花嫁日和は異世界にて

和本明子

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第二話 彼らこそが海賊《ヨルムンガンド》

01.夢であるように

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――そう、これは夢の出来事だ。


 休日に本土に行き、楽しい買い物をした帰りに、乗せて貰った知り合いの船が転覆して沈没。

 それだけでも大事件なのに、謎の生物に海底に引きずり込まれて、命からがらで海面に顔を出したと思ったら、古風な格好をした人たちが剣などの凶器を片手に命を奪い合う争いをしている場面に遭遇。

 それだけではない。この世のものとも思えない怪物に襲われかけた。

 僅かな間に、異常な出来事が立て続けに起きた。普通に考えたら、これが一度に起こりうるものではない。起きたとしても船の沈没ぐらいだろう。


――うん、そうだ。きっと、そうだ。船が沈没する前に、何かにぶつかった。その衝撃はとてつもなく感じた。茂兄さんには悪いけど、船が沈没したところまでは本当の出来事なのだろう。船が大きく揺れた際にバランスを崩して、頭をどこかにぶつけったしまい気を失った。そして、変な夢を見ているのだ。きっと、そうに違いない――

「う……んっ……」

 ヒヨリは、まぶたを開いた。

 目覚めたものの、まだ意識はぼんやりして、身体がひどく重く感じて気だるい。ふと身体を伸ばそうとしたが、何かに固定されているようで動かせなかった。

 やがて意識が鮮明し始めて、自分の身体の方に視線を向けると、硬い縄で縛られているのに気付いた。

「……えっ? なに、どういうことなの? あれ?」

 立ち上がろうとしたが、自分が船の帆柱(マスト)にくくり付けられており、立つこともままならなかった。

「うるせーな……。なんだ、お嬢さん。やっと目を覚ましたか?」

 突然の呼びかけに、ヒヨリはビクッと身体を震わせた。
 声がした方をおそるおそる向くと、積もれた布袋をベッド代わりにして寝転がっている青年がいた。

 どこかで見覚えがあった。そう、気を失う直前、船の上で斧で人を切りつけていた青年(ヴァイル)だった。

 青年はキリっとした目つきに整った顔立ち。荒涼とした雰囲気をまとい、思わず心臓が高鳴ってしまう。

「目を覚ましたばかりだが、単刀直入に訊く。おまえは何者だ?」

 ヴァイルは脅すように冷たい口調で、ナイフのように鋭利な瞳をヒヨリに向けた。

 大抵の女や子供ならば恐怖で怯えて、口を開けないだろう。だが、あえてヴァイルはそういう態度を取った。

 嘘を吐いたり、下手に真意を隠させない為の脅迫だった。

「えっと……あの……、私の名前は若林日和(わかばやし ひより)って言います。アナタは?」

 しかしヒヨリは物おじせずに返答した。
 あまりにも普通に返されたことに、ヴァイルは肩すかしを食らってしまい、不自然な沈黙が生まれてしまった。

「……あの? アナタの名前は?」と、ヒヨリが訊き返す。

「ああ……ヴァイル……。いや、そうじゃなくてだな。オマエの名前は……」

「だから、さっき言ったじゃないですか。若林日和って」

「ワカバヤシ、ヒヨリ?」

 珍しい名前だとヴァイルは思った。

 名前もそうだが、ヒヨリの外見も見知った女性たちと比べて鼻が低く、黒い瞳は大きい。なにより黒い髪が珍しかった。黒髪は南方の国の住民で僅かに居ると聞いたことがある。そこから来たのかと推測するが、本人に聞いた方が早い。

「どこから来た?」

「どこから来たって……日本の、飛芽島というところですけど」

「ニホン? ヒメ島?」

 ヴァイルが初めて聞く地名だった。

(嘘を言っている?)

 だがヒヨリの平然な態度を見る限り、真実を言っていると感じた。

 一方、ヒヨリもヴァイルの外見……外国人の風貌や名前から、間違いなく日本人ではないと判断していた。
 それにヴァイルの服装や、今自分が乗っている木船も、現代と比べてかなり古いものだった。

 ヒヨリはここがどんな場所か薄々感じていたが、まだハッキリと示したくはなかった。まだ夢の出来事だと願っていたのだ。

「ガウディ!」

 ヴァイルは船の舵を操作している男性の名を呼んだ。

「なんですか、ヴァイル様?」

 返事したのはヴァイルよりがっしりとした肉体を持ち、メガネをかけているからか賢そうな雰囲気をまとっていた。

「ニホンという地名や、ヒメ島という島を知っているか?」

「……いいえ。聞いたこともない地名ですね。それにアーステイムやアルフニルブの地域でも、そういった地名の場所はなかったはずです」

「だよな……。おい、オマエ。本当のことを言っているのだろうな?」

 ヴァイルは鋭利な瞳と共に、自身の腰に下げていた手斧を持ち、ヒヨリに向けた。

 しかしヒヨリは怯えずに言い放つ。

「そうよ。私の名前は若林日和。出身は日本の飛芽島。年齢は十五歳の飛芽中学の三年生です!」

 ヒヨリがヴァイルの威圧に屈しないのは、親戚や知り合いは漁師だからなのか、気が荒い人たちが多く、傍から見ればそのスジの人たちと勘違いされるほどに強面ばかりだったりする。

 しかも、酔っ払った時にケンカ沙汰は日常茶飯事だ。そんな連中と幼い頃より付き合いがあったので慣れて平気だったのだ。

 それに、目の前にいる青年(ヴァイル)からは、それほど悪人に思えなかった。人を切り伏せて、こうして自分を捕らえて尋問されているのに関わらず。

「そういうアナタたちこそ、一体何者なんですか? 私は答えたんですから、そっちも答えてよ!」

「何言ってる、全く答えてないだろうに……。まあいい、何処出身かはこの際置いといて、どうしてあそこに居たんだ?」

「どうしてって……茂兄さんの船が何かにぶつかって転覆して沈没して、変な生物に捕まって海底に引きずり込まれて、必死に離れて浮き上がったら、あそこに出たんです」

 ありのままを語るが、

「はっ?」

 ヴァイルは眉をひそめ、釈然としていない。怪訝の眼差しを向ける。

 ヒヨリ自身も自分で話していて、とても信じられる訳がないと実感するが、残念ながら実際に起きた出来事(事実)である。

「本当なんです! 本当にそういう出来事に遭遇してしまって、こんな訳の解らない場所に居て、捕まっているのよ! ここが何処なのか、私が一番知りたいわよ!」

 突然のヒヨリのまくし立てに、ヴァイルたちは唖然としてしまった。

 ヴァイルが次に何を問うべきか戸惑っていると、

「もしかしたら、そのお嬢ちゃんは記憶を喪失とかして混乱しているんじゃないのか?」

 両腕に鎖を巻いている青年が話しかけてきた。

「記憶を喪失? どういうことだ、ラトフ?」

「それに前の晩は嵐だったじゃん。それでその娘が乗っていた船が転覆、そして沈没して遭難。で、あそこに漂流していたじゃないのか?」

 ラトフの推測は、もっとも現実的で、納得できるものであった。が、これまでの問答で、ヒヨリの受け答えはしっかりしており、意識もハッキリしている。到底、記憶を喪失していると思えなかったが、困惑している気配はあった。

 ヴァイルは一息吐き、考えを整理した。

「……まあ、それでいい。オマエが遭難者であるということにしてやる」

 一番無難な事由で処決するが、当事者のヒヨリはそうではない。

「それで納得してくれるなら、それで良いですけど……。それでアナタたちは、一体何者なんですか?」

「うん? ああ、俺たちは海賊だ」

 ヴァイルは無表情で、自分の正体を答えたのだった。
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