁されているでは――って。
――それどころじゃ! ない!!
中空に飛び出したなら、当然次は落下である。
落ちていくアンリの腕の中で、私は今度こそ絶叫を上げた。
〇
――し、死ぬかと思った……!
離宮本館、二階のバルコニーに無事着地した私は、破裂しそうな心臓に手を当てた。
どうして無事に済んだのかは、間近でアンリを見ていた私にもよくわからない。
落ちると思った瞬間、彼は片手で私を抱きつつどこかの出窓に手をかけ、一度か二度くらい壁を蹴って、最後は軽やかにバルコニーに滑り込んだ。
あまりに身軽なその動きは、とても人ひとりを抱き上げているとは思えなかった
――さすがは勇者……。
すごい――けど、それならアデライトに閉じ込められた部屋からも、すぐに出られたのでは……?
「大丈夫か、ミシェル?」
そんな疑問を、気遣わしげなアンリの声がかき消す。
抱えていた私を下ろし、彼は青ざめた私を覗き込んでいた。
心配そうな彼に、私は「大丈夫」と口にしようとして――。
「――アンリ様! 後ろ!」
その声を、悲鳴じみた叫びに変える。
バルコニーの物音を聞きつけてきたのだろうか。
巨大な犬にも似た魔物が、今まさに吠え声を上げて飛び掛かってくるところだった。
「――くっ!」
アンリはすぐさま振り返ると、魔物の牙が届くよりも先に拳で叩き落した。
耳に嫌な音が響き、魔物は地面に落ちて動かなくなる。
だが、息を吐く間はない。
吠え声を聞きつけて、新たな魔物が次々とバルコニーに集まってきている。
階下では、未だ轟音と悲鳴が続いている。
アンリの元にこれだけ魔物が集まっても、少しも収まる気配がないことに、私はぞっとした。
いったいどれほどの魔性がこの離宮に押し寄せているのだろう。
「いくら倒してもきりがない! どうなっている……!?」
バルコニーに集まる魔物を素手で叩き伏せながら、アンリも訝しげに言葉を吐く。
倒しても倒しても魔物が現われ、バルコニーは魔物であふれていた。
武器もなく、足手まといの私をかばいながらで、彼はひどく戦いにくそうだった。
「らちが明かない……!」
魔物の群れを前に、アンリは迷うように視線をさまよわせた。
どこかに活路はないかと探る目が、魔物たちの奥。バルコニーの先に広がる部屋に向いたとき――。
「――お兄様!!」
アンリは目を見開き、迷わず私の体を引き寄せた。
「伏せて――――!!!」
その声を聞くよりも早く、アンリは私の頭を抱いて伏せる。
次の瞬間、響いたのは耳を裂くような爆音だ。
地面が揺れ、肌がびりびりと痺れ、よろめきそうになるけれど――よろけている場合ではないことはわかっていた。
「アンリ! ミシェル君! こっちだ!」
ソレイユからの援軍に先駆けて戻ってきていたコンラート様の声に、アンリが私の腕を引く。
立ち上がり、顔を向けた先。
見えるのは、アデライトの魔法で気絶した魔物たちと――こちらを手招きする、アデライト様とコンラート様の姿だ。
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