花嫁日和は異世界にて

和本明子

文字の大きさ
26 / 45
第五話 嵐の《ヴァーン》島で微笑んで

05.嵐の素顔

しおりを挟む
 ヨルムンガンド海賊が遠征から帰ってきた時は、無事と物資持ち帰りを祝して宴が催されるのが恒例行事だった。

 娯楽や余興が少ない島では、滅多に口に出来ないご馳走にありつける一大イベント。

 島の広場の中央にてかがり火がたかれては、周りを囲うように食べ物や酒が並べられ、戦士たちの帰還と海への感謝の踊りが行われた。

 また今回はヒヨリやシュイット、ダーグバッドについて頭領のサリサから説明がなされた。ヒヨリたちはサリサの承諾を得たので島民たちから歓迎され、ダーグバッドへの宣戦布告に決起したのである。

 宴の間、一国の王子であるシュイットに島民たちの話題が集まり、傍から見れば“ただの異国の娘”であるヒヨリ。
 物珍しさレベルではシュイットに分があり、そのお蔭でヒヨリにはそれほど注目されなかった。それにヒヨリがヴァイルの嫁に迎え入れるのを内聞したからもあった。

 シュイットが質問攻めで疲労の極みに達しているのを横目に、ヒヨリは肩身狭くしつつも、まったり宴を楽しめた。

 ちなみに宴に出された料理は海原亭で見たようなばかりで、直火焼き物と鍋物がメインだった。脇に白い固形物があり、恐る恐る口にしてみる。

「あ、この白いの、チーズみたいな味だな」

 食べるばかりではなく、また料理を振る舞いたかったが、ヒヨリは客人として扱われたのでサリサから制止されてしまい、終始陰に隠れてしまったのだ。
 夜も更けて、メイン料理や酒が大方空っぽとなったので宴が締めくくられて、各々家に戻っていった。

 ヒヨリの寝床として、サリサの館の一室が宛がわれた。

「あ、あのー……」

 ヒヨリは恐縮ながらもかけた声に、

「ん、どうした? 何か必要なものがあったら、リイナに用意させるが?」

 サリサが答えた。

 その一室とはサリサの部屋だった。頭領の部屋に相応しく広やかで、豪華な家具やキングサイズのベッドが置かれており、ヒヨリは促されるままベッドに腰を落としていた。

 ランプの灯りで夕焼け色に照らされて、幻怪な雰囲気を醸しだしている。
 リイナの話しだと館には何部屋もあり客室も有るのが、サリサの命令でここに案内されたのであった。

「そうではなくて、なぜ私はサリサさ……サリサ様と同室なんでしょうか?」

 ヴァーンの民の頭領で元王族ならば、地位が高いお方なので、失礼が無いように敬称を付けて言い直した。
 サリサは上質の絹できたバスローブのような寝間着に着替えており、開けた襟元から豊満な胸が垣間見えて、女性ながらドキドキしてしまう。

「様(さま)なんて付けなくて良いよ。聞いた話しではヴァイルとかに敬称を付けてないらしいじゃないか。なーに、もう少し、あんた(ヒヨリ)と二人きりで話したかったから、ついでにね。おっと、こんな身なりだけど私は『そっちの気』は無いから安心しな」

 そっちの気とは何の気なのかと中学三年生ながらもヒヨリは何となく察したが、追求しない方が身の為だと口をつぐんでいると、サリサが寝酒(ワイン)が入ったグラスを持ってベッドに入り込んできたので、念のために少しだけ距離を取った。

「……えっと、話したかった?」

「女同士しか話せないこととかね。さてと、ヒヨリ。あなたは、一体何者で、本当は何処から来たのかな?」

「何者で……何処からって……その日本という所から」

「うん、それは聞いた。で、そのニホンは何処にあるんだい?」

「それが解らないからヴァイルたちに探して貰っている訳でして……」

「そうね。ただ、そのニホンは『この世界』に在る所なの?」

 意味ありげに含みを持った言い方だった。サリサは全てを見透かすように真摯な眼差しでヒヨリを見つめていた。

 嘘を言うつもりはないが、もし嘘を言ったとしても簡単に暴かれてしまうだろう。

 ヒヨリは事細かに、これまでの経緯を話した。
 島に帰る途中で船が沈没して海に引き込まれて、海面に浮上したと思ったらヴァイルたちがガンダリア帝国の軍船を襲撃していた場面に遭遇……この異世界にやって来ていた。その後、交換条件で料理をご馳走して、嫁になれと求婚される始末。

「なるほどね……」

 話しを聞き終わるとサリサは深く呟いた。

「信じてくれますか?」

 ヴァイルたちにも話した内容だが、容易に信じてくれなかった。遭難して記憶が混乱しているのが都合が良い理由になる訳だ。

「ここではない別世界か……確かに到底信じられない話しだけど、これでも、ちょっと前までヨルムンガンド海賊の頭目を務めていた頃に、不可思議な体験を沢山したからね。それにヒヨリの話しを信じた方が辻褄が合うし、合点がいくわね。あのトマトケチャップの美味さは、この世界に存在しない美味しさだった。アーステイム王国の王様ですら食べたことがないものだろうしね」

 実は宴の後、トマトケチャップを味見させて貰っており、この世のものとは思えない味を体験していたのだった。

「それで、元に戻れる方法を知っていますか?」

「んー。これだ! という方法は残念ながら解らないけど、そういう不可思議なことに詳しい知り合いが居るわ。一度、その人に訊ねた方が良いわね」

「ほ、本当ですか! その人は何処に居るんですか! 今すぐにでも会わせてください!」

 地球に戻れる手立てが解るならば、その人に一秒でも早く会って話しが訊きたかった。

「ちょい待ち。慌てないの。残念だけど、この島ではなくアルフニルブ国という所に居るわよ」

 アルフニルブ国。確か、アーステイム王国の市場で聞いた地名だ。妖精の女王が居るという。

「アルフニルブ国……そこにはどうやって行くんですか?」

「そりゃ、船に乗って、一週間程度かかるかな」

「……そこには連れて行って貰えますか? もちろん、私に出来ることなら何でもしますから!」

 サリサは微笑みながら、人差し指でヒヨリの額を軽く突いた。

「慌てない慌てない。今日、ヒヨリのスフレオムレツの……花蜜を食べて、久しぶりにアルフニルブ国の花蜜を食べたくなってきたし、それに……。ねえ、ヒヨリ。他に食材があれば、他の料理も作れるだろう?」

「ええ、まあ。料理は材料次第ですから」

「だったら、もっと花蜜や砂糖とかがあったら、甘い料理とかも作れるのかい?」

「そ、そうですね。砂糖とかの甘味料があればケーキとか作りたいし」

「けーき? なにそれ美味しいの?」

「簡単に言ってしまえば、凄く柔らかいパンで、生地は甘くて、果物とかをトッピングした料理です」

「とても柔らかく甘いパンか……聞く限りでも面白いわね」

 この世界のお菓子……甘い食べ物といえば、果物や花蜜といった天然食材が大半である。ケックス……クッキーというより乾パンに近い食べ物で、お菓子という部類では無かった。

「良いわ。この後、ヴァイルたちにアルフニルブ国に行って貰うわ」

「い、良いんですか!」

「物資調達(おつかい)のついでにね」

「ありがとうございます、サリサさん!」

 ヴァイルだけではなくサリサからも協力して貰い、感謝の念がとめどなく溢れる。しかし、それと同時に疑念が沸いてしまった。下心や裏があるのではと用心してしまう。
 そんなヒヨリの憂いを感じ取ったのか、サリサは優しく語りかける。

「前に話したけど、私たちの故郷(ヴァーン国)は失われてしまった。国を失くして……帰る場所を失った者の気持ちがよく解るのよ。それにヴァーンの民が奴隷として扱われているのも聞いているし、他人事だと思えないのよ。ちなみに、リイナやラトフはヴァーンの民ではないけど、同じ国を失くした者たちよ。だからヒヨリ、安心しなさい。ヴァーンの民、そしてヨルムンガンド海賊の長として、責任を持って世話してあげるわよ」

 サリサの偽り言の無い真意の言葉に強く胸を打ち、安堵な気持ちに包まれた。ヴァイル以上の信頼感を感じてしまった。

「さてさて、ヒヨリ。ところで、ヴァイルのことはどう思っているの?」

「へっ!?」

「あの唐変木(ヴァイル)があなたを嫁に迎え入れたいとか言っていたけど、逆にあなたの気持ちはどうなのと思ってね」

「どうって……」

 単純に言ってしまえば、命の恩人ではある。
 その他には……我の強い所はあるが、丁重な扱いを受けていると思う。アーステイム王国でも別々の部屋だったし、航海中でも船の貴重なスペースである室内に寝所をあてがわれていた。その辺りにも恩を感じている。

 海賊という荒くれ者の代名詞。万が一に備えて覚悟をしていたが、一度も襲われたりしない。嫁に迎え入れるための気遣いもあるだろうが……海原亭で一切身体に触られなかった一夜を思い出し、ヒヨリの頬に熱を帯びてしまう。

「……良い人、なんですかね。その、なんて言うか、二人きりになっても手を出してこなかったし」

「ふふ、王族の出だからね。不誠実なことはするなって、しっかり教育したし……。まあ、あいつ自身が元々不誠実を許せないヤツでもあるからね。で、ヒヨリ自身はヴァイルと結婚する気はあるの?」

「な、ないですよ! それに結婚なんて、まだ早いというか……」

「早い? ヒヨリは今何歳なの?」

「十五歳ですけど」

「十五歳って、なんだ適齢期じゃないの」

「適齢期って……」

 二百年ほどの昔の日本でも、その年齢で結婚するのが普通だった。また、現代でも女性が結婚できる年齢は十六歳からと法律で定められている。もっと細かく言えば、実は戦前(第二次大戦前)の法律では女性は十五歳から結婚ができていた。

 十五歳での結婚は、特段早いという訳ではないのだが、平均寿命が延びて、医療が発達した現代の基準からすると大きくズレ始めている俗習であった。しかし、この異世界では昔の俗習の方が基準となっているのだ。

 サリサを注視する。自分より年上の外見であり、見目麗しい顔立ちに抜群のプロポーション。先の結婚話しから、当然サリサの方はと気になった。

「……ちなみに、サリサさんはご結婚をなさっているのですか?」

 サリサは首は横に振った。

「残念ながら独り身よ。一応、一国の姫だったから許嫁相手の一人や二人は居たけど、国が滅びた後ではご破談になったわ。で、混乱と多忙が続いて婚期を逃しちゃった」

「す、すみません……」

 地雷を踏んでしまったと気まずさを感じたものの、サリサは他人事のように関せず、寝酒を一口飲んだ。

「……良いのよ。当人たちが望んでいた婚姻ではなかったし、けど、その経験があるから無理強いの結婚とかに嫌気が差すのよ。だから、私の目が黒い内はヴァイルが何を言っても黙らせるから。大切なのは結局はお互いの“ここ”だからね」

 と、サリサはヒヨリの心臓がある場所を軽くノックした。
 それは“気持ちが大切”だと表していたのだろう。

 初めての出会い(ファーストコンタクト)は、いきなりヴァイルを殴り飛ばしたので、恐ろしい人だと思っていたが、頭領として難民やヨルムンガンド海賊たちをまとめている。また、第三者に対しても対等な扱いで、気兼ねなく会話してくれるのが何よりも心を和ませてくれたのであった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

大学生活を謳歌しようとしたら、女神の勝手で異世界に転送させられたので、復讐したいと思います

町島航太
ファンタジー
2022年2月20日。日本に住む善良な青年である泉幸助は大学合格と同時期に末期癌だという事が判明し、短い人生に幕を下ろした。死後、愛の女神アモーラに見初められた幸助は魔族と人間が争っている魔法の世界へと転生させられる事になる。命令が嫌いな幸助は使命そっちのけで魔法の世界を生きていたが、ひょんな事から自分の死因である末期癌はアモーラによるものであり、魔族討伐はアモーラの私情だという事が判明。自ら手を下すのは面倒だからという理由で夢のキャンパスライフを失った幸助はアモーラへの復讐を誓うのだった。

神様の手違いで、おまけの転生?!お詫びにチートと無口な騎士団長もらっちゃいました?!

カヨワイさつき
恋愛
最初は、日本人で受験の日に何かにぶつかり死亡。次は、何かの討伐中に、死亡。次に目覚めたら、見知らぬ聖女のそばに、ポツンとおまけの召喚?あまりにも、不細工な為にその場から追い出されてしまった。 前世の記憶はあるものの、どれをとっても短命、不幸な出来事ばかりだった。 全てはドジで少し変なナルシストの神様の手違いだっ。おまけの転生?お詫びにチートと無口で不器用な騎士団長もらっちゃいました。今度こそ、幸せになるかもしれません?!

うちの孫知りませんか?! 召喚された孫を追いかけ異世界転移。ばぁばとじぃじと探偵さんのスローライフ。

かの
ファンタジー
 孫の雷人(14歳)からテレパシーを受け取った光江(ばぁば64歳)。誘拐されたと思っていた雷人は異世界に召喚されていた。康夫(じぃじ66歳)と柏木(探偵534歳)⁈ をお供に従え、異世界へ転移。料理自慢のばぁばのスキルは胃袋を掴む事だけ。そしてじぃじのスキルは有り余る財力だけ。そんなばぁばとじぃじが、異世界で繰り広げるほのぼのスローライフ。  ばぁばとじぃじは無事異世界で孫の雷人に会えるのか⁈

異世界へ誤召喚されちゃいました 女神の加護でほのぼのスローライフ送ります

モーリー
ファンタジー
⭐︎第4回次世代ファンタジーカップ16位⭐︎ 飛行機事故で両親が他界してしまい、社会人の長男、高校生の長女、幼稚園児の次女で生きることになった御剣家。 保険金目当てで寄ってくる奴らに嫌気がさしながらも、3人で支え合いながら生活を送る日々。 そんな矢先に、3人揃って異世界に召喚されてしまった。 召喚特典として女神たちが加護やチート能力を与え、異世界でも生き抜けるようにしてくれた。 強制的に放り込まれた異世界。 知らない土地、知らない人、知らない世界。 不安をはねのけながら、時に怖い目に遭いながら、3人で異世界を生き抜き、平穏なスローライフを送る。 そんなほのぼのとした物語。

おばさんは、ひっそり暮らしたい

蝋梅
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23 番外編を不定期ですが始めました。

処理中です...