花嫁日和は異世界にて

和本明子

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第七話 花嫁日和は異世界にて

04.恋しさと せつなさと 心強さと

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「ヴァイル……。幻……とかじゃないよね?」

 涙で視界がぼやけていて、翼を持たない普通の人間が絶対ら辿り着けない高き場所に居るのだ。半信半疑にもなる。涙を拭いヴァイルの姿が明瞭になるのを確認する。

「ああ。間違いなく俺だ。言っただろう。絶対に助けてやるってな」

「でも、どうやって……こんな高い所に?」

 二人が話している間に帆凧が落ちてきて、海魔たちに覆い被さった。

「あれだ」

「あれって……帆?」

 かつて帆布を凧のようにして船を引っ張ってるのを目撃している。まさか帆凧に乗って飛んできたのかと考えるも信じられない。だけど、そのまさかなのだが、まだヒヨリの知る所ではなかった。

「そうだ。詳しいことは後で話す。今はここから脱け出さないと……!」

 二匹の海魔が挟み撃ちするように両面から襲いかかる。が、ヴァイルはまずヒヨリの近くにいた右側の海魔を斧で薙ぎ払い、払い捻った反動をそのままに回転させ、流れる動作で反対側の海魔も両断した。

 まずは海魔を一掃してから脱出の手はずを取ろうとしたが、海魔の背後にて黒い霧が漂い集まっているのに気付く。

 黒い霧は人の姿を形取り……ファムファタールが出現した。

「おやおや、私の舟に勝手入ったるは何方(どなた)かと思いきや、哀れなヴァーンの民の生き残りね」

 ファムファタールはヴァイルが何者か知っていた。
 だからこそ、わざと苛立たせる言葉を言い放ったが、ヴァイルは自分や氏族を貶されたことよりもヒヨリを攫ったのが許せなかった。

「貴様は?」

「薄々勘付いているのでしょうけど……いいわ。ただの人間がここまでやってきた褒美として名乗りましょう。私が『災厄の魔女』とも『安寧の巫女』とも呼ばれているファムファタールよ」

「やはり貴様が魔女の……。なぜヒヨリを攫った?」

「私の所有物を連れ戻しただけよ」

「連れ戻した?」

「私がこの娘を、この世界に連れてきたのよ」

「……なるほど。それならば貴様に感謝しないとな」

「感謝? 異なることを言うのね」

「貴様がヒヨリをこの世界に連れてきたお陰で、ヒヨリと出会うことが出来たからな」

 ヴァイルの背にヒヨリがそっと手を触れて隠れていた。

 ヒヨリを救いに、わざわざ空を翔ける天之箱舟を追いかけ、乗り込んでくるのは尋常ではない行動だ。まさか飛んでやってくるとはファムファタール自身ですら想定していなかった。二人の浅からぬ関係を感じ取り、ファムファタールは好色な笑みを浮かべる。

「ああ、そういうことね。でも、こんな面倒なことになるなんて。やっぱり最初連れてきた時に無理やり連れてくれば良かったわ。そういえば、あの時も邪魔したのアナタだったわね」

「あの時……!?」

 ヒヨリが初めてミッドガルニアに召喚されて海面に浮上した時、海魔が襲いかかった出来事を思い起こし、海魔が存在する現況にヴァイルは全てを察した。

「海魔(そいつら)は貴様の手先か?」

「そういう訳よ。さあ、お帰りいただけない……!?」

 話している最中に関わらず、ヴァイルはファムファタールに手斧を全力で投げつけたが、途中で見えない壁に弾かれてしまった。

 直ちにヴァイルは次の行動に出る。予備の手斧を取り出しつつ、ファムファタールに向かっていった。

 ファムファタールがヒヨリを連れてきた。そして連れ去ったのなら、ここで元凶(ファムファタール)を仕留めなければ今回と同じ災難が繰り返される。

 ヒヨリとファムファタールに繋がっている運命の鎖を断ち切るように、斧を振り下ろす。

――ガッキィーン!

 ファムファタールが右手をかざすと、斧と手の中間に光の盾が出現し受け止められた。

「駄々っ子ね。大人しくしなさい」

 空いた左手の平をヴァイルに向けると周囲の空気が集まり急激に圧縮されたのが解放されると、小さな竜巻が放たれた。

「うわっ!」

 突風に後方へと吹き飛ばされるヴァイル。

 舷縁(げんえん)を越えて舟外へと出される間際に、ヴァイルは斧刃の弧状の先っぽを舷縁に引っ掛けて推進を止めると、前方回転をして舟上に舞い戻った。

 見事なアクロバティックな動きに心臓が一瞬だけ止まるも、ヒヨリはヴァイルの元に駆け寄る。

「ヴァイル! 大丈夫?」

「ああ……」

 これまでダーグバッドや海魔との戦闘では一方的な戦いぶりを披露していたが、魔女とは苦戦しているように見受けられた。

 相手は魔法が扱える。
 超常を越えて、もはやズルいとも感じてしまう。

 せめて自分も戦力になれたらとヒヨリは救命胴衣のポケットの中を探る。その最中で筒状のものが落ちてしまうが、気に留めず目当てのものを取り出した。

「ヒヨリ、そのナイフは……」

 それはサリサに貰った短剣。構えるも短剣の刃先はカタカタと揺れていた。

 先のダーグバッドの襲撃の時でも殺し合いの異様な雰囲気に飲まれてしまい、今のように身体を震わせるしかできなかった。

 ヒヨリの震える肩をヴァイルが掴み、そっと抱き寄せた。

「心配するな。俺が絶対に助けてやるって約束しただろう」

 ただ単に男性の背中に寄りかかり、守られる立場は悪くない。でも――故郷、飛芽島出身の女で海賊の末裔がヤワではない。

「……大丈夫。私も海賊の娘なんだから協力するよ!」

 勝手に異世界へ連れてきた横柄で横暴なファムファタールに一矢報いたい気持ちもある。

 けれど自分が出来るとしたら囮となって撹乱するぐらい。しかし相手(ファムファタール)の目的は自分。下手に飛び出して捕まってしまっては元も子もない。

 ふと足元に転がる筒状のものに目に入った。

――これは……!

「……ねえ、ヴァイル。私がなんとか隙を作るというか、目眩ましになるようことをするから、その間になんとか出来ないかな?」

「目眩まし?」

「これを使えばね」

 ヒヨリは筒を拾い上げて、自信が満ちた凛とした瞳と共にヴァイルに見せつけた。
 只ならぬ意気を感じ、ヴァイルがすべきことはヒヨリを信じるだけだった。

「さあ、お別れの挨拶が済んだのかしら?」

 強者としての余裕ぶりを示すように、ファムファタールを腕を組み待ってくれていた。

「お陰様でね」

 ヒヨリは筒……救命胴衣のポケットに入っていた非常用グッズの発煙筒の蓋(キャップ)を取ると、先端部分のすり薬をこすって点火させた。

 赤い炎と煙が勢い良く吹き出し、ヒヨリは発煙筒を振り回しながらファムファタールへと向かって行った。

「っ!?」

 虚を突いた行動にファムファタールは一瞬躊躇するも、すぐに煙は風で吹き飛ばせ良いと判断する。
 だが、白煙の中から斧が回転しながら飛び出してきた。ヴァイルが投げ飛ばしたのだ。

「小賢しい!  っ!」

 斧を弾く――も、もう一つの斧が向かっていた。

 もう一つのものは最初ヒヨリを助けるために、海魔の首を切断させて床に刺さっていた斧だった。ヴァイルは白煙でファムファタールの視界から消えた時に拾い、投げたのだ。

「まだまだ温くてよ!」

 しかし――斧は間一髪で見えない壁に衝突し、鋭利の刃はファムファタールに届かなかった。
 先に煩わしいヴァイルを片付けようと右手に魔力を集中しだすが、広がった白煙でヴァイルの姿を捉えられず、狙いを定められない。

「てやー!」

 続けてヒヨリが見計らったように発煙筒をファムファタールの足元に放り投げた。

「それがなんだっていうのかな!」

 ファムファタールが右腕をなぎ払うと強風が発生して舞う白煙や発煙筒を吹き飛ばす。
 視界は明瞭になったが――そこには、ヒヨリと倒れている配下の海魔だけ。ヴァイルの姿は無かった。

「何処に――いたっ!?」

 心臓に痛みが奔った。

「流石のオマエも、この短剣ならばどうだ?」

 背後からヴァイルの声が聞こえた。

 ヴァイルは煙で姿を隠してファムファタールの背後に回りこみ、ヒヨリから預かったサリサの短剣で背中越しに心臓を突き刺したのだ。

 短剣に装飾されている宝石が光輝き、ファムファタールの全身に雷が迸る。身体の自由を奪い、指一本も動かせない。

「キ、さま……」

「この短剣は九偉神時代の遺物で神聖な力が宿る剣だ。オマエがどんなに並外れた存在でも只じゃ済まないだろう」

 確かに些細な傷ならば瞬く間に完治させられるが、神の力が宿る短剣で弱点と言ってもよい心臓を一突きされてしまった。

 傷口から凝縮されていた魔力が噴き出す。空気が漏れた風船のように。

「ふふ……この私がね。けど…私も、ただじゃ……終わらない…からね……!」

 苦し紛れの捨て台詞に聞こえたが、刺した箇所から徐々にファムファタールの身体が石へと化していった。

 異様な変質に危殆(きたい)を感じたヴァイルは、咄嗟に短剣の柄から手を離し、その場から距離を取る。

 異変はそれだけで終わらない。滴り落ちたファムファタールの血が床に触れると、そこからも石化していき船全体に広がっていく。

 魔法源(ファムファタール)を失い、石となっていく飛行船は浮遊と船体が保てなくなり崩壊しながら高度を下げていった。

「ヴァイル!」

「ヒヨリ!」

 ヴァイルとヒヨリは共に駆け寄り、抱き合った。全ての力を込めて。
 船が落下し、まだ危険の最中に居るにも関わらず、お互いの体温を、鼓動を、息遣いを感じ取れると、遥かなる安らぎが二人を包んだ。

 いつまでもこうしていたかったが、ここを墓場にする気は毛頭無い。

「行くぞ、ヒヨリ!」

 ヴァイルはヒヨリを抱きかかえて駆け出した。

 運良く船の出っ張り引っ掛かっている、風の翼(帆布)に向かって―――
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